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55.Author②

「そろそろ気は済んだかい?」


 どれくらい泣いていたか。悲しいのにもう涙は枯れはて、咲也は頭を下げたまま、目の前の雲のような床を見つめていた。

 頭上から彼女と同じ声がするが、口調が全然彼女じゃない。

 彼女のことだけを考えて、涙と一緒に自分という存在も流れて消えてしまえたらいいと思ったが、しぶとく自分の魂はまだ残っているらしい。


「本当ならキミには次の掃除人候補が出てくるまでがんばってほしかったんだけどね⋯⋯でもまぁ今までの働きを考えると、そろそろ生まれ変わっても良い頃かなとも思うんだ」


 仔猫の件もチャラにしてあげるよと、努めて明るく振る舞う創造神に、咲也は無言で首を横に振った。

 今は未来のことではなく、過去の彼女との思い出に浸りたい。


「そんなこと言わずにさ、今なら転生特典! 薔薇色の人生選ばせてあげるよ〜! 大富豪の息子とか世界一のイケメンとか、女の子にするならお金持ち大国のプリンセスとかどう!?」


 どの人生選んでも〝創造神(ボク)の加護〟付けとくから勝ち確だよ〜と楽しげに言うのに対し、咲也は頭を下げたまま少しも動くことなく、絞り出したような声でボソリと言う。


「───して、ほしい」

「ん? 何だって?」

「生まれ変わりたくない⋯⋯⋯⋯俺の魂、ここで消滅させてほしい」



 シーンと静まり返る真っ白な空間。

 創造神には咲也の言う意味がわからなかった。


「なんで? 加護あるから絶対に幸せになれるし、寿命まできちんと生きれるって約束するよ?」

「生まれ変わっても、もうユリに会えない」

「生まれ変わったら今世の記憶はなくなるから関係ないよ?」

「ユリに会えないなら生まれ変わる意味ねえよ」

「彼女よりキミに合う()()なんていっぱいいるよ?」

「それでも俺は、ユリがいい」

「魂消したところで彼女の元に行けるわけでもないよ?」


 咲也の脳裏に彼女が死に際に遺した〝私を憶えていて〟という言葉が浮かぶ。

 生まれ変わったら彼女のことも彼女との思い出も全部忘れてしまう───だったらこの記憶ごと、この魂を終わらせたい。


「いろいろ選ばせてくれるんだろ? だったら魂の消滅を選んでもいいじゃねえか───その願いを叶えてもらえるだけの働きはしてきたつもりなんだけど」

「確かにねぇ⋯⋯」


 項垂れる咲也の後頭部を見ながら、創造神は彼が40年間の孤独で残酷な任務で、先代までの掃除人同様その精神を擦り減らしていたことを理解した。

 ギリギリのところを耐えていたが、彼女との生活の中で得た安寧を失い、一気に心が崩壊したのだろう。

 確かにこの状態では輪廻に戻したところで、再び魂が彷徨うことになるかもしれない。

 

「〝人間は考える葦である〟だっけ⋯⋯でもキミは考え過ぎだよ。もっと単純に楽しいこととか幸せを望んでもいいんじゃない?」

「楽しいことも幸せもユリが全部教えてくれた───それで充分だ」


 もう、これ以上話しても平行線をたどるだろう。

 創造神はため息をついた。


「キミには素質があると思ってたんだけどね⋯⋯ガッカリだよ」


 ゆっくり咲也が顔を上げた。

 その泣き腫らした顔は、すべてを諦めたようにも、すべてを達観したようにも見える。

 彼女の姿をした創造神はふわりと微笑んだ───彼女そっくりだった。


「まぁでもキミと人造人間(かのじょ)との生活は()()()()()なかなか面白かったよ。キミは魂の消滅を希望したけど⋯⋯楽しませてもらったご褒美。もう一度、輪廻の中へ戻りなよ。とりあえず今のキミにうってつけなのに転生させてあげるから」

「───!?」


 その瞬間。

 彼女の姿をしていた創造神と咲也のまやかしの身体は、周りの真っ白な空間とともに散り散りになった。


 ───やめろっ! 生まれ変わりたくない!!


 抵抗しようにも、身体もなければ魔力もない。

 咲也の丸裸の魂は、されるがままに作り変えられていく。

 グニャグニャと脳味噌の中を捏ねられるような感覚の中。

 次々と記憶が思い出されては消去されていく。



 幼い頃は家族4人で仲良く暮らしていたこと。

 それが段々と貧しくなって、両親から虐げられ始めた。

 不良仲間とつるむようになって何度も警察に補導されて。

 こんなんじゃ()()()を迎えに行けないと、家を出て働き始めて。成人してすぐ一念発起して会社を興して───



 ()()()って誰だ?



 会社が軌道に乗った矢先、両親に呼び出されたと思ったら殺されかけて。

 死にかけのところを掃除人(スイーパー)として創造神に拾われた。

 40年、人の世にいながら人と関わることなく、人知れず神々の下僕(しもべ)として働いて。

 魂が輪廻に戻れるまで、心身ともに疲弊する毎日に、絶望を通り越して何も思わなくなってきた頃。



 ()()に出会った。



『ん? お前───何者だ?』

『わ、私は⋯⋯⋯⋯さ、西園寺、百合子───』

『西園寺百合子ぉ〜?』


 何か引っかかる気がしたが、彼女を連れ出した理由はわからない。

 ただ、キレイな()だなと思った───これを世の中の人は一目惚れというのかもしれない。


 クローンでサイボーグな彼女と過ごす日々は楽しくて、幸せで。ずっとは続かないとわかっていたのに、魂のない人造人間と知っていても愛さずにはいられなかった。

 抱きしめたら鼻をくすぐる彼女の香り、身体のあたたかさ、咲也を好きだと言葉に紡いでくれたくちびるの柔らかい感触。

 太陽の下、波と戯れる彼女の輝く笑顔───



 嫌だ! 忘れたくない!! ユリ、ユリっ、ユリぃぃいいぃ!!



 目まぐるしく思い出しては消えていく、彼女との幸せな思い出。

 抵抗することもできずに、なすがままにされていると。


〝そういえばずっと預かってたキミの『大切な思い出』も返しとくね。まぁ結局転生したら忘れちゃうんだけどさ〟


 咲也の魂に直接声が響いた。若いのか年老いているのか、男なのか女なのかもわからない。不思議な声。

 もうそれが誰なのかもわからないけれど。

 掃除人(スイーパー)として不要なものを預かるって⋯⋯人間の三大欲求じゃなくて、自分の大切な思い出だったのか。



 咲也の魂が最後に思い出したのは。

 通っていた幼稚園を引っ越しで転園するとき。

 大好きだった女の子とのお別れの場面。


『さっちゃんだいすき! おおきくなったらけっこんしようね!』

『うんっ、ぜったいむかえにいくから、ユリちゃんまっててね、やくそくだよ?』

『バイバイ、さっちゃん! やくそく、わすれないでね!!』

『ユリちゃんも! バイバイ!!』


 幼稚園児が何言ってるんだか───そう呆れてしまったが。


 そうだ、()()の名前は〝西園寺百合子〟。

 ずっと大切にしていた記憶だったのに、どうして忘れてしまっていたのだろう。どんなに辛くても、この思い出を糧に生きていたのに。



 お前はこの幼い頃の約束を守るために、身体も魂さえもなくしても、俺が迎えに行くのをずっと待っててくれたんだな。

 そういやアパート借りたとき〝新婚さんみたい〟って何度も言ってたっけ。


 お互い普通の人生歩んでたら、お前は俺と結婚してくれたのかな。いつか子どもも産まれて、2人であくせくしながら子育てしたんだろうか。


『おかえりなさい死神さん!』


 あの屈託のない満面の笑顔で、仕事から帰ってきた自分を迎えてくれたんだろうな。




 ───ただいま。


 俺の心はお前のところに帰るよ。


 ずっと、これからも。

 お前を愛してる───ユリ。



 その想いを最後に、咲也の意識は途切れた。



お読みいただきありがとうございました。

風邪治りましたので、また投稿続けたいと思います。

よろしくお願いします。

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