54.Author①
「おわっ!?」
死神───咲也は真っ白な空間に放り出され、ゴロゴロゴロと床を転がった。
「いって〜⋯⋯⋯って、別に痛くないな」
ムクッと起き上がり、床を触ってみる。
柔らかなクッションのような感触の上に、漂うドライアイスのような───いかにも想像する天国の雲の上そのままといったかんじ。
「そういや身体もあるけど、何でだ?」
死んだから魂だけかと思っていたのに、自分の両手がちゃんとグーとパーをするのが見える。
服もさっきまで着ていたものと同じだ。
「そっちのほうが落ち着くと思ってね」
急に声をかけられ、顔を上げてみれば。
まだ幼い赤子姿で、大きな帽子に〝王〟と〝Jr〟の文字、そして特徴的なおしゃぶりを口に咥えた───
「ボクがこの世界の〝創造神〟だよっ」
「いやもうキャラの選択が間違ってるからな───それ閻魔大王の息子だろ」
真っ白な空間にぷかぷか浮く自称・創造神に、とりあえずのツッコミを入れた。
「ボクには実体がないからねぇ⋯⋯キミの知識の中から一番近そうなキャラを参考にしたんだけど?」
「ウソつけ」
ため息をつき、咲也は頭を掻いた。
こんな威厳のない神サマがいてたまるかよとも思ったが、そういや地上にいる八百万の神様たちもこんなかんじだったのは、それの総大将的な創造神がこんなノリだったからなのかもしれない。
もうこれはこういうものだと納得するしかないらしい。
「まぁいいや。とりあえず俺は死んだってことでいいんだな?」
「ボクのチカラで生き返らせてあげてもいいけど、キミの身体海沈んでてグロいことなってるし。あんまりオススメはしないよ」
「⋯⋯」
自分だった身体の今の状態をリアルに想像してウゲェという顔をした咲也に、創造神はクスクスと笑った。そしてピタリと笑いを止めると、スッと気味の悪い微笑みを浮かべた。
「さて、ボクだってヒマじゃない⋯⋯キミも雑談しに来たわけじゃないんでしょ? さっそく本題に入ろうか───キミの愛した人造人間の彼女のこと」
ゾワリ、咲也の背中に悪寒に似た殺気が走る。
この創造神のせいで、彼女の最期は。
彼女に手を出さないでくれ───今までつらい思いをした分、幸せな最期を迎えてほしいんだ。
そのかわり俺の魂、あんたの好きなようにすればいい。
いつだったかそう願った、契約もした。
それなのに。
無駄なことだとはわかっているが、一矢報いたいと思うのも仕方ないことだろう。
咲也は手に魔力を練り上げ大鎌を出そうとして───しかし全く魔力が集まる気配がない。
驚き戸惑う咲也に、創造神は呆れたような眼差しを向けた。
「眷属が主に刃向かえるはずないでしょ? そもそも今のキミは魂だけの存在だからね、その身体はただのまやかしだよ。もっと言うならこの空間すら存在しない」
「!!」
あたりが徐々に暗くなっていく───やがて真っ暗になると、今まで存在していたはずの四肢の感覚がなくなった、身体がないから声を出すこともできない。
意識だけがある。
それ以外、何もない、何も感じない。
咲也の魂が暗闇に押し潰されそうになっていると。
「こーんなところにいたら狂っちゃうよねぇ⋯⋯別にそれでもいいんだけどさぁ、それだと物語が始まらないじゃない」
暗闇からニュ〜っと赤子の顔が浮かび上がると、パチン、指を鳴らしたような音が鳴り響いた瞬間、元の真っ白な空間へと戻った。咲也の身体もある。
「!?!?」
「キミが思ってる通り、ボクは〝願いを叶える神様〟じゃない。何もない〝0〟から世界を創った───ただの〝作家〟だよ。空気も水も緑も生き物も、人間も。ボクの理想とするために、時に進化させたり、時に滅ぼしたり。最初はねぇ、順調だったんだよ⋯⋯だけどやけに知恵のついた人間が生まれだしてね」
「それがユリの父親か」
「まぁ彼だけじゃないんだけど───いわゆる〝天才〟と言われる人たち。彼らを自由にして、どう人間が進化していくか見てたんだよ。ボクが思っている以上にいろいろやってくれてねぇ⋯⋯たとえば、戦争、とか」
にやりと薄気味悪く笑う創造神に、咲也はもう聞きたくないと不快感あらわに舌打ちをした。
「そんな壮大な話、俺には関係ねえよ」
「何言ってるの、関係ないことないよ〜。だって」
小首を傾げても全く可愛くないその赤子の姿をした神様は。
「ボクの意図に反する人間の処分、キミがやってたでしょ」
「胸糞悪い」
咲也が睨めばクスクスと笑った。
「キミは歴代の〝掃除人〟の中では1番長続きしてたから、今後も続けてほしかったんだけどね」
「そりゃ残念だったな」
「ホントにね、キミ以外1〜2年で精神病んで使い物にならなくなったからね。孤独に耐えられなかったり魂刈るのが嫌で身投げしちゃった子もいたし。だから40年続けてくれたキミは超優秀!!」
「褒めても何も出ないし、もう死んでるから2度とやらねえよ」
「そうなんだよね〜だからキミを成功サンプルとするなら、次の〝掃除人〟も親に愛されなかった親殺しの───」
咲也のくり出した拳が赤子の顔を貫通した───しかしやはり感触はない。赤子の顔がぐにゃり歪んで白いモヤになると、再び集まり造ったカタチは。
「⋯⋯悪趣味だな」
「そう言わないでくださいよっ、死神さん」
嬉しそうに笑う姿形はもちろんのこと、声や口調までも彼女そのままだった。
咲也は歯を食いしばった。つい先ほど別れたばかりなのに、抱きしめたくてたまらない。無意識に彼女を抱き寄せようと出してしまった手をグッと握り下げる。
目の前にいるのは、まやかしだ。
死んでいるから必要ないはずの呼吸を整えると、ギリリと彼女の姿をした創造神を睨みつけた。
「彼女を───ユリを殺した理由は何だ? あんたの意図に反するようなことはしてないはず⋯⋯放っておいても残り僅かな命だった」
「それでも死神さんは私を助けようとしてたじゃないですか」
「⋯⋯」
咲也は押し黙ったまま答えられない。
彼女の姿をした創造神はふわりと微笑むと、少し考える様子を見せた。
「死神さんにとってはつらい話になるかもですよ?」
「いいかげんその口調と姿やめろ!」
大切な彼女を汚されたような気がして。
ぎゅっと目を閉じる。
大丈夫───彼女の姿も柔らかな身体も、心地良い声も眩しい笑顔も。
全部全部、自分の魂に刻んである。
ふぅーっと息を吐き出しまばたきをすれば、目の前にいた彼女の偽物は消え、今度は咲也自身と同じ姿がそこにいた。
何も言わない咲也に、創造神はクスクスと笑った。
「これは無反応なんだ?」
「⋯⋯双子の兄貴がいるからな、同じ顔は見慣れてる」
とは言っても、掃除人として40年は鏡に映らない自分の顔を見ることができなかった。見られるようになったのはつい最近、彼女の瞳に映る微かなものだったし、兄と瓜二つだったのは幼少期の頃までだった。
そういえば、兄の拓也に必ずもう一度来ると言って転移陣を渡したが、その約束は守れなかった。
───まぁ、拓也は俺が死んだってわかってんじゃねえかな。
何となくだが、そんなふうに咲也が思っていると。
目の前の優しい微笑みの自分の姿は、どことなく兄に似ていた。咲也自身はそんな笑い方しないが、こんなふうに微笑んでいられたら、彼にとってあの世界はもう少し生きやすかったかもしれない。
「じゃあ、キミがいちばん聞きたかったこと。教えてあげるよ」
咲也は静かに頷いた。
聞いたところで何かが変わるわけじゃない。
彼女が生き返るわけでも、彼女が生まれ変わることもない。
到底納得することなんてできないだろう。
それでも聞きたいのだ。
「キミの言ったとおり、あの人造人間が生き残ろうが死のうがこの世界の根幹が揺らぐことはなかった───だから途中からボクも静観することにしたんだよ。長いこと掃除人やってるキミにも癒やしが必要だと思ったからね、臨時ボーナスみたいなものだよ」
彼女のことをボーナスという言い方。やはり創造神にとって彼女はモノでしかないらしい。
気に障る言い方だが、この創造神にとって掃除人である咲也はもちろんのこと、過去から現在、未来を生きる人間でさえ、この世界を構成する駒の1つとしか考えていないのかもしれない。
創造神は再び彼女の姿になると、どことなく憂いを帯びた表情をし、下腹部に両手を当てた。
「だからその姿やめろって───」
「この人造人間の中に新しい生命が宿ろうとしていた」
苛立つ咲也を遮って、彼女の姿をした創造神は静かに言った。
その言葉が一瞬理解できない。
「なに、言って───」
「身に覚えがあるよね? キミの生理的な欲求は封印してたはずなんだけどねぇ⋯⋯人間は生殖行為に愛を重ねるってこと、忘れてたよ」
真っ白な空間は風がない、何も音がない。
シーンと静まり返ったその中で、咲也は動いているはずのない心臓がバクバクと脈を打つような感覚に襲われた。
「ねぇ⋯⋯キミは〝命の始まり〟って、いつからだと思う?」
「命の、始まり⋯⋯?」
「ボクはね〝受精して細胞分裂しはじめたら〟と思ってるんだよ」
もちろんすべての受精卵が生き残るわけではない。人間の場合、受精卵の中で着床してさらに発生が進むのは全体の3割ほど。受精した時点で生命だと考えると、腹の中で多くの生命が死んでいることなり、現実的な考えではないのだが。
「だけど生きたいと一生懸命育とうとしている姿って、魂を与えるのにふさわしいと思わない?」
そうやってこの世界をプログラミングしてきた。
だから人工的に未受精卵の核を取り除き、体細胞の核を移植して発生させたクローンには魂が与えられない。
彼女に魂がなかったのは、そのためだ。
「〝魂のない人造人間〟と〝魂が輪廻から外れてるキミ〟との間にできようとしている〝生命〟───ボクが全然想定していなかったことだったんだよ。それに魂を与えるかどうか、ちょっと悩んだんだけどね」
結局、魂を与える前に処分することにした。
魂あるものは、魂あるものから生まれなければならないと思ったから。
それが掃除人として長く働いてくれた咲也にとって酷なことだとはなんとなく想像はついたが、決めてからの創造神に迷いはなかった。
がくりと咲也が膝から崩れ落ちた。その表情からは顔色がすっかり抜け落ちている。
「あいつの、命を奪ったのは───俺だったんだな」
夢見てしまったのだ。
彼女と生きる未来を。
愛したことは後悔してない、だけどこんなことって。
「人造人間に最初から命なんてないよ───人間が作り出したただの愛玩具に過ぎない」
「黙れ!!」
もう一度拳を振りかぶったが、まやかしだとわかっていても愛する彼女の姿を殴ることはできなかった。
そのまま床に突っ伏し、恥も外聞もなく泣き叫ぶ。
「ごめん、ユリ⋯⋯ほんとうにごめん」
大粒の涙を流しながら、何度も謝罪を口にする。
思い浮かぶのは〝死にたくない〟と泣く彼女の姿。
時の流れもないただの真っ白な空間の中。
咲也はひたすら泣き続けた。
お読みいただきありがとうございました。
久しぶりに39℃超の熱出しました⋯⋯
明日もう1日投稿お休みします。
よろしくお願いします。




