47.迫り来る死のとき②
「教授。細胞の培養完了です、チェックをお願いします」
「お疲れさまだったね、今夜中に確認するよ」
「教授。ラットの結果集計が終わりました、データを仮想空間に収納しています」
「早かったね、無理してないかい? 休憩室を使っていいから少し休みなさい」
「教授。明日午後の会議ですが、対面から仮想会議に変更になりした」
「わかったよ、すまないけどゴーグルを人数分用意しといてくれるかな?」
「教授。本日の製薬会社との会食ですが───」
この国で最大かつ最高と言われる研究機関の中。
教授と呼ばれる老年の男は、廊下を歩いているだけなのに次々と話しかけられる。しかし男は嫌な顔ひとつせず、丁寧に返事をする。
ようやく個人に割り当てられた部屋に入れば、ふぅーっと長いため息が出た。良い人を演じているつもりはないが、時々この生活が窮屈に感じてしまう。
それでも休んでいる暇はないと机に向かおうとしたところで、ビクリとその足を止めた。
生体認証でしか入れない部屋にもかかわらず、誰かが自分の椅子に腰を掛け、脚を机の上に投げ出していた。
「忙しそうだな」
窓からの夕日の逆光でその人物の顔はわからないが、若い男の声のようだ。
「───君は、誰かな?」
本来なら廊下に出て助けを求めたほうがよいのだろうが、何故だかそんなふうに考えなかった。危害を加えられる気配はないので、ゆっくり近づく。
徐々に見えてきた、その男は。
若い頃の、自分によく似た───
「久しぶりだな───兄貴」
「君は⋯⋯!? 嘘、だろ。どうして───」
生き別れたと言うべきか、死に別れたと言うべきか。
自分と同じ生を受けた双子の弟が、あの事件当時の姿のまま、そこに座っていた。
俺も年取ったらこんなふうになったんだろうかと、死神はそんなことを思いながら、よっこらせと立ち上がった。
驚いた顔で固まっている双子の片割れに話しかける。
「俺は過去の幻だよ、気にするな」
「いや、気になるよ⋯⋯え、なにその若さ。新手のアンチエイジング?」
「んなわけあるかボケ」
この兄は天才の反面、その場にそぐわない発言をすることがある、それは昔と変わらないらしい。
死神は呆れながらボリボリと頭を掻いた。
「なんかもっと言うことあるだろうがよ、元気にしてたのかとか何処にいたんだとか」
「え〜? じゃあ何処で元気にしてた?」
「もういいよ⋯⋯なんで天才ってこんなにバカなんだろうな」
「?」
死神がぶつぶつと言ったことは聞こえなかったらしい、死神の容姿が年を取ってないことを深く追求するつもりもないようで、兄は純粋に弟との再会を驚きと喜び半々といったかんじでニコニコしている。
ハァ〜と死神はため息をついた。
「兄貴は───生き残ったんだな。正直無理だと思ってた」
「お節介な人がクラウドファンディング立ち上げてくれてね。〝医療の未来をつくる若き研究者を助けよう〟って。そうしたら有名な製薬会社が多額の資金出してくれたの。だからすぐ臓器移植を受けることができたんだって───他の移植を待つ患者さんを押しのけてね」
そこに本人の意思はなかったのだろう、感謝より皮肉が前面に出ている。
「それで死ぬまでその製薬会社の奴隷ってことか」
「そういうこと。他の患者さんとその家族の怒りと妬みを一身に受けながら、彼らに1日も早く安全かつ健康な臓器や画期的な治療法を、一般的な家庭で賄える費用で提供するための研究をしてるの」
社会的地位は高いのに、本人の幸せは後回し、もしくは諦めているのだろう。柔和な笑みに見えるが非常に冷めた目にも見える。
昔はもっと生き生きとしていたと思ったのに。
殺人事件の被害者の息子として、そして加害者の兄としていろいろ言われてきたのかもしれない。
そんなことを思っていたが、今となってはどうすることもできない。
死神はさっさと本題に入ることにした。
「兄貴に診てもらいたい人がいる。若い女で───西園寺研究所生まれのクローンでサイボーグの人造人間」
「西園寺研究所?」
「半年に1回大掛かりなメンテナンス受けないと、人工部分が機能しなくなって生命活動が停止する───って言ってた」
「あの半年前の爆発事故の生き残りってこと?」
「そんなところだ」
兄はふ〜むとひとつ唸って、棚から資料やら何やらを取り出すとドンと机の上に置いた。ペラペラと紙をめくりながら言う。
「研究室とか研究者によっても方法は違うから、簡単に協力できるとは言えない。しかも西園寺研究所は秘匿してたものが多いからね、ある程度は予想できるとは思うけど───その子の識別番号わかる?」
「E-37型サイボーグ37−3186〝ユリコE5〟」
「それは確か?」
「本人も言ってたし、俺も身体にある刻印を確認してる」
「西園寺研究所のクローンとかサイボーグの子ってね、脚の付け根に識別番号が刻まれてるんだって。どういうシチュエーションで君が確認できたんだろうね?」
「!!」
昨晩の彼女とのあれやこれやを思い出し、死神の耳が朱に染まった。
しかし兄は特に気にした様子もなく、該当する項目を探し目を通している。
「それ、西園寺研究所の極秘資料じゃねえの? なんで兄貴が持ってんだ?」
「スパイなんてどこにでもいるよ。ちなみに昨日はここの部屋盗撮されてたし」
「マジか」
死神はカメラに映らないが、この国の天才と言われている兄がひとり芝居のような奇行をしていると思われるのはマズいのではないか。そう思っていると、兄が「今はカメラないから安心して」と言う。
「スパイの目星はついてるんだけどね、今は泳がし中。それにしてもこんなオジサン盗撮しようだなんて、世の中には不思議な趣味をお持ちの人もいるもんだね」
「いや違うだろ」
これがこの国を代表する研究者だというのだから、この国の未来は大丈夫なのか。
そうこうしているうちに、兄は資料で何か気になる点を見つけたらしい。一瞬驚いたような表情を浮かべた。
「〝西園寺百合子〟───? 今〝基礎〟になった子の名前見て思い出したけど」
「?」
「君、憶えてないの?」
「何がだよ?」
もったいぶるような言い方にイラッとする。
その様子を見て、兄は首を横に振った。
「いや、なんでも───この人造人間の子、会ったことあるよ。可愛らしい子だった。いつだったか再生医療の学会があったときね、西園寺先生が連れてきてて。挨拶させてもらったよ」
「ふ〜ん⋯⋯」
そういえば以前、兄が一瞬テレビに映ったとき、彼女が会ったことあると言っていた。すぐにテレビを消して、話しを遮ってしまったから詳細は聞いていないが。
横から資料を覗き見るが、死神には何のことだかさっぱりわからない。それでも兄が指でたどっているいるところを一緒に目で追う。
「この子、脳の一部をサイボーグ化してるよね、知ってる?」
「あぁ、そんなようなこと言ってた」
「ちなみに前回のメンテナンスはいつだった?」
「6ヶ月以上───8ヶ月前くらいになる。もう本当に時間がない」
資料の文字をたどっていた兄の指がピタリと止まる。ずっと喋り通しだったのに、急にシーンと静まり返った。
その意味を嫌でも死神は悟ってしまった。
顔から血の気が引き、手先が震える。
「嘘だろ⋯⋯この国最高峰の頭脳って言われてるアンタでもダメなのかよ」
兄はどう説明しようか悩んでいるようで───結局、正直に話すと決めたらしい。ふぅ、ひとつため息をついて。
「この子には〝自壊プログラム〟が脳神経に複雑に絡むように組まれてるんだよ。ある程度時間が経つと生命活動を強制的に止めるよう命令されている。もう症状が現れてるんじゃないかな。疲れやすくなる、睡眠時間が長くなる。五感が鈍くなる、わかりやすいのは味覚異常、痛みを感じにくくなる、とか」
「───!!」
思い当たって、死神はヒュッと息を飲んだ。目眩がして机に手を置き身体をなんとか支える。
「彼女に必要なのは半年に1度のメンテナンスじゃない。この〝自壊プログラム〟をリセットする操作なんだよ」
「どうして、そんな」
「技術の漏洩防止、クローンやサイボーグ本人の逃走防止ってところじゃないかな⋯⋯僕にはわからないけど」
「クソがっ!!」
ダンっと机を叩く。
彼女をクローンとして産み出し、非道なサイボーグ化をした西園寺研究所、西園寺百合子の父親にも強い憤りを感じるが、それ以上に腹が立つのは。
「俺が⋯⋯俺がもっと早く、あいつを助けようとしてれば」
「今そんなこと言ってもどうにもならないよ。残る道は〝そのときが来るまで安らかに過ごす〟か〝リスクを負ってでも自壊プログラムをリセットする〟───どちらかじゃないかな」
「〝自壊プログラムをリセットする〟の成功確率は?」
「正直今の段階で1%ないと思う───でも遅ければ遅くなるほど確率はもっと低くなる」
はぁ───ため息をついて死神は頭を抱える。
その様子を兄はしばらく見つめ、死神の背中をポンポンと叩いた。
「今、彼女はどこにいるの? 実際に診てみないと何とも言えない」
死神がアパートの場所を言うと、兄も一瞬顔を顰めた。
戻って彼女を連れてここにもう一度来てもらうだけでも丸1日かかる。
もうこれは延命の可能性は諦めて、最期のときをどう迎えるかを考えたほうがよさそうだと、兄が思っていると。
死神はリュックから1枚の紙を取り出すと、それを兄に差し出した。
「これは?」
漢字のようなアルファベットのようなアラビア文字のような───よくわからない文字が円形にぎっしり描かれている。
「転移の魔法陣。これがあれば一瞬で来れる。この部屋に置いといて」
「えぇ?」
そんなファンタジーな、そう兄は言おうとしたが、目の前の弟の存在も現代医学や科学で説明できるものじゃない。
「どうするかは彼女と相談して決める───悪いけど、兄貴には今日これからの予定を空けといてほしい」
空けるも何も、休む暇もないくらいに予定は詰まっている───自分がアドバイザーとなって出席する会議、件の製薬会社との会食、その他諸々やらなくてはならないが───兄に弟の願いをきかない選択肢はない。
昔、血だらけの水浸しでベランダに放置されていた弟を見て、初めて彼が両親から理不尽な扱いを受けていることを知った。自分の知らないところで、彼は1人でそれに耐えていたのだ。弟は反抗期がちょっと激しいだけで、貧乏だけど幸せな家族だと思っていたのは自分だけだったことを恥じ、自分が家族の仲を取り持とうと誓ったのに。弟はその日を境にさらに家に寄り付かなくなった。
ずっとその身を案じていたのだ。
それから何年も経ったあの日、病院で目覚めて。
自分が事故に遭って臓器移植を受けたこと、両親が弟に殺されたこと、その弟は多量の出血痕を残し失踪したことを知った。
しばらくして川の河口近いところで、弟が事件当日に着ていたとされる衣服が見つかり、容疑者死亡として捜査が打ち切りになっても。
自分は弟がどこかで生きていることを知っていた。
「わかった、だけどタイムリミットは明日の夜明けまでだからね? それ以上はもう───」
「わかってる。どういう選択するにしろ、もう1度来る」
死神はそう言うと、兄から1歩離れる。彼の目に妖しい赤色が灯った。
「君は一体⋯⋯何者なんだい?」
普通の人間とはあきらかに違う様子の弟を、兄は驚きの中に少しだけ畏怖が混じった目で見つめる。
「俺は───兄貴にとっては疫病神、かな」
「それは違う!!」
その否定はちゃんと聞こえただろうか。
弟の身体は淡い光りに包まれ、空間がグニャリと歪むと一瞬のうちに跡形もなく消えてしまった。
机の上から紙がハラリと落ちた。
それを拾って。
「君は疫病神なんかじゃないよ⋯⋯きっと、この子にとっても」
西園寺研究所から持ち出されたその極秘資料に書かれていたのは、明日は西園寺百合子の40回目の命日だということ。
そして西園寺百合子は弟の───
「これは偶然なのか必然なのか───西園寺先生、あなたの研究は〝神の領域〟にまで達していたのですね」
努力の天才と称された偉人・西園寺博士。
最愛の娘を生き返らせるため、長年研究と実験を繰り返し、己の肉体をも使ってそれを検証していたと聞く。
「さぁ、僕もこうしちゃいられない」
もう1度資料に目を通しながら、自分付きの秘書に電話をかける。
「あ、もしもし僕だけど。ごめんね、今日と明日に入ってる僕の予定、全部キャンセルしてほしいんだ───あとオペ室押さえといて、急患が入るかもしれない。それで僕今からしばらく連絡つかないから、あとよろしく」
電話の向こう、秘書が戸惑った声を出しているが、申し訳ないと思いつつも電話を切った。
アドバイザーというより自分の意見まるごと採用されるような会議も、媚びへつらうように見せて掌握しようとする相手との会食も、もうどうにでもなればいい。
ふぅーっと息を吐き出して、資料に集中する。
弟が助けてほしいというクローンでサイボーグの女性。助かる確率を少しでも上げる方法を模索する───コンピューターにはできない、型にはまらない考え方のできるその頭脳を駆使して。
「西園寺先生。貴方の好敵手的存在と言われた僕がどこまで貴方に追随できるか⋯⋯見ていてくださいね」
兄は不敵に笑うと、資料を見ながら紙に鉛筆で数式を書き殴っていく。凡人には到底理解が及ばない、数値の羅列を量産しながら。
弟のため、故人に負けるわけにはいかなかった。
お読みいただきありがとうございました。
明日も投稿予定です。
よろしくお願いします。




