45.夢と現実②
「俺はもう何十年前になるかな、とある田舎の一般的な夫婦の間にできた双子の片割れだったんだよ」
その田舎はとある一族を中心とした閉鎖的なコミュニティで形成されており、双子に対する偏見と差別が色濃く残る土地だった。双子は一族を衰退させる元凶だとして、大昔は双子が生まれると1人をその場で殺すという慣習があったくらいという。
夫婦が双子を授かったと知った周囲の人間は、堕胎しろと迫った。しかし夫婦は授かった大切な命にそんなことはできないと拒否し、逃げるように田舎から出ていったらしい。
「それで俺は殺されることなくこの世に生まれた。一卵性双生児、遺伝子が全く一緒で姿形もそっくりな兄と弟の俺。でも頭の出来だとかは全然違ってな、何やらせても優秀な兄貴とてんでダメな弟───まぁよくある話だよな」
それでも幼い頃は、両親は分け隔てなく兄弟を愛してくれていた。
都会に出てきてから父親が起こした事業が軌道に乗り、幼少期はかなり裕福な家庭だったと記憶している。金銭的な余裕は心の余裕にも繋がる。男児の双子なんて育てるのは大変だっただろうが、両親はそんな顔は見せずに毎日優しく楽しく接してくれていた。
「俺って金持ちんところのお坊ちゃまだったんだぜ? 信じられるか?」
「死神さんが、お坊ちゃまですか⋯⋯」
ちょっと信じられないかもしれないというように彼女がノーコメントでいると、死神はいつものようにクククと笑った。
「まぁでもそんなのは長く続かなくて⋯⋯俺が5歳くらいのときだったかな。理由は知らねえけど親父の会社がヤバくなって───あれよあれよという間に潰れたんだと。裕福だったのが一気に数億の借金生活に転がり落ちた」
遠くを見るような目の死神は、当時のことを思い出しているのだろうか、微かに寂しさに揺れている。
「誰かのせいにしないとやってられなかったんだろうな⋯⋯そこで両親が思い出したのは、2人が生まれ育った田舎の教え───双子が不幸をもたらすってやつだったんだろうな」
「ちょっと待って。そんなの子ども関係ない!」
彼女が顔を上げる。なんとなく話の方向がわかったような気がして。
「優秀な兄と出来損ないの弟。どっちが疫病神かなんてすぐわかる」
「違う違う! 死神さんは疫病神なんかじゃない!!」
「死神は良くても疫病神は嫌か?」
「そういうんじゃなくて───」
彼女の慌てた様子に、死神がくすりと笑う。
「そういうわけで、俺は両親からだんだんと疎まれるようになった。兄貴の出涸らしだとか産むんじゃなかったとか疫病神だとか。散々言われ過ぎた俺はもれなくグレた」
「ご両親から死神さんがそんなふうに言われてたのに、お兄さんは何もしてくれなかったんですか?」
「兄貴の前では〝貧乏でも頑張る良い両親〟だったから知らなかったんじゃねえの? まぁ目に見えて疎まれるようになってからは俺あんま家に帰ってなかったし。不良仲間の家とかガード下とかの溜まり場で毎日過ごしてた」
そういえば親から暴行と水ぶっ掛けられてボロアパートのベランダに追い出されたとき、しばらくしたら血相を変えた兄が来て、部屋の中に入れてくれたんだっけと思い出す。
夜中なのによく気付いたなと死神が言うと、兄は「君が寒くて痛くて助けてくれって言った気がして」と言っていた。
兄はたぶんあのときようやく両親がどういう人間なのか知って。それでも兄は両親を見捨てなかったのだが。
「それで俺は家を出てすぐ働いてなんとか成人して。人間社会の歯車としてそれなりに働いてた。兄貴はエリート人生まっしぐら、と思ってた矢先に事故に遭って。意識不明の重体、なんとか延命の機械に身体繋いで生き残ったらしいんだけどな」
「!!」
車道に飛び出した子どもを助けて、自分がトラックに撥ねられたと聞いた。兄貴らしいと言うか。子どもは掠り傷程度ですんだのが不幸中の幸いと言ったらいいのだろうか。
「延命治療は金が掛かる、しかも延命だけで治る見込みがない。治すには心臓含めたいくつも臓器移植が必要ってな。当時はドナーなんて何十年待ってようやくって時代だったんだ。待ちに待って移植しても適合しなくて結局死ぬってことも普通にあった。でも兄貴には最適なドナーがいたんだよ。優先的に移植を受けられて、しかも絶対適合する。一卵性双生児で遺伝子が全く同じ〝俺〟っていうな」
「待って待って、1つしかない臓器なんて渡せるはずが───」
「兄貴の容態を聞いてなかった俺は、ある日両親に家に呼び出された。まぁ詳しくは言わないけど、俺に掛けてある保険金と臓器を寄越せって殺されかけて」
ヒュッと彼女が息を飲む。
『お前はこのために生まれたんだ、悪く思うな!!』
『あの子のために死んでちょうだい!!』
後ろから縄で死神の首を絞めようとする父親と。
包丁を振り上げ死神の身体に何度も突き刺す母親。
しかし臓器が欲しいがために、急所を避けたのが両親の敗因だろう。
死神は死ななかった。
よくよく考えれば、殺人では保険金が下りないことくらいわかりそうなものだし、その遺体を移植のドナーにすることもできないだろう。
しかし両親はそれも判断できないほど追い詰められていたのかもしれない。もしくはそれらがバレないような何か秘策でもあったのか───今となってはわからないが。
気付けば死神は血塗れの手に血塗れの包丁を握っていた。血の海の中、もう動かない両親が足元に転がっていて。
「命からがら返り討ちにしたんだろうな⋯⋯正直その瞬間の記憶はないんだ。そんで血ぃ見ながら茫然としてたら、あの天使野郎が突然現れて」
『え〜? アナタもここで死ぬ予定だったんだけど⋯⋯イレギュラーって面倒臭いし困るのよねぇ。まぁ起きちゃったことは仕方ないわ───このままだとアナタ殺人で逮捕されると思うのだけど、これからどうする?』
「ひでぇ話だよな。俺が生き残ったのは間違いだから、魂消滅させたくなきゃ輪廻に戻れるまで労働奉仕しろって。それが俺の掃除人───〝死神人生〟の始まりってわけ」
いつの間にか死神の腕の中から出ていた彼女が、死神の頭を抱き寄せた。
ぎゅうっと抱きしめて。
「ねぇ⋯⋯ずっと前に私が死神さんの名前を訊いたとき。〝そんなもんない〟って死神さん言ってたじゃないですか。今訊いたら、教えてくれますか?」
こんな悲しいことをこの死神は、人知れず1人耐えているなんて。
彼女が彼の名前を知ったところでどうすることもできない。彼を追い詰めた両親に復讐しようにも、すでに亡くなっているというし。死神の汚名を晴らそうにも、人造人間の彼女の言葉に誰が耳を傾けてくれるだろうか。
しかしそんなことは杞憂だった。
死神は彼女の腕の中、静かに首を横に振る。
「憶えてない」
「憶えてないって───?」
「掃除人になるって決めたとき───〝掃除人として不要なものをいくつか預けてもらう〟って言われて。それから自分の名前が思い出せなくなった。思い出せないのも気持ち悪いから調べようとしても、どうしてもそれを行動に移せない」
「そんな、どうして」
「普通の人間じゃないからだよ。〝名前〟って、人間にとっては大切なものだろ? それがないってだけで、人間社会には戻れないしな。〝人は人の中でしか生きられない、人と人の間で人間になれる〟ってな、よく言うだろ」
死神は「名前の他にも〝老化〟とか取られてるかな〜まぁ別にこれはどっちでもいいんだけど。結局何をいくつ預けさせられてるかわからない」などと言ってクククと笑てみせた。
しかし彼女にとっては笑い事ではなかったらしい、小刻みに震えている。やがて死神の頭にポツリと水滴が垂れた。
「別にお前が泣くことないだろ」
「死神さんが泣かないから、私が代わりに泣くんです」
「これじゃどっちが慰めてんだかわかんねえな」
「死神さんも泣いていいですよ⋯⋯お兄さんはお気の毒ですが、死神さんの命が軽んじられ過ぎです───死神さんはお兄さんのために生まれたんじゃない、自分が幸せになるために生まれたんです。魂の消滅を人質に取られて働かされるのも、絶対違うと思います」
「お前だってもっと───俺の比じゃないぞ?」
彼女はゆっくり抱擁を解くと首を横に振った。
「私は複製から造られた人造人間ですから。そもそも生まれが違います」
「一卵性双生児もクローンも、もとは同じ細胞ってのは変わらないのにな」
彼女の諦めの笑顔が悲しくて。
死神は彼女の目尻に溜まった涙を指で拭った。
その涙のあたたかさ、ふれた頬の柔らかさ、何ら人間と変わらないのに、死神の魔力を集めた目に映るウインドウには相変わらず〝Error〟の文字しか浮かばない。
死神はグッと奥歯を噛み締めた。
しかし彼女は死神の手に手を重ね、気持ち良さそうにするりと頬擦りをしている。
「その手は親殺しで血まみれだ」
「私にとっては世界で1番優しい人の手です」
「⋯⋯普通の人間じゃないけどな」
「それはお互い様です」
2人はクスっと笑うとしばらく見つめ合い。
どちらともなく顔を寄せると、くちびるを重ねた。
あたたかくて、柔らかくて、心地良くて。
もうすぐくる別れがさらに辛くなりそうで───それが怖くて、死神から身体を離した。
深い、深い吐息をしたところで。
「もう、おしまいですか⋯⋯?」
彼女が寂しそうにそう言うから。
死神は彼女の頭と腰に手を回すと引き寄せ、そのくちびるを喰んだ。
何度も何度も角度を変え、余すところのないように、彼女が空気を求めて喘ぐのも許さない。
「はぁっ、あっ、ちょっと、待っ───くるしぃ」
彼女が身体を離そうとするのを、死神は床に押し倒し、そのまま上に覆いかぶさった。両腕で檻を作り、逃がすまいと彼女のくちびるに喰らいつく。
乱れる息の中、彼女は両腕を死神の首に回し、身体の中心から溢れる切なさに両膝をこすり合わせた。
死神はそれを見逃さなかった。
「───お前、これ以上の経験は?」
彼女が頭を横に振る。その目には息苦しさからか再び涙が溜まり、今にもこぼれ落ちそうで。
死神はギリリと歯を食いしばり、本能から来る衝動を抑える。
彼女の熱のこもった呼吸を皮膚で感じながら。
「今ならまだ止められる、お前を綺麗なカラダのまま死なせてやれる───どうする?」
「死神さん酷い⋯⋯それを私に聞きますか?」
彼女がまばたきをすれば、堪えられなかった涙がハラハラと流れた。
「お願い───最後まで、して。私に死ぬまで消えない、死んでも消えない死神さんの跡を残して!!」
頭の中で警鐘が鳴り響く。
でも。
死神だろうが親殺しだろうが、魂のない人造人間だろうが。
その皮を剥けば、ただの男と女。
死神は彼女を抱き上げるとベッドに場所を移し、引きちぎりそうな勢いで彼女の部屋着に手を掛けた。
恐ろしいほどに美しい、一糸まとわない彼女の身体。
羞恥で赤く染まった顔、柔らかな曲線を描く胸と腰、そして───
脚の付け根にある〝E37−3186〟の刻印───人造人間である証。
そこから目が離せなくて。
視線に気付いた彼女がその識別番号をバッと手で覆った。
「ごめんなさい⋯⋯⋯⋯今だけは〝普通の女の子〟として接してほしいです」
申し訳なさそうに目を伏せる彼女がいじらしい。
死神は彼女の手を握り魔力を練る、目が妖しく赤味を帯び、身を屈めてその刻印をネロリと舐めた。
「ぅひゃあ!?」
「⋯⋯お前は〝可愛い女の子〟だよ」
刻印は跡形もなく消えていた───死神が消したようだ。
彼女の顔がくしゃりと歪む。〝可愛い女の子〟と死神に言ってもらえたことが嬉しくて。
「⋯⋯ぶっさいくな顔だな」
「今しがた〝可愛い〟って言ってくれたばっかなのに!?」
ひどいっと怒る彼女に、死神はクククと笑った。
顔を寄せて見つめ合い、くちびるを重ねる。
何度も何度もくり返し、身体の奥深く交わって。
死神の熱を全身で受け止めながら、きっとこの行為はもうすぐ壊れて動かなくなる自分への同情なんだろうなと、彼女は思う。
だけど、その時が来るまでは。
死神も自分と同じ気持ちだと思っていたい。
彼女が顔を上気させ深い息を吐いた死神を見つめていると、視線に気付いた彼がくちびるを喰むようにキスしてくれて。
彼の生命の脈動を腹の底から感じながら。
彼女の瞳からホロホロと流れるのは嬉し涙。
彼の首に回す腕に力を入れ、ギュッと引き寄せた。
「死神さん───私、幸せです」
「───っ!!」
「ありがと⋯⋯ありがとうございます、死神さん。私、生まれてきて良かった」
西園寺百合子のクローンとして生まれ、身体と脳をサイボーグ化された、人造人間。自由のない、つらいことの多い人生だった。
だけど、死神と出会って。
今こうして彼の腕の中にいる。
これだけは間違いない。
この瞬間は人生でいちばん───世界中の誰よりも幸せだということを。
これは未来を夢見てしまった普通の人間じゃない2人の、後悔してもしきれない罪。
その罰を受けるのは、──────。
お読みいただきありがとうございました。
ついにここまできました!
あとは終わりに向けて突っ走るのみです!!
明日も投稿予定です。
よろしくお願いします。




