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43. 憧れの海⑤

「いやぁ〜ん! ちょっと久しぶりじゃな〜い!! 元気だったぁ〜!?」

「うげっ、ちょっ、抱きつこうとすんな! 気色悪い!!」

「久しぶりに会ったのに第一声がそれ!? アタシずっとアナタのこと心配してたのよぉ〜?」

「嘘つけずっと放置だったくせに」

「あぁ〜んっ、寂しかったのね! ごめんねぇ〜!!」

「ヤメロ言ってんだろ!!」

「何よっ、アンタが呼んだくせに!」

「〝地縛霊がいる〟って教えてやっただけだよ! 仕事しろっ!!」


 目の前で繰り広げられる死神とオネエ言葉のオジサマのイチャイチャを、彼女は砂浜に座り込みながら見ていた。

 嫌そうな顔を隠しもしない死神はいつものこと。

 その相手の男の人───頭の上には淡い光りの輪と、背中には大きな白い翼。宙に浮いている身体はどうにかした拍子にうっすらと透き通る。

 それはまさに───


「天使だぁ⋯⋯」


 彼女の独り言に(暫定)天使が振り返った。両手を頬に当て、()()をつくりながら喜んでいる。


「やぁん、この()アタシのこと〝天使〟だってぇ」

「変態なオッサンの下手なコスプレだろ」

「アンタその口物理で一生開かんようにしたろかぁ!?」


 地声は想像以上に野太かった。

 死神の胸ぐらを掴み上げてた(暫定)天使だったが、唖然としている彼女の視線に気付いたらしい。

 パッと手を離すと、ん゙ん゙んっと咳払いをして。


「そうよねっ、今度はちゃんとセーラー服着てくるわね!」


 バチコーンっとウィンクでハートを飛ばしてきた。

 それをベシッと手で払いつつ。


「そうじゃねえだろ」

「そうじゃないです」


 死神と彼女の呆れた声が重なった。




「ところで。お嬢さんはどなた? ───〝()()()か〟って聞いたほうがいいかしら」


 先ほどまでのふざけた様子はなくなり、天使の眼光がスッと鋭くなる。

 その眼差しに彼女はビクッと震えた。


「えっと、私は───」


 言い淀んだ彼女はちらりと死神を見た。彼はコクリと頷く、真実を話してもいいということだろう。

 ふぅーっと息を吐くと、天使をまっすぐに見る。


「私は西園寺百合子のクローン体をベースに造られたE-37型サイボーグ実験体の人造人間、現存する唯一でコードナンバー37−3186コードネーム〝ユリコE5〟」


 半年前、全く同じ自己紹介を死神にした。

 そのときは何も感じなかったのに、今はこの事実がつらい。


 ───死神さんとずっと人間らしい生活をしてきたからかな。


 自分が作ったごはんを大切な人と一緒に食べて、夜は心地良いベッドで安心して眠る。

 そんな人間として普通な日々の生活をしていたから。

 クローンでサイボーグで思考をAI制御されている人造人間ということを、否定したくて仕方がない。 


 しばらく沈黙が流れた。

 天使は彼女から死神に鋭い視線を移す。

 死神も隠し通すことはできないだろうと、ため息をついた。


「西園寺研究所の、生き残り。俺が、現場から連れ出した───」


 言い終わるが先か、天使が拳で死神の頬を殴った。堪えきれず死神はよろけたが、彼は反撃することもなく、わずかに切れた口元を手の甲で拭っている。

 見慣れぬ暴力の場面に、彼女は驚いて身動きすらできない。


「───いってぇ」

「アンタ自分が何やったかわかってんの!? 最重要案件だったのよ! 何かイレギュラーが起きたときはアタシが補助に入ることになってたでしょ!!」


 死神は反論しない。ぐっと何か言いたいのを我慢しているかのように、押し黙っている。


「天使さんっ、ごめんなさい! 私が死にたくないって命乞いしたんです!! 死神さんは悪くありません!!」

「お前は黙ってろって!」

「だって死神さんが何も言わないから───!」


 思わず間に入った彼女に死神はギリッと睨む。それに一瞬怯んだところで───


「アナタ、この()に〝死神さん〟なんて呼ばせてるの?」


 天使の呆れたような声が阻んだ。

 死神は気まずそうに彼女から視線を逸らす。


「え? どういう意味───」

「〝死()〟ね⋯⋯アナタ、神様にでもなったつもり? 生殺与奪の権はアナタにはないわ、そこ勘違いしてるんじゃない?」

「そんなんじゃねえよ」

「アンタはこの娘を助けたつもりになってるかもしれないけど、それがどれだけ世界の未来をねじ曲げたかわかりゃしないのよ! その責任どうやって取るつもり!? たかが人造人間1体のために───」

「黙れっ!!」


 死神は手に魔力を練り上げ大鎌を出し、天使を薙ぎ払う。しかし大鎌は天使の身体を素通りするだけで。


「アナタじゃアタシにキズ1つつけられないわ」


 死神はハァハァと肩で息をしている。

 その様子を天使は冷めた目で見ていたが、まわりを小さな光の玉が1つ、ふわふわと飛んでいるのに気付いた。


「さっきの地縛霊の子ね⋯⋯ごめんなさいね、ずっと放ったらかしにしてしまって」


 天使は懐から赤と白のボールを取り出すと、その中に飛んでいた魂を取り込めた。

 ガクリと膝をついた死神のもとに、彼女がかけ寄るのを見て、天使はため息をつく。


「このことを()()()が知ったらただじゃ済まされないわよ」

「もうとっくに知られてる。〝楽しませてよ〟って言われた」

「まさか、()()したの?」


 無言の死神を見て肯定とみなしたのだろう、天使は再びため息をつくと2人に背を向けた。


「もうとやかく言ってもムダってことね⋯⋯アタシはこの子を送り届けに行くから。アナタはそのお嬢さんに真実を教えてあげるのよ。それが誠意ってものじゃないかしら」

「ほっとけ」


 ちらり、天使は振り返ったがそれ以上何も言わず、そのまますぅーっと消えていった。

 砂浜には残された2人。


「⋯⋯消えちゃいました」

「アイツは肉体がないからな」

「だからときどき透けてたんですね、大鎌も通り抜けてたし。あれ、でも死神さん殴られてましたよね、大丈夫でしたか?」


 慌てて死神の口元を見るが、もうそこに傷はない。治癒の魔法陣を使ったのだろうか。


「死神さんからはさわれないのに天使さんからはさわれるなんて不公平ですよねっ!」

「さわりたくもねえけどな」


 ため息をついて死神は立ち上がる。パンパンと膝についた砂を払って、彼女に手を差し出した。


「アパート帰ろうぜ」

「⋯⋯はい」


 いろいろ聞きたいことはある。

 だけどそれ以上に死神の疲れた顔が心配で。


「大丈夫ですか?」

「アパート帰るくらいなら」


 彼女が手を握ると、死神は彼女を引き寄せてギュッと抱きしめた。


「えっ? あ、死神さん!?」


 突然の抱擁に彼女が驚いているうちに空間がぐにゃりと曲がり、2人はアパートに帰ってきた。




 波の音も、潮の香りももうしない。

 月明かりもない、暗い死神の部屋の中。

 代わりに感じるのは、お互いの心音と体温と、自分とは全く異なる匂い。


 ───もっと、感じていたいな。


 彼女が死神の背中に手を回す前に、彼は彼女の肩に手を置くとスッと離れた。

 ポンポンと彼女の頭を撫でて。


「せっかくの海だったのに、最後嫌な思いさせて悪かった」


 死神が目に見えて落ち込んでいる。

 だから彼女は首を横に振り、素直にお礼を言った。


「すごく楽しかったです。また行きたい───死神さんと一緒に」


 できれば、生きているうちにもう一度。

 口に出さなくても死神に伝わったらしい、彼はまっすぐに彼女を見ると1つ頷いた。


「疲れただろ、早く風呂入って寝ようぜ」

「⋯⋯はい」


 死神に聞きたいことはたくさんある。

 天使が言っていた〝真実〟とは、〝契約〟とは。

〝あの方〟とは───


 ───きっと、あのときの声の()()なんだろうな。


〝ボクを楽しませてよ───ただし、()()はしっかり守ってね?〟


 あのとき言われた言葉が再び彼女の頭の中に響く。

 彼女は死神を助けてもらうために、自身の身体と命を差し出すと約束した。


 ───死神さんは何を契約したの?


 じっと見つめてしまったせいか、死神は居心地悪そうに彼女から視線を逸らせた。


「お前が聞きたいことはわかってるけど⋯⋯また今度。必ず、話すから」

「はい⋯⋯わかりました」


 死神がそう言うのなら、今は聞くべきじゃない。

 彼女はお風呂の準備をしてそのまま入浴することにした。




「死神さん? まだお風呂入らないんですか?」

「おー⋯⋯もう少ししたら入る」


 ベランダの柵に身体を預けながら、煙草の灰を灰皿代わりの小皿に落とし、死神は何度目か呼びに来た彼女に返事をした。

 彼女はもうあと寝るだけのようだ。髪も乾いている。

 彼女もベランダに出て、死神の横に並ぶ。

 しばらく2人で夜風に当たっていたが───部屋着姿の彼女には寒かったようだ。腕をさすりながら申し訳なさそうに死神を見上げる。


「じゃあ───私先寝ますね」

「おう」


 死神が彼女の頭をわしゃわしゃと撫でると、彼女は嬉しそうに目を細めて。


「おやすみなさい」

「⋯⋯おやすみ」


 ポンポンとして頭から離れていく死神の手を彼女はまだ未練そうに見ていたが、ぺこりと頭を下げるとそのまま部屋の中へと戻っていった。

 その後ろ姿を見送り、死神がまだ残っている煙草を燻らせていると、彼女の部屋から微かにオルゴールの音が聞こえてきた。

 今日買ったスノードーム、ずっと昔のベストセラーの曲のサビ部分。

 正直、この曲が流行っていたころはつらい思い出しかないが⋯⋯これからは、彼女との楽しい日々を思い出すだろう。


 スマホを取り出し、いつもは消している音を少しだけ出して今日撮った動画を再生すると、画面の中、波の音をBGMに彼女が海で楽しそうに水飛沫を立てながら遊んでいる。


『死神さーん!!』

『バーカ、服濡れてんじゃねえか!』

『あとから死神さんが乾かしてくれますよ!!』

『気ぃ抜くと波に攫われっぞ〜!』

『なに──────ぅわあ!?』

『あっ、バカ!!』


 倒れた彼女を助けに行こうと、スマホを放り投げたところで動画は終わっていた。


「姿は写らねえけど、声は録音できんだな」


 カメラにも鏡にも姿がうつらないから、てっきり音声もそうなんだと思ってた。

 でもこの動画が、自分が彼女と同じ時間(とき)を過ごしたことを証明してくれる。

 もう1回もう1回と、何度も同じ動画を見る。

 デジタルが発達した世の中で良かった。何度見ても色褪せることなく、楽しかった今日1日を思い出させてくれるから。


 部屋の中では彼女が何度もオルゴールのゼンマイを回しているのだろう、同じサビの部分がくり返し聴こえてくる。

 しばらくしてオルゴールの音も聴こえなくなったところで、死神も動画を見るのをやめた。

 スマホを待受画面まで戻したところで、この画面が初期設定のままなことに気付いた。写真のフォルダを開き、青い舌をペロッと出した彼女の無防備な顔を待受設定する。


「これはあれだ⋯⋯飼ってるペットの写真を待受にするのと同じ気持ち」


 萌え袖で上目遣いでアヒル口で虫歯ポーズじゃなくても、これが1番彼女らしくていい。


 ───そこにペット以上の想いがあってはいけない。


 死神は深いため息をつくとスマホをしまい、部屋の中に戻り風呂に入ることにした。




 死神に貸してもらっていることになっているスノードームのオルゴール。

 彼女はベッドの中に入り、ゼンマイを回してその曲を聴いていた。

 百合子(オリジナル)が中学2年のときの体育祭の応援歌。何度も聴いているうちに、困難に直面しても諦めないで前向きに生きること、努力し続けることの大切さが歌われているその歌詞が、入退院を繰り返す自分へのメッセージのように感じて、百合子はこの曲を好きになった。

 人造人間である彼女自身が好きだったわけではないが、このスノードームを買ったときは百合子の記憶が脳内で混乱してたのだ、今日はその症状が何度も出てしまった。


 ───もう、本当にもうすぐ死ぬんだ。


 脳の異常は死が近い事を意味する。


「私にとっての〝ゴール〟ってなんだったんだろうね」

 

 西園寺百合子のクローンとして生まれ、身体と脳を改造されて。

 目標なんて持ったことなかったけれども。

 歌詞を口ずさんでみる。古臭さは感じない、名曲だと思った。


「〝心はそばにいるわ〟か⋯⋯」


 天に還る魂はなくとも、今ある心はあなたと一緒にいたい。


 ───死神さんにとっては迷惑しかないよ。


「そうだね⋯⋯だからこの想いはナイショにしとくよ」


 ほろりと1滴、涙が頬を伝った。それを手の甲で拭う。


 今日1日、すごく楽しかった。

 キレイな海に到着した瞬間、頭から波を被って。

 お魚は少なかったけど、水中観光船で自然の海の中を見ることができた。

 街ブラして変なお面見つけて、アイスクリーム食べて⋯⋯あの写真は消してくれただろうか。

 ステーキ、美味しかったな。

 キレイなスノードームを買ってもらった。

 海に戻って、2人で水の掛け合いっこして遊んだ。あんなの、少女漫画の中だけのシチュエーションだと思ってたのに。

 海に沈む夕日、キレイだったな。次は海から昇る朝日を見たいな───

 それからごはん屋さんで死神の昔の姿を見た女将がいて⋯⋯

 夜の海で花火して⋯⋯

 あとそれから⋯⋯


 徐々に思考がゆっくりになってきて。

 ベランダに愛しい死神(ヒト)の気配を感じながら、彼女は忍び寄ってきた睡魔に身を任せた。


お読みいただきありがとうございました。

この話で〝憧れの海篇〟終了です。

明日の投稿から物語は終盤に向けて動き始めます。

(そんな大層なものじゃないですが汗)

よろしくお願いします。

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