42.憧れの海④
周りに電灯などない、月明かりだけが頼りな砂浜は暗い。
夜の海は太陽が出ていたときとは全く違う様子で───畏怖を感じるような美しさだった。
死神の突然の告白に動揺をしている彼女をよそに、彼は砂浜に着くと何事もなかったようにリュックの中をゴソゴソとしている。
「あったあった」
取り出したのは、結構な大きさのキラキラカラフルなパッケージ。
「え⋯⋯花火?」
「夜の砂浜っつったら花火だろ」
死神はそう言うと、次はリュックよりも厚みのあるバケツを取り出し、海水を掬いに行った。
「ちょ、ちょっと待って! 花火もですけどそのバケツどこから出しました!?」
「どこってリュックに決まってんだろ」
「いやいや花火もバケツも物理的に無理ですよね!? あきらかにリュックより大きいし!」
「うるせえなぁ、ファンタジーだからいいんだよ」
「出た、困ったときのファンタジー! っていうか四◯元ポケ◯ト的な? だとしたらSF!?」
先程の動揺なんてすっ飛んでしまった。
彼女の立ち直りの早さには感心する。
「あの国民的アニメをSFに分類するか」
「22世紀ならあともうちょっとなので近未来SFですね、ど◯でも◯アできるのももうすぐです」
「いやさすがにひみつ道具は無理じゃね?」
「無理かどうかは死神さん自分の目で確認できるじゃないですか」
「⋯⋯そうだな」
そのときはもう、死神は1人。
もし彼女が普通の人間なら、もしかしたら一緒に───
死神はロウソクを砂浜に立てライターで火を点け、花火を1本取り出すと彼女に手渡す。
「ほい」
「ありがとうございます」
彼女は受け取ると先端をロウソクの火に近づける。程なくして赤色の炎が勢いよく飛び出した。
「わぁ!」
思わず彼女の口から歓声が飛び出す。
炎は赤色から緑色、金色に変わり、そして勢いがなくなると、白い煙を燻らせて終わった。
ほんの数十秒のことだった。
「終わっちゃっいました⋯⋯」
「まだあるから次のやればいいじゃん」
寂しそうに言う彼女に、死神はクククと笑いながら次を差し出す。
何度も何度もそれを繰り返し。
慣れてきた彼女は花火を持ちながら「こうすると残像がキレイです」なんて言いながら楽しそうに振り回している。
子どもみたいだ。
「死神さんはやらないんですか?」
「俺? じゃあコレしようかな」
死神がニヤニヤしながら取り出したのは、可愛い動物お尻の絵が描かれた円盤のような形をしたもの。
「なんですかこれ?」
「まぁまぁ、見てろって」
死神がそれの中央に火を付ける。するとモリモリモリっと黒く長いブツが出てきた。
「!?!?」
「う◯こ花火! 懐かしー!!」
ギャハハハハっと死神が笑うのを見て、彼女は信じられないというように怒った。
「下品! サイテー!! 誰がこんなの喜ぶんですか!?」
「世の中の小学生男児と変態なオトナが喜ぶんだよ」
「死神さんのバカ! 変態変態変態!!」
「そんな怒んなよ、つーかこんなんただの〝ヘビ花火〟の絵変えただけじゃん」
砂浜に2人の楽しそうな声が響いて。
しかしそうしているうちにたくさんあった花火も、残りは数本の線香花火を残すのみとなった。
彼女はロウソクのそばでしゃがみこみ、静かに線香花火に火を付ける。淡い橙色の火花が、パチパチと小さく、しかし美しく弧を描くように広がった。
「夏のお祭りのときのおばあちゃん⋯⋯おばあちゃんだった魂はもう生まれ変わってるのでしょうか」
「さぁな。回収された後の魂については管轄外だ」
ぶっきらぼうに言う死神をちらりと見て。彼女はそうなんですかと話しを続けた。
「浴衣も着れたし花火もキレイですごく楽しかった───でも手持ちの花火もキレイですね、打ち上げ花火とはまた違う美しさというか。ホントは夏にやりたかったかも」
「そりゃ気が利かなくて悪かったな」
「秋は月かな、紅葉もキレイですよね。もうすぐだけど私ギリギリ見れるかなぁ。冬はイルミネーション⋯⋯寒いけど空気が澄んでるからキラキラするんだって───見てみたかった」
彼女の持っていた線香花火は、最後まで輝くことなくポトリと落ちた。それはまるで、もうすぐ彼女が死ぬことを予言しているかのようで。
線香花火の残りは2本。
彼女は2本とも火を付けると、1本を死神に手渡した。小さいけど力強く輝く線香花火。
「連れてってやるよ。春の桜も夏の花火も秋の紅葉も冬のイルミネーションも。来年も再来年も、ずっとずっと。お前が望むなら連れてってやる」
線香花火を受け取った死神が、いつもより真剣な顔でそう言ってくれるのが嬉しくて。
彼の強面な顔と繊細な線香花火とのギャップに、彼女はくすりと笑った。
その約束は果たされない。だってもうすぐ彼女は壊れるから。
だけど心が救われた。
今なら、伝えられる。
「じゃあお願いがあるんですけど⋯⋯聞いてもらえますか?」
コクリと死神は頷く。
それを見て彼女がホッとしたようにひとつ息をつくと、再び線香花火は最後を待たずにポトリと落ちた。
死神の持つ花火だけになり、2人はその光りを見つめる。それは最後の力を振り絞るように一瞬強く輝くと、その後は急に弱々しくなり、やがて静かに消えていった。
砂浜に元の暗さが戻ってきた。
「私、人工的に作り出されて。生まれも育ちも全部、自然に反してるんです。だからせめて死んだあとくらい自然の一部になりたい───〝海に還りたい〟」
彼女は立ち上がると波打ち際まで歩いていき、くるりと振り返った。
キレイな笑顔でいたいのに、瞳からハラハラと流れる涙が止まらない。ずっとずっと考えていたことなのに、口に出して話すことがこんなにツライなんて思ってもいなかった。
「死神さんさっき言ってたじゃないですか。〝ここは海から昇る朝日と海に沈む夕日が同じ場所で見られることで有名〟だって」
死神は何も言わない。
だから彼女は続けた。
「私、この海がいいです。私が死んだらこの海に沈めてもらえませんか?」
彼女のその言葉に、死神はくらりと目眩がした。
水族館で言っていたこと、あれは本気だったのか。
現実味を帯びてくる彼女の死。でもここでどんなに否定しても、彼女は納得しないだろう。
死神はギリリと歯を食いしばって、ふぅーと息を吐く。
「わかった。俺が責任持って、お前をこの海に沈めてやる」
「⋯⋯⋯⋯ありがと、ございます」
彼女は指で溢れる涙を拭いながら、にこりと微笑んだ。
本当はその涙を拭ってやりたい。
抱きしめて、自分がなんとかしてやるからと言いたい。
だけど、それはできないから。
死神は落ちていた木の棒を拾うと、砂浜に漢字のようなアルファベットのようなアラビア文字のような───よくわからない文字を描いていく。やがてそれはひとつの大きな陣となった。
「できた」
「これ、転移陣ですか?」
「よくわかったな。まぁ1回限りのヤツだけど、使ったらまた次の陣描いて帰ればいいし」
死神がその陣に手をかざすと、ふわりと文字に光が灯った。
「わぁ⋯⋯きれい」
今日やったどの花火よりも幻想的で。
死神の魔力は本当に美しい。
涙も忘れて彼女がその輝きに見惚れていると、やがて光は弱まっていき、そして消えた。
すると奥深くまで来た波が、転移陣の一部を攫ってしまった。
「あっ! 消えちゃいましたよ!?」
「別にいいよ、俺の魔力がここに留まってればいいんだから」
「そういうもんなんですか?」
「そういうもんだ」
2人は波に少しずつ削られていく魔法陣を眺め、すべてなくなったのを見届けたところで顔を見合わせた。
「そろそろ帰るか」
「───はい」
楽しかった1日ももう終わり。
次もまた2人、笑ってこの海に来ることができるだろうか───それとも。
死神はリュックをガバっと開けると、使用済み花火と海水の入ったバケツをそのまま押し込み、ファスナーを閉めた。
その様子を見て、感傷的な雰囲気が一気に吹き飛んだ。
「ええっ!? 水は!? スノードーム壊れちゃう!!」
「だからファンタジーだからどうにかなるんだって」
死神がリュックをひっくり返しても、海水がこぼれる様子もなく。再びリュックの中に手を入れると、包んでもらったスノードームが濡れることなく出てきた。
「大丈夫だったろ?」
「そういえばジャンボタニシのときもそのリュックからジャージとか長靴とかタモ網も出してましたよね。おにぎりとお茶も。それどんな造りになってるんですか?」
「さぁな、俺も詳しくは知らんけど、入れたモノは入れたときの状態を保つ。ファンタジーの物語によく出てくるだろ、無限収納だとかマジックバッグってやつに近いんじゃねえかな」
「すごーい! そのリュック売ったら一生遊んで暮らせるお金になりますよ!!」
「ホントそれな〜。ちなみにジャンボタニシのときのおにぎりは3年くらい前のやつな」
「⋯⋯え゙ぇ!?」
思わず口を抑える彼女に、死神は「そのとき中身の具2倍キャンペーンだったからまとめ買いしといたんだよ」とクククと笑った。
「そんな前の食べさせないでくださいよ!」
「でも大丈夫だったろ?」
「そうですけど───」
彼女はそこまで言いかけて、ふと、思った。
もし、そのリュックに自分が入れば。入れたときの状態を保つことができるなら。
「あ、あの───」
「昔、俺がこの仕事やり始めたばっかの頃だな───弱ってる仔猫拾ったことがあって」
「仔猫?」
いきなり話が変わった。
死神は海の方を眺めているが、実際に見えているのは彼が過去体験した記憶だ。
その日仕事へ急いでいた死神だが、その仔猫を放っておくこともできず、仕方なくリュックの中に保護することにした。
リュックは入れたモノの〝時間〟を止めることを知っていたから。弱っていても命あるならば、仕事が終わってから動物病院なり愛護団体なりに連れてってやろうと思って。
「仕事が終わってリュックから出した仔猫は確かに生きている温もりがあった───だけど呼吸もしてない、心拍もない。本当にリュックに入れた瞬間で時を止めてたんだよ。それから何時間しても仔猫は生き返えらなかった⋯⋯いや、そもそも死んでないから〝生き返る〟っていう言い方も違うんだけどな」
その不思議な状況をどうすればいいのか。わからなかった死神は、知っていそうな同僚を頼ったのだが。
「結局どうすることもできなくて。俺は仕事じゃなく自分の意思でその仔猫の魂を刈った。その仔猫の本来の寿命はもう何時間も前に切れてたんだ。だけどこの世の枠に入ってない俺が手を出したせいで、その仔猫の魂は輪廻に戻ることなく消滅した」
ひとつの魂を消滅させた死神は、ペナルティを科せられることとなったのだが、それがどんな内容かはまだ知らない。
押し寄せては引いていく波の音が2人を包む。
彼女は悲しそうに眉を寄せ、死神を見つめていた。
「ごめん」
死神は彼女を見ることができなかった、そのひと言を絞り出すので精一杯だった。
しかしそのひと言で、彼女は死神に自分の浅はかな考えが筒抜けだったことを知り、それを恥じた。
死神も何度それができたらと思ったことかと、深くため息をついて。
死神がそろそろ帰ろうかと彼女に手を差し出す。
その手に手を重ねようと、彼女が一歩踏み出したところで。
「あべし!?!?」
彼女は砂浜に顔面から突っ込んだ。
しばし沈黙の後。
「⋯⋯そこは〝ひでぶ〟じゃねえの」
何やってるんだよと、死神が呆れながら手を貸す。
彼女はその手を握りながら、羞恥で顔を赤くした。良いんだか悪いんだか、またしてもしんみりした雰囲気が一気に吹き飛んだ。
「違うんですよ⋯⋯死神さんに近付こうとしたら、急に足が動かなくて」
「足?」
2人して彼女の足元を見ると。
人の手の形をした黒いモヤみたいな何かが、彼女の足首をガッチリ掴んでいた。
「ひぃ!?」
その手はあたりから黒いモヤを集めると人の形になり───ニヤリと笑った。
「───地縛霊!?」
死神は手に魔力を練り上げると、大鎌を取り出しそのモヤめがけて振り下ろす。
砂を巻き上げながらモヤが散り散りになったところで、死神は彼女の手を一気に引き立たせると、一目散に走り出す。
しかし再びモヤは1つに集まると、2人の背後に迫ってきた。
「やべぇっ、あいつ悪霊化した地縛霊だ! とりあえずこのまま逃げるぞ!!」
「ヤバいって何が!? っていうか大鎌で戦ってくださいよ!!」
「バカヤロウ! 大鎌は肉体から魂刈り取るだけなんだよ!! 元々肉体のない奴には効かねぇ!!」
「じゃあ何か他の手段は!?」
「地縛霊はその空間から出られねえ! そこから出るまでひたすら逃げる!!」
「じゃあ転移か縮地! してくださいよ!!」
「あんな高度な術集中しねえと出来ねえよ!!」
砂浜から抜ければこちらの勝ち。しかし砂に足を取られて走りにくい上に、地形はこちらが不利だ。
徐々にモヤとの距離が狭まってくる。
「くそっ、地縛霊なんだから追い掛けてくんじゃねえよ!!」
「でもなんで私たちのこと追い掛けてくるんですか!?」
「たぶんお前の身体を狙ってるんだよっ。あいつは死んだことに気付いてないか死んだことを受け入れられないかっ、この世に残った魂が悪霊になって肉体を求めて彷徨ってるんだ! だからお前を───魂のない、だけど身体は実在してる、お前の身体を乗っ取ろうとしてるんだって!!」
「───!!」
魂のない私。
前々から言われていたことなのに、今さらそれが衝撃的で。
彼女は怯んだ拍子に砂に足を取られてしまった。
「きゃあ!?」
「おいっ!!」
彼女が再び砂に突っ伏す。
それを黒いモヤは見逃してくれなかった。一気に彼女に襲い掛かってくる。
「ぃやああぁあぁ!!」
「くそっ!!」
死神は再び大鎌でモヤを薙ぎ払う。
しかし真っ二つになったモヤは、するりと死神の横を通り抜け、彼女の身体を覆い尽くした。
「やだぁ!! 死神さんっ!!」
「ユ───」
黒いモヤの中で藻掻く彼女に、死神が手を伸ばしたとき。
「ム◯ン・トワイライト・フラ◯シュ!!」
かの美少女戦士の必殺技名が美しいテノールの声で響き渡り、あたり一面がまばゆい光に包まれる。その光に掻き消されるように彼女に纏わりついていたモヤは徐々に小さくなり、やがて消滅した。
光が収まり、美しい月を背後に現れたのは。
「このアタシが───◯に代わってお仕置きよ!!」
死神よりも少し年上───いや、壮年期入ったくらいだろうか。
中性的な男の人が美しいテノールを響かせ、あの有名なセリフとポーズを海の上でバッチリ決めた。
「⋯⋯セ◯ラ◯ム◯ン」
「そろそろ怒られるんじゃね?」
「大丈夫です、読者少ないんで」
「⋯⋯⋯⋯」
お読みいただきありがとうございます。
セ◯ラ◯ム◯ンかプ◯キ◯アで非常に迷いました。
明日もよろしくお願いします。




