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40.憧れの海②

 バスが終点に着くと、そこは活気あふれる街だった。

 賑わう通りを散策しながら、気になる店を片っ端から見て入る。

 可愛い雑貨が揃う店、定番から最新のお土産を扱う店。誰が買うのかわからないような骨董を売る店───


「死神さんっ、このお面よくないですか? THE・死神ってかんじで!」

「ナニコレ⋯⋯死神っていうより特級呪物じゃん」

「お仕事のときコレ着ければ雰囲気倍増ですよ?」

「雰囲気だけじゃ仕事できねえよ、ただ邪魔なだけだな」


 薄暗く2人以外に客のいない、店員らしき人影もない怪しげな店内。

 どこぞの民族の伝統的な魔除けのお面とやらを持っていた彼女が、死神の顔にそれを当てた、その瞬間。

 急に死神がお面ごと顔を押さえながら苦しみだした。


「ぐぁああぁ!?」

「死神さん!? うそっ、祓われちゃう!?」

「ああぁあぁ──────⋯⋯って。こんな三文芝居させんなよ、バーカ」

「あっ、ちょっと死神さんのほうからやりだしたんじゃないですか」


 お面を元の位置に戻し、店の外に出る。

 よくわからないものも売ってるのは、観光地あるあるなのかもしれない。そしてあの三文芝居をやるのもあるあるなのかもしれない。


「売れるんですかね?」

「さあな、テンション上がっちゃった奴がノリで買うんじゃねえの───そろそろメシにしようぜ、腹減った」

「あとから後悔するまでがワンセットですね───昨日の夜焼肉でしたし、今日はやっぱりお魚か何かあっさりしたものにしますか?」

「え、お前さっき肉って言ったじゃん。俺もう口が肉しか受け付けねえけど」

「若いですね〜」

「ま、俺も肉体年齢は25歳だしな」

「わぁ! まさかの同い年!?」

「⋯⋯なんでそこ驚くんだよ」


 お前だって俺のこと25歳くらいって言ってたじゃんと死神がジトリと見ると、彼女は気まずそうに視線を逸らせた。


「え〜っと、なんだかんだで30ちょっと過ぎたくらいかなと⋯⋯」

「そんなところで忖度すんなよ」


 彼女の記憶を頼りにお勧めだという店を探す。1軒は何年も前に閉店したというが、もう1軒は場所を移転して営業していた。

 今でも観光客からの評価は高いらしい、パフォーマンスをしながら肉を焼くステーキ屋。昼時を少し過ぎた頃だが、店外にも順番を待つ人の列がある。


「結構並んでますね───どうします? 別のお店行きますか?」

「いや、せっかくだし食いたい」


 しかし半分列が進んだところで、死神の眉間に立派な皺が刻まれる。行列に並ぶというのは苦手らしい。


「やっぱりやめときます? まだ待ちそうですし」

「ここまで並んだのにやめるの負けたみたいで嫌」

「誰とも勝負してないですけど⋯⋯」


 死神のイライラが伝わってくるのは嫌だなと、彼女は気が紛れるものがないか辺りを見渡すと。道を挟んだ反対側、バスの中で見たカップルが路面店で何か買っているのが見えた。それを2人仲良くスプーンで掬って食べている。


「あ、ちょっと待っててくださいね!」

「え? あ、おいっ」


 彼女は死神をその場に残し、その店に向かう。

 笑顔で戻ってきた彼女が手に持っていたのは。


「アイスクリーム! ブルーハワイ、半分こしましょう!!」

「肉食う前にアイス食うんかよ⋯⋯まぁ食うけど」


 死神は差し出されたスプーンを受け取る。この地域で有名な企業ロゴが印刷されたカップの中、色鮮やかというか毒々しい青と白のマーブルがこんもりと入っていた。


「お前〝半分こ〟とか可愛いこと言ってるけどコレ1番デカいサイズじゃねえか、よう食うな。しかもなんでこの味選んだ?」

「食事の前にバーゲンダッシュを食べると太らないってお妙さんが言ってましたし。味は迷ったんですけど、やっぱりココならコレが定番かなと思って」

「いやお妙さん太ってたし、ポテチ争奪戦してたじゃねえか。しかもこれハ◯ゲ◯ダ◯ツじゃねえし。つーかお前やっぱ詳しいな、わかる俺も俺だけど」


 2人で1つのカップを分け合う。アイスクリームだが爽やかな甘さが舌の上ですぅーっと溶ける。


「意外とうめえな」

「でしょ? でも死神さんだって食べなくても生きていけるって言ってたわりには普通に食べますよね⋯⋯お腹空いたとも言いますし、しかもお腹が空くと機嫌なるタイプじゃないです?」

「腹減って機嫌がいい奴なんていねえよ。食わなくても生きていけるけど、腹は減るんだよ。餓死しないだけ」


 欲求はあるけど満たさなくてもいいってこと、稼げなくて食えなくなっても仕事しろってことなんだろうなと、死神は自嘲気味に笑った。


「え? じゃあずっと前に欲求がないって言ってたのは嘘ですか?」

「あ?」


 確か、無いと言ったのは人間の三大欲求。食欲、睡眠欲、せいよ───


 スプーンを持つ2人の手が、アイスクリームカップの上でコツンと触れる。

 お互い何考えているか、わかったような気がして。

 お互い慌てて譲り合う。


「しっかし絶対この青は食い物の色じゃねえな」

「ベロが青くなるやつですね、美味しかったですけど。確かブルーハワイって決まった味がないんじゃなかったかな。ラムネ味とかソーダ味とか、柑橘系の炭酸飲料風のフレーバーとか。南国イメージしてる青いシロップ使ってれば、全部ブルーハワイだったはず」

「ずいぶんざっくりな定義だな」


 空になったカップをゴミ箱に捨て、彼女はペロっと舌を出して見せた。


「すげー真っ青」

「マジですか」


 舌を出したまま、彼女はゴソゴソと鞄の中を漁っている。どうやら染まった舌を見ようと鏡を探しているらしい。


「おい」

「ぅん?」


 彼女が顔を上げた瞬間、死神は持っていたスマホでパシャリと彼女の顔を写真で撮った。

 

「あ!? ちょっと、不意打ちはなしですよ!」

「なんで? うまく撮れてるじゃん」


 死神は撮ったばかりの写真を見せながらクククと笑う。青く染まった舌を出した、なんとも無防備な顔の彼女。


「ダメダメっ、消してください! 写真撮るなら萌え袖して上目遣してアヒル口して虫歯ポーズしますから!!」

「昔流行ったモテテク全部使おうとすんな」


 彼女はスマホを奪おうとするが、死神はその攻撃をニヤニヤ笑いながらヒョイヒョイと避ける。

 猫がじゃれてるようでちょっと楽しい。そんなことを思っている間に順番が来たようだ。


「もぉ〜っ、ちゃんと消しといてくださいよ!?」

「はいはい、気が向いたらな」

「もぉ〜っ!」


 鉄板のあるカウンター席。目の前でシェフが専属で焼いてくれるらしい。

 ステーキ肉と添え野菜をシェフにオススメを訊きながら注文すると、鉄板コテやペッパーミルが宙を舞い、小気味良い音を立てながら包丁で食材を切っていく。最後にお酒で炎を立て、あっという間に目の前に美味しそうな焼き目のついたステーキと野菜が目の前に並んだ。


「意外にちゃんとウマそうだな」

「意外じゃなくてちゃんと美味しそうですよ」


 彼女は早速ステーキを1切れ口に運んでいる。


「おいし〜っ」

「そりゃ良かったな」


 死神も1切れ食べてみる。正直、観光地価格のパフォーマンス代込みといった感じだが。


「⋯⋯うまいな」


 隣りでシェフのパフォーマンスを褒め称えている彼女。

 彼女がいれば、たとえ泥団子を食べさせられようが美味しいと言ってしまいそうで。

 死神は彼女から見えない位置でスマホを取り出す。先ほどの彼女の写真───消去しないで保存して。

 彼女の続く話に耳を傾けた。


 しばらくして話が落ち着くと、死神の食べるサーロインを彼女が羨ましそうに覗き込む。


「死神さんのも美味しそうですね、よかったら1切れ交換しませんか?」

「別にいいけど」


 彼女はヒレ肉を選んでいる。正直肉の部位の違いまでよくわからない死神は、彼女の鉄板からひょいと1切れ取るとそのまま口に運び───


「───かぁっら!?!?」


 あまりの辛さにゴホゴホっと咳き込む。慌てて手元にあった水を一気飲みしたが、もう辛いどころじゃない、口の中が焼けるような痛さに咽ながら悶絶していると。


「死神さん大丈夫ですか!?」


 驚いた彼女が調味料の小瓶を持ったまま、死神の背中をさすっている。その手に持っているのは、真っ赤な小瓶にドクロマーク。


「ちょ、バカっ、それ、デスソースじゃねえか!」

「コレですか? お好みでどうぞって。このソース初めて食べましたけど、美味しいですね」


 そう言って彼女は死神の鉄板から肉を1切れ取ると、たっぷりデスソースを付けて口に入れた。


「んー、おいし♡」


 先程死神は〝彼女がいれば、たとえ泥団子を食べさせられようが美味しいと言ってしまいそう〟と思ったが、それは間違いだと確信した。


「お前、激辛好きだったんだな」


 てっきりプリン大好きだから甘党だと思っていたのに。死神はたまらず乳酸飲料を注文し、口に含む。


「激辛は苦手ですけど、ピリ辛くらいなら美味しいですよ」

「言っとくけどデスソースはピリ辛じゃねーぞ」


 その後も彼女はデスソースをたっぷり付けながら食べ進め。

 大満足の様子で店を後にした。




 昼食を食べたあとは再び街ブラし、店を冷やかしつつ美味しそうなものを食べ歩き。

 今は昼食の前に食べたアイスの選ばなかったほうの期間限定フレーバーを食べている。

 彼女曰く、甘いものは別腹だそうだ。大きいサイズのアイスを2人半分こ、まだ口の中が辛い死神も遠慮せずに食べる。


「でも食べ歩きって初めてしましたけど⋯⋯やっぱり座って落ち着いて食べたいですね」

「お上品だなぁ」

「だって〝お嬢様〟ですから」

「⋯⋯」


 満面の笑みで言い切る彼女はわかっているのだろうか。

 確かに彼女自身もお金を掛けて育てられたであろう。だけどそれは西園寺百合子のクローン実験体としてであって───


「あ、ここの雑貨屋さん可愛くないですか!? 中入ってみましょう!!」


 どう返事すればよいか迷う死神をよそに、彼女は雑貨屋に吸い込まれるように入っていった。

 空になったアイスのカップをゴミ箱に捨て、死神も彼女の後に続く。


 ───西園寺百合子と彼女(自分)の記憶の境界線が曖昧になってるんだろうな。


 それがどうしてなのか、何となく想像はつくが。

 どうしてもそれを否定したい。


 彼女は店内を順番に回ると、1つの棚の前で止まり、恐る恐る商品に手を伸ばした。

 スノードーム───ガラスのウォーターグローブの中はこの地域の海を模した美しい世界が広がり、 逆さにするとキラキラと粉雪が幻想的に舞った。


「わぁ⋯⋯キレイですね」

「ここ雪降らねえよ」

「そんなことないですよ、大体40年に1回くらい大寒波が来て()()()が降ってます」

「みぞれはみぞれだろ」

「みぞれは気象観測上だと雪に分類されるんですよ」

「なんかモヤっとするなそれ」

「これ、オルゴールみたいですね。裏にゼンマイついてる」


 ゼンマイを回し、流れてきたメロディーは。


「懐かしいな⋯⋯俺が中学のときのだな」


 女性音楽ユニットの代表曲と言っていいだろう。困難に直面しても諦めないで前向きに生きること、努力し続けることの大切さが歌われた名曲。

 よく学校の昼放送で流れていて、心が救われた。


「私この歌好きです───中学2年のときの体育祭の応援歌でした」

「マジで? 俺も!」

「えっ、ホントに同い年なんですか!?」

「なんでそこ信じてねぇんだよ?」


 そこからひとしきり当時の思い出話に花を咲かせ───

 ふと、彼女は思い出したようにため息をつき、寂しそうに笑った。


「やっぱり死神さんは昔、()()()()()として生きてたんですね───百合子(オリジナル)と同じ時代に」

「⋯⋯──────」 


 死神の無言を肯定と捉えたのか。彼女はもう1度ため息をつくと、そっとスノードームを元の棚に戻した。


「買わねえの?」

「買おうかなとも思ったんですけど。残るものって処分に困るじゃないですか⋯⋯私物はなるべく少なくしとこうかなと」


 記憶の混同が治まったのか、彼女自身の死後のことを言っているのであろう。名残惜しそうにスノードームをツンツンとつつく。


「じゃあ俺買おっかな」

「え?」


 死神はヒョイと横からスノードームを手に取ると、レジに向かう。

 会計して、割れないよう包んでもらって。リュックの中に大切にしまって。


「先お前に貸してやるよ。飽きたら返して」

「⋯⋯ずっと返さないかもしれませんよ?」

「それならそれでいいんじゃね?」


 そうなってほしいと思う。

 彼女はふわりと微笑んだ。


「ありがとうございます───死神さん」




 日没まではまだ時間はあるが、そろそろ海のほうに戻ろうと再びバスに乗り込む。


「しまったな⋯⋯さっき転移陣仕込んどけば一瞬で戻れたのに」

「道中もまた旅行の醍醐味ですよ」


 そんなズルしちゃダメですと、彼女はクスリと笑う。

 横並びの2人掛けの席。

 2人の手は、彼女の膝の上でキュッと握り合って。

 窓の外を流れる景色を楽しんだ。


お読みいただきありがとうございました。

明日もイチャラブ(?)が続きます。

よろしくお願いします。

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