4.長閑な殲滅戦②
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「あ、また見つけました」
そう言うと彼女はタモ網でジャンボタニシを掬い、網の中に何匹か溜まると背中に背負っている籠に入れるという作業を淡々としている。
「すげぇなお前。俺よりたくさん捕ってるじゃねえか」
「まぁ慣れればこれくらい───あ、死神さん。左足のところの見逃してますよ」
「おっと、ホントだ」
死神がジャンボタニシを掬うところを見ながら、彼女は額に滲んだ汗を手の甲で拭う。代わりに泥が付いたのは気付いてないらしい。
「さーて、ちょっと遅くなったけど昼メシにしようぜ」
「わーい、お腹ペコペコです」
満面の笑みで田んぼの中、死神に駆け寄る彼女。
死神は首に掛けていたタオルで彼女の額を拭った。
「世話の掛かるヤツめ───そんな顔も出来んじゃねえか」
「??」
「なんでもねえよ」
そのまま田んぼから上がり、木陰に2人並んで腰を下ろす。
死神のリュックから出てきたのは、おにぎりとペットボトルのお茶、保冷剤もないのにキンキンに冷えている。
「コンビニので悪いな、ここらへんは食うところないんだよ」
「いつの間に買ってたんですか」
「ナイショ」
定宿にしているホテルからここまでコンビニに寄った気配はなかったが。
ウエットティッシュで手を拭き、包みを取ったおにぎりに齧り付く。ちなみに昆布とあさりしぐれだった、渋い。
「こういうの初めてです───ん〜っおいしい!」
「そりゃ良かった」
クククと笑いながら死神もおにぎりを口に運ぶ。 さらさらと心地良い風が2人を包む。
だけど心地良いのは風だけじゃない。
「あ、でも死神さん───ずっと気になってたんですけど」
「んー?」
食後の冷たいお茶を飲みながら、彼女は疑問に思っていたことを口にした。
「大鎌は使わないんですか? アレならもっと簡単に駆除できそうなものなのに」
「あ〜、大鎌ねぇ。あれ使うのには色々制約があるんだよ───まず俺が対象となるものを目で見て認識してなきゃいけない。どこにいるかわからない小さな相手には逆に非効率なんだよ」
「そうなんですね⋯⋯」
彼女はあの研究室でのことを何度も思い出す。
あの日あの時。
廃棄処分が決まっていることを彼女に隠しもしない研究者たち。彼女の心は既に凪いでいた。
そして最後のバイタルチェックを行おうとしていたとき、空間がぐにゃりと歪んだかと思うと死神が現れ、あの大鎌を一振りして。
底知れない畏怖と、それから───
「死神がタモ網持って長靴履いて泥だらけになりながら必死にジャンボタニシ集めてんの───カッコ悪くてガッカリしたか?」
にやり、意地悪そうに死神が笑う。
しかし彼女はくすりと穏やかに笑った。
「いいえ、全然───ほっぺにご飯粒つけて可愛いと思ってます」
「!?」
慌てて頰を拭う死神を見て、彼女はクスクスと笑った。
楽しいな───すごく。
あの時この死神に命乞いしたことは、間違ってなかった。
ゴロンと死神が横になるのを見ながら。
「じゃあ殺虫剤とか?」
「俺の何代前かの掃除人が使ったけど思ったより効果が出なかったらしい───今いるジャンボタニシは毒耐性あるやつばっかだよ。それも殺せる毒となると、米食べる人間まで影響が出る」
「じゃあ罠とか?」
「いろいろ試したみたいだけど、どれも一定数は捕れるけど駆除レベルにはならんかったって。まぁ毎年ある仕事じゃなくて十数年に1回くらいだし。コツコツやるのが1番だそうだ」
「え〜でもこれ1人でやるのめちゃくちゃ大変じゃないですか」
彼女も死神に倣って横になる、気持ちいい。土とか草とか身体中付くだろうが、田んぼ作業でもう泥だらけだ、今さら気にすることない。
「キツいけど、あの土地神サマめっちゃ金払いがいいんだよ───すげー儲かる」
死神がニヤっと笑いながら親指と人差し指で丸マークを作った。
それを横目で見ながら───ふと思いついた。
「そんなに儲かるなら業者雇えば良くないですか? アルバイトとかでもいいし」
「⋯⋯え?」
「だって丸2日も拘束されるなら、お金出しても人雇ったほうが良くないです?」
「え⋯⋯それって───いいのか?」
「いや私に聞かれましても」
「え〜⋯⋯人雇っていいなら、今までの俺の苦労何だったんだ?」
「いや私に聞かれましても」
「え〜ヤダ〜そんな方法があったなんて知りたくなかったー!」
「⋯⋯───」
隣りで死神がワァワァ言っているのを聞き流しながら。彼女は目を瞑り、心地良い風に身を任せた。
「あ〜っ! 終わったぁ〜っ!!」
午後の作業も滞りなく行なうことができ、日が沈む頃、2人は25町7反───野球ドーム5個分の田んぼのジャンボタニシの駆除を終えた。
「すげーな、お前。正直ここまで働いてくれるとは思ってなかった」
「いえ⋯⋯肉体労働は初めてでしたが、いざやってみると意外に楽しかったです」
彼女はやり遂げたという満足感から清々しいといった表情をしているが、その顔には疲労の色、ところどころ泥が飛んでいるおり、髪は汗でしっとりと濡れている。
死神がくしゃり頭を撫でてやると、彼女は気持ち良さそうに目を細めた。
「さっきの神社から脇に逸れたところに温泉がある⋯⋯入ってくか?」
「温泉!?」
彼女の目が輝く。
もちろん彼女は温泉に入ったことはないが、百合子の記憶にはたくさんの温泉施設がある、きっと好きだったのだろう。その体験ができるのかと彼女のテンションは上がった。
「あ〜でもお前が思ってるような温泉じゃねえぞ? なんてったって本物の天然温泉だからな」
「本物の天然温泉⋯⋯って、世の中の温泉も天然温泉ですよ?」
「まぁ行きゃわかる」
死神は使っていた道具を片付けると、彼女に手を差し出した。彼女も迷わずその手を取る。
2人は再び神社の方向へ歩き出した。
鳥居をくぐり、拝殿には向かわず鎮守の森を抜けたその先。清らかな小川が流れる河原に出た。
ところどころ岩の間から湯気が出ている。
「え⋯⋯もしかしてここですか?」
「もしかしなくてもここだな」
「あったかいお湯は出てるみたいですけど溜まってないですよ、これでは入れません」
大きめの石をゴロンと転がすと、そこからお湯がじわじわと滲み出してくるが、これでは足湯するのも難しい。
「俺を誰だと思ってるんだ、一応〝死と破壊〟専門だぜ? こうするんだよ」
死神が石を転がした辺りに手を向けると、ボンっという爆発が起きた。
「ひゃあっ!?」
土煙が収まった頃にその場所を見れば、2畳くらいの大きさの窪みの中、お湯が徐々に溜まりだしてきた。
「す、すごーい!」
「しばらくすればお湯の濁りも収まるから。熱かったら川の水で薄めろよ?」
パシャパシャと手でお湯を確かめながら感動している彼女。
死神はリュックからバスタオルを出すと彼女に渡した。
「じゃあ俺今から土地神のじぃさんに終わったって言ってくるから。お前も上がったら神社来いよ」
「え? 死神さんも一緒に入りましょうよ?」
「え?」
「え?」
「⋯⋯」
「⋯⋯───」
シニガミサン モ イッショニ ハイリマショウヨ
それって───モワモワモワン。
その情景を想像して2人は一様に顔を赤くした。純情か。
「わぁーっ! 私1人でゆっくり入ってます!!」
「おうっ、どうぞごゆっくり!!」
死神は彼女に背を向け慌てたように去っていく。
その姿を見送って、彼女は渡されたタオルに顔を埋めた。目蓋の裏に浮かぶのは、死神の裸の上半身。
朝、ジャージに着替えているときに見てしまった。適度に付いた筋肉は引き締まっていて───
わーっ、わーっ! わぁーっ!! 心の中で叫ぶ。
ドキドキしてしまったのだ。
研究室にも若い男の人はいたが、クローンでサイボーグな人造人間の彼女と親しくしてくれる人なんていなかったし、もちろん裸なんて見たことない。
記憶にあるのは、百合子が学生時代、好意を抱いていた男の子と一緒に行った海。
結局数回デートをしただけで、恋人関係には進展しなかったが。
「そっか。死神さんって百合子の好みなんだ」
そのときの男の子の顔を思い出して、心臓がすんと凪いでいった。
このドキドキは刷り込まれたニセモノの感情でしかない。そう思うと、ズキリと心が痛むのもニセモノなのだろうか。
───それは違うよ。
「⋯⋯───せっかくだし入ろうかな」
見ればお湯の濁りも落ち着き、湯量も座れば胸の位置くらいだろう、湯加減も丁度良い。
あたりを見渡して、とりあえず人の目がないことを確認してからジャージと下着を脱ぎ、バスタオルと一緒に岩の上に置く。 もう1枚バスタオルがあれば身体に巻きたいところだが⋯⋯さすがにそこまでは死神も気付かないのは仕方ない。
生まれた姿のまま、足先からお湯につかる。少し熱めかもしれないが、屋外の空気でちょうど良い湯加減になるだろう。
足を伸ばし、ズルズルと肩まで入る。
「ふぁあぁああぁ⋯⋯」
───気持ちい!!
肉体労働で疲れ切った筋肉や節々が重力から解放され、汗でベタついていた肌がスッキリ、大きく息を吸い込めば山の新鮮な空気が肺を満たす。
そして何と言ってもこの温泉、この景色を独り占めしているのだ。
「くぅううぅっ⋯⋯極楽」
顔をバシャバシャと洗い、しばらくそのままおとなしく湯につかっていたが、どうせ誰もいないのだ。もっと欲望に忠実になってもいいだろう。
彼女は大きく息を吸うと、頭のてっぺんまで潜った。毛穴の奥の奥まで浄化されていく。彼女は今、全身温泉に包まれている───ブクブクブクと息を吐きながら限界まで潜り、一気に水面から頭を出し立ち上がった。
「ぷはぁっ! 気持ちいぃ!!」
髪をかきあげ、顔についたお湯を手で払う。
そしてゴキゲンで目を開ければ。
「───え?」
彼女の脱いだブラジャーを握りしめ、レースのショーツを広げ、いやらしい目つきでそれを見つめる老男がいた。
その老男───土地神は彼女の視線に気付き振り向く、2人の視線はバチリと合った。
「ひぃっ!?」
「待て待て小娘⋯⋯これには深〜いワケがっ」
片手にブラジャー片手にショーツ握りしめながら、一体どんなワケがあるというのか。しかも目線が彼女の顔ではなく、その少し下。伸びていた鼻下がさらにいやらしく伸びる。
彼女は今自分が全裸なことを思い出した。タオルや服は土地神の足元にある。
バッと両腕で胸を隠し、腰をひねる。
そして、肺活量の許すかぎり───
「いやああぁああぁあぁあああぁぁああぁぁっ!!」
「よお、じぃさん。終わったぜ〜」
扉を無造作に開け、死神は拝殿の中に勝手に入った。
しかし迎えてくれる返事はない。
「おーい、じぃさん?」
老男も御神体の石もない。
報酬は後から振り込んでもらえばいいし、別に勝手に帰っても構わないとは思うが、やはり仕事として受けた以上、最後の報告まできっちりするのが筋だと思っている───死神は意外と真面目な奴なのだ。
「いないのか⋯⋯しゃあねえな」
長時間の外仕事は流石に疲れた。
よく〝体力と筋力は生身のご令嬢レベル〟だという彼女がしっかり働いてくれたものだと感心する。
床にドカリと座り、ついでにゴロンと横になって伸びをすると、背中と腰の筋肉がミシミシいった。
「あー⋯⋯やっぱ俺も温泉入りたい、かも」
しかし先ほどの〝死神さんも一緒に入りましょうよ〟という彼女のセリフがリフレインする。それと同時に、先日ホテルで見た彼女の太ももとその間の───
「いやいや断じて俺は見てないってば!」
誰に咎められたわけでもないのに。
死神は手で顔を覆い、あ〜だのう〜だの呻いている───耳まで真っ赤だ、純情か。
と、そのとき。
河原のほうから女性の悲鳴が聞こえた。
「!?」
ガバッと起き上がる。
この土地は田んぼがあるだけで人が住んでいるのは山を越えた向こう側。こんな薄暗い時間に来るような観光地でもない。
彼女の身に何かが起こったとしか考えられなかった。
「ちぃっ!!」
死神は自分の身体に身体強化の術を掛けると、入ってきた扉を蹴破り、鎮守の森を一気に駆け抜けた。
長閑な田舎だ、犯罪なんて起こるような場所じゃない。野生動物もせいぜい気を付けるのは鹿くらい、危険な動物はいないと思っていたが、甘かったらしい。
「ユ──────⋯⋯⋯⋯!?!?」
河原に出て、先ほど温泉を掘ったところまで一瞬にして距離を詰める。
そこで見たものは───
「ぅおっりゃああぁああぁああぁぁっ!!」
「ぎゃああぁああぁあ─────────!?」
湯けむりの中、彼女が小柄な老男の背後から片脇に頭を潜り込ませると腰を両腕で抱え、後方へと反り投げた瞬間だった。
「はあぁあぁぁあぁぁ!?」
何が何だか開いた口が塞がらない。
ザッパーンっと湯柱が立ち、土砂降りの雨のようにお湯が降り注ぐ。それが収まった頃、そこに現れたのは、湯の中ゴロンと転がった御神体と、湯けむりの中、肩で息をする彼女。
「初めてバックドロップ生で見た⋯⋯」
「護身術はご令嬢の嗜みです」
「バックドロップは護身術じゃねえよ⋯⋯どこが〝体力と筋力は生身のご令嬢レベル〟だよ」
呆然としながら死神は彼女を見つめていたが。
あることに気付き、その視線が不自然に宙を泳ぐ。
「死神さん?」
彼女はふと自身を見下ろして。自身がいま全裸なことを思い出した(2回目)。
「ひぃっ!?」
「待て待てっ、俺は見てないってば!」
と言いつつ宙を泳いでいた目線が彼女のほうへ下がってくる。見てはいけないものほど見たくなるもの。だけど理性で顔を背けたのに。
しかし彼女は───
「いやああぁああぁあぁあああぁぁああぁぁっ!!」
絶叫した瞬間、足元に転がっていた御神体を死神に向けて投げつけた。
いやいや普通は前隠すとかでは!?
「ぎゃああぁああぁあ─────────!?」
クリーンヒットした御神体に押し潰されるよう、死神はその場に倒れた。
普通の人間だったら大怪我どころか死んでいる。
「死神さんのエッチっ!!」
「⋯⋯───」
彼女がお湯から出て身体を拭き、服を着ている音を川のせせらぎとともに聴きながら。
死神は〝体力と筋力は生身のご令嬢レベル〟とは何か、ぼんやりと考えた。きっと世の中のご令嬢がみんな彼女並に強かったら、この世から身代金目的の誘拐がなくなるんだろうなと、薄れゆく意識の中で───
「⋯⋯っつーか、おい! じぃさん重えよ。早くどけっ!!」
「かぁーっ! お主らには神様を敬う心ってもんがないのか!?」
「てめえはただのエロジジイだろが!! その手に握ってるもんは何だよ!?」
「これは儂の戦利品じゃあ!」
「めっちゃ負けてるじゃねえかっ!」
「ふんっ、じゃあ返す。もぅ帰っていいぞぃ」
「⋯⋯は?」
老男の姿になったスネ夫な土地神に何かを押し付けられ。
死神が呆然としているうちに、土地神は姿を消した。
「はぁ~、もう何だよ⋯⋯」
死神はムクリと起き上がり、土地神に渡された何かをペラっと広げた。
「ぅわあ⋯⋯すっげー、スケスケ」
見てそのままを口にしてしまったそのとき、この世の終わりかのような恐怖を背筋に感じ、恐る恐る顔を上げれば。
にこやかな笑顔に血管ブチギレマークをいくつもつけた彼女が目の前にいた。
「死神さん? 何やってるんですか?」
「え? いまお前ノーパんんんっ!?」
パーーーーンッと乾いた音が鎮守の森にこだました。
スクミリンゴガイの殲滅───ミッションクリア。
〝パーーーーンッ〟
↑↑何気に〝パンツ〟って書いたのがこだわりです。
お読みいただきありがとうございます。
明日も同じ時間に投稿予定です。




