3.長閑な殲滅戦①
本日3話目です。(3/3)
「あの⋯⋯ホントに次のお仕事の場所、ここで合ってるんですか?」
「合ってるよ───俺、ここでの仕事3回目だもん」
新緑が美しい山々の間、太陽に照らされて水面はキラキラと輝き、若い稲の苗は風に吹かれて───
「えっ、ここどこ?」
「一応都内なんだけどな」
「いやいやでもどこにも殺せそうな人いないですよ?」
「⋯⋯お前自分が物騒なこと言ってるって自覚あるか?」
死神はよっこいせとリュックを背負うと、田んぼ道を歩き出した。
「あ、待ってくださいよ〜」
人造人間の彼女も慌てて死神の後を追う。
今降りた電車の駅に背を向けて。
人っ子1人いない、ひたすら真っ直ぐ延びた道を、ひたすら歩き続けた。
一週間前にあった西園寺研究所の爆発事故。
大型機器の漏電から火花が散り可燃性ガスに引火、爆発が起きたということが警察と消防から発表があったと報道された。
死者5名。意識不明だった1人は後遺症なく回復したらしい。
しかし西園寺研究所がこれまで秘匿していたクローンやサイボーグなどの人造人間に関する技術はすべて失われたという。
また、培養していた西園寺百合子のクローン細胞も焼失し、責任者で西園寺家の当主だった百合子の父も死亡したことから、事実上研究所は解散。
この国の人造人間に関する研究や技術は、他国に追い抜かれる可能性もあるという───
「悪かったな」
ビジネスホテルの一室。
テレビのワイドショーで重機に解体される研究所の残骸を観ながら、死神がポツリと言った。
「仕事とはいえ、俺はお前の近しい人たちを殺したし、お前の帰る場所も奪った。お前が延命できる機会もなくなった」
「⋯⋯先日も言いましたが、私は廃棄処分される予定でしたので。逆に言えば延命できたとも考えられます」
「お前は───自分の父親が殺されたとは思ってないのか?」
「〝父〟ですか。確かに遺伝子上〝父親〟ではありますし〝お父様〟とも呼んでいました。だけど世の中の父親は、思い通りに育たなかったと娘を廃棄処分にしますか?」
「⋯⋯しねーなぁ、たぶん」
「あの方々は結局私を研究対象としか見ていなかったし、私も愛情もって接してもらっていたと思ったことはありませんから」
「そうか」
しばらく沈黙が流れたところで、時計を確認した死神はよっこらせと立ち上がった。
「じゃあメシ買ってくるけど、何がいい?」
「───テリヤキチキンサンド肉マシマシLLセットをポテトとジンジャエールで」
「お前さぁ、見た目とのギャップが激しいな。オシャレなどっかのベーグルサンドとかなんとかシェフのふわとろオムライスとかじゃねえのかよ」
「あの身体に悪そうな、背徳な味がたまらないのです」
クククと笑う死神に彼女はプクっと頰を膨らませた。
死神はくしゃりと彼女の頭を撫でると、ドアから外に出ていった。
なんだかんだで世話を焼いてくれる───死神の彼は人造人間の彼女に生まれて初めて〝優しさ〟というものを教えてくれた。
「あーでも俺明日から2日間くらい帰ってこねえぞ? お前どーすんだ?」
「えっ!?」
テリヤキチキンサンド肉マシマシを頬張りながら、彼女が不安そうに眉を下げた。
ちなみに死神はカツサンドセット、サイドメニューはサラダで飲み物はホットコーヒーのようだ。
「この部屋は借りたまんまにしといてやるけど⋯⋯メシは自分でどうにかしろよ?」
「そっ、そんなぁ!」
「いやいやたかが2日だろ? お前世間では成人してる年齢なんだからそれくらいやれよ。っていうかそろそろ自分の身の振り方考えろ、あと半年この部屋に閉じこもったまま死ぬつもりか?」
「⋯⋯───」
テリヤキチキンサンド肉マシマシをジンジャエールで流し込み、彼女はこの一週間、考えていたことを話し出す。
「私は───世界を見てみたい」
「そりゃ大きく出たな」
再び死神がクククと笑う。
「私の世界───〝ユリコE5〟の世界は、あの研究所だけでしたから」
「⋯⋯───」
「西園寺百合子の記憶データには両親や友達と旅行に出掛けた思い出がたくさんあるんです。私はその記憶データを引き継いでいますが、何ひとつ私の体験したことじゃない。悔しいじゃないですか、そんなの」
「それで世界を見てみたいって? 実行するのは大変そうだな」
まぁ少しくらいなら手伝ってやるよ、死神がそう言ったのを彼女は聞き逃さなかった。手に持っていたテリヤキチキンサンド肉マシマシとジンジャエールを置くと、そのまま深く土下座をした。
「おいおい、またかよ───」
「だから、あなたの死神のお仕事に連れてってください!!」
「⋯⋯マジか」
と、いうわけで。
死神と人造人間の彼女は連れ立って田舎道を歩いている───かれこれ1時間。
「あ、あの。そろそろちょっと休みませんか?」
「さっき休んだだろ。お前ホントに人造人間か? 足の裏からジェット噴射の機能とか付いてないのかよ」
「私は骨格と血液のサイボーグ化と⋯⋯あと脳の一部をAI制御してあるだけで、体力と筋力は生身のご令嬢レベルです」
「ご令嬢って⋯⋯あ〜もう面倒臭えな、お前仕事はこれからだぞ? そんなんでやってけるのかよ」
「⋯⋯───」
黙り込んでしまった彼女にため息をつきつつ、死神は道の先を指差した。
「ほら、鳥居が見えるだろ? とりあえずあそこに行くから。もうちょいがんばれ」
そう言って死神は手を差し出す。面倒臭いと言いながらもなんだかんだで面倒を見てくれる。
この人、見た目ちょっとコワイけどすごく良い人だな───死神だけど。そう思いながら、彼女はその手を握った。
「よう、じぃさん。久しぶりだな」
「や〜っと来たか小僧、待ちくたびれたわい。しかも───妙ちくりんな女を連れてきおって」
ジロっとした視線に、彼女もこんにちはと恐る恐る頭を下げた。
彼女が死神に手を引かれて連れて行かれたのは、鳥居の奥にある小さな神社の拝殿の中。
神様が祀ってある場所に、いかにも胡散臭そうな小柄な老男が座っている。
「え、あのおじいさん、めちゃくちゃ罰当たりじゃないですか?」
「罰当たりはお前さんのほうだわい、小娘め」
「いったぁ!?」
離れた場所にいるのに、老男がデコピンの真似をすると、彼女の額に小石が当たったような衝撃がきた。
「あ〜、このじぃさんはな。ここに祀られてる神サマなんだよ、土地神様ってやつだな」
「えぇ!?」
「なんだその反応は⋯⋯妙ちくりんかつ失礼な小娘だわい」
「いったぁ!!」
再び額に衝撃を受け痛がっている彼女を横目で見ながら、死神は頭を掻く。
「あ〜、ちょっとこいつはワケアリなんだよ⋯⋯目ぇ瞑ってやってくれ」
「ふん⋯⋯まぁ儂はしっかり仕事さえしてくれれば良いんだが」
老男は不貞腐れたように言うと、すぅっと姿を消し、代わりに腰丈ほどの石がその場に現れた。
「消えた!?」
「あの祀られてる石が御神体だよ───ほれ、コレに着替えろ」
「わっ!? ───え、何ですかコレ?」
死神が彼女に投げ寄こしたのは、何の変哲もないジャージの上下。
意味がわからないと彼女が頭の上にハテナマークを浮かべていると、死神はリュックの中から自分の着るジャージを取り出し着替え始めた。シャツを脱ぎ、履いていたボトムのボタンに手を掛けたところで。
「そんなにガン見されると着替えにくいんだけど」
「ご、ごめんなさいっ」
彼女は慌てて死神から目を逸らし背を向ける。
ゴソゴソと衣擦れの音がして、程なくして着替え終わったようだ。
「お前も早く着替えろよ」
「死神さんがいたら着替えられませんよ!」
クローンでサイボーグな人造人間ではあるが、一応妙齢のうら若き乙女だ。
彼女が顔を赤くして言うと、死神は一瞬ポカンとしたあとようやく察して「悪かったな、先外出てるわ」と言って拝殿から出ていった。
そして死神の次に気になるのが───
「ただの石、だよね?」
御神体という石、彼女はじぃ〜っと見てみるが動く気配はない。
彼女が手に持っているのは女性物のジャージ。死神の持ち物ではなさそうだから、わざわざ手に入れてきたものだろう。
何故着替えるのか聞きそびれてしまったが、この一週間で死神のことは信用───信頼しても大丈夫だと思っている。
御神体がギリギリ視界に入るくらいに背を向け、着ている服に手を掛けジャージに着替える。脱いだ服を畳んでいると。
「⋯⋯胸はまぁまぁだが尻はペッタンコだな、小娘。もっと肉付けぃ」
「!?」
見れば御神体が再び老男になって、ニヤニヤしながらこちらを見ている。
「小僧のこと好いておるのだろ? 男ってもんはたわわに実る胸と尻が好きってもんよぉ」
「なっ───」
何言ってるんですかと彼女が言おうとしたところで。
老男はむっつり粗い息をしながら、手はモミモミ何かを揉む真似をしている。
「儂に胸を揉ませてくれたら、小娘の願いを叶えてやらんことも───」
「───こんのエロジジィ!!」
ゴッ、ガターン!! と鈍い音が鳴り響いた。
「ぅん? 何の音だ?」
拝殿の外で待つ死神には、それが何の音だか知る由もなかった。
「うぅ⋯⋯骨が合金じゃなかったら折れてるところでした」
「骨合金なのかよ」
着替えるだけで何故か手を痛めたという彼女にテーピングを巻いてやりながら、死神は可笑しそうにクククと笑った。
田んぼの畦に2人並んで座っている。
ものすごく、長閑だ。
「でも神様がこんな田舎のあんな小さな神社に住んでるとは思ってませんでした」
しかも変態。あのスケベ爺が神様だなんて信じたくない───そのスケベ爺に先程言われたことを思い出してしまった彼女の眉間にシワが寄る。
「さっきも言っただろ、あのじぃさんはここの土地神なんだって。この国には〝八百万の神様〟がいるって昔から言うだろ、神様なんてそこら中にいる」
「え、そうなんですか?」
「そーそー。そんでその神様たちの意に反するものの排除ってのが俺の仕事。⋯⋯まぁそれだけじゃないけど」
一週間前の光景が脳裏に甦り、彼女は一瞬顔をしかめた。
魂を刈り取られた彼らに特別な感情を抱いていたわけではないが、目の前で人が死ぬのはやはり悲しいことだ。
しかし死神の仕事に連れていってとお願いしたのは自分だと、彼女は深呼吸で心を落ち着かせる。
「それで───今日はどなたの魂を刈るのですか?」
「覚悟しろよ───今日は殲滅戦だ」
「殲滅戦⋯⋯」
それはまた最初から精神的にキツそうな───この長閑な田舎のどこかに、悪の組織の中枢があったりするのだろうか。
「さて、やるか」
「え、どこで?」
「どこって、ここに決まってるだろ───この25町7反の田んぼだよ」
「25町7反の田んぼ?」
「そ、相手はスクミリンゴガイ───通称〝ジャンボタニシ〟の駆除」
「⋯⋯⋯⋯え?」
死神はどこから取り出したのか長靴に履き替えタモ網を持ち、よっこいせと立ち上がった。
淡水巻貝スクミリンゴガイ(通称:ジャンボタニシ)は、この国より暑い国が原産で、1世紀近く前に食用のため国内に持ち込まれたが需要がなく、飼育施設から持ち出された個体がそのまま野生化。生育初期の稲を食害し、各国で大きな問題となっている───
彼女は死神にスマホを借りてスクミリンゴガイなるものを調べるが、どうやら悪の組織ではないらしい。
死神はタモ網で稲の苗の根本をガサゴソと揺らしている。
「ちなみに25町7反ってここの場所のことですか?」
「広さだよ───だいたい野球ドーム5個ちょっとだな」
「⋯⋯ぇえ゙!?」
「2日くらいかかるって言っただろ〜? 早く帰りたいなら手伝えよ、そこにお前の分の長靴とタモ網あるから」
「えっ、無理ですよ⋯⋯汚れちゃうし」
本物のお嬢様だった百合子も田んぼに入った記憶はないし、クローンでサイボーグな人造人間の彼女もずっと研究所暮らしで泥なんて触ったことがない。
気まずくなって彼女が目を逸らせば、死神は作業を止めてため息をついた。
「あのなぁ、俺はお前を遊ばせるために連れてきたわけじゃないんだぞ? お前が飲み食いするものも着てるものも寝泊まりするところも俺が金を出してやってる。だけどあと半年ずっと無償で世話してやるほどの善意は持ってねえ」
「⋯⋯───」
「嫌ならさっさと独り立ちしろ。俺はお前が勝手に壊れて死んでくれたほうが楽なんだから」
彼女はあからさまに顔を顰めた。さすがに傷付いたらしい。
死神は再びため息をつくと、ほらよ、と言って持っていたものを彼女に投げて寄こした。
「わわっ───!?」
べちょ─── 彼女が思わずキャッチしてしまったもの。
10cm近くはあるだろうか、硬い巻貝でその中からぬるぅんとした粘膜に覆われた胴体と触手のような───
「ひぃっ、い、いやぁああぁぁあぁああぁぁあぁ!!」
彼女の断末魔のような叫び声が、25町7反の田んぼに響き渡った。
お読みいただきありがとうございます。
明日も同じ時間に投稿予定です。
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