33.水族館デート③
イルカショーが終わったのか、館内に客の姿が多くなった。先ほどは全く人気のなかった標本室にも、パラパラと先客がいる。
それでも死神は気にせず奥に入っていき、クジラの骨格標本の前まで来た。
「大丈夫なんですか?」
「ん⋯⋯」
ポルターガイストみたいに骨がガタガタ鳴ったら、きっと大騒ぎになる。
彼女はそう心配したが、死神はスマホを取り出すと、件のアプリを開いて何やら打ち込んでいる。ポルターガイストもなければ、頭に響く声もない。
彼女はその様子を見ながら、先ほどの死神のことを思い出していた。
数か月死神と一緒にいるが、あんな口調で怒られたのは初めてだ。それだけ死神にとって嫌なことをしてしまったのだろう、彼は理不尽なことは言わない。
もう一度きちんと謝ろう、そう彼女が思ったとき、死神がちらりとクジラを見上げるとスマホをしまい、歩き出した。
「もういいんですか?」
「あぁ、もう終わった」
手を繋いだままだったので、死神に引かれるように彼女も歩く。後ろを向いて、ぺこりとクジラの神様に頭を下げた。
〝自分の生も歩めぬ哀れな人間もどきたちよ⋯⋯せいぜい藻掻け〟
「え───?」
それってどういう意味ですかと彼女が訊く前に、舌打ちした死神に手を引かれ、2人はその部屋を出た。
「さて、そろそろ昼メシ何するか考えようぜ」
「⋯⋯イワシの蒲焼き?」
「目の前の魚を食おうとするなよ」
「え〜だってきっと新鮮で美味しいですよ?」
「まぁ気持ちはわからんでもないけど」
銀の鱗をキラキラさせながら3万匹のイワシの大群が渦を巻いている。
「サバの味噌煮でもいいですね」
「それを言うならカレイの煮付けかな」
2人は大きな水槽の中を泳いでいる魚を指さしながら、何を食べたいか言い合う。
「なんか和食ばかりですねぇ⋯⋯鯛のカルパッチョ?」
「ヒラメのムニエル」
「あっ、フカヒレ!」
「って、いやいやそういう意味じゃなくてだな。レストラン行くのかフードコートにするのか、それとも───」
そのとき、2人の目の前にうにょうにょと現れたのは。
「タコ焼き?」
「タコ焼き!」
今日の昼ごはんが決定した。
水族館でこういう会話する人って、結構いると思う。
「うわぁ〜! おっきいプール!!」
「世界最大級ってのが売りだからな」
「世界最大じゃなくて世界最大〝級〟なんですね」
「ここの水族館を作ってすぐ他国の水族館に抜かれたんだと」
「あ〜、あるあるですよね」
アシカやシャチ、イルカショーなどを行う屋外のメインプール会場は正面に巨大なスクリーン、世界最大級のプールをぐるりと半周するように階段状の観客席が取り囲み、さらにその外側に飲食の屋台やキッチンカーが連なっている。観客席はショーなどがない時間は、飲み食いできるスペースとして解放しているらしい。
今日は天気も穏やか、予想以上に多くのグループが楽しそうに談笑しながら、屋台のものをつついていた。
「イルカショー1時間後みたいですよ。みんなお昼ごはん兼場所取りしてるのかも」
「なるほどな、俺らも何か買って席探すかぁ」
「あっ! しにが───たっちゃんが夏祭りのときに言ってた〝はしまき〟売ってますよ!」
「お〜マジか。買う買う」
はしまきとタコ焼きに焼きそば、ポテトを買う。これでは足りないと名残惜しそうに屋台を覗く彼女に、死神はデザートはメシ食った後にしろよと席を探す。
「あ、待ってくださいよ〜」
揚げたてチュロスに後ろ髪ひかれながら、彼女は死神の背中を追いかけて。
前の方だが端に寄っている席にするか、少々後ろの方だが正面から見える席にするかでさんざん悩み。結局少々後ろの方だが、通路横の見晴らしの良い中央付近の席を確保した。
「結構いい席じゃないですか、全体見えるし! イルカショー楽しみぃ〜」
「おう」
彼女はご満悦な様子で膝の上で落ちないように包みを開け、ハフハフしながら美味しそうにタコ焼きを頬張る。
「ぅんま〜! 夏祭りのとき屋台で買ったの甘い系ばっかりだったから、屋台のタコ焼き食べてみたかったんですよね」
「それは良かったな。しっかし見事に炭水化物ばっか」
「1食くらい栄養偏っても大丈夫、夜は野菜多めにしときますね」
「いや別に気にしてねえけど。お前あとからチュロスも食うんだろ?」
「えっ、よくわかりましたね! やっぱり読心術ですか!?」
「心なんて読まなくてもお前顔に出過ぎなんだよ」
「ぁいた!? ちょっと! なんでデコピンするんですか!!」
「そこにピンしやすいデコがあるからだよ」
「ヒドい! どういう意味ですか!?」
「別に。そのまんまの意味だけど───はしまきも食う?」
「食べますけど!!」
額を押さえプンスコ怒る彼女を見ながら、死神はクククと笑った。
先ほどまでのギクシャクした感じは既になく、2人は自然に笑い合い。全部食べてしまった彼女がソワソワしはじめれば、死神は「チュロス買ってこいよ」と促す。
「じゃあゴミ捨てもついでに行ってきますね! しにが───たっちゃんもチュロス食べますか?」
「俺はいらんけど。そのかわりにホットコーヒー買ってきて、チュロスのキッチンカーで売ってたから」
「了解です」
ひとまとめにしたゴミを持ち、彼女は意気揚々に階段を上っていく。
その後ろ姿を見送って。死神は眼下に広がるプールを見渡した。
水面がキラキラして眩しい。ここでイルカたちがパフォーマンスをすれば、それはそれは見ごたえのあるものだろう。
よく考えれば自分は水族館というものに来たのは初めてだ。テレビや何やかんやでその光景は見たことあるから、久しぶりくらいの感覚でしかなかったが。
そこから死神の思考は過去へと向かう。
思い出すのは小学生のまだ低学年のとき。遠足が水族館の年があった。その頃は学校行事でもそういうイベントは料金別徴収で。両親にその金惜しさで遠足を休ませられた。
薄暗い部屋の中、兄弟で魚の絵を書いて寂しさを紛らわせて───
「───ちゃん、たっちゃん?」
「何?」
「考え事ですか? すっごい眉間に皺寄ってましたけど」
「別に⋯⋯さんきゅ」
嫌な思い出だ、こんなしょうもないことばっか憶えてる。死神は眉間を揉んで皺をほぐす。
彼女から紙コップに入ったコーヒーを受け取って。それと一緒に小さな紙袋に入ったものを渡された。暖かい、出せばそれは表面に水族館のマークとイルカのイラストの焼印が押された───
「何で大判焼き?」
「たい焼きもあったんですけど、こっちのほうが可愛くて。それにコーヒーとあんこって合うんですよね〜っていうか、たっちゃん〝大判焼き〟って言いました? 絶対〝今川焼き〟ですって」
「〝御座候〟とも言う」
「え〜? 何ですかそれ初めて聞きました」
笑う彼女の手にも、大判焼き今川焼き回転焼きおやきその他色々な呼び方のあるそれとチュロス、レモンティー。
「俺コーヒーだけ頼んだつもりだったけど」
「しにが───たっちゃん食べないなら私食べますよ?」
「いや、食うけど」
隣で彼女が美味しそうに頬張るから。死神もそれにかぶり付く。
「久しぶりに食うけどうまいな」
「ですね」
「これも炭水化物だけどな」
「だから気にしませんって」
ソース味が充満していた口の中が、あんこの優しい甘みに満たされていく。苦みの強いコーヒーをひと口飲めば、スッキリとした味わいに変化する。
他愛のない話をしながらゆっくりしていると徐々に人が増え、いつの間にか会場は満席の大混雑になっていた。
「お昼ここで食べて大正解でしたね」
「んだな」
プールの奥ではイルカショーに出るトレーナーたちが集まっているのが見える。
もうすぐショーが始まるようだ。
軽快な音楽とともに、前方の客席からワァ~っと歓声が上がった。見れば正面にある巨大スクリーンに手を振る観客が縦横20人くらい映っている。映像は端から端へ順に横へ移動していき、そして上の段へ。少しずつ、死神と彼女が座る席に近づいてくる。
───マズいな、どこからだ?
視線を巡らせるが、死神の強化した視力でもそれらしきカメラとカメラマンが見つからない。魔力をレーダーのようにして詮索するが、どうやらカメラはリモートで動かされているようだ。
どこにあるかどこにいるかを死神自身が認識しなければ、カメラを壊すこともカメラマンを操ることもできない。
スクリーンを破壊することはできるが、水族館の損害や観客への影響を考えると───いや、電気回路だけにすればそこまで───でもそんな細かい作業今から初見でできるのか───迷ってる暇は───
「あっ、もうすぐ映りますよ! ピースにするか手を振るかどっちにしよう? 今映った人たちみたいに2人でハートつくるのも可愛いですよねぇ」
ごちゃごちゃ思考を巡らせる死神をよそに、彼女がワクワクした様子で彼の顔を覗き込む。
また自分は彼女に悲しい顔をさせてしまう、そう思うと死神の胸はズキリと痛んだが───しかし迷っている時間はない。
「しにが───たっちゃん?」
「悪い、急用ができたから俺行くわ」
「え⋯⋯?」
「お前はここにいればいいから。終わったらクジラの神様んところ集合な」
「お仕事ですか? じゃあ私も───」
「いいって、イルカショー楽しみだったんだろ?」
「でも───」
「いいからお前はここにいろ!」
「───!!」
死神にそう強く言われ。怯んだ彼女は何も言い返すことができなかった。
死神はちらりと彼女を見たが、そのまま席を立ち階段を上がっていく。
彼女は振り返って彼の背中を見送って。
ちょうどその頃、スクリーンは彼女の席付近を映していた。後ろを向く女とその視線の先の何もない通路───熱気に沸く会場内で、誰もその異変に気付くことはなかった。
死神がメインプールの会場の脇にある水族館本館の入口を入っていったのを見届けて、彼女はしょんぼりと正面のプールに向き直る。反対隣りに座っているカップルから気の毒そうな視線を感じるが、それに対してはもう何も思わなかった。
『みなさ〜ん! こんにちはー!!』
ひときわ大きい音楽が響き、ステージ上には笑顔の眩しいウエットスーツを着たトレーナーたちの姿と、彼らの身振りに合わせて水面から勢い良く数頭のイルカが飛び出し、華麗にジャンプを決めた。
激しく飛沫があがる水面とは真逆に、彼女の心は急速に凪いでいく。
スクリーンにはイルカたちの勇姿がリアルタイムで映し出されていて。
拍手と歓声が沸き上がる会場で、彼女だけが異世界に取り残されたように、静かにそこに座っていた。
お読みいただきありがとうございました。
投稿はじめて今日で1ヶ月、休み無しです!
私、エライ! 私、スゴい!!
閲覧数は⋯⋯まぁそんなことは置いときまして。
明日も自画自賛しながら投稿予定です。
よろしくお願いします。




