32.水族館デート②
「神様が人間の姿じゃないってこともあるんですね」
「逆に何で神様が人間の姿だけだと思った? 人間だけが神様になれると思うのは人間だけの考え方だな」
「どういう意味ですか?」
「そういや前に神様も死ぬって話ししたけど、神様が生まれるってのはしてなかったっけ。例えばジャンボタニシのときのじぃさん。あの土地神様はもともとあそこの河原にあったでっかい岩だ。昔あるとき誰かがその岩に人の顔の模様があるって言い出して、それはきっと神様に違いないって人々の信仰を集めるようになった。何世代も長いこと崇められた岩はやがて魂が宿って───で、あそこの土地神になったとさ。めでたしめでたし」
「あの変態じじぃが!?」
「お前口調が⋯⋯まぁいいか。熱心に信仰してたのがエロい奴だったんじゃね?」
なんか納得できないが。まぁ八百万も神様がいたらあんな神様がいてもおかしくないだろう。
標本室からペンギンの展示のところまで脇目もふらず話しながら歩く。
「じゃあさっきのクジラの神様は?」
「50年くらい前だったかな、ここの近くの川に迷い込んだのがさっきのクジラ。当時できたばっかだったここの水族館の初代館長が海に戻そうと色々がんばったらしいんだけど、クジラは病気もあって海に戻せなくてな。死ぬまで1ヵ月くらいだったか、その館長が私財を投げ売って保護して。死んだら手厚く葬って。そのクジラは恩を感じてここの守り神になったんだと」
「へぇ〜なんかいい話ですね」
「まぁそうでもないんだけどな〜その館長ってのは公金着服とか怪しい環境団体と懇意にしてるとか黒い噂があって。クジラのことは売名でしかないって」
「え〜⋯⋯」
「そんでクジラを土に埋葬してから何年か後に骨格標本にするために周囲の反対も聞かずに掘り起こして。水族館でその標本の一般公開が始まってしばらくした頃に、館長の水死体が見つかったんだと。クジラが迷い込んで死んだ同じ川で。クジラの祟りって言われてる」
「え゙!?」
いきなりホラーが始まった。寒くもないのに彼女の腕にゾゾゾと鳥肌が立つ。
「えっ、ちょっ、嘘ですよね!?」
「さぁな。ま、ひとつ言えるのは、神様による祟りで人が死ぬってことはない。魂を刈れるのは俺みたいな奴だけだ。それにこの国では年間で千件以上の殺人事件が起きてる。世界中だと50万人近くの人間が人間に殺されてる。俺より神様の祟りより人間のほうがよっぽど怖い」
クククと死神が笑うのを見て、彼女がもぉ〜っと怒る。
「じゃあ死神さ───え〜っと、たっちゃんはどうして〝死神〟に?」
彼女は死神の顔を覗き込むようにして問いかけて───彼のうっすらとした微笑みに次の言葉が出なかった。
先ほどまでの人をバカにしたような笑いでもなく、腹を抱えた爆笑でもなく。
───どうしてそんなに悲しそうな顔するの?
死神はふぅーっとため息をつくと前方を指差す。
「ほら、ペンギン見えてきた。とりあえず1番手前にいるペンギンに何やるか聞くか」
「あ、あの───」
しかし何と言えば良いのかわからず、彼女はその場で立ち尽くし、前を歩く死神の背中をただただ見つめるしかなかった。
まだイルカショーの途中ではあるが、さすがに標本室とは違い、ペンギンは人気者らしい。何組かの客が水槽の前を陣取り、ガラス越しにペンギンを可愛い可愛い言いながら観ていた。
ペンギンの展示室は通路を挟んで向き合うように階段状にベンチが設けてあり、客が休憩しながらゆっくりできるようになっている。
彼女は何となく死神に近づきがたく、今は人がまばらなベンチの隅に腰を下ろした。
死神は他の客を避けながら水槽の前まで行く
と、ガラス越しに近寄ってきた人懐っこいペンギンに向かって心の中で話しかける。
───よお、クジラの神サマから言われて来たんだけど、何すりゃいいの?
その声に気付いたペンギンが死神を見上げながら〝ア゙〜ア゙〜〟と鳴き声をあげた。
〝あ〜、今日来てくれる業者さんってアンタのこと? ちょっと待ってて、リーダー呼んでくる〜〟
業者じゃないんだけど。そう思いつつも、まぁペンギンから見ればやること業者と変わらんのだろうなとしばらく待つ。
するとペンギン語を理解する変な人間が来たと、好奇心旺盛なペンギンたちがわらわらと死神の前に集まりだした。
〝おいっ、オレらの言葉がわかるのか!? すげーな、人間!!〟
〝わたしの言ってるのがわかるならさぁ、飼育員にイワシじゃなくてたまにはイカ食べたいって伝えて〜〟
〝つーか人多過ぎ、観られるのもストレス溜まるんだけどぉ? プライバシーって言葉、人間知らないのぉ?〟
好き勝手に言っているが、周りからすれば、ペンギンが〝ア゙〜ア゙〜ギャ~ギャ~〟と騒いでるようにしか見えない。
「ねぇ、あの人。めっちゃペンギンに威嚇されてない?」
「人相悪すぎなんじゃね」
「人の善悪は動物のほうがわかるって言うしね〜」
クスクスクスと他の客から笑いが漏れ、死神が1人いたたまれない気持ちになったところで、先ほどのペンギンがリーダーというペンギンを連れて戻ってきた。リーダーというから貫禄があったり歳取ってたりするのかな〜と思ったが、ペンギンの顔は結局どの個体も同じに見える。
〝おぉ〜、ようやく来てくれたか。待ちわびとったぞ〜〟
───遅くなって悪かったな。クジラの神サマからペンギンに直接聞けって。んで何してほしいんだ?
〝ん〜っとだな、あそこの岩場の出っ張り。あそこな〜、水飛び込むときに足にあたって地味に痛いんだよ〜。だからイワシの頭1匹分削って欲しいんだけど〟
───えっ、そんだけ?
〝そんだけ〜〟
マジか。
時間と交通費を掛けて来たわりには⋯⋯っていうかそれ俺の仕事なのか、ホントに業者だなと頭を抱えるが、まぁ簡単にできて報酬がもらえるならいいかと思わないでもない。
今回の報酬は正直安い。2人分の交通費を考えたら完全に赤字だが、仕事なんて普通は1人でやるものだし、彼女を連れてきたのは自分の勝手、彼女も楽しんでいるからいいのだが。
───わかった。じゃあ今から始めるから、しばらくあの岩場には近づくなよ?
〝おっけ〜〟
再びペンギンたちがア゙〜ア゙〜ギャ~ギャ~騒がしくなり、しばらくすると全員が岩場とは反対のほうに集まりだした。
それを確認して死神はベンチにいる彼女の隣に腰を掛ける。待ってましたとばかりに目をキラキラさせた彼女がコソっと話しかけてきた。
「ペンギンさんと会話してました?」
「あ? そりゃ聞かないとやることわからんし、話しくらいするだろ」
「いえ───ペンギンさんが人語を理解するのもすごいですけど、ペンギン語を理解するたっちゃんが1番すごいです」
彼女が尊敬の眼差しを死神向ける。
別に人以外とも話せるのは死神の能力で、自身の努力というわけではないから、特別すごいことでもないのだが。
「仕事上、人間以外の生物とも意思疎通できるようになってる、たぶんだけどな。まぁ相手に俺の言葉を理解する知能があるのが前提だけど───ジャンボタニシとかキノコはできんかったしな」
会ったことない生物とはわからないが、今だって初めてペンギンと会話しようと思って会話できたし、おそらくこの認識で間違っていないだろう。
「もうチートじゃないですかそれ」
「普通の人間ならそうかもな」
チートだとしても、この仕事以外にこれらの能力を発揮する場所はない。そのなんともやりきれない境遇にニヤリと笑って。
彼女は何か言いたげだったが、死神はふぅーっと1つ深呼吸をしてペンギンの水槽に視線を向けた。
「じゃあ今から仕事するから、1人でどこか行ってきてもいいぞ?」
「お手伝いすることがあればします───どんなお仕事だったんですか?」
「あ〜、手伝うことはねえなぁ⋯⋯あそこの岩の尖ってるところ2〜3センチ削るだけだから」
「⋯⋯え?」
それって死神の仕事なんですかと口から出かかったが、彼女はなんとかそれを堪える。
しかし死神本人もなんだかな〜という顔をしているということは、本来なら死神がやるような仕事ではないのだろう。
「〝死と破壊〟専門だから、間違っちゃいない⋯⋯のか?」
「そこ疑問形ですか?」
「めっちゃ小規模な破壊って考えりゃ間違ってない、はず」
それ自分に言い聞かせてますよねと、クスクス彼女が笑う。
その顔を見て死神も軽く笑った。
「ま、でも誰にも気付かれないようにやるなら5分くらいはかかるかな───」
そう言って死神は魔力を練り始めた。
意外と細かい作業は難しい。ドカーンと1発で破壊するほうが何倍もラクだし簡単だ。
他の客に怪しく思われないよう、少しずつ岩を削っていく。
ペンギンが岩とは反対側に集まっているので、客もそちらに集中しているし、ベンチに座っている他の客もペンギンの様子を眺めていたり同行者と話し込んでいたりと、バレることはなさそうだ。
彼女は目を細めたり逆に見開いたりして、死神が削っている岩の様子を見ようとしているが。
「え⋯⋯削れてますか? ここからじゃ全然見えない」
身体が弱かった百合子だが、目は良かった。視力検査表の〝C〟の向きは1番下までスラスラと読めた。それはクローンである彼女も受け継いでいる。それでもここからは岩の凸凹した質感はわかるが、どこが変化しているかまではわからない。
「削ってるってば。あともう少し」
「この距離からホントに見えてます? 視力サンコンさん並ですか?」
「6.0かは知らねえけど、視界に入るものならほぼ全部見える。カメラで照準合わせるみたいなもんだな」
「へぇ〜、すごい便利」
死神の能力を便利といっていいかわからないが⋯⋯彼はずっと同じところを見ている。おそらくその視線の先のどこかが削れているのだろう。
彼女はその死神の横顔を見つめる。
整った顔をしていると思う───好意を寄せているから、余計そう見えるだけかもしれないが。
自分でカッコいいとかイケメンとか言っているが、いざ他人から言われると照れてしまう───そんな可愛い一面もある。
目つきは鋭いが、悪い人ではない。処分し損ねた彼女に住む場所を与えて、養ってくれている。悪い人ではないどころか、面倒見の良い、優しい人⋯⋯死神だけど。
じーっと見つめていると、死神の目の瞳孔が仄暗い赤になっていることに気付いた。薄暗い館内はどちらかと言えば青っぽいにもかかわらず。消火栓表示灯でも目に映っているのかと思ったがそれは背中側にあり、角度的にありえない。
蠱惑的。なのに感じられるのは、どうしようもないほどの畏怖。やはりこの人は、普通の人間とは決定的に何かが違う。
彼女の背中がゾクリと脈を打った。
「しにが───たっちゃん」
「あ?」
ボソっと声を掛けた彼女のほうに死神が顔を向けると、目の中に灯っていた赤色はすぅーっと引いていき、普通の見慣れた黒色になった。
「なに?」
「あ⋯⋯えっと」
思わず声を掛けてしまったが、何と言えばいいのか。
オドオドしている彼女の頭を、死神がわしゃわしゃと撫でる。
「もう終わるから」
「⋯⋯はい」
死神は再びペンギンのいる水槽に目を向ける。
やはり見間違いではない、死神の目が赤くなって───
「なんだよ───そんなに俺がかっこいいか?」
再び見つめていたのがバレたらしい、死神は前を向いたままクククと笑った。
「えっと、そうじゃなくて───」
「違うのかよ」
残念そうに言うが、そんなに気にしてもいないのだろう。
いつもの彼女なら「死神さんはカッコいいです」とフォローを入れるところだが、見てはいけないものを見てしまったような気がして、何と言い訳すればよいのかと考えて───結局、素直に言うことにした。
「あの、お仕事してるときのしにが───たっちゃん、目が赤くなるんですね」
「あ? そうなの?」
「はい⋯⋯夜にカメラのフラッシュで赤くなる感じじゃなくて、もっと妖しい赤色で」
「へぇ、自分じゃ見たことないから知らんかった」
「すごく不思議な色で⋯⋯吸い込まれそうというか惹き込まれるというか」
死神は別に興味ないなという感じで、仕事を続けている。見たことないというなら、もっと違う反応があってもいいのに。
「スマホで撮ってあげましょうか」
「⋯⋯写真撮られるの嫌い」
フォトスポット素通りされたのは写真嫌いだからか。
これは死神とツーショットが撮りたいという彼女の小さな願いは叶いそうにない。
「え〜でも1回見てください、ファンタジーですごくカッコいいですよ?」
「いいって」
「あ、じゃあ鏡で見ます? 私鏡持ってますよ───」
彼女はバッグの中からフェイスパウダーのパクトを取り出す。パカリと開けて中の鏡を死神に向けた瞬間、彼の顔色が変わった。
「やめろって!!」
パクトを持つ彼女の手を、パシッと死神が振り払う。
カツンっ───カラカラカラとパクトが転がり、死神の怒声が響いたペンギンの部屋は一瞬シーンとなった。
「ご、ごめんなさい⋯⋯」
死神の本気で怒っている形相に、彼女は小さく謝ることしかできない。
「え〜ケンカ? カノジョかわいそー」
「カレシのほうがモラっぽいんじゃね?」
再びざわざわとしだした周りから、そんな声も聞こえてくる。親切な人が「これ落ちましたよ」とパクトを届けてくれ、彼女が頭を下げているのを見て、ようやく死神の頭は冷えた。
「⋯⋯怒鳴って悪かった」
「いえ、私も⋯⋯調子に乗ってすみませんでした」
「もう終わったから」
「はい」
作業を終えた死神がもう一度ペンギンたちの水槽に近づくと、彼らはア゙〜ア゙〜ギャ~ギャ~騒しくなり、岩場に登り次々と水の中に飛び込んでいく。
まるでペンギンたちによる飛び込みショーのようで、それを見ていた客たちは先程の騒ぎなんて忘れて大喜びで魅入っている。
「行くぞ」
「あ、はいっ」
人をかき分け彼女のところに戻ってきた死神はまだ仏頂面だったが、それでも手を差し出してくれた。彼女はその手をきゅっと握る。
まだ、いつもの雰囲気には戻らないけど。
盛り上がるペンギンの部屋、2人は静かに後にした。
お読みいただきありがとうございました。
2人の初めてのケンカ(?)シーンです。
この章では何回かこういうシーンがあります。
明日も投稿予定です。
よろしくお願いします。




