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31.水族館デート①

「悪い、待たせた」

「いえいえ、楽しみが熟成されて今が食べ頃です!」


 今日は約束していた水族館の日。

 最初に予定していた日よりも1ヶ月以上遅くなったが、ついにこの日が来た。

 彼女は遠足の日の子どものように朝早くから目が覚めてしまい、毎日死神が仕事に行っているあいだにナイショで練習していた化粧もほぼ完璧に仕上げ、出発する1時間前には全ての準備を終わらせてしまった。

 その頃にようやく起きてきた死神は、早すぎねぇかと呆れながらも急いで用意して、結局時間前倒しでアパートを出ることにしたのだが。


「イマイチ言ってる意味がわからんけど、ゴキゲンなようでなにより」

「はい、死神さんの服が想像以上に似合ってて良かったです」

 

 前に購入していた服、今日やっとその出番がきた。

 死神が普段着ている服は黒。色を大きく変えると違和感で着てくれないかもしれないと、色はそのまま素材質感デザインを今風にアップデート。小物の差し色は全体的に雰囲気を明るいものにしてくれている───コーディネートを考えてくれたショップの店員さんのセンスには脱帽だ。

 死神と彼女の服は部分的にデザインを揃えたもの、よく見ればリンクコーデだとわかるものだが、やはり彼は気付いていないらしい。

 それでいいと彼女は思っているし、何よりも死神が自分が選んだ服を着て、そして似合っている。そのことが嬉しくて、先ほどからずっとニヤニヤしてしまっているのだが。


「なんだよその笑い⋯⋯やっぱ似合ってねえって?」

「そんなことないですって、似合ってますよ!」

「まぁ俺ってばカッコいいから何着ても似合っちゃうんだけどな」

「はいっ、死神さんすっごくカッコいいです!!」


 フザケたつもりだったのに彼女に全力で肯定されて、死神は少し照れ臭くなって頭を掻いた。

 悪くない。いやそれどころか、このくすぐったいような気持ちがたまらなく───


「まぁいいや───って、お前、化粧してんの?」

「はい! 気付きました!? どうでしょう?」


 やっと気付いてくれたかと、彼女の顔がパッと明るくなる。


「ふぅ〜ん⋯⋯ま、いいんでねえの?」


 死神は彼女の顔をまじまじと見ると、フイっとそっぽを向いてしまった。


 しかし彼女はわかっている。

 それが彼にとっての最上級の褒め言葉ということを。


 死神が彼女に手を差し出しすと、彼女も迷わずその手を取る。きゅっと握りあってアパートを出れば、青く澄み渡った空が広がっていた。

 2人の耳がほんのり赤いのは───お互い気付かなかった。



「それで今日はどこまで行くんですか?」

「距離的にはそこそこ遠いけど⋯⋯ジャンボタニシのときよりは早く着くかな。リニアに乗っていく」

「リニアって⋯⋯リニア新幹線!?」

「そーそー、でもちょっと声小さくしような」


 この国最大のターミナル駅に向かう電車の中、その扉付近に2人は立つ。

 興奮で声が大きくなったのを死神に指摘され、車内の注目を浴びていることに気付き、彼女は慌てて手で口を抑えた。

 百合子(オリジナル)がまだ生きていたとき、確かリニア新幹線は工事が途中で頓挫してしまったとかなんとかで、開業が大幅に遅れると報道されていたような。

 それがもうすでに一般人でも普通に乗れる乗り物になっているとは。

 百合子の時代には3時間かかっていたところまで、今では1時間で行けてしまうらしい。


「近未来SFって感じですね〜」

「いやそれお前が言うか? つーかこの前はファンタジーとか言ってなかったっけ」

「いいんですよ、ご都合主義なんで」


 たわいない会話が楽しくて仕方ない。

 死神は気付いているだろうか、まだ手を繋いだままなこと。

 彼女が死神の手の感触をこっそり楽しんでいると、彼がぐいっとその手を引き寄せた。


「わゎっ!?」


 足元不安定な電車の中、彼女は死神の胸に顔を押し付けるようによろけてしまった。


「ご、ごめんなさ───」

「動くな、監視されてる」

「え?」


 すぐに体勢を起こそうとしたが、耳元で静かに話しかけられた。赤面しかけた彼女だったが、死神のただならない雰囲気に緊張が走る。


「監視って⋯⋯どうして」

「わからん。けど俺じゃなさそうだな───お前だとすればまぁ、西園寺の研究関係だろうな」

「そ、そんな」

「まぁでも相手は素人だな⋯⋯どうこうしようって感じはしねえし。顔は動かすな、目の端だけで確認しろ。俺の後ろ、2つ奥の扉のところに立ってる、若い女」

「若い、女───?」


 彼女はゆっくり死神の胸から顔を離し、言われた通りにその女を視界の隅に入れる。相手はこちらをチラチラと様子を伺うようにしていた。


「あ───」

「あ、おいっ」


 死神の制止を無視して、彼女はその女のほうへ向き直った。

 ちょうどその女が降りる駅に着いたらしい、電車の扉が開くと女は降りていったが、窓越しに気付いた彼女に向かって笑顔で手を振っている。


「あのときの店員さん!」

「はぁ?」


 服を選んでもらって、お昼ごはん一緒にした人。

 そういえばこの駅にあの商業施設がある、今日もこれから仕事なのかもしれない。

 プシューっと扉が閉まり電車が動き出す。何か店員が叫んでいるようだが聞こえない。しかし彼女も負けじと店員に向って笑顔で手を振る。


「またお店行きますね〜!!」

「だから電車の中で大声出すのやめろって⋯⋯」


 恥ずかしい奴めと死神は額を押さえたが、彼女にとって悪い奴じゃないんだったらまぁいいかと、もうすっかり店員の姿も見えないのに手を振り続ける彼女に苦笑した。


「何か言ってたみたいですけど⋯⋯なんて言ってたんでしょうね」

「⋯⋯〝似合ってますよ〟」

「え?」

「だから〝似合ってますよ〟って言ってた」

「死神さん聞こえたんですか!?」

「外で〝死神さん〟言うなって、あと声は小さくな。聞こえてねえよ、読唇術だ」

「読心術!?」

「心じゃなくて唇のほうな」

「どちらにしてもすごいですよ! あと他にも何か言ってたみたいですけど、わかりました?」

「⋯⋯⋯⋯いや、それ以外は」


 本当は〝彼氏かっこいい! 水族館デートがんばってくださいね!!〟も読み取れたのだが、これは恥ずかしいので内緒にしておく。


「そっか〜、でもすごく良くしてもらったんです! 今日着てる服アドバイスしてもらって、そのあとひょんなことからお昼ご飯も一緒に食べて」

「へぇ」

「私、研究所から出たことなかったし、友達と呼べる人もいなかったから⋯⋯嬉しかったんですよね」


 えへへと彼女は笑うが、どことなく寂しさが漂う。その頭をわしゃわしゃと撫でてやる。


「ま、そんな顔すんなって。買い物はまた行きゃいいし。それに今日はデートなんだろ?」

「───はい」


 死神がずっと繋がれたままの手をひょいと視界に入るくらいに持ち上げると、彼女はボッと頬を赤く染めた。



 リニア新幹線は早くそして想像以上に静かで快適、彼女は窓際の席から高速で流れていく景色をキャーキャー言いながら楽しんだ。

 その後は在来線を乗り継ぎ、死神に依頼のあった水族館に到着した。休日ということもあり家族連れやカップルで混雑しているが、それも彼女の気分を高揚させる。


「あっ、あそこフォトスポットあるみたいですよ、せっかくだから一緒に撮りましょうよ」

「やだよ。俺撮ってやるから1人で行けば?」

「え〜、そんなこと言わないで」


 そう言っている間に通り過ぎてしまう。

 後ろ髪ひかれながらも薄暗い館内に入れば、正面には巨大な水槽の中、南国の色とりどりの魚たちがキラキラと鱗をかがやかせながら泳いでいる。


「うわぁ〜きれい⋯⋯」


 彼女が吸い寄せられるように水槽に近づいていく。ずっと繋がれていた手が離れたことも気付いていないらしい。小さい子どもらに混じってベッタリと水槽にくっついて魚たちに魅入っている。

 死神はその様子を微笑ましく見ていたのだが、しばらくしても彼女が動く気配はない。


「いつまで1番最初の水槽いるんだよ」

「だって⋯⋯私、水槽の中にあるものといったら、培養中の胎児とか臓器とか、あとはホルマリン漬けになったものくらいしか見たことなかったので」

「あ〜なるほど」


 そういや自分も先日水槽の中の脳味噌見たなと、死神はその光景を思い出す。彼女にとって水槽とはあまり気持ちの良いものではなかったのだろう。


「まぁ奥にもまだいっぱいあるし、行こうぜ」


 そう言って手を差し出すと、彼女は嬉しそうにその手を繋いだ。その様子は何ら他のカップルと変わらない、誰も彼らが普通の人間ではないなんて思わないだろう。

 ゆっくり歩き、止まって水槽を覗きを繰り返しながら奥へと進む。


「そういえばお仕事で来たんでしたね⋯⋯すみません、私ばっかり楽しんでしまいまして」


 指先で水槽越しに熱帯魚たちと遊んでいる彼女が呟く。今更だなと思いながら死神も隣に並んで彼女と同じように指先を水槽に近づける。


「別に今日の仕事は大変じゃねえし、それ以外は自由だからな。入場料はちゃんと払ってるんだし、ゆっくり見ればいい」


 彼女のほうには相変わらず綺麗な魚たちがかわるがわるやってくるのに、死神のほうには一匹も寄ってこない。

 なんだよここの魚は人見てるんかよ───と死神が思ったとき。彼女に集まっていた魚たちが一斉に逃げるように去っていった、次の瞬間。

 大型の肉食魚が死神の指を目掛けて突っ込んできた。もちろん分厚い水槽越しなので、喰われる心配はないのだが。

 その肉食魚は何度も死神の指を食いちぎろうとして───結局何も出来ずにそのままどこかへ泳いでいった。


「なぁ、今あいつ俺のこと食いに来てたよな?」

「死神さんが美味しそうだったからじゃないです? バターとクリーム塗り込んで正解でしたね!」

「いや塗ってねえし」

「じゃあ純粋に死神さんと仲良くなりたかったんじゃないですか? 醸し出す雰囲気が一緒だったとか」


 彼女がクスクス笑うと、隣で死神が肩をすくめた。


「嬉しくないわぁ。あと〝死神〟って言うなって」

「え〜、じゃあなんて呼びましょう⋯⋯渋谷(しぶたに)さん?」

「誰だよシブタニさんって」

「百合子の中学のとき出席番号後ろだった子。韻が似てるから誤魔化せるかと思って」

「なんだそりゃ」

「じゃあなんて呼べばいいですか?」


 死神はしばらく考えて。結局最初に思いついた名前を口にした。


「⋯⋯タクヤ」

「それって本名ですか!?」


 やっと死神の名前を知れたと喜んだ彼女だったが、彼はいつもの意地悪そうな笑顔で。


「イケメンはタクヤって決まってんだよ」

「え〜、なんですかそれ、キムタク?」

「知ってんじゃねえか」

「まぁいいですよ。じゃあ今日はタクヤさん───タクヤ君? たっくん⋯⋯⋯⋯たっちゃん。たっちゃんって呼びますね」


 今決めたばかりの名前を笑顔で呼ぶ彼女。

 一瞬。

 死神の脳裏に懐かしさが込み上げる。切なくて苦しくなるような、それでいてどこか甘い。


 ───なんでだっけ。


 しばらく記憶を遡って。


「⋯⋯双子の野球少年だな」

「それはタツヤですよ」

「俺が〝ちゃん〟付けされるキャラかよ、びっくりしすぎて呼吸が止まっちまうぜ」


 そうこう言いながら水槽を見つつ歩いていると、他の客たちが1つの方へ集まっていく。野外につながる通路の先は、水族館の目玉と言っていいメインプール。


「あ、もうすぐイルカショーの時間じゃないですか? 私たちも行きましょうよ!」

「あ〜、悪い。イルカショー午後からもあるだろ? 空いてる今のうちに、先に行っときたいところがあるんだけど」


 死神がパンフレットを取り出し、マップの1箇所を指差す。


「⋯⋯標本室、ですか?」

「それか別行動でもいいんだけど」

「一緒に行きたいです、邪魔しませんので。お仕事、ですよね?」


 死神は1つ頷いて。2人は人々の流れとは逆の方へ歩いていく。

 人が多い休日にもかかわらず、水族館の片隅にあるその標本室はひっそりとしていた。

 魚類を始め、海に棲む哺乳類、爬虫類、鳥類。小型のものから大型のもの。エタノールやホルマリン漬けにされたもの、剥製にされたもの。骨だけのもの。部屋の1番奥にあったのは。


「わぁ⋯⋯おっきい」


 大きなクジラの骨格標本。

 15mくらいあるだろうか、部屋の隅から隅まで骨が届きそうなくらい。


「マッコウクジラって書いてありますね。複製(レプリカ)かな?」


 彼女が柵の前にある説明書きを詳しく読もうとしたところで。


〝失礼な女め、俺は本物だ⋯⋯お前と一緒にするな〟


 頭の中で響く低い声がした。目の前の骨格標本がカタカタとポルターガイストのように鳴る。


「え!?」

「今回の依頼主だよ。ここの水族館の守り神」

「えぇ!?」


 神様に会うたび失礼だと怒られ、そして驚いているような気がする。神様が人じゃないというのも驚いたし、骨がカタカタと動くことが正直怖い。


〝⋯⋯デェトのついでにされるとは。俺も舐められたもんだ〟


 死神と彼女の手は握りあったまま───あまりに自然だったので気付かなかった2人は、ばっと手を離すと耳まで真っ赤になった。


「え〜っと、いやいやデートじゃねえし! 彼女は───助手!!」

「はいそうです! 死神さんの助手してますよろしくお願いします!!」


 骨格標本に目なんてないはずなのに、醒めた目で見られているような気がするのは何故だろう。

 気まずい空気が流れたところで、クジラの神様のため息が漏れた。


〝まぁいい⋯⋯依頼を頼む。詳しくはペンギン共に聞け〟

「わかった、じゃあ終わったらもう1回来る───行くぞ」

「え───あ、はい!」


 踵を返して部屋の外へ向かう死神の後を彼女が追いかける。

 彼女がちらりと後ろを振り返れば、クジラの骨格標本は何事もなかったように、静かにそこに佇んでいた。

お読みいただきありがとうございました。

明日も投稿予定です。

よろしくお願いします。

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