29.長い1日のその後の話①
「マジか⋯⋯」
「何が〝マジ〟ですか?」
「あ? いや、別に───新規のお客サマができたってだけ」
「お客様?」
とある日の夕食後。
ソファーでくつろぎながらスマホをいじっていた死神が、件のアプリの画面を見ながらポツリと呟いた。
彼女は手に持っていたお茶を1つ死神に渡すと、彼の横に腰を下ろす。
「死神さんのお客様って───神様?」
「そう、新しい神様が生まれたってこと」
「え⋯⋯神様って生まれるんですか?」
「そりゃ八百万も神サマがいればなぁ、生まれてくる神サマもいれば死んでいく神サマもいる。人間だって同じだろ?」
「そう、です、けど⋯⋯」
神様も死ぬ。
そう言われて彼女の脳裏に思い出されたのは、血溜まりの中、息も心音も途絶えた死神の姿。
ゾクリと彼女の背中に悪寒が走る。
「あの⋯⋯神様が死ぬって、どういうことですか?」
「あ〜そうだな───とある集落に祀られてる神様がいるとするだろ。集落に人がたくさんいるなら信仰を集めやすい。そういう神様は強い力、いわゆる御利益ってやつだな、たくさんの恵みをもたらす。だけどその集落から人が減って信仰心が薄れていくと、次第に神様の御利益も減っていって、いつしか人々から神様の存在が完全に忘れ去られる。そのときが〝神様の死〟だ」
ま、他にも理由なんていくつもあるけどな、ジャンボタニシんときの土地神サマはあの岩かち割ったら死ぬんじゃねえの、など物騒なことを言いながら死神はスマホで何かを打ち込んでいる。
「死神さんは───」
そこまで言いかけて、彼女は口をつぐんだ。
死にませんよね、なんて聞けないし、〝死神〟というのは人々の信仰心とはまた違う気がする。
───私より先に死なないで。
「何?」
「ううん⋯⋯なんでもないです」
彼女がくちびるを噛み締め、今後も死神を失うことがあるかもしれないと、その恐怖をやり過ごそうとしているのを彼は気付いているのか、彼女の頭をポンポンとすると立ち上がった。
「悪い、俺ちょっと出掛けてくるわ」
「え? どこに?」
「ちょっとその新しい神サマんところに営業かけてくる」
「今からですか?」
「おぅ。今日中には帰ってくるつもりだけど、お前は先風呂入って寝てればいいから」
強めに彼女の頭をわしゃわしゃと撫で、死神は自室へ向かう。
その後ろ姿に、
「いってらっしゃい───気をつけて」
彼女が言えば、死神はひらりと手を振った。
パタンとドアが閉まり、しばらくするとわずかな物音や死神の気配もなくなった。どうやら転移陣を使って外に出たようだ。
「ずっと待ってますから」
───私はあなたの〝帰る場所〟になりたい。
そう願いながら、彼女は持っていたお茶をゆっくりと飲み、小さな吐息をした。
アパートの転移陣から空間を跳んだ死神が行き着いたのは、小さな部屋。中央に応接セット、正面の壁には教祖様と呼ばれた男の大きな肖像画と、掛けられた鏡は隣の部屋から見えるように加工してあるマジックミラー。
今は消灯時間を過ぎているのか部屋の灯りは消え、室内は窓の外からのわずかな月明かりに照らされている。
「また来るとは思ってなかったな」
良い思い出がないどころか嫌な思い出しかない、あの宗教施設。何箇所か仕込んでいた転移陣の1つに転移してきたのだが。
「この部屋に仕込んだ記憶はねえけど⋯⋯まいっか」
前回の仕事のときに使った講義室の転移陣以外は、トイレの掃除用具入れや、普段は使われていなさそうな物置に仕込んでおいたはず。
おそらく見つけた人物がこの部屋に保管しておいたのだろう───もう1か月も前なのに。律儀なことだ。
まぁ魔法陣を見られても、他人にそれが何かわかるはずない、ただの薄気味の悪い落書きでしかないだろう。
魔力をレーダーのようにして施設内を詮索すると、やはり今の時間はすでに1日の活動を終え、就寝棟と呼ばれる別棟の建物に全員いるようだ。
死神はそれを確認すると、ドアをすり抜け外へ出た。
宗教施設全体を見下ろすことのできる高台に、大きな石碑が建てられていた。月明かりの下、その石碑に彫られた文字は、まだ真新しさが残っている。
死神はその前に立つと、ポツリと話しかけた。
「よぉ、1か月ぶり」
〝ほっほっほ⋯⋯久しぶりという間でもないの〟
ふわり石碑が光ると、その前に1人の超高齢の老爺───教祖が現れた。
「すげぇな、あんた死んでまだ1か月だろ。それでもう〝神様〟なんだから、神格化最速記録じゃね?」
〝今から千年後にはこの惑星の人口の10分の1がワシの信者になるらしいからの───まぁそれまでこの惑星が滅びてなかったら、の話なんだがの〟
穏やかに笑っていた教祖の神様だったが、顔を歪ませると皮肉そうにニヤリとした。どうせその前にこの惑星は滅亡するとでも思っているのだろう。
「そうならないために俺がいると思ってんだけど」
〝そうらしいな〟
ほっほっほ───教祖は再び笑うと、短くため息をつき頭を下げた。
〝改めて先日は世話になった、ワシの弟子らが申し訳ないことをした。謝っても許されるものではないとはわかっているが───〟
「もう終わったことだし、あれが俺の仕事だから」
まぁ本来あんな激しい戦闘は管轄外なんだけどな、死神が嫌そうにそういうと、教祖は〝そうかそうか〟とほっほっほと楽しそうに笑い、今度は長く息を吐くと再び穏やかな笑みに戻った。
〝それで今日は何の用事だったかの? お主を呼んだ覚えはまだないんだがのぉ〟
「今日はただの営業だよ───アプリの登録ありがとうございますってな」
〝なるほど、神様の世界もなかなかハイテクなものだと思っておったところよ〟
「だろ? でもこのアプリ俺作ったんだぜ、スゲーだろ」
死神は自分のスマホを取り出すと、教祖に見せながらその使い方や機能を説明していく。
「あんたスマホは使えるんだよなぁ、そういや何箇所か登録抜けてるところがあって、できればそれも埋めてほしいんだけど──────そんで俺に依頼するときは──────」
一通り話し終わり顔を上げると、教祖はじぃ〜っと死神の顔を見つめていた。そして懐かしそうに目を細めると。
〝やはり似ておる⋯⋯口調や目付きは全然違うが、雰囲気だとか自分の仕事に真っ直ぐなところは、本当にあやつにソックリだの〟
「⋯⋯」
ニコニコと微笑む教祖に死神は一瞥くれると、はぁ~とため息をついてスマホをしまった。
「何のことだか」
〝お主の大切な女子のこと、早く相談すれば良かろう。後回しにしていい問題じゃないぞ?〟
「⋯⋯余計なお世話だ」
ちっ、死神が舌打ちして目を逸らせば、教祖は諦めたように目を伏せ〝そうかそうか〟とだけ言う。
しばらく無言の空気が流れ、聞こえるのはザザァっと夜風が草木を揺らす音だけ。
沈黙の中でも、心を読まれているような何とも言えない居心地の悪さから、死神は話題を変えることにした。
「今日は営業もあるけど、あんときの約束果たしに来たんだよ」
〝ほう⋯⋯何だったかの?〟
「あんたが泣いて喜ぶやつ」
背負っていたリュックを下ろし、ゴソゴソと中を探る。そして出てきたのは。
〝ぬぉ~!? ワ◯ピ◯スとブリ◯チ、それにコ◯ンまで!!〟
「1巻から最終巻まで欠けなしだぜ、感謝しろよ───だから依頼するときは報酬弾んでな」
何箱ものダンボールにぎっしり詰められた単行本。その光景に教祖はホクホク顔になり、1冊手に取るとパラパラとその感触を楽しんでいる。
〝電子書籍では味わえないこの紙の質感、素晴らしい!〟
「全部やるから、あんたも神サマ業ガンバレよ───ココに2度と俺が本業で呼ばれないように」
〝わかっておる───今度こそ弟子たちが人の道を外れぬよう、守ってみせよう〟
教祖は力強く頷くと何かに気付いたようだ。手にしていた単行本をダンボールに戻すと、それと一緒に身体が透けていく。
〝お主に会いに来たようだ───ずっとお主に会いたがっていた奴よ、悪いが話だけでもしてやってくれんかの〟
「ったく、面倒くせぇ」
死神が嫌そうにそうボヤけば、ほっほっほ───教祖はその笑い声を残して完全に消えた。
しばらくして。
「入信したくなった?」
石碑の前、静かに佇んでいた死神は、その声にやれやれと思いながらゆっくり振り返った。
そこにいたのは見覚えのある道衣を着た、あの日の受付兼付添いだった、そして今はこの教団の暫定的な代表を名乗る男。
「やっぱり君だったんだね───僕ずっと君のこと気になってたんだよ」
ニコニコとしているのに目が笑っていないその顔と、大袈裟で芝居がかった言葉と身振りが気に障る。
「キッショい言い方すんな、俺のこと殺そうとしたくせに」
「えぇ〜それ何の言い掛かり?」
「身に覚えがないとでも言うつもりか? 言っとくけど、俺に隠し事は無駄だぜ?」
死神がスッと目を細めれば、男はニヤァと顔を歪ませた。
男の人生はつまらないものだった───本人がそう思っているのだから、本人にとってはそうなのだろう。
この教団に入信したのだって、親戚の友だちのその兄だと名乗る人物に、入学した大学の構内で「これは運命の出会いだから」としつこく勧誘されたから。
胡散臭いし面倒臭いとも思いながら、1度付き合えば諦めてくれるかと、この山奥にある教団施設まで付いて来たのだが、思いがけず本当に運命の出会いがあった。
「〝海◯王に俺はなる!〟」
壇上でそう言った教祖の振り上げた手がみょ〜んと伸びた、その瞬間。男の身体に雷が落ちたような衝撃が走った。気付けばその道場に集まる信者たちの誰よりも、熱狂的に拍手していた。
その日のうちに入信を決め、大学生活もそこそこに教祖に傾倒し、当時まだ数百程度だった信者の数を地道に、ときには大胆に勧誘して飛躍的に伸ばし、さらに活動するための資金を得るために、教祖の髪を編み込んだミサンガや教祖の接吻を施した壺などの物品販売を企画───その効果と貢献を買われ、大学卒業と同時に教団の広報となった。
それから独自の勧誘方法を考案、それでさらに信者の数を増やし、現在は全国各地にある教団施設に数万の信者を抱えるまでになった。
しかし百発百中で新規入信させていた記録はある日、得体の知れない〝何者か〟によって止められた。
そしてまたそいつは男の前に現れた。
「君も絶対入信すると思ってたんだよね〜。なのにあの日の体験入信終わったらさっさと帰っちゃうし。一体何がいけなかったのかな〜って」
「クスリで人の心操ろうとする奴らと寝食を共にしようとは思わねえからな」
「⋯⋯」
痛いところを突かれたのか、不気味な笑みを浮かべていた男の顔がピタリと止まり、そしてふぅ~っとため息をつくと、一瞬にしてその顔から笑みが抜け落ちた。
「君、一体何者? 警察───ではなさそうだよね。あの日の地下で起きた惨劇は、やっぱり君の所業?」
「さぁな」
死神が大して気に留める様子もなく肩をすくめれば、男はチッと舌を打った。
「事件のあと警察に防犯カメラの提出を求められて⋯⋯誰か不審な人物はいなかったかって。僕は間違いなく君だと思った、警察にもそう言った───だけど」
男は死神を睨みつける。
「君は一瞬たりともカメラに映っていなかった! 僕とずっと一緒にいたのに、君の存在だけがすっぽりと抜け落ちてるんだ⋯⋯まるで最初からそこに誰もいなかったように!!」
男がはぁはぁと肩で息をしているのを、死神はチラリと見て。今度は死神がため息をついた。
「教祖の哲学とか教団の理念とか───俺が知ってるのはあの日講義受けた内容くらいなんだけど」
夜風が2人の間を抜け、木々を揺らす。
男は返答が期待していたものと違うことに苛つき口を開きかけたが、死神はそれを遮って話を続ける。
「なかなか面白くて人を惹きつける、なるほどって感心したり本当に心救われる奴もいると思う。なのにアンタは目先の信者数に囚われ過ぎだ」
「何を言って───?」
「幹部たちが地下でやってたことと、アンタが薬物使って信者増やしてコントロールしてたのは全く別件だろ?」
「⋯⋯」
男は答えない。
「アンタはまだ人を殺したことはない⋯⋯俺に盛った毒だって使ったの初めてだったんじゃねえの? 本当に死ぬか心配になって、致死量の数倍お茶に入れた」
やはり男は答えない。
そういえば以前、同居の彼女が初めて洗濯をしたとき、洗剤1本全部使って部屋中泡だらけにしたことがあった。何で使用量の目安守らなかったのか聞いたら、こんな少量で本当に汚れが落ちるか心配だったからと言っていた。それと同じ感覚なんだろうか。
死神は再びため息をついた。
「それで死ぬのを確認しようと、ここから出た俺の後をつけたけど、途中で見失ったってところだろ。俺が普通の人間じゃなくて良かったなぁ。まぁ今のところアンタを始末する指示は出てないし、今のうちにヤバいことから手ぇ引いとけ───俺に魂刈られる前に」
ひときわ強い風が吹き、死神の髪を揺らす。その奥の瞳が赤く妖しく光を放った。
その光景に男の背中にゾクリと悪寒が走る。
「本当に、君は⋯⋯何者なんだい?」
「俺? この世界の〝掃除人〟───だけど最近は〝死神さん〟って呼ばれてる」
「!!」
これは脅しだ。
死神はニヤリ嗤うと手に魔力を巡らせ大鎌を出す。男がヒィッと悲鳴をあげ尻もちをついた瞬間、死神はその場から姿を消した。
お読みいただきありがとうございました。
明日も投稿予定です。
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