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27.墓参り

アクセスありがとうございます。

よろしくお願いします。

 能力向上と身体強化の重ね掛けは、やはり脳と身体への負担が凄まじかった。

 彼女曰く、死にかけていた死神が目を覚ましたのは、あの日の翌日の夕方だったらしい。


「夕方だから〝朝チュン〟にはなりませんでしたね」

「⋯⋯お前その意味知ってて言ってんのか?」

「朝はチュンチュンだから、夕方はカァカァですかね───〝(ゆう)カァ〟とでも言いますか」

「⋯⋯ちょっと黙っててくんねぇかな」


 会話はなんとかできるが、頭はガンガン身体中の筋肉と関節がギシギシ痛み、死神は1週間ベッドの中の住人となった。

 死神の体質として食べなくても生きていけるし、食べなければ排泄もなくなるのでトイレに起きる必要もないのだが、甲斐甲斐しく彼女が栄養ある食事を作って持ってきてくれるので───要らないとは言えずに食べ、そしてトイレにひぃひぃ言いながら行くというのを繰り返していた。



 そして1週間後の今日。ようやくベッドから出て、今はソファーに深く腰掛けながらテレビのワイドショーをぼーっと見ていると。


「そろそろ3時ですけど、おやつとコーヒー出しましょうか」

「あ〜じゃあコーヒーだけ頼むわ。動いてねえから腹減らねえ」

「はーい」


 彼女がキッチンでカチャカチャとコーヒーを用意するのを横目に見ていると、テレビには見覚えのある建物が映し出された。


『──────私の後ろにある施設ですが、規制線の向こう、現在警察による現場検証が続けられています。またその奥の山中では、破棄された多数のアンドロイドが見つかり──────以上、現場からでした』

『はい、では続いて昨日の午後に行われました教団の広報による会見の様子をVTRにまとめてあります、どうぞ』


 画面が切り替わりスタジオの男性アナウンサーが映る。そして再び切り替わると、2度と会いたくない顔が映った。


『本来であれば教祖や幹部から説明させていただくのが筋だとは思いますが、報道にもありますように全員が死亡ということで、代理で広報担当の僕がこの場をお借りしてお騒がせしてしまったことをお詫び申し上げます』


 テレビの中、あの付添いだった男が申し訳ないと頭を下げたにもかかわらずニコニコしていて───相変わらず気味が悪い。

 その男に記者が質問を投げかける。


『今回の事件は教団による組織ぐるみの犯行と報道されていますが、それについてコメントお願いします!』

『まず言わせていただきたいのは、組織ぐるみだとのご指摘がありますが、僕たち一般の信者は今回の件について全く知らされていませんでした。死亡が確認された教団の教祖は、サイボーグとアンドロイドの研究をしていたということは知っていましたが、逆に生命の神秘に魅せられてこの宗教を興したと伝えられています。まさか普段見ていた教祖がアンドロイドだったなんて───一体誰がそう思うでしょうか!?』


 その後も次々に記者からの質問に答えていく。

 こんな事件が起こってしまい申し訳ない、教祖や幹部が亡くなる事態になって悲しい、そういう意味合いの言葉を繰り返しているが、大袈裟で芝居がかった言葉と身振りが気に障る。


『教団は事実上解散ということになりますか!?』

『いいえ───僕たちには心の拠り所が必要です。教団の悪しき教えは取り除き、純粋に教祖様の教えに基づいた、新しい教団を設立します。新教団の運営が軌道に乗るまでは、暫定的に僕が代表を務めさせていただきます。これからは──────』


「教団の乗っ取りか。アイツいつから狙ってたんだろうな」

「何か言いましたか?」


 彼女がコーヒーを死神の前に置く。彼女用にはレモンティー、そして───


「今日はプリン作ってみました」

「⋯⋯お前、俺が言ったこと聞いてた?」

「プリンはおやつに入りません、心の栄養です」

「なんか〝バナナはおやつに入りません〟って感じで言ってるけどなぁ」

「遠足のおやつ問題ですね。結局バナナはおやつに入らないからおやつ代の中に含まず持っていけるのか、そもそもおやつじゃないから持ってっちゃダメなのか」


 テーブルには2つのプリンが美味しそうに揺れている。


「レシピが10個だったので、あと8個残ってますよ。期限は作った今日中です」

「お前俺を太らせてどうするつもりだよ」

「バターとクリーム塗り込んで食べてもいいですか?」

「よく食う奴め、俺はとっくに賞味期限切れだっつーの」

「消費期限じゃなくて、賞味期限が切れてるだけならまだイケます!」

「⋯⋯お前本当に良いところの家の出身かぁ?」


 死神が疑うようにそう言うと、彼女は楽しそうにくすりと笑い、スプーンを渡してきた。

 結局その笑顔に負けてプリンの乗った器を手に取り掬って食べる。ちょっと固めの蒸しプリンのようだ。


「うまいな」

「良かったです」


 彼女も死神の横に座りプリンを頬張る。


「ん〜おいしぃ」

「でも2人暮らしなんだからさ、2人で食い切れる量にしろよ」

「2人⋯⋯新婚さんみたいですね!」

「久しぶりに聞いたな、それ」


 クククと死神が笑う。もっと嫌がるかと思っていたのにと彼女は拍子抜けした。

 死神をからかうつもりが、彼女のほうが照れてしまった。次の言葉が出てこなくて、一緒になってテレビを見ていると、彼女が過去に1度だけ会って話をしたことのある人物がテレビに映った。


『はい、ではスタジオにはコメンテーターとしてこの方をお呼びしました。今回死亡が確認された教団の教祖が科学者だったときの共同研究者であり、現在この国のクローンと再生医学の第一人者でいらっしゃいま───』


 そこまで見ると死神はテレビを消した。

 空になった器をテーブルに置く。


「さっき最後に紹介されてた人、私会ったことありますよ。父の研究のライバルだったみたいで───」

「───プリンうまかった、ありがとな。ちょっとリハビリついでに散歩行ってくる」

「え? あ、夕飯までには帰ってきてくださいね?」

「へいへい」


 死神はよっこいせと立ち上がると彼女の頭をポンポンと撫で、いつものリュックを片手にアパートの玄関を出ていった。

 彼女がベランダに出ると、ちょうど死神がアパートの前の道に出たところで。


「いってらっしゃい!」


 死神はちらりベランダを見上げると、気だるそうにヒラヒラと手を振った。彼女もそれに小さく手を振り返す。

 死神が角を曲がって見えなくなるまで、彼の後ろ姿を見つめて。

 干してあった洗濯物の乾き具合を確認しながら、先ほどの死神の言動を思い返す。


 死神の言葉遣いは正直よろしくない。しかし彼女の言葉を遮ってまで自分の話を優先してしゃべるようなことはしない。


 ───すっごく、不自然だったよね。


「⋯⋯プリン、好きじゃなかったかな」


 まるで何か不都合なことを隠したかったかのような。

 こういうとき鋭いのが女の勘。


「プリン、ぷりん、ふりん⋯⋯まさか、不倫!?」


 ピッシャーンっ!! と彼女の脳裏に雷に打たれたような衝撃が走る。

 しばらくテニスで有名なS’80年代漫画の夫人風に白目を剥いていたが。


「ま、死神さんに限ってそんなことはないだろうな⋯⋯それに私たち夫婦じゃないし」


 あくまでも〝新婚さん〟と言っているのは彼女だけ。死神に死ぬまでの期間、保護してもらっているだけの関係だ。彼が恋人を作ろうが女遊び激しかろうが、彼女が何か言える立場ではない。

 それでも、大事にしてもらっているという感覚はある。


「本当に、感謝してます。死神さん───大好き」


 彼女はベランダの柵に身体を預け、死神の向かった方角を見つめる。

 伝えられない告白は誰に聞かれることもなく、静かに風に流されていった。




「さすがにさっきのは不自然だったわなぁ」


 ぶらぶらと近所の散歩道を歩きながら、死神は独りごちる。

 彼女がしゃべっているのを遮ってまでアパートを強引に出てきてしまったが⋯⋯彼女はただ単にテレビに出てる人に会ったことがあると言いたかっただけで、特に深い意味はなかったと思う。

 だけどもし()()()()()()()()()と考えたら、いてもたってもいられなくて。


 死神はため息をついた。

 1週間ほぼ寝たきりの生活と魔法陣乱用の後遺症もあり、めっきり体力が落ちてしまった。これが()()()()()()だったら、すっかり寝たきり老人になっていたかもしれない。

 それでも休み休み歩いていると、今まで通ったことないところまで来ていた。

 スマホで時刻を見ると、まだ夕飯までは時間がある。さてどうしようかとあたりを見渡せば、一軒の花屋が目に入った。

 もう一度スマホを見る。今度は時刻ではなく日付。


「⋯⋯今日だったか」


 ボリボリと頭を掻く。

 40年前の今日。良い思い出ではない、忘れたくて仕方がないのに、頭にこびり付いて離れない。


 初めて人を殺したときの記憶。



 入り慣れない花屋をウロウロし、結局1番安い切り花を1本だけ買った。

 人気のない路地裏に入り、今から行こうとしている場所にある転移陣に意識を巡らせる。何年か前に気まぐれで残していったものだ。

 次の瞬間には、死神は寂れた墓地の片隅に立っていた。


「⋯⋯ここはもう朽ちる一方だな」


 世界の1位2位を争う先進国と言われるこの国でも、まだこんなところが残っているのかと思うほど、閉鎖的な田舎。

 以前ジャンボタニシの駆除に行った田舎は将来も残るだろう、人の手によって美しさが保たれているが、ここは人々から見向きもされない忘れられた場所。

 さらに墓地は独特の荒廃感を醸し出している。

 長年手入れされていないことが見てわかる通路を、記憶を頼りに歩く。

 その一画。死神の目的の墓は、雑草が抜かれ石は丁寧に磨いてあり、まだ枯れていない切り花が供えてあった。


()()()も律儀なもんだな⋯⋯忙しいだろうに」


 この墓に入っている奴らは、死神が殺した。今日はそいつらの命日。

 だけどこの墓を整えた人物は、当日は無理だからと昨日か一昨日くらいに来たに違いない。

 死神はしばらくその墓を眺めていたが、持っていた花を無造作に置くと、手を合わせることもなく呟いた。


「もう俺がここに来ることはねえよ───帰りたい場所ができたから。あんたらも俺の顔なんて見たくないだろ?」


 ここに死んだ人間の魂なんてないことを死神は知っている。あるのはただ土に還っていくだけの骨の欠片。

 なのに語りかけてしまうのは何故だろう。

 目を瞑れば今でも鮮明に憶えている。

 

『お前はこのために生まれたんだ、悪く思うな!!』

『あんたはあの子のために死んで!!』


 そう言った2人が血溜まりの中、捨てられた人形のような、何も映さない目で死神のことを見上げて事切れていた。

 今も手には生きた人間を刃物で刺した感触が残っている。

 頭を振ってその記憶を脳裏から追い出す。ふぅーっと深いため息をついて。


「帰りたいと思う場所に帰れるってのは、いいもんだな」


 あと数か月で彼女は死ぬ。

 あのアパートで暮らし始めた頃は、彼女がいなくなった後はアパートを解約して、またビジネスホテルなりを転々とするつもりだった。そのほうが身軽だし、老化しない身体は1箇所に留まれば、自分という異質な存在が周囲に露呈する危険もあるから。

 だけど今は。身軽じゃなくても、危険があってもあのアパートに住み続けようと思う。


「俺だって散々な()()だったんだ。少しくらい、優しい思い出に浸ってもいいよな」


 自身に科せられた役目が終わり、この身体が生命活動を終えるそのときまで。

 ザザァっと風が吹き、少し肌寒さを感じる。季節は確実に進み、彼女との時間も残り少なくなっている。


 しばらく死神が墓を見ながらボーっとしていると、誰かが近づいてきて後ろから声を掛けてきた。


「タクヤけぇ?」


 ちらり、死神がそちらを見れば、喪服を着た老婆が1人、墓花を持って立っている。

 見たことある顔だ───と言っても以前見たのはもっと若い頃だ、何となくその面影が残っている。

 誰だっけ? そう思ったのはお互いらしい。

 しかしそれも一瞬、死神の顔に思い当たる節があったようだ、老婆はヒィッと短く悲鳴をあげた。花が地面に落ちて。


「あんた、もしかして───」

「そうだな⋯⋯だけど俺はただ過去の亡霊だ」


 死神は可哀想なくらいガタガタ震える老婆の言葉を遮り、それだけ言うと背中のリュックの中の転移陣に意識を巡らせる。

 ぐにゃりと空間が歪み、死神はアパートの自室に戻ってきた。



 ふぅーっと息を吐き出して、リュックを投げ下ろす。がちゃりとリビングに繋がるドアを開くと、不安そうに眉を下げた彼女が同じくドアに手を伸ばそうとしていたところだった。


「おわぁ!?」

「あっ、死神さん!!」


 すんでのところでぶつかるのを回避する。

 彼女の顔がパァっと明るくなった。


「良かった⋯⋯ちゃんと帰ってきてくれた」

「そりゃ帰ってくるよ、俺ん家だもん」


 どうやら先日の件ですっかり心配掛けてしまったらしい。彼女の表情には安堵が含まれている。

 死神が彼女の頭をわしゃわしゃと撫でると、気持ち良さそうに目を細めて。


「そうですよね⋯⋯おかえりなさい、死神さん」

「───ただいま」


 でも本当は。

 思い出じゃなくて。

 彼女との暮らしがこれからも───


 死神は頭をふるふると振って、考えそうになったことを頭から追い出した。

 ポンポンと彼女の頭を撫で、手を下ろす。


「今日のメシ何?」

「ふっふっふ───今日はですね、オムライスです!」

「⋯⋯炒り卵の間違いだろ」

「違いますよ! さっき動画で〝失敗しないふわとろオムライスの作り方〟を見ましたから完璧です!!」

「さぁ、どうだか」


 死神がクククと笑うと、彼女はプクっと頬を膨らませた。それを指でぶぅーっと潰してやる。

 もぉ~っと怒る彼女が可愛らしい。


 あと彼女にはどれくらいの時間が残されているのだろうか。

 永遠の別れのとき、彼女を素直に手放すことができるだろうか。


 ───まぁ〝ペットロス〟って言葉もあるくらいだし、しばらくしたら良い思い出になるよな。


 しかし死神もなんとなく気付いている。自分が彼女に、ペット以上の想いを抱いていることを。



 ダイニングテーブルには、彩りの良いサラダと具沢山のスープ。

 そして───


「はい、お待たせしました。オムライスです!」

「⋯⋯なんだコレ」


 満面の笑みの彼女が、死神の前に差し出したもの。

 舟形に盛られたチキンライスの上、長方形に焼かれた玉子焼き1本が鎮座している。


「炒り卵の次は玉子焼きかよ」

「違いますよ〜ここからがすごいんですよっ、見ててくださいね?」


 呆れた顔の死神に、彼女は自信満々な表情を向け、ナイフを手に取ると玉子焼きに縦に切り込みを入れた。


「こうすると、ほらっ───って⋯⋯あれ?」

「⋯⋯⋯⋯」


 これはアレだ、たんぽぽオムライス。玉子焼きに入れた切れ目からドレスのスカートのように卵が広がって、内側の半熟の部分がトロンと表に出るようにしたかったのだろう。しかしどう見ても今回も卵に火が通り過ぎている。

 彼女はそれに気付いていないのか、おっかしいなぁと言いながら更に玉子焼きに深く切り込みを入れ───次の瞬間。


「あ゙!?」


 縦に真っ二つに切れた玉子焼きはチキンライスの山を転がり、お皿の隅あっちとこっちに落ちた。

 彼女はそれをただ呆然と見つめている。


「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯ぷはっ」


 堪えきれなかった死神が、ひゃーはっはっはっはと腹を抱えながら笑う。


「あっ、ちょっと笑わないでくださいよ!」

「いや笑うだろコレ!!」

「もうっ! こんなハズじゃなかったのに〜!!」


 彼女は悔しそうに顔を歪めたが、涙を浮かべながら爆笑する死神を見て、なんだかどうでも良くなってしまった。

 2人一緒になって笑う。


 こんな日がずっと続けばいい───


 その願いは叶わないことはわかっているけれど。

 そう願わずにはいられなかった。

お読みいただきありがとうございました。


今まで23:10に投稿していましたが、明日から20:10に変更しようと思います。

投稿に慣れてきて早くできるようになったことと、あとは時間を早めることによってアクセス数増えるかな〜と思ったからです。

そんな甘くはないとも思っているのですが。

ちょっとでも可能性があるならと⋯⋯弱小ですみません。。。


またお読みいただければ嬉しいです。

よろしくお願いします。

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