24.死神と彼女の長い1日⑥
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「はあっ、はあっ、はあっ───」
死神は大鎌を支えに、ふらつく身体をなんとか立たせる。全身血塗れで機関銃の弾を何発浴びたかわからない。
即死を免れたおかげで治癒の魔法陣を使えたが、それも全部使い切った。治りきらなかった傷からは今も血がダラダラと流れている。
まだかろうじて身体強化の効果が残っているのでこれだけの傷を負っていても動けるが、一歩進むだけで足元にはビチャッビチャと血溜まりができた。
正直いつまで意識が保つかわからないが、ここで倒れるわけにはいかないという気力だけで前に進む。
3体の教祖のアンドロイドはバラバラになって散らばっているが、あの虚無な目で死神の動向を見つめているようだ。
「⋯⋯気持ち悪いんだよ」
近くに転がっていた教祖のアンドロイドの頭をグシャリと踏み潰す。何かグロテスクなものが色々飛び散ったが、所詮ニセモノだ。
壁伝いに歩き、巨大な衝立を大鎌で薙ぎ払って。
目の前に現れた光景に、息を呑む。
魔力を維持できなくなった手から大鎌が消えた。
「なんだよ⋯⋯これ」
でもなんとなく、そうではないかと思っていた。
衝立の反対側であれだけ激しく戦闘していたのに、5人の気配は全く動いていなかったから。
「これが魂のある〝人間〟だって言うのかよ⋯⋯」
そこにいたのは。
床から天井まである巨大な円柱の水槽が5本、その妖しく光る水の中。多数の配線に繋がれた〝脳〟だけが静かに浮いていた。
能力で視界にウインドウを出し、その〝脳〟の情報を表示する。
確かに目の前にある脳は教祖のようだ。
バンッと強く水槽を叩き、血塗れの手をグッと握る。
「こんなのっ、俺は絶対認めない!」
彼女には〝Error〟としか表示されないのに。
ふれれば暖かく、コロコロと表情を変える顔。
「あいつのほうがっ、よっぽど人間じゃねえか!!」
理不尽さへの怒りと、どうすることもできない無念と。
ギリリと歯を食いしばると、口からもたらりと血が流れた。
「教祖様から離れて」
女の声のするほうに顔を向ければ、坐禅と瞑想の前に教祖のアンドロイドと一緒にいた中年の男女。2人。男のほうは死神に拳銃を向けている。
機関銃で撃たれまくってると拳銃くらいじゃ動じなくなるんだな、そう思いながら2人に向き合う。
「警察じゃなさそうね。あなた何者? どこ所属のサイボーグ?」
「サイボーグじゃねえよ、ただの人間界の〝掃除人〟───あんたらの魂、刈りにきた」
「!!」
手に魔力を込めて大鎌を出す。
それに驚いた男が銃を撃ってきた。
死神が自分に向かってきた弾丸の軌道を歪めると次の瞬間、男の眉間に穴が空き、そこから血を吹きながら男は後ろに倒れた。
「!?!?」
「まだこれくらいの力は残ってんな⋯⋯やっと1人目か」
女は物言わなくなった男の姿を呆然と見て、恐ろしいものを見るかのように───実際に恐ろしいのだろうが───死神に目を向けた。
「あなた⋯⋯本当に、何者なの?」
「だから〝掃除人〟って言ってんだろ、それ以上でも以下でもねえよ。それであんたらが教祖とその家族こんなんにした黒幕か?」
「そのお姿は教祖様ご自身の意思よ!!」
「⋯⋯こんな姿になってまで人間は生きたいと思うものなのか?」
「そうよっ! 教祖様の御一家は遺伝的な疾患を多く抱える家系だった───そうじゃなくてもねっ、人間の身体はどう頑張っても健康でいられるのは80歳まで。だけど脳だけは200歳まで生きられる設計になってるのよ───生命の不思議でしょう? だから不自由な身体を捨ててアンドロイドにしてでも自分の意思のまま長生きしたいと思うのはごく自然のことじゃない!?」
女は自分の〝死〟が身近に迫っているという恐怖から逃れるためか、興奮したように早口でまくしたてる。
死神はため息をついた。
「それは教祖サマ本人が言ったのか? あんたの願望だろ」
「そ、そんなこと───」
ない、とは言い切れないようだ。視線が泳いでいる。
「まぁ別に、理由なんて俺には関係ないんだけどな───怖がらせて悪かった」
ゆらり、死神の身体が揺れたと思ったときには、女の魂は大鎌で刈り取られていた。
魂を失った身体がどさりと倒れ。しばらくすると、男女の胸辺りから淡い光りの玉が浮かび上がり、ふよふよ漂うと天井にすぅーっと消えていった。
2人の魂が無事回収されたのを見届け、死神は水槽の中に浮かぶ脳───教祖と対峙した。
「よう、教祖サマ。俺の声が聞こえるか?」
〝⋯⋯聞こえとる、ワシの声も聞こえとるようだのぉ〟
念話のようなものだろうか。死神の頭に直接響くその声は、先ほどの教祖の姿をしたアンドロイドと同じだが、口調はずっと穏やかだ。
〝念話というよりは、脳の電気信号を乗っ取りしておるだけだの。そもそも脳が働くときには、ニューロンの樹状突起から細胞体、軸索を通って、次の樹状突起へとインパルスが流れ───〟
「あー、そういう話は割愛してくれ。聞いてもわからんし」
〝ほっほっほ、そーかいそーかい。久しぶりに誰かと話すことができて嬉しくての〟
死神の苦虫を潰したような顔に教祖は嬉しそうに笑った。脳だけだから笑顔なのかはわからないが、そして目もないから見えているのかもわからないが。脳の電気信号とやらを乗っ取りされているということは、思考も感情もすべて筒抜けなのかもしれない。
〝まぁそう思ってくれて間違いないの〟
「やっぱそうなのかよ、やりづれえな───結局、アンドロイドの教祖とあんたは別物だったということか」
〝⋯⋯最初はワシの意識と繋がっておったよ。だが徐々にアンドロイドに自我が生まれての、ワシからの干渉を受け付けなくなった〟
アンドロイドの制御ができなくなった結果がこれだ。教祖の姿をしたアンドロイドに、人間のほうが操られていた。
「他の4人は?」
〝こんな姿で自我を保つことは難しい───とっくの昔に廃人だわい〟
「あんたはよく無事だったな」
〝アンドロイドへの干渉はできなくなったが、感覚を共有することはできたからの、あとはネットワークに侵入したりして気を紛らわせておった〟
「なるほど───じゃあエレベーターの中の違和感の正体は、あんたがネットワーク乗っ取って見てたってことか」
〝お主が来たとき、何が起こるかワクワクしておったが⋯⋯今となっては虚しいだけだの〟
「来たのが俺で悪かったな」
しばらく沈黙が流れる。こういうとき、脳だけの存在は何考えているのか推測することも難しい。
「俺にやってるみたいに、あそこで死んでる奴らにも話しかけてたらこんなことにはならなかったかもしれないのに」
〝こうやって会話するにはこの水槽の前まで来てもらわんとできないからの───最初のうちはよう来てくれたんだが、結局人間というのは見た目が近しいものを好む。脳だけになったワシより、アンドロイドのほうが親しみやすかったんだろうの〟
その声には寂しさが滲んでいる。境遇には同情するが、死神は仕事をしなければならない。
目がなくても会話するとダメだな、魂を刈りにくくなる。
そう思っていると。
〝さて⋯⋯ワシも脳だけでおるのはしんどいと思っていた。お主があの世に送ってくれるのかのぉ?〟
死神の思考を読んだのか、教祖はつとめて明るく伝えてきた。
死神はため息をつくと、無理矢理口元を歪めて笑う。
「いつになるかわかんねえけど⋯⋯あんたの墓が建ったら、ワ◯ピ◯スとブリ◯チ全巻供えに行ってやるよ」
〝ほっほっほ、それは嬉しいの。やっぱりワシは電子書籍より単行本派だからのぉ───あとコ◯ンも頼むの〟
「⋯⋯頭脳は大人というかもう脳ミソだけのくせに」
死神のボヤキに教祖が嬉しそうに笑った。
少し長く話し過ぎたようだ。失血で頭がふらつき、身体強化が切れつつある。身体が急に重たくなるような感覚に、死神はガクリと片膝をついた。肩で粗い息をしていると。
〝そこの主電源を切るだけで、5つの水槽すべてのエネルギー供給が止まる。ワシらには痛みも苦しみもないから、お主が気に病む必要はない〟
見れば目の前に透明な箱に入ったスイッチがある。この小さなスイッチ1つで5人の魂を刈れるとは───先ほどまでの戦闘とは雲泥の差だ。
「じゃあ───あんたらの魂、刈らせてもらう」
〝うむ⋯⋯世話を掛けたの〟
死神は蓋を開け、スイッチに触れる。ふぅーっと大きく息をついて。
パチリ、そのスイッチを切った。
ずっと室内に低く響いていた機械音が止まり、妖しく光っていた水槽も暗くなった。
それを確認して、死神はその場で倒れた。
「これで終わり⋯⋯か? あ〜〝キ◯タマの位置直す力も残ってねー〟ってこのことか」
しかしこの状況、かなりまずい。
視界には靄がかかるし、指先動かすにも全身に痛みが走る。このままだと本当に死ぬかもしれない。
今まで死神業でこんな大怪我を負ったことないが、以前ならきっと、まぁこのまま死んでもいいか、くらいにしか思わなかっただろう。
だけど、今は───
『おかえりなさい死神さん!』
彼女が待ってるアパートに帰りたい。
彼女のあの屈託のない笑顔が見たい。
彼女のもとに帰りたい。
なんとか気を失う前に、転移を発動させようと、背中のリュックの中にある魔法陣に意識を集中───と思ったが、戦闘の間にリュックごとどこかに落としたようだ。
〝⋯⋯さっきのはド◯ゴンボ◯ルのセリフだったかの?〟
「バーカ、幽◯白◯だっつーの。ド◯ゴンボ◯ルは〝ハナクソほじる力も残ってねえ〟だろ───っていうかあんたまだ生きてたのか」
〝エネルギーの供給が止まっただけだからの。とはいってもあと数分くらいかの〟
死神がなんとか身体を起こそうとしていると、再び教祖の声がした。
〝お主のリュックは右手奥におるワシのアンドロイドの近くに落ちとるよ〟
また思考を読んだのか、しかし話すのも億劫になってきた今は助かる。
〝お主が想っておる女子、素直にお主の近しい奴に診てもらえば良かろう───ずっと昔に共同研究しておったことがある。優秀な奴よ、きっと助けてくれる〟
「てめぇ⋯⋯俺の脳ミソん中、どこまで読んでやがる」
前言撤回。
死神の顔が不快の色に染まった。教祖をギロリと睨むが、相手から見えているかどうか結局わからない。
〝さぁの───まぁ、必死に足掻くといい。ワシは応援しておるからの〟
ほっほっほと笑ったのを最期に教祖の声は途絶え、しばらくすると5つの淡い光の玉が寄り添うように空中で踊り、やがてすぅーっと天井に消えていった。
それを見送って。
死神は思うように動かない身体を、芋虫のようにくねらせながら少しずつ前へ進む。
「くっそ───こんな姿、ぜってー見せらんねぇな」
血を流しながら、それでも帰るために。
見せられないと言いつつも、彼女のところへ帰りたいのだ。
ただ、おかえりと言ってほしい。
ようやく遠くにリュックらしきものを見つけたが、もうピクリとも身体が動かない。視界が狭まり周りが見えなくなってきたのに、自身から流れ出る血だけはやけに鮮明に見える。
もし、自分がここで死んだら。
残された彼女はどうするだろうか。
渡してあるカードにはこの仕事で稼いだ金が入っている。彼女1人なら家賃等払っても数年は暮らせる額だ。
家事も買い物も1人でできるし、助けが必要な失敗もしなくなった。
大丈夫。彼女なら自分がいなくても充分やっていけるだろう───だけど。
「水族館、連れてってやるって⋯⋯約束、した」
楽しみだと言った彼女の顔。
水族館に行ったことがないと、デート用に新しい服も買うんだと浮かれていた。
裕福で生きることに不自由はなかっただろう、だけど百合子のクローンとして生まれ、楽しいことなんてなかった彼女の人生。
せめて残り少ない時間くらい、楽しく幸せに生きてほしいのに。
〝キミ、ずいぶんとその彼女に御執心のようだねぇ〟
死神の頭に直接声が響いた。教祖ではない。若いのか年老いているのか、男なのか女なのかもわからない。不思議な声。
姿は見えない。そこに存在するかも曖昧だ。
「誰、だ⋯⋯?」
〝キミの死神業の依頼主だよ。はじめまして、かな?〟
「───ふざけ、やがって」
今回の依頼がこんなに危険だなんて聞いてねえ。
運が悪きゃ依頼達成の前に死んでるぞ。
っていうか俺の存在が世間にバレたらどうするつもりだよ。
〝キミの存在なんてどうにでもなるよ。それよりも彼女のほうが問題───キミの責任だよ、どうしてくれるの?〟
もう言葉を発することもできない。
薄れる意識の中、その曖昧な存在に懇願する。
彼女に手を出さないでくれ───今までつらい思いをした分、幸せな最期を迎えてほしいんだ。
そのかわり俺の魂、あんたの好きなようにすればいい。
〝ははっ、面白いねぇ! その言葉、しっかり憶えておくんだよ?〟
何が面白いんだか───依頼主だという声は楽しそうに笑うと、落ちていたリュックを引き寄せどさりと死神の目の前に落とした。
〝いいよ、退屈なんだ。ボクを楽しませてよ───ただし、契約はしっかり守ってね〟
上機嫌な相手の声に、もう頭の中で返事をする余裕もなく。
死神はリュックを手繰り寄せ、転移陣に意識を集中させると帰りたかった彼女の待つアパートへ、最後の力を振り絞って空間を一気に跳んだ。
お読みいただきありがとうございました。
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