21.死神と彼女の長い1日③
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「君お昼ごはん全然食べてなかったけど、大丈夫〜? どこか体調でも悪いのかな?」
「別に⋯⋯ちょっと食い慣れないメニューだったから食欲湧かなくて」
「ふ〜ん、まぁいいけど。気分悪くなったら倒れる前に言ってよ〜?」
「今のところ平気」
教団の昼食は、大きな食堂で一同黙々と食べるものだった。それはこの宗教が衣食住の全てが修行の一環と考えているからであって───云々。
メニューは雑穀飯、高野豆腐の煮物、わかめの味噌汁、香物。精進料理と言っていいが、これにも気分が高揚する成分に多幸感を抱く成分、判断力を低下させる成分が入っていた。
死神が腹回りに隠し持っている魔法陣にはまだ解毒もあったが、いつどこで必要になってくるかわからない以上、服毒を防げるときは防ぎたい。
こういうとき、食事を必要としない死神の身体は重宝する。
「次はお待ちかねの道場での修行だよ、坐禅と瞑想なんだけど、始まる前に教祖様のありがたいお言葉と〝奇跡〟があるからね! 楽しみにしててよ!!」
「奇跡ねぇ」
付添いの男は興奮しながら、初めて教祖の奇跡を見たときの感動をとくとくと語っている。
その男についていくと、板張りの道場───体育館のような場所に着いた。皆、地べたに坐禅するように座り壇上へ身体を向け、今か今かと教祖の登場を待ちわびているようだ。
死神も付添いの男と一緒に、後ろのほう空いている場所へ腰を下ろす。
しばらくすると壇上の脇から、車椅子に座った超高齢の老人らしきモノが、車椅子を中年の男に後ろから押されながら出てきた。
わぁ〜っという歓声とともに割れんばかりの拍手が起こった。隣で付添いの男も興奮したように拍手をしている。
「?」
「ぼーっとしてないで! 君も拍手で教祖様をお迎えして!!」
「⋯⋯まぁ年齢的にあの部屋の肖像画は昔のだわなぁ」
死神も申し訳程度に拍手をする。
壇上には教祖と思われる車椅子の老人と、2人の中年の男女がその脇を固めている。
教祖が片手をあげると、歓声と拍手はピタリと止まった。
死神は能力でウィンドウを視界に出す。両脇の男女はリストに載っている名前だ、ターゲットの幹部ので間違いない。
その男のほうが恭しく教祖にお辞儀をする。
「教祖様、迷える私達にお言葉と奇跡をお授けください」
すると教祖は1つ頷き───
「〝海◯王に俺はなる!〟」
そう言って振り上げた手がみょ〜んと伸びた。
「ぅうん!?」
ありがたいお言葉、とは。奇跡、とは。
再びわぁ〜っという歓声とともに割れんばかりの拍手が起こった。隣で付添いの男も興奮したように拍手をしている。
「⋯⋯ワ◯ピ◯スかよ」
死神の呆れた声は、歓声と拍手に掻き消され、誰にも聞こえることはなかった。
教祖と中年の男女は壇上の脇へと戻っていき、各々瞑想の時間が始まった。
付添いの男が小声で話しかけてくる。
「どう? 教祖様すごかったでしょ!?」
「⋯⋯そうだな、とても普通の人間とは思えない」
「でしょ! でしょ!!」
未だ興奮冷めやらぬ様子の付添いの男を一瞥して、死神は瞑想するフリをする。
教祖を能力のウインドウで視ようとしたが、アレは人間ではない、生き物でもない。
生体反応が全くないのだ。
つまり教祖の名を騙る偽物、精巧に出来たアンドロイドというものか。クローンでサイボーグな人造人間の彼女とも全く違う。
それが教祖の独断なのか、それとも組織ぐるみのものなのか───
どこからともなく御香の匂いが漂ってきた。それにも気分の高揚・酩酊の作用が含まれている。しばらくすると奇声を上げる者、失神する者が出てきたが、誰も気にした様子はない。
どうやら今回も一筋縄ではいかなさそうだと、死神はこっそりため息をついた。
「ちなみに彼氏さんはぁ、普段どんな服着てらっしゃるんですかぁ?」
「〝彼氏〟ですか⋯⋯えへへ」
ショップの店員とランチを食べ、女子特有の恋バナ(ほぼショップ店員のだが)で盛り上がり、そのまま先程のショップまで戻ってきた。
そして今は本題の死神に買うシャツを選んでいるのだが、ショップ店員の言った〝彼氏〟というワードに彼女は照れていた。
一緒に住んでいる人に服を買いたいと相談したら、彼氏さんですかぁ〜っと言われて。一緒に住んでるのに彼氏でも夫でもないのは不自然だなと思い、訂正しないでいる。
それがこんなにくすぐったいものだなんて。
ニヤニヤ笑いを我慢しながら、彼女は死神のふだんのファッションを伝える。
「そのぉ〜ダ⋯⋯時代遅れ───古めかしい───個性的? そうでした個性的な服ってかんじです!」
「今〝ダサい〟て言いかけましたよねぇ?」
途中で誤魔化したが、しっかりと伝わってしまったらしい。
2人でくすくすと笑う。
「でもダサいって思っても、彼氏さんのこと大好きなんですよねぇ───きっとすっごく素敵な人なんですねぇ」
「え?」
───もう認めちゃったら?
彼女の顔がボボボと赤く染まった。
「そうですね⋯⋯すっごく素敵な人で───大好きなんです」
「わぁ〜惚気られちゃいましたぁ」
今日会ったばかりの人にも言われるくらいなのだ。
〝好き〟という気持ちが溢れて止まらない。
でも。
死神と彼女が出会ったのが春の終わり、そしてもう夏が終わろうとしている。
残された時間は少ない。
彼女はふぅっと小さくため息をついた。
この想いは伝えない───死神にとって迷惑でしかないだろうから。
この想いを抱えたまま、誰の記憶に残ることなく、きれいに跡形もなく消えよう。
私はこの世に存在してはいけない、赦されない。
〝偽物〟なのだから。
「今日やってみてどうだったかな? 入信したくなったでしょ?」
「どうって言われてもなぁ⋯⋯」
死神と付添いの男は、朝受付をしていた部屋で向かい合って座っている。
午後の坐禅と瞑想の後は再び座学、信者同士の討議討論会があり、夕方近くで体験入信は終了となった。
結局、今回のターゲットで会えたのは坐禅と瞑想の前に見た、中年の男女の2人だけ。
まだ1人の魂も刈っていない。
しかし施設内の様子や場所を探ることができたのは収獲だった。ここは一度外に出て、監視から外れたほうが動きやすい。
相変わらず男はニコニコしているが、早く入信を決めろという圧を感じる。そしてマジックミラーの向こう側にはまた監視の2人の気配。
死神はこっそりため息をついた。
「悪いけど、今すぐ入信は決められない。家に帰って何日か考えたいんだけど」
「───そっか。まぁ入信となったらここに住むことになるからね、なかなか決断できないかもしれないね」
遠回りの断り文句だとわかっているのか、男は笑顔ながらも落胆しているようだ。席を立ち、お茶の準備をし始めた。
「ここから家まではどれくらい時間がかかるの?」
「まぁ2〜3時間ってところかな」
「じゃあ今日は真っすぐ家に帰って、今日1日のことを振り返ってくれるかな。この体験は君の人生において多大な影響を及ぼしているはずだからさ」
そう言って、死神の前に湯呑みに入った黄緑色の緑茶を差し出した。
「はい、〝教祖様直々に手揉みしたありがたいお茶〟どーぞ」
「教祖様は茶摘みも手揉みもするんだな」
能力で視界にウィンドウを出す。
緑茶には違いないが、遅効性の成分が入っている。
しかし死神は迷わず全部飲み干した。隠し持っていた最後の1枚の解毒の魔法陣が役目を終えて消えた。
「ごちそうさま」
「じゃあ僕はもう戻るから。着替えたらそのまま帰ってもらえるかな?」
「わかった」
「君からの連絡を心待ちにしてるよ───じゃあね」
男は寂しそうに笑うと部屋から出ていった。
ドアが閉まり部屋に1人になると、死神はふぅ〜と大きく息を吐いた。
「〝心待ちにしてる〟なんてよく言えるな」
致死量を遥かに上回る毒飲ませたくせに。
見られて困るものもないので、死神はそのまま朝着ていた服に着替える。
道衣を軽く畳み机の上に置く。買ったものだが、持って帰ったところで使い道はない。テキストも置いていこう───それにしても5万は痛い出費だった。
身軽になったところでリュックを背負い、死神は部屋を出て、教団の施設を後にした。
「ありがとうございましたぁ〜! またお待ちしてますねぇ───デート楽しんできてくださいね!!」
「えへへ⋯⋯はぃ。こちらこそありがとうございました」
彼女はぺこりとショップの店員に頭を下げ、両手に買ったものを持ちながら帰路についた。
死神用に買った服はペアルックではなく、部分的な色と素材を揃えた、よく見ればリンクコーデだよね程度のものにした。
誰にもわからなくても、死神に気づいてもらえなくても、自分だけが知っていれば良い。
そう思うだけで彼女は満足だった。
───早く死神さんに見せたいな。
「うん」
電車の車窓には、外の景色に混ざり彼女のはにかんだ笑顔が映っていた。
「3人か、まぁそんなもんかな」
教団施設からその最寄りの駅に向かう途中。
死神は一定の間隔を保ったまま後をつけてくる存在に気づいた。詳しく気配を探ると、今日1日付添いだった男とマジックミラー越しに監視していた2人。
おそらく1日体験入信で色々気持ちよくなる物質を与えたにも関わらず入信しなかったことを不審に思い服毒させたが、ちゃんと息絶えるのかを確認するための追跡、といったところか。
この3人は今回のターゲットではないので魂を刈るわけにはいかないが、これから死神がやろうとしていることの邪魔になることには間違いない。
転移の魔法陣を使って死神自身ここから消えることもできるが、その後探されるのも面倒臭い。
さてどうしたことかと悩んでいると、死神の横を背格好が似た男の人が追い抜かしていく。
「ちょうどいいな」
死神は髪の毛を1本抜くとそれに息をふぅ~っと吹きかけ、それに自分の気配を濃く纏わせる。スマホを見ながら抜かしていった人に追いつくと、不自然にならないように肩をトンっとぶつけた。
「おっと、すみません」
「いえ」
よろけたフリをしてその場に留まる。
しばらくすると後をつけていた3人が死神を追い越し、先ほど死神の髪の毛を付けておいた男の人を尾行するようになった。
その後ろ姿が見えなくなるのを確認して。
「⋯⋯うまくいったな」
あのままあの男の人が家に帰るまで気付かず後つけてってくれと思いながら、死神は人気のない路地裏に身を隠した。
ふぅ、1つため息をつく。
まだ魔法陣無しで魔力を操るのは正直しんどい。もっと強大な力を持っていれば、この魂を刈る仕事だってもっとラクにできるはずなのだが。
そこまでいくにはあと何年、何十年、何百年───でも、そのときにはもう。
彼女を失ったら。
その長い時間を1人で生きてくのか。
『おかえりなさい死神さん!』
仕事から戻ると彼女が屈託のない笑顔で出迎えてくれるのは、あと何回あるだろうか。
「⋯⋯さっさと終わらせて帰ろ」
死神はリュックの中から魔法陣を出して残りを確認する。転移と治癒、能力向上と身体強化。解毒がもうないが、まぁどうにかなるだろう。
死神は先ほどまでいた施設に仕込んでおいた転移陣に意識を集中させる。死神がその場から消えると同時に、リュックの中の転移陣も1枚消えた。
お読みいただきありがとうございました。
ついに明日の投稿で、戦闘シーンを書きます!
よろしくお願いします。




