20.死神と彼女の長い1日②
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盛り上がりに欠ける文章が続きますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
よろしくお願いします。
洗濯機から洗い終わった洗濯物を取り出す。乾燥までかければ干す手間が省けるのは知っているが、死神が天日干しのほうが好きと言っていたので、彼女は天気の良い日は必ずベランダに出て洗濯物を干す。
2人分の量はそれほど多くないので苦にならない。それに死神の私物である服を干していると、なんだか充実感あふれるのだ。
このアパートで暮らし始めた最初の頃は洗濯物は各自でしていたが、死神が仕事から帰ってきた後に洗濯をするのを見て、彼女のほうから一緒で良いならやりますよと申し出たところ、じゃあ頼むということになった。
「⋯⋯新婚さんみたい」
死神のパンツを洗濯ばさみに挟みながら、彼女はクスクスと笑う。ちなみに彼のパンツは黒のボクサータイプ。初めて手にしたとにはドキドキしたものだが、今となっては慣れたもの。それに隠すようにして自分の下着を干す。
「なんだか今の関係みたい」
───ホントにそうだよね。
死神に守られながら生きている。
あとどれだけ自分に時間が残されているかわからないけど。
死ぬまでに恩返しがしたい、一緒に暮らせて良かったと思ってほしい。
彼女が手に持っているものは、死神の肌シャツ。
着ている服は古いものばかりだが、さすがに下着類は定期的に買っているようで、これも比較的新しい。
とりあえず彼が喜んで着てくれる服をプレゼントしたい───まぁお金は彼のものだから厳密にはプレゼントでもないのだが。
「死神さんの服も買うなら、服のサイズ調べとかなきゃだよね」
シャツのタグには〝M〟と書かれている。
また1つ、死神のことを知れたと思うと、なんだか嬉しい。
ニヤけた顔を隠したくて思わずそのシャツで顔を覆うと、自分と同じ洗剤の香りの中、微かに自分とは違う匂いがある。それをギューッと抱きしめて。
これは、たぶん。まぎれもなく、死神の───
「っていうか冷たっ!」
当たり前だ、干す前の洗濯物だから。見れば彼女の服もしっとりと濡れてしまっている。
洗濯物を抱きしめるなら、乾いている物が良いということもわかった。
───それって洗濯する前? それとも干した後?
「洗濯する前ってそれはちょっと───倫理的にアウトのような」
でも、ちょっとくらいなら。
「わぁ〜っ! もう買い物行こ!!」
彼女の顔がボッと赤く染まる。
これ以上考えたら思考がおかしな方向に行きそうで。
彼女は残りの洗濯物を急いで干すと、慌ただしく買い物へと出掛けていった。
「喉渇いたでしょ。〝教祖様直々に茶葉摘みしたありがたいお茶〟どーぞ」
「⋯⋯ちなみにコレはいくら?」
「やだなー、もう体験料もらってるからサービスだよ」
「サービスねぇ」
そもそも料金の内じゃねえかよ、そう思いつつ、能力で視界にウィンドウを出す。
湯呑みに入った黄緑色の液体は緑茶には違いないが、その他に気分が高揚する成分に多幸感を抱く成分、判断力を低下させる成分が入っている。
「サービス過剰だな」
どれも常習性があるものだ、これを毎日毎回飲むとなるとそのうち禁断症状が出るようになるだろう。
しかし死神は迷わず飲んだ。懐のポケットに仕込んでいた解毒の魔法陣1枚が役目を終えて消えた。
「ごちそうさま」
「じゃあこの道衣に着替えて。午前中は座学だよ、このテキスト持って行くからね」
「おー⋯⋯ってどこで着替えるんだ?」
「ここでどうぞ」
そう言って男はニコニコ笑って死神を見ている。
死神はため息をついた。
いつぞや着替えたときはクローンでサイボーグな彼女がじっと見つめていたが、それの比じゃないくらいに居心地が悪い。男の顔は笑っているのに目が笑ってないというか、明らかに監視しているといった感じ。
懐に仕込んでいる魔法陣も持ち歩きたいが、この男がいては道衣に移せない。
「ちょっと部屋出てほしいんだけど」
「⋯⋯じゃあ廊下で待ってるから、着替えたらテキストと荷物全部持ってきてね」
「おう」
渋々といった感じではあるが男はドアから出ていった。
死神はため息をつくと、件の鏡に近付く。髪を整えるふりをしながら。
「お前らちょっと気絶しとけ」
鏡の向こう側の2人の意識を奪った。立ったまま気を失っている。
渡された道衣───生成りの貫頭衣とズボンはさっきの男と同じもののようだ───に急いで着替える。
魔法陣はズボンの腹回りに不自然にならない程度に仕込む。リュックにも魔法陣は入っているが、身に付けていないと発動しないのでずっと持ち歩いていたいが、難しいかもしれない。腹回りの魔法陣だけでなんとか終わらせたいところだ。
しばらくして鏡の向こう側の2人の意識が回復したところで、死神は廊下に出た。
「似合ってるよ」
男がニコニコと言うのを無視するが、そんなに気にしていないらしい。
「じゃあ行こうか。今日は僕が1日付添いするからよろしくね。座学は講義室でやるからついてきて」
「⋯⋯おう」
宗教施設というよりは病院や研究施設のような無機質な廊下を、男に連れられ死神は奥へと歩いていった。
「お客様だったらぁ〜、こういうかんじにこれ合わせたりするのとかぁ。それかあえてこういうのとか持ってくるでも似合うと思いますよぉ〜」
「えっと⋯⋯そうなんですねぇ。今度水族館に行くのでそれ用にと思ってるんですけど───」
「デートですかぁ? いいですねぇ! 水族館ってちょっと暗いのでそれだと、こっちのお色のほうがぁ───」
電車で数駅先にある大きな商業施設。以前に元祖◯系ラーメンを食べに来たところ。
百合子の記憶を頼りに、気になっていた百合子が好きだったショップに足を運んだが、当時のブランドイメージとは全然違うコンセプトになっていて驚いた。そりゃ何十年も経っていれば当たり前かもしれない。
店内はメンズとレディースの商品両方あるようで、入ってしまったからにはこうして接客を受けているのだが。
「これって本当に私に似合ってますか?」
鏡の前であてがわれている服と自分の顔を交互に見る。
服の印象に対して、顔の存在感が薄いというか───どことなくちぐはぐなような気がしてならないが、デザインは結構好きだ。客観的に似合ってると言われればこれに決めてしまいたいとも思っている。
「んーそうですねぇ⋯⋯お客様ってぇ、お化粧全然ダメな人ですかぁ?」
「うっ⋯⋯ダメなわけじゃないですけど、普段は保湿のリップだけで───」
百合子は病気になる前、大学に通っていたころはお化粧大好きで日々色々やっていたが、クローンでサイボーグな彼女は日々研究所の中で囲われている生活で化粧なんて縁がなかったし、死神の元に来てからも外出は近所のスーパーや薬局、たまにここの商業施設までは来ていたが、基本ノーメイク。というか、メイク道具なんて持っていない。
───死神さんに〝ペット〟としか見られてないのは、常にスッピンだから?
「もしかして私、女としてマズいですか?」
「よかったらアタシの友達が1階にあるコスメカウンターで働いてるから紹介しますよぉ? 友達割で30%引きになるしめっちゃおトクですぅ」
「えっ、ホントですか!?」
「ホントですぅ。この服買ってもらったらこのままタグ切るんで、コスメ行って合う化粧してもらってみると良いかもですぅ」
「買います!」
そんな感じで服を買い、コスメカウンターで化粧してもらって化粧品を厳選して買い、ついでに靴と鞄も買い。気分上々超ご機嫌でモール内を出口に向かって歩く。
───言っておくけど、カードのお金は死神さんのだからね!?
オシャレなカフェのオープンテラスで、優雅に1人ランチのメニュー選びに心躍らせ、食後のレモンティーにプチケーキ付けてしまおうかと悩んで。しかし何か忘れてるような気がして───そして思い出した。
「死神さんの服、買うの忘れてた」
「え〜、今日は。1日体験入信の方がいらっしゃるということで───」
半円の階段状講義室の一番下、講師らしき人物がそう言うと、信者300名くらいだろうか、彼らの視線が最上段に座る死神に一気に集まった。
「あ、どうも───」
居心地悪く身動ぎしながら軽く頭を下げると、わぁ〜っという歓声とともに割れんばかりの拍手が起こった。
「え、なになに怖っ」
「みんな君のことを歓迎してるんだよ」
隣の席にいる付添いの男は相変わらずニコニコと笑っている。
一種の集団心理というやつだろうか、それとも全員があのお茶の効果にやられてるのか。またはその両方か。
とにかく異様な空気に、死神はもう帰りたくなった。
「はーいじゃあ皆さんお静かに。じゃあね、体験入信の方にも私たちの敬愛する教祖様のこと、そしてこの教団のことを知っていただくべく、今日は教祖様の生い立ちと教団の成り立ち、教典の基礎を復習したいと思います。それではテキストの───」
教祖は昔、サイボーグやアンドロイドの研究者だった───しかしその道を深めるにつれ、逆に生命の神秘に魅せられたのが、この教団を設立したキッカケらしい。
またコレ系かよ、そう思っただけで全く興味のない話が続いたが、とりあえず耳を傾けておく。
───なんかこの感じ懐かしいな、歴史以外は基本嫌いだったけど。
講師の声の抑揚や、重要な事柄の板書を写す生徒たち。かつての光景が脳裏に蘇る。
死神もテキストをパラパラ見るフリをしながら、能力で視界にウィンドウを開く。講義室にいる全員を調べるが、リストに載っている人物は1人もいないようだ。
「講師くらいは幹部かと思ったのに」
「幹部にお知り合いでも?」
「いや⋯⋯別に」
ボソリと呟いた独り言に返され、隣の男をちらりと見る。相変わらずニコニコしていて───気味が悪かった。
「お姉さん可愛いね〜今日はお仕事お休みなの? 1人でランチ?」
穏やかな天気だったので、カフェのオープンテラスに座っていたのがダメだったのか。
彼女はランチのオムライスを半分食べたところで、いかにも軟派な感じの男の人に声を掛けられた。
「え、いや。あの⋯⋯」
「相席させてもらってもいいかな、僕も今からごはん食べようかと思ってたんだよね」
「え、でも───」
周りを見れば、ランチの時間から少し遅い時間ということもあってカフェの客はまばらで、空席が目立つ。
わざわざ知らない人と相席する必要はなさそうなのだが。
「あ、この席が良かったですか? それなら私退きますけど」
テラス席の1番良いところだ。往来が見渡せて、太陽とパラソルの角度なんかも丁度良い。
彼女も一通りこの席を満喫した。次に待っている人がいるならと、そう申し出たのだが。
「え〜、お姉さんそれマジで言ってんの? わっかんないかなぁ」
「ええっとぉ?」
軟派そうな人が、声を掛けてくる。そういえば夏祭りでもこんな感じで声を掛けられたっけ。つまり、これは───
「あ、ナンパですか?」
「いや、そう言われるとこっちも反応に困るんだけど」
「ごめんなさい⋯⋯ええっと、こういうときは〝適当にあしらうか無視する〟って教わりましたので、今からでもそうしていいですか?」
「えぇ〜? それ口に出して言っちゃう? ダメだよ〜そんなこと! 僕とキミはここで出逢う運命だったんだから!!」
ナンパ男はにこやかにそう言うと、許可してもないのに向かいの席に座ってきた。
「えっ、あ、ちょっと───」
困ります、そう彼女が言おうとしたとき。
「ごめんなさぁ〜い、お待たせしましたぁ〜!」
そう言って彼女とナンパ男との間に座ったのは。
「やっぱりその服超似合うぅ〜! メイクもめっちゃイイ感じですよぉ〜!!」
「え!? あ、ありがとうごさいます!!」
先程ショップで接客をしてくれた店員だった。彼女にはニコニコと笑顔を向けるが、ナンパ男には一瞥くれると急に冷ややかな様子でひとこと。
「ところでこの男誰ですかぁ?」
「えっと⋯⋯誰でしょう?」
彼女も曖昧に苦笑いすると、ナンパ男は舌打ちをしてその場を去っていった。
しばらく2人でその後ろ姿を見送っていたのだが。
「お困りの様子だったので声かけさせてもらったんですけどぉ⋯⋯」
余計なお世話だったですかねぇと言うショップの店員に、彼女はブンブンと顔を横に振る。
「どうやって対応すれば良いかわからなかったので助かりました、ありがとうございました」
「それは良かったですぅ」
ショップの店員がニッコリと笑ったところで、カフェの給仕がメニュー表を持ってきた。
「アタシもここで食べてもいいですかぁ? 今昼休憩中なんですよぉ」
「どうぞどうぞ───あ、そうだ。あとからまたメンズの服も買いに行きたいんですけど。また相談乗ってもらえますか?」
「いいですよぉ〜任せてください」
袖振り合うも他生の縁。
しかも同じくらいの歳の同性。
研究所育ち、現在は死神に保護されている彼女にしてみたら、とても新鮮で楽しい時間だった。
お読みいただきありがとうございました。
明日も投稿予定です。
よろしくお願いします。




