18.祭りのあと
アクセスありがとうございます。
今日の投稿で〝お祭り篇〟終了です。
よろしくお願いします。
「死神さーん、今日お仕事お休みですよね、何か予定ありますか?」
「あ? あぁ⋯⋯別に何もないけど。何で?」
あの夏祭りからしばらくして。
ソファーで遅めの朝食後のコーヒーを飲んでいた死神に彼女は声を掛けた。ニコニコと笑いながらちょんと彼の隣に座る。
「クリーニングに出してた浴衣、今日取りに行くので、その帰りに美容室のおばあちゃんにお礼のお花とお菓子買って渡しに行こうかと───できれば死神さんにもついてきてもらいたくて」
「あのばあさんねぇ⋯⋯」
死神はコーヒーを啜りながらあの老婆のことを思い出す。あの老婆はもうあそこにはいない。あるのは崩れかけの廃墟だけだ。
「正直花も菓子もいらんと思うけど」
「なんでそんなふうに言うんですか。お礼は大切ですよ?」
「んなこと言ってもなぁ⋯⋯あのばあさん、もうあそこにはいないし。地縛霊だったから成仏してもらった」
飲み終えたカップをテーブルに置き、死神はぐぅーっと伸びをした。ちらり彼女を見ると、目が点になって止まっている。
「⋯⋯え?」
「だから地縛霊だったんだって」
「え? どなたが?」
「だからあのばあさん」
「えっ、ちょ、何言ってるんですか死神さん⋯⋯だっておばあちゃんと普通に喋ってましたし浴衣だって着付けてもらいましたし、そんな幽霊なはずなくないですか!?」
ゾゾゾゾゾーっと鳥肌が立った腕を彼女が撫でている。その様子を死神はクククと笑って。
「俺が間違えるはずなくない?」
「えっ? いや、そうなんですけど───」
「っていうかお前〝死神〟は平気だけど〝幽霊〟はダメなの?」
「え、いや、あの───」
そのとき死神のスマホがメッセージを受信した、その中身を確認して。
相手は夏祭りのときに連絡をしていた相手だ。
「お、ちょうどいいタイミングだったな。じゃあまぁ花だけ買って行くか。お前も出掛ける準備しろよ〜」
「あ、ちょっと死神さん!?」
死神はソファーから立ち上がるとさっさとカップを洗って自室へ入っていった。
その後ろ姿を見送って。
「え、地縛霊って⋯⋯ウソだよね?」
彼女の脳裏にあの老婆の笑顔が浮かぶ。
髪もセットしてくれたし浴衣も着付けてくれた。
だけど老婆の足はあったっけ、そういえば足音が全然聞こえなかったような───
「いやいやそんな、ねぇ⋯⋯」
ゾクリと彼女の背中に悪寒が走った。
「ウソ⋯⋯」
「ウソじゃねえんだなぁ」
今にも倒壊しそうな家屋の周りには、警察による規制線が張られていた。
夏祭りの翌日、警察に「廃屋の中に死体がある」という匿名の電話があったという。そしてその電話の通り、2階のベッドから死後5〜20年と推定される白骨化した遺体が見つかったと報道があった。しかし事件性はなく、そのニュースは地域のニュース番組の中でさらりと流れる程度だった。彼女がそのニュースを知らなかったのも仕方ない。
まもなくこの規制線は解除され、この家屋は解体されることになるだろう。
「えっ、でもお祭りの日はこんなに家ボロボロじゃなかったですよね!? ちょっといやだいぶ古い感じはしたけど、こんな廃屋じゃなかったですよ!」
街道から1本中に入ったその奥にある1軒の廃屋の前、彼女は先程買ったユリの花束を持ちながら、規制線ギリギリまで近付き中を覗っている。
そこにあるのは過去確かに美容室であっただろう内装や備品が、長い年月ホコリを被り朽ちている様子だけだった。
「お祭りの日は古い感じはしたけどキレイだったのに」
彼女が髪結いをしてもらったであろう場所を指差す。鏡は周りを映すことなくくすみ、椅子はクッションのヒビ割れから中材が飛び出していた。
「あの、見つかったご遺体って⋯⋯あのおばぁちゃん?」
「まぁそうだろうな」
「その、死神さんはいつ気付いたんですか? おばぁちゃんが地縛霊だって」
「この中入ってすぐ。あのばあさんが創った異空間に閉じ込められたって」
「異空間?」
「心残りがあって成仏できなかった魂はこの世に留まる、それが地縛霊な。まぁそれだけじゃないけど。地縛霊として長く存在すると霊的な力が強くなって───あのばあさんは獲物に相応しい人が来たらキレイな美容室の異空間に閉じ込めるようにしてたんだろうな」
「獲物って⋯⋯私のこと?」
彼女は腕にできた鳥肌を擦った。
死神は1つ頷くと話を続ける。手に持っていた紙袋の中、クリーニングした浴衣に目を落として。
「別にお前に悪さしようってわけじゃなくて。あのばあさんの心残りは、この浴衣を誰かに引き継ぐこと、だったんじゃないのかな。それでお前にその浴衣を渡したからあの世に行けた」
神妙な顔になってしまった彼女の頭を死神がポンポンと撫でる。
「なぁ、お前が引き継いだこの浴衣───本当に持つべき人に引き継がねえか?」
死神の視線のその先。
規制線の前、彼女と同様に茫然と立ち尽くす還暦を過ぎたくらいの男が1人。
死神はその男の横に立った。
「あんた、ここの美容室のばあさんの一人息子か?」
「え?」
こちらを向いた男の顔は、やはりどことなくあの老婆の面影がある。
「あの、どちらさまで?」
「ここのばあさんの最後の客ってところかな⋯⋯まぁ俺は付き添いだったけど。それであんたはどこぞの奥様と駆落ちしたっていう息子?」
「⋯⋯それは母から?」
ギロリ、男が死神を睨む。死神は肩をすくめるだけにした。
男は死神から目を逸らし、廃屋に視線を戻すとため息をついた。
「僕の家内はシングルマザーでした───前の夫と結婚しているときからの知り合いでしたが、僕たちがお付き合い始めたのは2人が正式に別れた後。そして結婚しました。決して倫理から外れた関係ではありません」
「へぇ⋯⋯」
「美容室って面白いところでしてねぇ、いろんな噂が集まるんですよ。悪い噂や根も葉もない噂は特に、ね」
「なるほど」
つまりこの美容室で夫婦に対して良くない噂が立ち、それを老婆から責められることになって。それらから逃れるために夫婦はこの土地から出ることにしたということか。
「もうここから離れて30年以上になります───心ない噂から家内と養息子を守るため、母と縁を切ったことは仕方なかったと思ってます。だけど、こんなことになっているなんて」
男はもう一度ため息をついて。
遺体は室内の遺留物などから、死後15年と推定されると警察から連絡があったこと。親族でも倒壊の危険があるから屋内立ち入り禁止にされていること。近所の人たちによると20年くらい前までは美容室をやっていたが、店を閉めてからはパッタリと近所付き合いをしなくなったことなど教えてくれた。
「あなた達が母の最後のお客さまということは、20年くらい前ですか?」
それにしては随分若いということを言いたいのだろう。
死神は肩をすくめた。
「いや、つい1週間くらい前だな」
「⋯⋯はぁ?」
何を言ってるんだという視線が死神に刺さる。 まぁこんなところで地縛霊になったばあさんがどーのこーの言ったって仕方ないだろう。
死神は持っていた紙袋を男に差し出した。
「これは?」
「ばあさんから預かってた。あんた娘いる?」
「いえ、子どもは養息子だけで。孫娘はいますが⋯⋯」
「じゃあその孫に渡してくれ───〝きちんと手入れすれば孫の代まで残せる〟ってばあさん言ってた。まぁあんたの孫だから曾孫になるけど」
「───!!」
紙袋を受け取り中を確認して───男の目が驚きに見開かれる。
「中身何か知ってるみたいだな」
「知ってるも何も⋯⋯これを母に売ったのは僕ですから」
「⋯⋯はぁ?」
今度は死神が何を言ってるんだという視線を投げかける。
「僕、美大を卒業してアパレルのメーカーに就職したんですよ⋯⋯本当はデザインやりたかったんだけど、新卒はまず営業部からって。しかも呉服の部門に配属されて。でも話上手聞き上手な母に似なかった僕は全然営業向いてなくて。ちょっとでも売り上げ稼ぐために夏祭りのレンタル浴衣用に何着か買ってくれないかと母に頼んだんです」
「じゃあ〝きちんと手入れすれば孫の代まで残せる〟って言ったのは」
「あぁ、そんなことも言いましたね───嘘、ですけど」
「はぁ?」
「確かに浴衣にしては高いものでしたけど、振り袖じゃないんだから⋯⋯夏に着る浴衣はそんなに保ちませんよ」
肌に直接触れる浴衣は、皮脂や摩擦で傷みやすいらしい。 くしゃりと髪をかき上げた男の顔が悔しさに歪む。
「どうして僕の下手な営業トークは信じてくれたのに、家内のことは信じてくれなかったんでしょうね」
死神は横に来ていた彼女と顔を見合わせる。
彼女も少し困ったような、そして目の前の男にもあの老婆にもどちらにも同情しているような、そんな表情を浮かべている。
死神ははぁ~っとため息をついた。
「あのばあさん、あんたの営業トークの嘘、たぶん気付いてたんじゃねえかな」
「⋯⋯え?」
死神は言葉を選びながら話す。あの寂しそうに笑った老婆のために、老婆を信じることのできないこの男のために。そして誰よりも、自分のことのように悲しい顔をする彼女のために。
「この浴衣、クリーニング持っていったとき。そこのオヤジに〝大事に着てる、何度も丁寧に補修したあとがある〟って言われたんだよ。きっとあんたの嘘を⋯⋯いや、違うな。あんたの言葉を信じて、この浴衣を孫の代まで残そうとしたんじゃねえかな」
死神の言葉に男は何も言えなくなっている。その目に浮かぶのは涙か、それとも母の優しさか、その両方か。
「これは俺の推測だけど───あんたの奥さんのこともあんたの言葉を信じていたから、あえてこの土地から縁を切るよう仕向けたんじゃねえかな。あんたたち夫婦がこれ以上傷付かないように、中途半端に戻ってこないように」
「そんな、だって───」
思い当たる節もあるのだろう。男の口からは決定的な否定の言葉は出てこない。
もうこれ以上言うことはないだろう、死神が口を閉じると、隣にいた彼女がふわりと微笑むと、持っていたユリの花束を男に差し出した。
「コレ、おばぁちゃんと約束していたユリの花束です。渡していただけますか」
「⋯⋯ありがとう、お嬢さん。母も喜ぶと思います」
一瞬躊躇ったが、男は花束を受け取ると懐かしそうに目を細めた。
「そういえば、母はユリの花が好きでした───だからこの浴衣を選んだんでしょうね。でも残念なことにまだ孫は3歳なので。これを着てくれるのは当分先ですね」
男の顔はまだぎこちないが、笑顔だ。
大丈夫。
この浴衣はこれからも世代を越え、大切に受け継がれていくだろう。
「よかったですね、浴衣。息子さんに渡せて⋯⋯お孫さん着てくれるでしょうか」
「あ〜、勝手に返して悪かったな。浴衣欲しかったら新しいの買ってやる」
「いいんです、私にはもう着る機会ありませんから」
少し寂しそうに笑う彼女の頭を、死神はポンポンと撫でた。
廃屋になっていた美容室からの帰り道。
2人はゆっくり並んで歩く。
「それにしても死神さんの言葉⋯⋯すごく感動しました。あのおばあちゃん、あんなふうに思ってたんですね」
「あんなふうって───〝あんたたち夫婦がこれ以上傷付かないように〟ってやつ?」
「そうそう、それです」
「いや、たぶん思ってないな」
「⋯⋯え?」
「だってあれ、俺の口から出任せだもん」
「出任せって⋯⋯えぇ〜?」
呆れて次の言葉が出ない彼女に、死神はニヤッと笑ってみせた。
「もし本当に息子夫婦のこと思ってのことだったら、時間がかかっても噂をどうにかしようとしただろうし、味方になって矢面に立ってくれてもいいじゃん───それをしなかったってことは、やっぱりばあさんもそれなりのこと思ってたってことじゃねえの?」
「えぇ⋯⋯」
「いいんだよ、俺の言葉が嘘かどうかなんて⋯⋯もうばあさんは成仏してんだから」
「まぁ、そうですけど」
まだ腑に落ちない顔をしている彼女。
死神は空を見上げた。今日もいい天気だ───日差しが暑い。
死んだ肉体から離れた魂は、空に向かって飛んでいく。きっとこの空の向こう側に〝天国〟というところがあるのだろう───死神は知らないが。
「この世は今を生きている人が優先。だからあの息子とその家族が、嫌な噂だったりばあさんに言われたこと気にせず楽しく暮らしていければいいんだよ。んで〝やっぱばあさんは良い人だった〟って思ってくれたら、あのばあさんだってまんざらじゃないと思うだろ?」
「⋯⋯そういうものですか?」
「そういうもんだ」
もうこの話はおしまいと、死神は再び歩き出した。
「なぁ、腹空かねえ? 何か食って帰ろうぜ」
「いいですねっ、何食べます?」
「そうだなぁ⋯⋯お前何食いたい?」
「え〜私決めていいんですか? じゃあ───ハンバーグとエビフライと唐揚げ、デザートにプリンが食べたいです!」
「お子様ランチだな」
クククと笑いながら死神は彼女の頭を撫でて。彼女は気持ち良さそうにそれを受け入れて。
この世のものかどうかあやしい2人は、今日も仲良く暮らしている。
お読みいただきありがとうございました。
明日からまた次の章が始まります。
よろしくお願いします。




