12.死神①
アクセスありがとうございます。
今回は少しシリアス寄りです。
よろしくお願いします。
「俺明日の仕事なんだけどさ、夜遅くに出るんだけど───夜出るまで自分の部屋で休んでるから。3食ともメシいらんからな」
「え? 家いるのにごはんいらないんですか?」
「⋯⋯あぁ」
「えっと⋯⋯はい、わかりました」
ある日の夜。
あとは寝るだけという頃に、死神はソファーで寛いでいた彼女に話しかけ、用件だけを話すとポンポンと彼女の頭を撫で、自室に入っていった。
その後ろ姿を見送って。
───きっと明日は、人の命を刈るお仕事なんだ。
死神はいつも通りに接してるつもりかもしれないが、どことなく元気がない、ぎこちない。
でもそれを彼女に悟らせないようにしている。
しかしそれもできなくなると、こういうふうに前もって距離を取るのだ。
いつだったか死神が苦笑しながら「魂刈る相手が極悪人ばっかだったら、喜んで刈りに行ってやるんだけどな」と言っていた。
「⋯⋯無理しないでほしいんだけどな」
───でもそれが〝死神〟の仕事なんだよ。
ふぅ、1つ溜め息をついて。
彼女も自室に入り、今日はもう寝ることにした。
死神の身体は本来、食事も睡眠も必要としない。
だけど彼が食事も睡眠も取るのは、それをするだけで1日のリズムが整い、体調が良くなる気がするからだ。
しかし気がするだけで全く無意味、逆にマイナスになるときもある。
それが今だ。
血溜まりの中、死神は立ち尽くしていた。
何が起こったかわからない───いいや、もしかしたらこんなことが起きるなんてとっくに予想がついていたかもしれないのに。
包丁を持つ手が真っ赤に染まったのを呆然と見ていると、足元に何かが転がっているのに気付いた。
───ダメだ、そっちを見るな!!
そう思うのに、視線は意思を無視して足元にいく。そこにあったのは───
「うっ!?」
生気を全く感じない人形───ではない。もう何も映さない虚ろな目で死神のことを見つめる、中年男女2人の死体。
その目は「どうしてお前が生き残るんだ?」と、そう自分のことを責めているようで。
「やめろ⋯⋯そんな目で俺を見るな」
どうして、どうして、お前が死ぬべきだったのに───死してなお、そう言っている。
「やめろ⋯⋯やめてくれ」
『お前さえ生まれてこなければこんなことにならなかったのに!!』
口の利けるはずない死体がそう叫んだ瞬間、死神はハッとベッドの中で目が覚めた。
はぁっはぁと息が荒く、全身は嫌な汗でびっしょりだ。無駄に力が入っているのに、筋肉が硬直して指1本動かせない。目を固く閉じ、叫びたい衝動を歯を食いしばりながら耐える。
しばらくしてようやく身体から力が抜け、呼吸もいつも通りになった。はぁ~っと深く溜め息をつき、枕元にあるスマホを手に取る。
時刻は早朝。彼女もまだ寝ているだろう。
今日は彼女に会うつもりはない。会ってしまったら、情けないことを口走りそうだし、自分が弱っているところも見せたくない───だけどそれと同時に非常に会いたくもなるのだ。
───どうしてなんだろうな。
再び深く溜め息をつき、死神はベッドから起き上がった。
すっかり日も暮れ、空に星が瞬き始めた頃。
死神にいつ「やっぱりメシ食いたい」と言われてもいいように作る準備だけはしていたが、結局彼は1度も自室から出てこなかった。
食材にラップを掛け冷蔵庫にしまい、彼女は自分用に温かいレモンティーを淹れてソファーに腰を下ろした。
静かにしていると、時々死神の部屋から、紙をめくる音やコトリとペンを置く音が聞こえる。たぶん魔法陣を手書きしているのだろう───前にコピーする方法を教えてあげたというのに。
確かにそこに死神の気配を感じるのに、絶対に部屋から出ないという彼の意思も感じる。
彼女はレモンティーをちびちびと飲みながら、死神の部屋に繋がるドアをずっと見つめていた。
しばらくすると死神が立ち上がり歩く音が聞こえ、ようやく彼が部屋から出てくるかと期待したが。その後、微かな物音もパタリと消えた。
どうやら転移の魔法陣を使って外に出ていったらしい。
彼女の口から溜め息が漏れた。
───〝行ってきます〟も、なしか⋯⋯寂しいな。
「いってらっしゃい、死神さん」
随分と前に空になっていたマグカップをキッチンの流しで洗い、お風呂の準備をしにリビングを出た。
空高く昇った月が、とてもキレイな夜だった。
いくつになっても夜の病院は、なんとも言い難い不気味さを感じる。
魂を刈る仕事をしている死神は、やはり〝人の死〟に敏感になりやすい。病院は人の〝生と死〟が交わるところだから、そう感じるのは仕方ないことなのかもしれない。
数週間かけて毎日少しずつ侵入ルートを確保し、魂を刈る対象者の居場所を確認した。
月明かりに照らされた廊下を音を立てないよう静かに歩く。関係者以外立入禁止の鍵の掛かったドアを何枚も魔力ですり抜けて。
消毒の匂いが一段と濃くなる。ピッピッピ───と一定の間隔で電子音が鳴っていて。様々な機械から伸びる多数の管に繋がれて、部屋の中央に置かれたベッドに幼稚園児くらいの少年が静かに眠っていた。
「すげーな⋯⋯コールドスリープなんて映画とか小説の中だけのもんかと思ってたけど」
目に魔力を集めれば、目の前に浮かぶウインドウの少年の名前の下、種族:人間、年齢:65歳、状態:昏睡となっていた。
魂を刈るにあたって、死神はこの65歳の少年について少しばかり調べた。
60年前、当時5歳の少年が不治の病になり、両親が未来の医療に託すため、少年にコールドスリープをさせることを選択したという。資産家ではあったが長く子どもに恵まれず、40代半ばで授かったたった1人のこの息子をどうしても生かしてやりたいと思うのは、不思議なことではないだろう。
しかし当の両親はすでに寿命を迎えており、親戚も少年の後見を放棄した。
「───パパ?」
電子音しか聞こえなかった部屋に、急に幼い声が響いた。
見れば昏睡状態だったはずの少年の瞼が、わずかに揺れている───あと2日は目覚めないはずだったのに。
予定が狂ったと死神は溜め息をついた。
「⋯⋯残念、違うな」
「じゃあだぁれ?」
「俺は⋯⋯掃除人だよ」
〝死神〟とは言わなかった。言っても少年は理解できないと思うし、理解したとしても怖がらせるべきではないと思ったから。
それなら少年の問いかけなんかに応えず、さっさと魂を刈ればよかったのに───それをしなかったのは、60年眠ってた少年に興味を持ってしまったせいか、それともこの状態への同情か。
───それに俺のこと〝死神〟って言うのは、あいつだけでいい。
今はもう寝ているだろう彼女をふと思う。
そういえば彼女と少年は境遇が似ている。彼女はクローンとして、少年はコールドスリープをして。親が子どもの命を願った結果だ。
───俺とは大違いだな。
ズキりと死神の心が痛んだ。
「おそうじ屋さん?」
「あぁ、そうだ」
少年は目をゴシゴシ擦ると何回かまばたきして、ようやく死神が父親ではないことを確認したらしい。
一瞬寂しそうな顔になったが、すぐ満面の笑顔になった。人を疑うことを知らない、ずいぶんと人懐っこい性格のようだ。
「パパがね、目が覚めたら仮面◯イダーの変身ベルト買ってくれるって約束してくれたの!」
いきなりの話に一瞬面食らったが、これくらいの子どもにはよくあることだろう。死神は頭を働かせてその話に乗る。
「あ〜男子がみんな通る道だな、俺も買ってもらったわ」
「えっ!? いいな〜ボクも早くほしい!!」
少年がコールドスリープしてから60年経つが、少年にとっては1晩寝たのと変らない感覚なのかもしれない。少年もまさか自分の両親がすでに死んでいるなんて思ってもいないだろう。
この少年と自分は同世代なのか、ぼんやりそう思いながら、興奮したようにしゃべる少年の仮面◯イダー話を聞く。しかし少年が楽しそうに語るのは60年前のものだ、今も続くシリーズの現代版ではない。
当時もすごく人気だったその変身ベルトは、おもちゃ屋では入荷と同時に売り切れだったらしいが、奴は息子たちのために苦労して買ったんだぞと満足そうに言っていたか。
「早くパパとママ来ないかな〜」
無邪気に笑う少年に、死神も薄く微笑んだ。
この少年にとって、パパとママは最高に優しく大好きな両親だ。
それでいい。
「そうだな───もうすぐ会える」
死神は手に魔力を練り上げると大鎌を取り出す。
不思議そうに見上げた少年の額にそれを軽く当てれば、少年は眠るように息を引き取った。
ピーっと少年の身体に繋がれていた機械が警報音を立てる。バタバタと人が集まってくる気配を感じながら、死神は背負っていたリュックの中をガサゴソと漁った。
「あったあった───コレ、お前にやるよ。俺にはもう必要ねえから」
死神がポンと少年の胸の上に置いたのは、塗装がところどころ剥げた古いおもちゃの変身ベルト。
「音も光ももう壊れてるけど捨てられなかったんだよな───俺のお下がりで悪いけど、これで勘弁してな」
その昔、死神が愛されていた思い出として、ずっと大切にしていたもの───こんなもの持っていても再び愛されることなんてなかったが。
もう2度と動くことのない、しかしまだ温かさの残る少年の頭をさらりと撫で。リュックの中にある転移の魔法陣に意識を巡らせると、死神の身体は一瞬にしてアパートの自室に戻ってきた。
「疲れた⋯⋯」
体力ではなく、精神的に。
いつものクセで背負っているリュックを床にドサッと下ろそうとして───もう寝ているだろう彼女を思った。音を立てないよう静かにリュックを置き、靴を脱ぐ。
そのまま部屋着に着替えて寝てしまいたいところだが、魂を刈ったあとは身体に〝死〟がまとわりついているようで、なんだか落ち着かない。
とりあえず身体を清めに風呂場へ行こうとリビングに繫がるドアを開けると。
深夜にも関わらず電気の点いたリビングに、海外ドラマの再放送を映すテレビと、その向かいにあるソファーには人影が見えるが───
「寝てるな」
近付けば、ソファーの背もたれに頭を乗せスヨスヨと寝息を立てながら、彼女が座ったまま気持ちよさそうに眠っている。
その無防備な寝顔を見て、ようやく死神は深く息ができた。知らず知らずのうちに呼吸が浅くなっていたらしい。ふぅ、ひとつ溜め息をついて。
ふと、彼女の柔らかいくちびるの感触を思い出し───ふるふると頭を振った。
ゆったりとしたパジャマ姿の彼女は、半分ほどコーヒーが入ったマグカップを両手で握っていた。普段は紅茶派なのに、ブラックのコーヒーとは珍しい───死神の帰りを起きて待ってようとしたのだろうか。
───先寝てればいいのに。
まぁ寝ているのだが。そうじゃなくてベッドでということだ。
死神はテレビの電源を消すと彼女の手からマグカップを取り、こんなところで寝てたら風邪ひくぞと彼女を起こそうとして───途中まで出した手をそのまま引っ込めた。
自室から自分の掛布を持ってくると、彼女にふわりと掛けてやる。
頭をさらりと撫でると、確かに生きている人間の温もりがあった。
目に魔力を集めてウインドウを見れば、そこには今もたった1言〝Error〟とある。
───〝人間〟でもないんだな。
どういう基準で〝Error〟なのか死神にもわからないが。再び溜め息をつくとリビングの明かりを消し、風呂場へと向かった。
死神が風呂から出ると、彼女はソファーに横になり掛布に包まるように眠っていた。しばらくその寝顔を見つめて───ソファーを背もたれに床に座る。
身体より心が休息を求めている。彼女の髪をさらりと撫でれば、ガチガチに固まっていた心がゆっくりとほぐれていった。
魔力でカーテンを静かに開けると、西に大きく傾いた月がリビングをやさしく照らし。その光に包まれた彼女は、宗教画のように美しかった。
お読みいただきありがとうございました。
・少しずつ惹かれ合う2人
・少しずつ明かされる死神の過去
こんなかんじにしたいな〜と思いながら書いた話でした。
明日も同じ時間に投稿予定です。
よろしくお願いします。




