13.死神②
アクセスありがとうございます。
今回もシリアス寄り、説明回のような感じです。
よろしくお願いします。
ふかふかして暖かくて、そしてとても安心する匂い。優しい何かに包まれているような───まだこのまま目を閉じて微睡んでいたいが、朝日が起きろと彼女の瞼を照らしている。
あれ、カーテン開けたままで寝ちゃったっけと、ショボショボとまばたきしてみれば。
いつもと違う掛布と───ここは彼女のベッドではない、リビングのソファーに横になっているようだ。
そして目の前には齧りつきたくなるような首筋があった。襟足には小さなホクロ。男の人の首って色っぽいんだな、とか、ホクロだなんてずいぶんと人間っぽいんだな、とか───起きて早々眼福と彼女はくすりと笑った。
「───何笑ってんだよ?」
「ふふっ⋯⋯おはよございます」
死神はソファーを背もたれに床に座ってテレビを見ていたようだ、呆れたようにちらりと彼女を見て再びニュースを伝えるテレビに視線を戻した。
「死神さんココにホクロあるって知ってました?」
「あ? 知らねえよ」
つんつんと襟足をつつかれ、死神は迷惑そうにその手を払った。そのやりとりすら幸せだ。
そして彼女が包まっているのは。
「このお布団⋯⋯死神さんのですか?」
布団に顔を埋めると自分とは違う匂いがして。それが心地良く感じるのは何故だろう。
「あぁ───夜中帰ってきたらお前ここで爆睡してたから」
「す、すみません⋯⋯」
ということは昨晩死神は掛布なしで寝たのか、それとも寝なかったのか。どちらにしても申し訳ないことをしてしまった。
「ヨダレ垂らしながら気持ち良さそうに寝てるし起こすの可哀想と思ってな」
「え゙っ!? ウソ!?」
バッと口元を押さえたが。
クククと意地悪そうに笑う死神を見て、どうやらからかわれたらしいと彼女が頬を膨らませる。
「も〜っ、ホントにお布団にヨダレ付けますよ!?」
「きったねぇことすんなよ、貸してやったのに」
「うぅ、それは感謝してますけど⋯⋯ありがとうございます」
もぞもぞともう1度布団に潜り込み、そのぬくもりを味わっていると、テレビがいつも起きる時間を報せてきた。名残惜しいがそろそろ起きなければと、彼女が布団の誘惑と戦っていると。
ダラーっとニュース番組を見ていた死神がピクリと動いた───どうやら待っていたニュースらしい。
彼女も布団への未練を断ち、起き上がってソファーに姿勢を正す。
『───コールドスリープから60年。人類初の目覚めを期待されていた5歳の少年が本日未明死亡したと、少年を支援する団体が発表しました。少年が入院していた病院前から中継です』
ニューススタジオから画面が切り替わり、白を基調とした巨大な建物の外観が映った。
『こちら少年が入院していた病院です。2日後に目覚めの予定で人工冬眠室から集中治療室に移された少年でしたが、本日未明に心肺停止を知らせるのアラームが鳴り、その後蘇生の処置が行われましたが死亡したということです──────また心肺停止のアラームが鳴る直前、少年の意識が回復していたのではないかと思われる脳波の記録と、何者かが治療室に入室した形跡があり、故意に冬眠状態から急激に覚醒させられた可能性があり、病院側は──────警察は事件と事故の両面から、防犯カメラ等の確認を進めていくということです。以上、病院前からでした』
「〝故意〟って⋯⋯何もしてないんだけどな」
死神がテレビを見ながらポツリと言う。
やっぱり死神がこの少年の魂を刈ったのか───彼女は目を伏せた。
「どうしてこの子は魂を刈られて、私は助けてもらえたんですか?」
「さぁな⋯⋯この少年の魂を刈れって指示が来た、俺はそれに従っただけ。お前は前も言ったけど〝魂〟がない。たぶんそれは西園寺百合子の〝複製〟だから───あのとき魂を刈る対象者リストに載ってなかった」
「でもそれならダムの工事みたいに〝破壊の対象物〟で仕事が来るとか」
「確かにな。あのときは研究所の爆破までが指示だったから───お前はそれに巻き込まれるはずだったのかもな」
「⋯⋯───」
やはり自分はあのときその他施設の一部として死ぬはずだったのかと───押し黙ってしまった彼女をちらりと見て、死神はポリポリと頭を掻いた。
「それにしても延命するためとはいえ、自分の子ども氷漬けにする親もいるんだなぁ」
「⋯⋯この子はコールドスリープだから氷漬けじゃないですよ」
「あ?」
「人工冬眠は存命中の人体の体温を10℃前後まで下げて、心拍や呼吸を限りなく少なくして人工的に冬眠状態を作り出すこと。死神さんの言う人体冷凍保存は死亡した人体を液体窒素で冷凍保存すること───生きているか死んでいるか、全然違います」
「なるほど。だから〝65歳の少年〟だったのか」
何のことですかと視線で問う彼女に、死神も何でもないと首を振る。彼は答えないだろう、彼女もそのまま話を続けた。
「確かこの子コールドスリープ中は心拍1日24回、呼吸は1日6回程度にコントロールされていたはずですから───通常1日の心拍数を10万回とすると、60年経っても身体的老化は約5日分というところでしょうか」
「計算早えなぁ⋯⋯ずいぶん詳しいし」
へぇ~っと感心する死神に、彼女は自嘲気味に笑った。
「百合子が病気になって、それが不治の病と知るとお父様は───西園寺博士はどうにか病気を治そうとして⋯⋯結局病気自体を治すのが自身では難しい判断すると、次は人工冬眠の研究をしました。その研究モデルにしたのがこの子です」
テレビのニュースは事件事故から政治経済の話になった。それを聞き流しながら、彼女は話を続ける。
「人工冬眠の次は人体冷凍保存の研究をして⋯⋯だけど両方とも期間が長くなればなるほど目覚めないリスクが高くなると。おそらくこの子も冬眠が長くなりすぎて、途中で覚醒せざるをえなかったのでしょうね⋯⋯医学の発展のために、この子は実験体にされた」
しばらく沈黙が流れて。
テレビでは芸能コーナーのレポーターが興奮気味に、落ち目の女優が整形を告白したこと、クローン細胞を用いた美容医療が最近のトレンドだと伝えている。
「昔から言われてることだけど───コールドスリープが技術として成功する世界になっても。自分が目覚めたとき、自分の知ってる人間が1人も生きていない世界って⋯⋯どうなんだろうな」
人は人の間でしか人間として生きられない。それは見ず知らずの人の間でも可能なのだろうか。
死神が何気なく言った言葉に、彼女が悲しそうに眉を寄せた。
彼女も百合子の延命のための道具として生み出され、そしてあと数ヶ月で死ぬ運命だ。複雑な心境だろう。
「悪ぃ、お前に言うことじゃなかった⋯⋯お前は悔いのないように生きろよ」
ポンポンと死神に頭を撫でられ、彼女は少しだけこわばった顔を緩めた。そして小さな溜め息をついて。
「私は延命なんて望んでないし⋯⋯クローンの私は死んだら遺体ではなく、ただの肉塊なんだって、理解しているつもりです」
今度は死神が眉をひそめる。同情してもらえてるんだろうか、そう思うと少し嬉しくて。彼女は薄く笑う。
「お墓もいらないし、きちんと埋葬してほしいってわけでもないけど。同期だったクローンたちみたいに、産業廃棄物───ゴミとして捨てないでほしいです」
「産業廃棄物? せめて医療じゃねえの?」
「この国ではクローン細胞での医療しか認められてませんから。クローン人間は厳密に言うとまだグレーゾーンなんです⋯⋯だから私は産業廃棄物として処分されるはずでした───技術の流出を防ぐために、灰も残らないくらいに焼かれるんです」
別に死んだ後なんてどう扱われようが構わない、それどころか考えたことなんてなかったけど。
死神と普通の人間のように暮らしてみて、彼女自身、自分が命あるもののように考えるようになったからなのかもしれない。
テレビのニュースは天気予報のコーナーになった。今日は全国的に気持ちの良い晴れらしい。
死神ははぁ~っと溜め息をつくと、頭をポリポリと掻いた。
「戸籍も何もないから火葬場で焼いてもらうことは出来ねえけど⋯⋯土葬でいいなら俺が責任持ってどこかに埋めてやるよ」
「ありがとうございます⋯⋯じゃあ死体遺棄の事件にならないよう誰にも見つからないところがいいですね」
「あ〜、じゃあジャンボタニシんときの土地神サマのところがいいんじゃね?」
脳裏にあのいやらしい老男の顔がポンっと思い出されて。彼女は思いっ切り顔をしかめた。
「絶対にイヤですね⋯⋯なんか、色々と穢されそう」
「お前なぁ、あの土地神サマ結構格式高い神サマなんだぜ?」
「え、うそ⋯⋯アレで?」
「そう、アレで───って〝アレ〟って言うなよ、相手は神サマなんだから」
2人して彼女の下着を握りしめる土地神の姿を思い出して。彼女はめちゃくちゃ嫌そうに、そしてそんな彼女を見て死神はクククと苦笑して。
「よし、今日は俺が朝メシ作ってやるよ───お前はゆっくりしてな」
「え、でも───」
ニヤッと笑ってぐしゃぐしゃっと強めに彼女の頭を撫で、キッチンに向かう死神の後ろ姿にキュッと心臓が締め付けられて。
「あれ⋯⋯不整脈かな?」
───そうじゃないでしょ。
「おーい、飲み物はレモンティーでいいの?」
「あ、はい! お願いします」
手際良く朝食の用意をする死神を見つめながら、彼女は死神の残り香のする布団にもう一度包まった。
キッチンから呆れた声で死神が声を掛ける。
「お前なぁ、ゆっくりしてろとは言ったけど、顔洗って歯磨きくらいしてこいよ」
「うぅっ⋯⋯ごはん食べた後じゃダメですか?」
「別にいいけどよぉ。ずいぶんダラけるようになったじゃねえか」
「だってお布団の誘惑がすごいんです⋯⋯!」
クククと笑いながら死神がフライパンで何かを焼いている。しばらくしてパチパチと脂が弾ける音と香ばしい匂いが漂ってきた。
「あ、でもすごく食欲そそられます」
「ベーコンの誘惑な───まぁこんなもんか、出来たぞ」
「ありがとうございます!」
布団は名残惜しいが、お腹は空腹だと訴えている。彼女は布団を軽く畳むと、テーブルに着いた。
薄くカリカリに焼かれたベーコンと、プルンと絵に描いたような目玉焼き、レタスとパプリカの付け合わせの横にはキレイなくし切りトマト。コンソメスープはスープが少なめで、玉ねぎにんじんジャガイモブロッコリーがたっぷり入っている。
死神がトーストしたてのフランスパンをテーブルの中央に置いて。
「美味しそう! 死神さん西園寺家のコックよりも上手じゃないですか!?」
「まっ、俺が本気出せばこんなもんよ。レモンティーは先? それとも後?」
「あ、今いただいていいですか?」
「りょーかい」
コポコポコポと沸騰したての湯をティーカップに、紅茶が美しい紅色になったところで薄く輪切りにしたレモンを浮かせて。
「ほい、召し上がれ」
「いただきます!」
フォークを目玉焼きの頂上に刺せば、トロリと半熟の黄身が姿を現した。カリカリのベーコンに絡ませて食べれば。
「う〜ん、美味しい! 幸せ〜♡」
「こんなんで幸せになれるなら安いもんだな」
「死神さんの作ってくれたごはんはPriceless!」
クククとバカにしたように笑う死神に、彼女は満面の笑みで言った。その忖度ない笑顔に彼は一瞬驚いたような表情を見せて。そして、そうだなと言うとふわりと笑った。
「───!!」
再び彼女の心臓がキュッと締め付けられた。
「⋯⋯心筋梗塞かな?」
「食って幸せでポックリ死ねるなら最高じゃん」
「ちょっと勝手に死ぬことにしないでくださいよっ」
「昔から〝ピンピンコロリ〟って言うじゃん」
「いやそれは知ってますけど!」
2人して笑って。
高価じゃなくても、豪華じゃなくても、死神の用意してくれる食事は格別だと───そう、断言できる。
「また作ってくださいね?」
「気が向いたらな」
食後にもう1杯レモンティーをゆっくり飲みながら洗い物をしている死神に声を掛けると、思った通りの返事が来た。
彼女はフフフと笑って。
「次は和食がいいな───だし巻き玉子と茄子のお味噌汁」
「気が向いたらっつってんだろ?」
「焼き魚だったら鮭で、煮物だったら筑前煮かな」
「こいつ聞いてねえな」
呆れたように呟いた死神だったが。
その1週間後の朝。
ダイニングテーブルの上には鮭の塩焼きに筑前煮、だし巻き玉子と茄子の味噌汁が美味しそうな湯気を立てながら並んでいた。
お読みいただきありがとうございました。
明日も投稿予定です。
ちょっと楽しい感じの話になると思いますので、よろしくお願いします。




