10.アリルメルカプタンと幸せな夢①
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「あ〜、疲れたぁ⋯⋯」
死神は転移の魔法陣でアパートの自室に帰ってくると、いつものクセで背負っているリュックを床にドサッと下ろそうとして───同居人がいたことを思い出した。しかも今は真夜中。早寝で健康的な生活を送っている彼女はもう寝ているだろう。音を立てないよう静かにリュックを置き、泥だらけになった靴を脱ぐ。
そのまま部屋着に着替えて寝てしまいたいところだが、仕事でホコリまみれ泥まみれの汚れた身体のままベッドに入りたくない。
とりあえず風呂場へ行こうとリビングに繋がる自室のドアを開けると。
「あっ、おかえりなさい、死神さん!」
「うわっ、びっくりした!!」
ピョコッとソファーから頭を出した彼女が、満面の笑みで死神を出迎える。
まさか彼女がそこにいるとは思わず、死神は本気で驚いた。しばらく固まったのち。
「あ〜、ただいま⋯⋯めずらしいな、こんな時間まで起きてるの」
「えへへ〜何だか寝られなくって」
見ればリビングのローテーブルの上に、タグが付いたままの真新しい服が広げて置いてある。
死神はそれを覗き込んで───得体の知れない空気に眉を寄せた。
「⋯⋯服、買ったのか」
「あっ、はい! そろそろ夏服が欲しくて───あの、ごめんなさい」
無駄遣いと思われてしまったのだろうかと、先程までのテンションはどこへやら、彼女はシュンと小さくなってしまった。
「いや、それは⋯⋯別にいいんだけど。お前、今日何してた?」
もう日付は変わっているが、訊かずにはいられない。
彼女も死神のピリピリした雰囲気を感じて不安そうに、しかし素直に話す。
「えっと⋯⋯お昼から隣町にオープンしたショッピングモールにお買い物に行きました」
「⋯⋯それで?」
「えっと、えっと⋯⋯今日は夕飯も作らなくていいから、そこで時間いっぱい買い物して───」
やっぱり。
彼女が何かを話すたび死神の不快感が増すのか、彼の眉間のシワが深くなった。
「勝手なことしてごめんなさい」
そりゃ自分ががんばって稼いだお金を、ただの居候が散財したら気分悪いだろう───彼女は頭を下げたのだが。
死神は「そうじゃねえよ」と言うと、溜め息をつき頭を掻く。あ〜だのう〜だの考えた末。
「お前⋯⋯めっちゃ臭ぇんだけど!?」
「⋯⋯⋯⋯え!?」
死神が手で鼻と口を塞ぎ、おえ〜っと嘔吐きながらもう片方の手でパタパタと空気を扇ぐ。ご丁寧に涙目にまでなっている。
「なんかお前しゃべると余計⋯⋯何食ったらそんなヒドい匂いなるんだよ」
「えっ、そんな⋯⋯うら若き乙女にクサいだなんて───」
「臭ぇのに乙女もオッサンもねえよ、ちゃんと歯ぁ磨いたか?」
「ちゃんと磨いてます!」
彼女も死神にそう言われて、両手で口周りを抑えながら自分の呼気を確認する。ずっと気にしていなかったが、この匂いは───
「なんかスッゲー匂いするだろ?」
「───はぃ」
間違いない、この匂いは。
「⋯⋯元祖◯系ラーメン、食べました」
豚骨醤油ラーメンに替え玉、ニンニク背脂薬味ネギ、スープも全部雑炊風にして食べた。
「はぁ? ────あはははははっ!!」
「え、ちょっと死神さん!?」
いきなり爆笑しはじめた死神、お腹を抱えてヒーヒー引きつるように笑って。
「お前マジ!? 元祖◯系ラーメン食ったの!? 1人で!?」
「私がマジで、元祖◯系ラーメン食べました、1人で⋯⋯」
だってショッピングモールのレストラン街にあって若い女性が1人で入れるようにって、実際に女の人もチラホラいたしぃ⋯⋯などなど彼女はブツブツ言うが、それを聞いてさらに死神は笑った。ひとしきり笑って、はぁ~あっと目に溜まった涙を拭く。
その様子を彼女はジト目で睨んだ───夜中だから近所迷惑にならないだろうか。明日苦情が来たら死神さんに対応させてやると、心に誓いながら。
「あそこのラーメン旨いよなぁ、俺も何回か食べたことあるけど。でもお前さぁ、ニンニク普通とかで食ったんじゃね?」
「そりゃ初めてだから、麺の硬さもニンニクも普通で注文しましたよ。だって〝普通〟って言いますけど、それってそのお店の1番のオススメってことですよね?」
「それ食っていいのは食った後と翌日誰にも会わん奴だけだって。あとは臭いって言われるの覚悟した奴な。女の人もいたっつーけど、そういう人はみんな気にしてニンニク少なめとかニンニク抜きで注文してんだよ」
「ええっ、そんな!?」
そういえばラーメン持って来てくれたお兄さんが「勇気あるね」と言っていたが、そういうことだったのか───彼女は羞恥で顔を赤く染めた。
本当なら今頃帰ってきた死神に、今日初めて1人で電車に乗ったこと、服を買ったこと、ラーメン食べたことなど、意気揚々と話したかったのに。
ショボーンとしている彼女の額を、死神はデコピンを喰らわせた。
「あいたっ!?」
「そんなショゲんなって。俺久しく元祖◯系ラーメン食ってねえからさぁ───今度に一緒に食いに行こうぜ」
クククといつものように意地悪そうに笑って。死神はポンポンと彼女の頭を撫でた。
その心地良さに彼女はうっとりしかけたが。
「ちょっ、死神さん───足!!」
「足? ⋯⋯おわぁ!?」
死神の足元は泥だらけで、見れば彼が歩いた場所にはくっきりと足跡が残っている。
「あちゃ〜、やっちまったなぁ」
「もうっ、他人のことバカにできませんよ! なんかホコリっぽいですし!! しかも手ぇ洗う前に私の頭触りましたね!?」
「なんだよ他人のこと汚いものみたいに言うなよ」
「死神さんだって私のことクサいって言ったじゃないですか!」
「いやお前が臭いのは事実だろ」
「死神さんが汚いのも事実です!」
彼女にビシッと足元を指され、死神はバツが悪そうに頭を掻いた。
「あ〜まぁ確かに⋯⋯悪かった」
しばし無言の空気が流れ。
プッと吹き出したのはどちらだったか。あはははははっと2人笑い合って。
「牛乳飲んだらニンニクの匂いって消えるんでしたっけ?」
「残念ながらそれはニンニク食べる前から食べた直後までの対処法。身体に吸収されたあとのニンニク臭は48時間かけて自然に代謝されるまで消えないんだよ」
「えっ、じゃあ私明日と明後日も臭いまんま!?」
「そ。俺の身体はシャワー浴びれば10分でキレイになるけど、お前は2日間臭いまんま───だからやっぱり俺の勝ち!」
「なんか勝手に負けにされました!?」
悔しがる彼女に死神はもう1度クククと笑い、じゃあ俺風呂入ってくるからお前はもう寝ろよと言うと、くるりと風呂場に向かった。
「あ、ちょっと死神さん───」
「床の掃除は後からやるからそのままにしといて」
パタンと閉まる脱衣所のドアを見届けて。
彼女は先程の死神を思い出した。
「死神さん、ちょっと疲れた顔してたよね」
今日どんな仕事だったか知らないが、彼女が起きる前から出掛けて、転移の魔法陣を使って今さっき帰ってきたのだ。拘束時間だけでもかなりの長さだろう。
死神の部屋からリビング、脱衣所へ向かう足跡を見て。
「これくらいならやってあげようかな」
彼女は掃除用ウェットシートを取り出すと、一歩ずつ泥の足跡を消しにかかった。
「ふぅー、生き返った」
なるべく音を立てないようシャワーを浴びて、ゆっくり湯船に浸かった死神がリビングに戻ってくると、床にあった泥の足跡がキレイに掃除してあった。どうやら彼女が脱衣所と死神の自室以外は掃除してくれたらしい。
「ありがたいねぇ」
彼女は死神と同居するにあたり、金銭的に全部死神に頼りきりなのを気にしているようだが、死神から見れば食事の用意や掃除・洗濯は彼女がやってくれているので、対等───とまではいかないが、死神が助かっているのは確かだ。
もっと生活力のないお嬢様だと思っていたのに───意外とこの生活が悪くなくて困る。
───って俺は何を困るんだろうな。
そう自嘲気味に笑って。
魔力を使って彼女の部屋の気配を探る。魂のない彼女の気配は探りにくいが、聴覚を研ぎ澄ませば微かに安定した呼吸が聞こえる。もうぐっすり寝ているのだろう。
掃除用ウェットシートで脱衣所の床を丁寧に拭き、自室はまぁそこそこ適当に拭いた。
ベッドにゴロンと横になり、スマホをいじる。
ニンニクを食べた後の不快なの臭い成分アリルメルカプタン。それの化学式、体内での分解メカニズム。スマホから得た知識を頭に叩き込む。
「⋯⋯なんとかなりそうだな」
スマホを置いてよっこいせと立ち上がり、彼女の部屋があるほうの壁に手を当てる。魔力を全身に纏わせば、死神の身体はスルリと壁をすり抜けた。
「⋯⋯ニンニク臭ぇ」
これが彼女から匂ってるんだから。清楚な見た目とのギャップがスゴすぎる。
クククと息を殺して笑い、そろりそろりベッドに近づく。薄明かりの中、大きなダブルベッドの布団に包まるように眠る彼女は小さく、あどけない顔をさらしていた。
これが人造人間というのだから。
普通の人間と何も変らない。いや、そんじょそこらの人間より───
───ダメだ、考えるな。
あと数ヶ月一緒に過ごすだけの存在なのだから。情が移ると危険だ。
死神は小さく溜め息をつくと、掛布団の上から彼女の腹あたりに手を当てる。先程頭に叩き込んだニンニクの臭い成分のアリルメルカプタン。それが分解されていくイメージを練り上げ魔力として展開していく。
「床掃除してくれたお礼だ」
「ん⋯⋯ぅん」
彼女が身体の異変を察知してか、ベッドの中で寝返りを打つ。それでも構わず術を掛け続けて。
「こんなもんか?」
ニンニクの匂い成分を破壊───つまり分解したのだが、如何せん匂いは目に見えない。もう彼女の身体からは匂っていないはずなのだが、鼻がこの部屋の空気に慣れてしまったせいでよくわからない。
ついでに部屋の空気のニンニク臭も分解したのだが。
「ん? これでいいのか? わっかんねえな」
だから、本当に、何も考えず。
彼女の匂いを直接嗅ごうと、死神が彼女の口元に自分の鼻を寄せた、その時。
「ん、ん⋯⋯? しにがみ、さん?」
「!!」
寝ていたはずの彼女が瞳を薄っすら開け、何度かしばしばとまばたきして。そして顎をほんの少し上げると。
彼女のくちびるが死神のくちびるにふわりと触れた。
「!?!?」
「⋯⋯すごく、いい、ゆめ」
彼女はふふふと微笑むと目を閉じ、再びすぅすぅと規則的な寝息を立て始めた。
驚き過ぎて微動だにできなかった死神は、今になってその場に尻餅をついた。ドッドッドッと心臓がうるさい。
「な、な⋯⋯なんだ?」
やわらかくてしっとりとした、彼女のくちびるが。
「───!!」
急に居ても立ってもいられなくなって、来た方向へ身体を翻す。しかし魔力を展開するのを忘れていてそのまま顔面からガンっと壁にぶち当たった。
「〜〜〜っ!!」
「ぅん⋯⋯なぁに?」
その音に再び彼女が目を擦りながら起き上がる。
死神はその場から逃げるように壁をすり抜けた。
何か大きい音がしたような気がして起きてみたが、特に何かが落ちたとか倒れたとかいうことはなさそうだ。夢かなぁでもそんな夢見てたっけと思いながら、彼女はもう1度横になり布団に包まった。
なんだか幸せな夢を見ていた気がする───お腹がポカポカと温かくなって、身体に纏わりついていた不快感がスゥーっと引いていって。目を開けるとそこに死神さんがいて───優しいキスをしてくれた。
───夢だってわかってるけど。私、幸せだなぁ。
研究所にいるときに見た夢といえば、廃棄処分される夢───意識があるまま手足をもがれたり、内臓を取り出されたり───実際の廃棄処分でもそんな酷いことされないのだが、そういう悪夢ばかりだった。
夢は記憶の整理でしかないということはわかっている。だからこそ、こんな幸せな夢を見るということは、心から幸せだと思っている証拠だろう。
まぁ、願望が見せた幻かもしれないが───それならそれで幸せだ。生まれてからこのかた1度もキスなんてしたことないし、どうせ死ぬまですることもないだろう。だったら夢見るくらいいいじゃないか。
───またこんな夢が見たいな。
彼女はそう願うとウトウトと微睡み、そのまま睡魔に身を任せた。
お読みいただきありがとうございました。
大量のニンニク食べると本当に2日間匂います。
でも美味しいんですよねぇ⋯⋯
でも最近は胃痛で身体が受け付けなくなりました。
何事も適量が良いと学ぶ今日この頃です。
明日も同じ時間に投稿予定です。
よろしくお願いします。




