第68話 魔人スカーレットは一位と会う
一位と会う! 別れの予感。
魔人コラーユは『最速』の魔人である。
その名の由来は諸説あり、高い身体能力による俊敏性や討伐開始から完了までの仕事時間とも言われている。何より、多忙な彼女は次々舞い込む仕事量のため、仕事を終えるとすぐに帰ってしまうと有名であった。そのため、多くの人間たちは魔人コラーユについて詳しいことは知らない。絶世の美女であることと、魔人ヴァーミリオンとの因縁以外は……。
「依頼された魔物は討伐しました。それでは報酬を頂けますか?」
「はい……。おい、約束のものを……」
魔物を討伐し城に戻ってきたコラーユに見とれて、兵士の対応が遅れる。奥から持ってきた報酬を確かめると、彼女は満足した。
「確かに。では、私はこれで……」
すぐに立ち去ろうとする彼女だったが、城の中には魔人ランキング『一位』をこの目に焼き付けようと多くの人たちが詰め寄せている。そして、その中には熱烈なファンも少なくなく、自らの立場もわきまえずコラーユに話しかけてくる者もいた。
「あの! コラーユ様!」
人ごみの中から声が聞こえる。彼女が視線をやると、若い男性が前に出てきてさらに続けた。
「俺、ずっと前からあなたのファンで……。もし良かったら、サインください!」
周囲の人々はどよめきながら、無謀な男性を非難するように見る。そんなことで魔人様の時間を奪うなんて言語道断。つまらないことで機嫌を損ね、国に被害を与える魔人もいた。彼女がそうでないという保証はどこにもない。
それでも彼はどうしても我慢できなかった。二度と会うことがないかもしれない憧れの人。もしもここで命を失おうとも、行動したことに悔いはない。
震える手で色紙とペンを差し出すと、彼は改めて「お願いします!」と叫んだ。
固唾を呑んで周囲の人々はその様子を見守っていた。どうか機嫌を損ねませんように……。その場の全員がコラーユの一挙手一投足に注目する。
そして、彼女はゆっくりと色紙とペンを受け取ると、目にも留まらぬ動作でサインを終えていた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
返されたサインを胸に抱きかかえ、涙を流し感謝する男性。その姿を見届けて少しほほえむと、コラーユは姿を消した。
「……いいなあ。俺もサインもらえば良かったかな?」
「馬鹿! コラーユ様が優しかったから良かったものの、あの瞬間、国を滅ぼされてもおかしくなかったんだぞ! 心臓が止まるかと思った……」
「でも、本当に美しかったなあ……。上品な雰囲気に均整の取れた顔。おまけにあのきれいな赤い髪。若々しくて、成人している子どもがいるとはとても思えない」
嵐が去った後のように、兵士たちは気が緩んで好き勝手なことを話していた。美しい女性はいつの世も、男性たちの話題にあがる。
そんな中、一人の兵士がこぼした。
「ヴァーミリオン様、本当にうらやましいよなあ……」
思わずつぶやいた言葉だったが、和やかなムードになっていた城内は再び緊張に包まれる。
「馬鹿野郎! ……コラーユ様、もう本当に帰ってるよな?」
兵士たちはキョロキョロと辺りをうかがうが、彼女の気配はない。そのことにホッとすると、原因となった兵士を注意する。
「いくらコラーユ様が優しいからといって、彼女の前でヴァーミリオン様の名前を出してみろ。この国はその瞬間、消えてなくなってるぞ!」
失言した兵士はぞっとして、今更顔を青くした。彼は改めて、魔人の恐ろしさを痛感する。
現ランキング『一位』魔人コラーユと、元ランキング『一位』魔人ヴァーミリオンは夫婦である。それは誰もが知っており、誰もが口にしない話題であった。
『お母さんが帰ってくる』
先日スカーレットは父からそう告げられた。母は今、世界の裏側で生活しているはずだ。あまりにも多忙過ぎて、もう何年も城に帰って来ていない。昔から城にいることはめったになかったが、父が引退してからはその忙しさに拍車がかかり、現在は世界の半分を一人でカバーしているらしい。
「そりゃ、お母さんも怒るわ。お父さんがのんびり旅してる間に、自分は世界の半分しょってるんだから」
「まあまあ。もう少しで帰って来られるみたいですし、その話はまた今度にしましょう」
またそうやってじいやは父の肩を持つ。いくら雇用関係があるからといって、甘すぎるのではないか? 納得できないスカーレットだったが、城のチャイムが鳴り意識がそちらに向く。
「あっ、お母さん帰ってきた!」
スカーレットは自らインターフォンに駆け寄り、「今開けるから!」とボタンを操作する。瞬間移動で帰って来ないところを見ると、相当疲れがたまっているのかもしれない。
少ししてじいやとともにリビングまで来た母の姿は、昔とちっとも変わらず美しいままだった。目のクマ以外は。
「……ただいま」
「おかえりなさい! えっと、何年ぶり?」
「……わかんない」
久しぶりの再会に抱き合って喜ぶ二人だったが、今にも過労で倒れそうなコラーユはすぐにソファに崩れ落ちる。……色々と限界そうだ。
「はあー、自分の城はやっぱり落ち着くわ。ったく、あのおっさんが勝手に引退したせいで、私がどれだけ苦労しているか……。ラムズイヤー、悪いけどあとでマッサージお願いね」
「かしこまりました、コラーユ様」
いつもは仕事をサボったりしているじいやも、彼女には頭が上がらない。もしもサボりがバレようものなら、とんでもないお説教が待っているからだ。
「お母さんも大変ねえ。ところで、お父さんが仕事復帰するって聞いたけど?」
この間のハイキングで、父の仕事復帰と母の久しぶりの帰宅の話は耳にした。あくまでも彼は働きたくないみたいで、口にするのをためらっていた。それでも言い出したのはきっと母の説得があったからなのだろう。詳しくは彼女から聞くよう言われている。
「そうなのよ。まだまだ元気なんだから、暇してないで働けって言ってやったの。今まではごまかされてたけど、スカーレットのことを考えて決めたみたい」
自分のこと? そんな話は聞いていない。戸惑うスカーレットにコラーユは続けた。
「あなた、最近疲れてるんでしょ? あのおっさん言ってたわよ、『普段はそうとは見せないが、父親の私にはわかる』って。ホント、娘には甘いんだから。ちょっとは妻の体調も気にしろっての」
憎まれ口を叩く彼女は、言葉とは裏腹に笑みを浮かべていた。彼が娘のことを気にかけていることが嬉しかったのだろう。隣にいるじいやもコラーユにつられて笑っている。
「それで、何であたしが疲れていることが、お父さんの復帰とお母さんが帰ってきたことにつながるの? 別に関係なさそうだけど……」
彼女が疑問を口にすると、急に神妙な顔をして母は答える。
「スカーレット、私と一緒に休暇を取らない? 仕事はしばらくお休みにしましょう」
降って湧いた提案に、スカーレットはすぐに返事はできなかった。




