第67話 魔人スカーレットは山に登る
山に登る! たまにはじっくり話そう。
久しぶりに城にヴァーミリオンが帰ってきた。突然の帰宅にもかかわらず、彼は帰ってくるなりこう言った。
「よーし、明日山に行くぞ!」
急に帰って来て、急なことを言い出す。相変わらずマイペースな父親だ。あたし、仕事で疲れてるんだけど……。そんな風に言いたくもなるが、たまには親子水入らずも悪くはない。スカーレットはじいやにその旨を伝えると、喜んでお弁当を作ってくれるとのことだった。
翌日、山登りというので朝早くから起きていたスカーレットだったが、父はのんびり朝ご飯を食べていてなかなか出かける様子はない。
「ちょっとお父さん、まだ出かけないの? 山登るんでしょ?」
登山というから昨日からしっかりと準備していて、リュックにはパンパンに荷物を詰め込んでいた。これである程度の山なら大丈夫だ。行くからにはちゃんと用意しなければ。そう意気込んでいたが、ヴァーミリオンはのんきに言う。
「いや、近場の幼稚園児でも行けるところだから、そんなに荷物はいらないぞ。電車で三十分、駅から歩いてすぐだ」
「……それ、先に言ってくれない?」
「ごめん」
パンをむしゃむしゃ食べながら謝られても……。彼女はしょうがないのでリュックから荷物を取り出し、最低限のものだけ持っていくことにした。
お昼前になってようやく出発した二人は、電車に乗って山の最寄り駅まで移動した。電車内では乗客たちにじろじろと見られていたが、親子でいたらよくあることだった。仮にも魔人ランキング元『一位』と現『七位』である。特に無駄にガタイがいい父親は、公共交通機関では目立って仕方ない。
目的の駅に着くと、降りてすぐのところに山への案内表示があった。『歩いてすぐ一つ目の滝があります。そこからさらに歩くともう一つの大きな滝もあります』と書かれている。
「お父さん、滝が二つあるみたいだけど、どっちも見るの?」
ヴァーミリオンは「そうだなあ」とだけ言うと、その場でフリーズした。急に壊れたおもちゃみたいになった父を心配して、スカーレットは続けた。
「ちょっと聞いてるの?」
「ああ、うん。せっかく来たし二つとも見ていこう」
「そう」
自分から行こうと言っていたのに、考えていなかったのか? 目的も決まり、二人は山道へと向かった。
着いた山道は彼の言っていた通り、舗装もされていて小さい子どもでも登れそうだった。これならすぐに滝まで着いてしまうな。そう考えていたスカーレットだったが、
「大雨の影響でらくらくコースは落石の恐れがあります。わくわくコースをお使いください」
そう書かれている案内板が設置されているのを目撃する。
左右に道が分かれており、右側のなだらかな方がらくらくコースだろう。見ると、先の方で大きめの石があちこちで転がっていた。落石があったのは本当らしい。そして、左側にある見るからに高低差がある道がわくわくコースということだ。彼女たちと同じくハイキングに来た人々はみなそちらに向かっている。
「……これ登るのか」
最低限の整備はされているみたいだが、雨の影響が残っているのか土の階段は滑りそうである。個人的にはあまりわくわくはしない。むしろドキドキする。
ためらうスカーレットと対照的に、ヴァ―ミリオンはずんずん進んでいった。
「ほら、行くぞ」
「はぁー、何で休みにこんな疲れることを……」
文句を言いつつも、スカーレットは先を歩く父を追いかけた。
少し歩くと一つ目の滝が見えてきた。滝というから迫力あるものかと期待していたが、どちらかというと流れる水の音も静かで『上品な』感じがする。
「緑もきれいで、なんか落ち着くわ」
心地よい水の音を聞きながら、細長い枝葉が伸びた木が視界に入る。植物たちも都会の喧騒から離れたこの場所で、いきいきしているかのようだった。
「そうだなあ」
ヴァーミリオンもしみじみとした顔で同意する。そんな風に二人で感傷にひたっていたが、すぐに「ぐう」とおなかが鳴る。
「……弁当でも食べるか」
「……そうね」
美しいものを見ても、おなかは空くのだ。ごつごつした地面にレジャーシートを引いて、親子仲良くじいやが握ったおにぎりを食べた。
ご飯を食べて元気を取り戻し、さらに先へと歩みを進める。滑らないようしっかり足を踏み出しながら、前を歩いている人たちの背中を見た。多くの人々はスカーレットやヴァーミリオンよりも年上で、仕事を引退している年頃のようだ。それでもシャキシャキ険しい道を進む力強さに、彼女は感心する。
「お父さん」
「何だ?」
「仕事、復帰しないの? 体調だって悪くないんでしょ?」
彼はまだ引退するような年齢ではない。体も元気で放浪の旅に出られるくらいだ。再び仕事をするのに何の支障もないように感じる。
何気ない質問のつもりだったが、彼女の言葉に少し驚いているようだった。苦笑いを浮かべると、立派なひげを触りつつぼそりとつぶやく。
「……やはり鋭いな。さすがは娘ということか……」
それは遠回しに自分がすごいと自慢しているのか? それきり黙った彼に聞き返そうか悩んだ末、調子に乗らせるだけだとスカーレットは何も言わなかった。
二つ目の滝は看板に書いてあった通り大きかった。見上げるほど高い岩肌に沿って流れ落ちており、滝つぼに流れる水音はごうごうとすごい迫力がある。先ほどの滝とは異なり、見る者を圧倒する力強い存在感がある。
「これぞ滝って感じね」
自然は人がおよそ作り得ないダイナミックなものを生み出す。それは畏怖の対象にもなりえるが、ただ単純に心動かされる。疲れていたが、良いものが見られた。スカーレットはそう思った。一方のヴァーミリオンは何かを考えるように、一心に滝を見つめている。
「……お父さん?」
「ああ、すまん。……スカーレット、ちょっとそこの茶屋で休まないか?」
「うん、いいけど……」
滝つぼまでに店があったのは確認していた。険しい道で疲れた観光客が寄るために作られたのだろう。団子をおごってもらおうと喜ぶ彼女だったが、父の様子がいつもとちがうことだけがほんの少しだけ気がかりだった。
茶屋の中は意外と空いていた。大雨の影響を気にした人々が不安定な道中を避けるため、あまりハイキングに来なかったためかもしれない。
席に着き、注文の品が届くまで沈黙が流れた。話すことがないのはよくあることだが、今日はいつもと違うとなんとなくわかる。
テーブルに団子とお茶が運ばれると、ヴァーミリオンは意を決したように話し出した。
「スカーレット、話がある」
真面目な表情をする父に彼女は胸がざわついた。突然魚釣りに誘ったり、高い肉で鍋をするだとかそんな話ではなさそうだ。
「なによ、改まって?」
続きを促し彼が語り出したのは、大まかに二つのことだった。
一つは魔人ヴァーミリオンの仕事への復帰。そしてもう一つは、現魔人ランキング『一位』魔人コラーユについての話である。
あと2話で完結です!




