第64話 魔人スカーレットは画伯
上手い絵を描きたい! まずは描いてみる、話はそれからだ。
じいやがスカーレットの部屋にやってくると、彼女は机に向かって何かに取り組んでいた。
「何やってるんです?」
「うわあ、びっくりした! ……何って絵を描いてんのよ」
言われてみると、机の上には何かが描かれている紙が置かれていた。そこには緑色した判別不明の物体が描かれている。
「それは……、何ですか? おそらく生き物なんでしょうけど……。わかった、ヘビですね!」
うねうねしていて、体は緑色。これがヘビでなければ他に何だというのだ! 彼が確信をもって答えると、スカーレットは口ごもりながら言う。
「……ドラゴン」
「えっ、何ですって! よく聞こえないんですが?」
「だから、ドラゴンだって言ってんでしょうが! はいはい、似てないですよ! あたしだってわかってんのよ、似てないってことくらいね! でも、がんばって描いてこれなのよ! うう……」
「何も泣かなくても……」
机に突っ伏してえんえん泣く主人をなだめつつ、じいやは非礼を詫びた。あまりに絵が下手過ぎるからと言って、傷つけたことには違いない。
あらかた泣いてスッキリすると、彼女は言った。
「だから今日は先生を呼んでます。多分もうすぐ来るはずなんだけど……」
突然の報告にじいやは戸惑う。先生? そんな人物とどこで知り合ったんだ? スカーレットの謎の交友関係を疑っていると、城のチャイムが鳴る。
「あっ、来たみたい! じいや、早く迎えに行って!」
思ったよりも早く来た。素性が知れない人物を城に入れるのは抵抗があるが、ここまで来て帰すのも忍びない。慌ててインターフォンまで行くと、彼も見知った人物がカメラに映っていた。
「いらっしゃいませ、ベロニカ様。すぐに開けますね」
こくこくとうなずき恐縮した様子の彼女は、いつもより手荷物が多いようだった。
「というわけで、今日はよろしくね先生!」
改めてスカーレットが頭を下げると、ベロニカは小刻みに手を振って否定した。
「先生なんてそんな……。私もそこまで上手なわけじゃないし……」
「何言ってんのよ。この前見せてくれた絵、すっごく上手だったじゃない!」
素直に褒められると、ベロニカは「えへへ」と恥ずかしさと嬉しさが混じった笑みをこぼした。すると、おもむろに持ってきた荷物を取り出す。
「とりあえず、お絵描きに使いそうな道具を持ってきたよ」
カバンにはアナログとデジタルどちらにも対応できるよう、様々なものが詰められていた。アナログ用の絵の具、色鉛筆、色ペンなどに加え、スケッチブックやデッサン用の人形が用意されている。その上、デジタル用のタブレットや専用のペンも準備しているという念の入れようだった。
「なんだかいっぱい持ってきたわねえ。こんなにいっぱいあったら、どれ使っていいかわかんないわ」
どうやらベロニカも自分の得意分野ということもあり、気合を入れすぎていたようだった。テーブルいっぱいに広げた画材をいったん片付けて、鉛筆とスケッチブックだけを残して言う。
「それもそうだね。じゃあ、シンプルにこれだけで描いてみようか」
「そうしましょう」
そこから二人はお絵描きタイムに突入した。
「ところでスカーレットちゃん、もう絵描いてたんだよね。見せてくれる?」
彼女からそう聞かれ、スカーレットは難しい顔となる。ベロニカが来る前にドラゴンを描いていたが、じいやにもあんな風に言われてしまった。出すのを渋っていたが、それでも頼まれるのでしょうがなく持ってくる。少し緊張しつつ渡すと、彼女はじっくりと絵を見て聞いた。
「なるほど……。これ、ドラゴン?」
「え、わかるの! じいやはヘビだって聞いてきたけど?」
まさか通じるとは。スカーレットは自分の絵を認められたような気がして嬉しくなる。ずぶの素人のじいやとは違う。
「ああ、確かにヘビにも似てるね。でも、ここに小さく手が描いてあるし、角も牙も特徴がある。だから、ヘビよりもドラゴンの方が近いかなって思ったの」
にっこり笑いながらそう説明するベロニカ。彼女が言った点はスカーレットが意識して描いたところだった。それが伝わったことに感動を覚える。やはり、ずぶの素人のじいやとは違う。
「そうなのよ! やっぱりベロニカはちがうわ!」
「それほどでもないけど。ちなみにこれはどうやって描いたの?」
「どうやってって……。適当に頭にドラゴンを思い浮かべて、ささっと適当に描いただけだけど?」
正直にありのままを話すと、にこやかだったベロニカの目つきが変わる。
「……ささっと適当に描いただけ?」
ああ、これはまずいかもしれない。普段は温厚な彼女だったが、ごくまれにスイッチが入って興奮状態になる時があった。今の彼女はその時と同じ目をしている。
「あの、ベロニカさん? 適当というかなんというか、一応がんばっては描いたんですが?」
すぐに機嫌をうかがうが、手遅れのようだった。
「スカーレットちゃん! お絵描きが上手になりたいなら、適当に描いちゃだめだよ! 一枚の絵に全身全霊をかけて、『作品』として生み出さないと! ちゃんと資料を集めて、丁寧に描く。そうしたことの積み重ねで上達していくんだよ!」
早口でまくし立てるベロニカの様子に、スカーレットはある人の面影を見ていた。ベロニカママだ。二人の性格はまるで違うが、興奮した時の話し方は瓜二つであった。
そんな風に考えていると、暴走気味になったベロニカは無茶な要求を突き付けてくる。
「よーし、今日から私が徹底的に教えてあげるね! 毎日完成した絵を最低一枚は私に見せること。とりあえず一カ月だけやってみよう!」
毎日完成した絵を見せるだって! 休日はともかく、平日はきつい。仕事から疲れて帰って来て、完成までこぎつけるには数時間かかる。スカーレットはそう訴えるが、彼女は引き下がらない。
「大丈夫! 集中すれば何とかなるって! ささ、がんばろう!」
意外と強情なんだよなあ……。それでもなんとか粘って色塗りは免除してもらい、結局スカーレットはペン入れまでの作業を一カ月続けることとなった。
後日談。ベロニカとの特訓で画力が少しだけ上達したスカーレットは、以前書いたウェブ小説のキャラクターイラストをSNSに投稿してみることにした。反応はいまいちだったが、一つ気になるコメントを見つける。
『イラスト拝見しました。魔人化した主人公の特徴が視覚的に表現されており、想像していた通りのキャラクターで素晴らしく感じました。ところで、すかれと先生は新作は書かれないのでしょうか? 一ファンとして楽しみにしております』
アカウント名を見ると、以前自分の小説にレビューをしてくれた人物のようだった。『想像していた通り』か。自分が頭で思い描いていたキャラクターが、絵によって認識が他人と共有される。それはとても嬉しいことかもしれない。じいやにもこの人の爪のあかを煎じて飲ませてやりたいものだ。
返信として感謝の言葉を書いた後、スカーレットはこう締めくくった。
『新作、面白い話が降りてきたら書きます!』
しばらくして、ドアの向こうで誰かがずっこける音が聞こえた。




