第61話 魔人スカーレットは知識をひけらかす
知識をひけらかす! 決めろ、ドヤ顔!
「何だか雨が降りそうねえ」
リビングの窓から見える空は雲がどんよりとしており、今にも一雨降ってきそうだった。スカーレットと共に部屋にいたじいやも、「ですねえ」と同じような感想を述べる。
雨は苦手だ。気圧の関係か頭が痛くなる。そのためか彼女は人よりも雨の気配を敏感に感じることがあった。今日もその兆候があったので、もしやと思い窓を開けてみる。すると、生ぬるい風が雨の日特有の匂いを運んできた。
「……この匂い、降るわね。じいや、洗濯物!」
そう言うや否や、ぽつぽつと雨が降り始める。予想が当たってふふんと胸を張ってじいやの方を見ると、彼は感心した風に言った。
「よくわかりましたね。確かにお天気アプリでも雨雲が来てると表示されています」
「匂いよ! 雨降る時、なんか独特の匂いがするのよ!」
そう答えると、彼は「ああ」と納得し自らの知識を披露し始めた。
「その匂い、『ペトリコール』って言うみたいですよ。地面に蓄えられた植物の油が、雨が降ることによって空気中に巻き上げられた時にする匂いのことです。雨と混じったほこりが、アスファルトの熱で気体になった時の匂いも含まれたりしますね」
すらすらと辞典に書かれていそうなことを話す彼に、少したじろぎながらもスカーレットは返事した。
「へ、へぇー、詳しいじゃないの……。さすがじいやだわ。でも、気づいたのはあたしだけどね!」
あくまでも最初に気づいたのは自分であることを強めにアピールしてみるが、ちっとも気にするそぶりを見せず、じいやは得意そうに言った。
「それほどでも。まあ、一般常識の範囲かと」
腹立つわー。こいつ、腹立つわー。なんか、手柄を取られたような気分になるわー。バレない様に歯ぎしりしていると、調子を良くした彼は追撃を撃つかのごとく補足情報まで語り始めた。
「ちなみに、雨上がりにも別の独特な匂いがするんですが知ってます? えっ、ご存じない? そうなんですか……。そっちはゲオスミンって言います。土の中の細菌による匂いで、雨上がりの水分が蒸発する時によく感じられる、カビのような匂いみたいですね」
聞いていないことまでペラペラと……。何か言い返したいが、彼に知識では敵わない。
「……なるほど。参考になったわ」
「それは良かったです。あくまで一般常識ですが」
最後に勝ち誇る様にそう言うと、ようやく彼は洗濯物を取り込みに行った。
残されたスカーレットは大きく深呼吸をしてから自室に戻ると、今まで我慢していた怒りをぶちまけるように叫んだ。
「ふざっけんな! なんなのよ、なんなのよ! 前に草刈り手伝わなかったの、まだ根に持ってるわけ? あたし、主人なんですけど! あの言い方、めちゃくちゃ腹立つわ!」
こうなったら何としてでもじいやに知識で勝って、「まあ、一般常識だけどね」って言ってやる! そこからスカーレットは毎日のように豆知識を仕入れ、じいやに披露することにした。
数日が経ち、スカーレットが何度目かの知識を披露するタイミングをうかがっていると、メイドさんがじいやに話しかけていた。
「じいやさん、部屋にあるモーニングスター(先端に棘がついているこん棒)どこにかたづけます?」
メイドさんから殺傷能力が高そうな武器を預かると、彼は重さのためか顔を少しゆがめた。
これはチャンスだ! ここは一発、あたしが知っている知識をお見舞いしてやろう! 彼女はすかさずじいやの隣に近づき言った。
「こほん、じいや、ちょっといいかしら?」
「ああ、スカーレット様。何ですか? モーニングスターを倉庫に片付けたいので、手短にお願いします。これ、重いので」
「わかってるって! じいやのもってるそれ、モーニングスターって言うんだけど、実はそれ、『明けの明星』って意味なのよ!」
どうだ! この前やっていたゲームに出てきたので、名前がかっこいいから調べていたのだ。さすがのじいやでも、武器の名前までそこまで詳しくないだろう。
しかし、彼の反応はスカーレットが思っていたものとは違っていた。
「知ってますよ。ちなみに、明けの明星は明け方に見える『金星』のことで、『堕天使ルシファー』を意味するとも言われています」
付け焼刃の知識をあっさりと上回られ、彼女は面食らう。
「へ、へぇー、そうなんだ。そういえば、そんな説もあったような気がしないでもないわね……」
なんとか話を合わせようと動揺を隠しつつ答えるが、じいやには通用しない。彼は明らかに知ったかぶりを見抜いた様子で「まあ、一般常識の範囲かと」と勝ち誇ったように言うと、重そうなモーニングスターを片付けに向かった。
またしてもダメだった。リビングでしょんぼりするスカーレット。だが、今日はまだ隠し玉がある。あれさえあれば、じいやもきっと驚くに違いない!
一人ほくそ笑んでいると、今日のおやつのカットスイカをじいやが運んできた。
「スカーレット様、おやつですよ。今日はスイカを切りました」
「やったー。スイカはいくら食べてもいいもんね!」
彼はテーブルの上にスイカが乗ったお皿を置くと、種を入れるためのお皿も持ってきた。目の前のスイカをスカーレットが食べようとした時、じいやはまたしても知識を披露し始める。
「普通に食べてもおいしいスイカですが、塩をかけたら甘くなると言いますよね。これには理由がありまして……」
また始まった。長くなりそうだから、もう食べちゃうか。我慢できずしゃくしゃくとスイカを食べると、甘くておいしい。じいやの話を流し聞きしつつ、彼女はどんどんと食べ進めていく。
「対比効果と言って、甘いスイカにしょっぱい塩をかけることで、より甘さが引き立つわけです」
しゃくしゃく。
「さらに塩をかけるメリットとしては、熱中症予防になることもあります」
しゃくしゃく。
「スイカの九十パーセントは水分なので、水分補給にはもってこい。そして、汗をかいて失われる塩分も塩で摂取できる。つまり、スイカに塩はおいしさ的にも健康的にもベストなチョイスと言えるのです!」
しゃく!
「……スカーレット様、適当に聞いてたでしょ」
「しゃく! ……じゃなくて、ちゃんと聞いてたわよ。スイカに塩かけたらおいしいって話でしょ」
「……まあ、そうですけど。あれ、私の分のスイカがないんですが?」
お皿に乗っていたスイカは、いつの間にか消えていた。というか、スカーレットが全部食べてしまった。
「ああ! おいしすぎて全部食べてしまった!」
「ひどいです。楽しみにしてたのに……」
残念そうに肩を落とすじいやに、何かを思い出したかのようにスカーレットは語りかけた。
「ちょっと試してみたい知識があるんだけど……」
そう言うと彼女は部屋に戻り、緑にしま模様が映える球体を抱えてやってきた。
「スイカの種がキレイに取れる切り方があるのよ。一人じゃ多いから、二人で食べましょう!」
そうして二人は仲良くスイカを食べることにした。さっき一人で全部食べたスカーレットだったが、もちろん当然のようにペロリと半玉しっかり食べた。




