第60話 魔人スカーレットは勇者ともめる
勇者ともめる! 価値観はそれぞれ。
召喚に応じ、現地の城で今回の仕事内容を尋ねるスカーレット。
「それで、私は何をすればいいのですか?」
城内には召喚士と兵士、さらに国の責任者と思しき王族たちの姿も確認できた。多分、いつものように魔物退治でしょ。彼女がそう考えていると、隊長らしき兵士が答える。
「スカーレット様には、我が国に接近している魔物の討伐をお願いしたい。兵士たちが食い止めているものの、なにぶん巨大な龍で歯が立ちません。倒していただけると相応の報酬はお支払いします」
そらきた。実際、人間の兵士たちでは龍の相手はきついだろう。竜の鱗は硬く、剣や魔法の攻撃も通りが悪い。まあ、あたしは別だけどね。スカーレットはしっかりと報酬の現物を確認してから返事をする。
「いいでしょう。私が龍の相手をします」
城内の人間たちは安心したように歓声をあげた。「やったー!」「これでなんとかなる!」「スカーレット様、バンザーイ!」などとそこら中から聞こえてくる。
そんな中、大勢の兵士をかき分けて一人の男が彼女の前に現れた。
「……お前が魔人スカーレットか」
薄い桃色の鎧を着た、口元に立派なひげを蓄えている剣士は言う。ぶしつけな言い方にカチンとしたスカーレットだったが、彼女が素性を尋ねる前に周囲から非難の声があがった。
「ハナカマ! スカーレット様に対して何という口の利き方だ! いくら勇者と言われているからといって、失礼だろう!」
勇者か。人間たちの中でも特に腕利きの人物がそう言われている……、らしい。というのも、スカーレットは『勇者』という存在をゲームやアニメの中でしか見たことがなかった。
物珍しくてじろじろ眺めていると、勇者の方から言葉をかけてくる。
「魔人スカーレット。私がめぐってきた国でも噂は聞いている。人間たちでは到底かなわない魔物を、圧倒的な力で討伐する凄腕の魔人……」
あらら。やっぱりあたしって人気者なのかしら。気を良くしながら彼女が話を聞いていたら、ハナカマはいまいましいといった様子で続けた。
「そして、被害に遭った国から報酬という口実に、莫大な金銀財宝をかすめ取っていく強欲さ。本当に許しがたい!」
あれれ。何だかものすごく誤解されているような気がする。……いや、事実だけで言ったら間違ってはいない。現に目の前には盛りだくさんのお宝が用意されているのだから。
「……あのですね。私はきちんと仕事をして報酬を頂いているのであって、悪いことしてるわけじゃ……」
弁明を試みるが、彼は利く耳を持たない。興奮した様子で語り続ける。
「そもそも、被害に遭った国からお金を巻き上げるなんて言語道断! 復興にもお金はかかるんだぞ! いくら魔物を倒したからといって、『はい解決!』なんてわけにはいかない。それを自分の気分で報酬の額を吊り上げて……、少しは遠慮したらどうなんだ!」
はあはあと息を切らしつつそこまで言うと、ハナカマはようやく落ち着いた。どうやら彼は、自分が高額な報酬で仕事を引き受けるのが気に入らないらしい。確かにそんな考え方の人もいるのだろう。仕事とは人を助けるためにするのであって、儲けるためにするべきではない。その心意気は素晴らしいし、否定する気もない。だが、
「あなたの言いたいことはわかりました。ですが、私も仕事として魔物を討伐しています。報酬が払われないのであれば、働く義理はありません。それでよろしいのですか?」
スカーレットは勇者を見極めるため観察した。口ひげの印象でベテランかと思ったが、目元を見ると意外と若い。そんな彼を周囲の人々は謝罪するよう責め立てている。誰だって命は惜しい。魔人の力なしで狂暴な龍を倒すなんて、命を捨てる行為である。
しかし、ハナカマは覚悟を決めたように高らかに宣言した。
「ああ、それで構わない! 私一人で討伐する。魔人の力は必要ない!」
彼の言葉にスカーレットは満足したようにうなずくと、成り行きを見守るため勇者に同行することにした。
「……別に来る必要はないんだぞ」
城門を出て魔物のところに向かう途中、ハナカマは隣についてくるスカーレットに言った。
「まあ、乗りかかった船ですから。骨くらいは拾ってあげますよ」
「……言ってくれるな」
あながち彼女の言うことは間違っていない。龍を倒すには相応の人出が必要となる。前線で盾となる戦士。後方から強力な魔法を使う魔法使い。傷ついた者をいやす僧侶。それらが束になってかかったとしても、龍の討伐は危険が伴うからだ。たった一人で戦いを挑むなんて、無謀にも程がある。
それでも、彼は退かなかった。たとえこの身を犠牲にしてでも、あの龍は倒す。魔人の力に頼るだけではなく、人の力だけで魔物に打ち勝つことができる。それがどれだけ人類に希望を与えるだろうか。きっと、隣の魔人にはわからない。
「……いますよ」
二人が全速力で目的地に着くと、大勢で国への盾となっている兵士の先に、巨大な龍がそびえ立っていた。
威圧感を放つ魔物の姿を見て、ハナカマは手の震えが止まらなかった。鋭い爪は肉を裂き、強靭な鱗はどんな攻撃も通しそうもない。こんな化け物に勝てるのか? 逃げ出したくなる気持ちを抱えつつ、今まで戦っていた兵士たちの姿が目に入った。
彼らはみな、傷つき血を流している。力の差は歴然だが、決して退こうとしない。国を守るという使命感、そしてなにより、大切な人を守るという決意。もはやそれだけで体を動かしているのだろう。
それを感じ取った時、彼の震えは止まった。そして、力強く雄たけびを上げる。
「私は勇者ハナカマ! 同志たちよ、よくやった! あとは私に任せてくれ!」
兵士たちはいっせいに彼を振り返った。すると、さっきまでの苦悶の表情は一変し、「おお、勇者が援軍に来てくれた!」と希望が浮かび上がっていた。
「へえ、意外と頼りにされてるみたいですね」
魔人は茶化すように言うが、まともに取り合うつもりはない。傷ついた兵士たちから戦線を引き継ぎ、ハナカマは魔物の正面に立った。龍の方も次の獲物を見定めたようにうなり声をあげ威嚇してくる。
「行くぞ!」
彼は地面を蹴り、自慢の剣で斬りかかった。だが、龍の鱗は硬く、深手を与えることはできない。「ならば」と一撃離脱を繰り返し、少しずつだが確実に体力を削る作戦に出た。
魔物も敵を始末するため、大きく口を広げ火炎のブレスを吐く。ギリギリでかわすが、発せられた熱で一発でもくらうと終わりであることが理解できる。
一進一退の攻防は続き、龍の動きに陰りが見られだした。疲れからか首を下げぜいぜいと息を荒くする魔物に、ハナカマは全魔力を剣に集中させた一撃を放つ。
「これで終わりだ! くらえ、『ハナカマ斬り!』」
急所と思しき首に最大の攻撃を与える。その直後、切り離された龍の首はズシンと音を立てて落ち、体の方は直立したまま沈黙した。
「やった……。龍を、龍を倒したぞ!」
満身創痍の体で、拳を天に突き上げ喜ぶハナカマ。周囲の兵士たちも喜びの声をあげ、彼を称える。
「どうだ魔人よ! 人間の力も捨てたものではないだろう!」
最後まで近くで戦いを見届けていたスカーレットに彼は言った。それでも、魔人は魔物の死体から目を離すことなく静かに告げる。
「まだです」
「えっ? 何がだ? 魔物は倒れた。実際にこうして首が落ちて……」
不思議に思ったハナカマは、首が斬り落とされた胴体の方を指し示す。ほら、首が……。……何だあれは?
龍の胴体からは先ほどの首とは異なる、三つの首が生え変わっていた。そして、その三つともが大きく口を広げ、彼に向かって今にもブレスを放とうと狙いを定めている。
これは、受けきれない。本能的にそう悟ったハナカマだったが、後方にはまだ兵士たちが残っている。自分が逃げれば、彼らにブレスが当たってしまうだろう。
再び剣を握り、正面に構える。この攻撃を受ければ自分はただでは済まないだろう。それでも、自分は『勇者』なのだ。せめて、人々を守る盾となる!
「来い!」
三つ首が彼にとどめを刺そうとしたその時、今まで大人しく観察していた魔人が魔物に向き合いぼそりと何かを唱えた。
「インフェルノ」
魔人の手からは圧縮された魔力が放たれ、魔物の巨体を原型残さず吹き飛ばした。勇者はあまりの出来事にその場にへたり込んだが、スカーレットは何事もなかったかのように街に向かおうとする。
「待て!」
「……まだ何か? 報酬をもらいに行きたいんですが」
つまらなそうに言う姿に彼女の余裕が垣間見える。あれほどの魔物をたった一撃で。まるでなんてことはないといった様子に、ハナカマは悔しさを押し殺しながら尋ねた。
「……私には何が足りなかったんだ?」
魔人は彼の問いに少しだけ考え込み、告げた。
「何が足りないと言われると色々でしょうが、少なくともあなたには『勇気』はありました。ですが、それだけでは解決することはできません。……少しは参考になりましたか?」
彼女はそう答えると、今度こそ振り返ることなく街に向かって飛んでいった。
仕事の報酬をたんまり頂いたスカーレットは、ホクホク顔で城に帰ってきた。
「スカーレット様、彼に対して厳しくないですか?」
出迎えたじいやは開口一番、そんなふうに尋ねてきた。
「なによ、最近『お嬢様見守りカメラ』見てないと思ったら……。別にいいでしょ」
「そうですけど……。あまりスカーレット様らしくないかなと思いまして」
彼の言う通り、スカーレット自身自分らしくないとは思っていた。それでもあの勇者には、言っておかなければならない気がしたのだ。
「あたしはね、商売敵になりそうなやつには厳しいのよ。あー、疲れた。もうこの話終わり! じいや、さっさとジュースとポテチ持ってきて!」
彼はスカーレットの言葉に納得すると同時に、彼女の方は執事に対するねぎらいの言葉が足りないのではとひそかに思った。




