第58話 魔人スカーレットはフリマで売る
フリマで売る! 売れるといいなあ。
スカーレットが散らかった部屋でマンガを見ていると、じいやが声をかけてきた。
「スカーレット様、話していたあれ、準備できました?」
「えっ、なんだっけ?」
すっかり頼まれていたことを忘れていたので聞き返すと、彼はため息をつきながら言う。
「地域のフリマに行くので、不用品をまとめておいてって言ったじゃないですか」
フリマ。つまり、フリーマーケット。近所の住人たちが不用品を持ち寄って、広場でよく売り買いしているやつだ。定期的にやっているので、スカーレットの城からも必要なくなったものをよく出していた。
「ああ、フリマね。今はアプリもあるのに、わざわざ現地でやらなくても……」
フリマのアプリならネット経由なので、わざわざ出向く必要もない。それに写真を撮って値付けするだけなので、簡単でもある。しかし、じいやはわかってないなあと言いたげに、首を振った。
「確かにアプリも便利です。私も使ったりしますし。ですが、実際に対面でお客さんとコミュニケーションを取ってものが売れると、それはもう嬉しいものですよ!」
うーん、そうなのか? 結局売れるなら、ネットでもいいような気がするんだけど……。それでも彼の興奮する様子には説得力がある。
「わかったわよ。あとで段ボールにまとめておくから」
「お願いしますね」
じいやがそう言って部屋を出て行くと、スカーレットは読みかけのマンガに意識を戻した。
そして、数時間後。
「しまった、もうこんな時間! 完全にフリマのこと忘れてたわ!」
時計を確認した彼女は慌てて段ボールを持ってきて、部屋に散在する不用品の箱詰めを始めた。
「これはいらない。こっちは、いる。そんでもってこれは、いる……のか?」
いざ始めてみると、案外作業が進まない。それはそうだ。なぜなら、いるかいらないかをすぐに判断できるようなら、そもそも部屋はきれいだからだ。彼女の部屋はとにかくものが多い。
「ぐぬぬ、このままじゃもうじいやが取りに来ちゃう……。かくなるうえは……」
スカーレットは目に着くものを手当たり次第に箱に詰めることにした。大事なものはきちんとしまってあるから、その辺にあるものはとりあえず入れてしまっても大丈夫だろう。何とか段ボール二箱分をパンパンに詰めると、ちょうどじいやが部屋にやってきた。
「終わりました?」
「う、うん! 結構たくさんあって時間かかっちゃった!」
「そうですか。じゃあ、これ持ってっちゃいますね」
持ってきた台車に段ボールを積むと、彼はすぐに運んでいく。
「ふいー、何とか間に合った! 小言言われなくて済んだわ」
ものが減って少しすっきりした部屋を眺めた彼女は、達成感を感じるのであった。
フリマ当日、近所の広場には大勢の参加者たちが集まっていた。まだ開始時間には少し早いため、シートを広げて出品者たちが持ってきた品物を並べている。
「へえー、意外と集まってるのね」
「フリマアプリ全盛の時代ですが、こうして直接売り買いをしたい人たちはいるものです」
二人で受付を済ませて決められたスペースに着くと、彼はさっそく台車に乗せた段ボールから品物を取り出し始めた。服や小物、食器など様々なものが出てくる。城で働く人たちからも、いらないものをもらってきたらしい。
シートの上にあらかた並べ終えると、彼は商品の前に手書きのプレートを置いた。
「それ、もしかして値段書いてるの?」
「いかにも。商品だけ置いていても、お客さんが値段がわからないと困るでしょう? もちろん値段交渉もフリマの醍醐味なので、あくまでも目安ですけどね」
なるほど。気になって他にも知っておいた方がいいことがあるのか聞いてみると、じいやは嬉々として教えてくれた。
まずは何をおいても値段の書き方。目立つように大きく書き、一目でわかるようにする。一番客入りがいい朝を過ぎて売れ残っているようなら、金額を下げてみるのもよい。値下げした場合、赤色ペンで記入するとわかりやすいのだとか。
それと交代の仕方。持ち場を離れる時は、必ず一人は店番すること。売り上げ金や商品の盗難防止はもちろん、貴重なお客さんを取りこぼさないようにするためだ。せっかく来てくれたのに、販売員がいなくて諦めさせるのは申し訳ない。
最後に他のフリマ出店者とのマナーも教えてくれた。隣り合って商品を売る人々は、いわば同志。自分の販売スペースを守り、きちんとあいさつもする。お互いが気持ちよくフリマを楽しむためには心得ておかなければならない。
「……とまあ、色々言ってきましたが、これが正解ってわけではありません。大事なことはそのつど学べばいいのです。あっ、お隣さん来ましたよ」
主婦らしい女性がやってくると、スカーレットは先ほど聞いた通りきちんとあいさつをした。彼女も「これはご丁寧に」と頭を下げてあいさつしてくれる。そんな風にかしこまった様子がおかしくなって、二人は思わず笑みがこぼれた。なぜだろう、今日は上手くいきそうな気がする。スカーレットは並べた商品が全て売り切れる未来を思い浮かべた。
フリマ開始から三時間が経過し時計が十二時を指したころ、持ってきた品物がほとんど売れたじいやはホクホク顔で言った。
「スカーレット様、お昼ですけど先に行きますか?」
「……いや、まだいい。じいや先に行っていいわよ」
彼は不機嫌そうなスカーレットから目をそらし、まだ大量に置かれている彼女の商品を見た。最初に並べ始めた時から思っていたが、ヘンテコなものばかりである。これじゃあ到底売れないだろうと思っていたが、本当にその通りになっていた。
「……わかりました。それじゃあ、店番お願いします」
逃げるようにその場から立ち去るじいや。彼の姿を見送ると、スカーレットは思わず深いため息をつく。
「ダメだあ、全然売れない。何が悪いのかしら?」
並べた商品を一つずつ手に持って確認する。卵型の壊れたタイムマシーン。ガチャガチャでダブったニャンダーロボの左腕。ベロニカにあげたのと同じ『スペースキャットル』のTシャツ。この間見つけた謎のコイン。
「どれもお宝なのに……」
もちろん欲しい人がいてこそだから、売れないことは仕方ない。だが、それにしても朝から一つも売れないなんて……。まだ段ボールから出していない商品もたくさんある。お隣さんも「きっと午前中は客層が合わなかっただけですよ」と励ましてくれるが、ついにスカーレットは決意した。
「よし、値下げをしよう!」
値札を取って赤いマジックで割引した値段を書き込む。試しに二割ほど安くすることにして、様子を見てみることにした。
すると、さっそく効果があったのか、男性が一人立ち止まってくれた。
「……なんだか不思議なものが多いですね。これ、何ですか?」
彼は卵型の機械を手に取って聞いてきた。ようやく来たお客さん! スカーレットはこのチャンスを逃すまいと、必死に売り込む。
「お目が高い! それは(壊れた)タイムマシーンです!」
「タイム……、えっ、何ですって?」
「タイムマシーンです!」
もちろん彼女は本当のことを話した。色々あって壊れてはいるが、紛れもなく本物のタイムマシーン。しかし常識ある人ほど、そんなとんでもないものの存在を簡単に認めてはくれない。
彼は苦笑いを浮かべつつ、そっと卵をシートに戻した。
「うーん、ちょっと僕には難しいかな。それでは……」
まずい! このままでは帰ってしまう! 何とか阻止するため、スカーレットは謎のコインを手にして説明を始めた。
「ちょ、ちょっと待って! これなんですけど、この間砂浜でダウジングしてたら見つけて……。きっとレアなやつかと!」
男性は帰りかけていた足を止め、まじまじとコインを眺めた。初めは疑うような目つきをしていたが、実際に手で持って観察すると態度を変える。
「……これ、どこで見つけたって言いました?」
再び彼女が手に入れた場所を説明すると、男性は口元に手を当てぶつぶつと何かつぶやいた。
「あの砂浜か……。確かにあそこはまだ調査し切れていない。まだ何か見つかるかも……」
しばらく考え込んだのち、彼はスカーレットの手をがしっと握り言った。
「ありがとうございます! もしかしたら、これ、とんでもないお宝かもしれません!」
これが? 売っている自分で言うのもなんだが、そこまで興奮するような代物かは疑わしい。だがまあ、買ってくれるのならいっか。
「いくらですか?」
ちょうど書き換えた値札を見せようとしたところで、彼女はあることを閃いた。これだけ欲しがっているなら、値引き前の値段でも売れるのではないかと。少しだけ心が痛んだが、値札を隠しふっかける。
「ええっと、これくらいでどうですか?」
電卓に数字を打ち込んで見せると、男性は「ええっ」と驚いた声を上げる。しまった、ぼったくりだと思われたか。
「そんなに安くていいんですか! さすがにそれでは心苦しいので、倍払わせてください!」
さすがにそれはこっちが申し訳ない。スカーレットは断ろうとするが、彼は有無を言わさずお金を押し付けてきた。
「本当にありがとうございました! 研究の成果が出たらニュースになると思うので!」
そうして満足そうに男性は去っていった。彼女がポカンとした様子で握らされたお札を見つめていると、お隣さんが話しかけてきた。
「良かったですね! これがきっかけで、どんどん売れますよ!」
……そうだろうか。そうだといいな。ちょっとだけ希望が見えてきたところで、休憩明けのじいやがやってきた。
「ただいま戻りました。スカーレット様、今度は私が店番するので休憩どうぞ」
「うん、じゃあお願いね」
その後、午前中の売れ残りが嘘のように、スカーレットの商品は売れた。帰る頃には段ボールの中身もほとんどなくなり、充実した気分で二人はフリマを後にした。
「あー、今日は疲れたわ」
夕方城に帰ってくると、売れ残りの片づけをじいやに任せ、スカーレットは部屋でくつろぐことにした。
「さてと、一仕事終えたことだし、この間のマンガの続きでも読みますか!」
不用品を片付け、ちょっとだけきれいになった部屋でマンガを探す。だが、続きの巻が見つからない。
「あれー、ないわね。あっ、じいや! このマンガの続き知らない?」
最後まで売れなかったタイムマシーンを部屋に持ってきた彼に尋ねると、「ああ」と納得したように話し出した。
「スカーレット様が休憩に行った時に売れましたよ。追加の段ボールに一冊だけあったので、なんでかなと思ってたんです」
なんと! 間違って入れてしまったのか! 本来なら売れて喜ぶところだが、途中の巻だけないのは気持ち悪い。しょうがない、改めて買うか。
「はあー、一度手放したものがまた欲しくなる。あるあるよねえ」




