第56話 魔人スカーレットは偽物に戸惑う
偽物に戸惑う! うーん、そっくり!
先日までの風邪も治り部屋でくつろいでいると、じいやが要件を伝えにやってきた。
「スカーレット様、今ベロニカ様から電話があって、もう少ししたら城に来られるみたいです」
ベロニカが城に電話? 人見知りな彼女が、誰が出るのかわからない電話をかけるだろうか。それに自分はスマフォを持っている。いつもは直接電話なり、メールをしてくるのだが。
不審に思ったが、もうすぐやって来るのならその時に聞けばいいだけだ。リビングに移動して待っていると、城のチャイムが鳴る。
じいやがインターフォンで確認するが、どうやら本人のようである。
「やっぱりベロニカ様ですよ。城に電話をかけたのも、たまたまでは?」
彼が玄関まで迎えに行き、リビングにやって来た彼女は大きなマスクをつけていた。
「こんにちは、スカーレットちゃん!」
「……こんにちは、ベロニカ」
何だろう? 姿かたちは同じなのに、どことなく違和感がある。原因を探っていると、ベロニカがどんどんと話し始めた。
「本当に大きなお城ね! うちも充分大きいけれど、さすが魔人スカーレットの城! 立派だわー!」
たまに来ているのに、なぜ今さら城のことを? それに声もなんだかしっとりしているような?
「ベロニカ、今日変じゃない? もしかして、具合悪いとか?」
「全然全然、絶好調よ! スカーレットちゃんは優しいわねー」
明らかにおかしい。よく見れば背も本人より少し低いし、彼女が「絶好調よ!」などとゴキゲンなことを言うはずもない。
「……あなた、ベロニカじゃないわね」
スカーレットはズバリ切り込んで聞くことにした。すると、目の前の女性は「ふふふ」ともったいぶった笑みを浮かべ答える。
「お見事ね。長年あの子のお友だちでいるだけのことはある」
「もう正体はバレているんですよ! ベロニカママ!」
スカーレットが正体を突きつけると、彼女はおもむろにマスクをはぎとった。
「そう、私はベロニカママよ!」
大げさにマスクを取って顔を見せた彼女だったが、素顔も母親というよりも姉と言った方がしっくり来る。実際、初めてベロニカママと会った時、自分も姉妹と間違えたくらいだった。
一連のやり取りが終わり、大人しく見ていたじいやがようやく声をかけてきた。
「……終わりました?」
「うん」
ちゃちな茶番を終えると、ベロニカママから来訪の理由を聞くことにした。
「あの子、こそこそ誰かに会うみたいなのよ」
ベロニカママは頬に手を当てつつ、悩まし気な表情でそう言った。
「まあ、ベロニカもいい大人ですし、あたし以外にも友達くらいいるのでは?」
いくら人見知りだといっても子どもじゃない。休みに会うくらいの人はいるだろう。だが、彼女は身を乗り出して否定する。
「スカーレットちゃん、ベロニカよ! 昔からお友だちのスカーレットちゃんでさえ、久しぶりに会うと緊張するようなベロニカよ! 新しいお友だちと二人で会うかしら! もしかしたら、何か騙されているのかも!」
圧がすごい! それに見た目がほぼ娘と同じなのに、こうもテンションが違うので頭も混乱しそうになる。
「ちょっと落ち着いて。何も騙されていると決まったわけじゃ……」
何とか興奮するベロニカママをなだめて落ち着かせる。ベロニカから話は聞いているが、やっぱり色々とパワフルな人だ。
「ごめんなさい、熱くなっちゃって。ダメね、こんなだから私を反面教師に娘も大人しい子になったのかも。昨日だってフライパンを買いに出掛けてエビフライパン買って来ちゃったし、今日だってこれ……」
ため息をつきながら、彼女は手土産であろうクッキー缶を差し出してきた。
「クッキーじゃないですか! お菓子大好きなんで嬉しいです!」
「……開けてみて」
言うとおりふたを開けると、中身はクッキーではなく手芸用品がぎっしり詰まっていた。
「家から持ってくる時に間違えたの。買い忘れないよう、あらかじめ用意しておいたのが裏目に出たわ……」
悔しそうにベロニカママは天を仰いだ。うっかりもここまで来ると、気の毒で笑えない。
「……それで今日はどうしてうちに来たんです? まさか二人でベロニカがその誰かと会っているところを取っ捕まえる気ですか?」
もちろん冗談のつもりで聞いた。だが、ベロニカママは驚きつつも感動したように言う。
「どうしてわかったの! さすがベロニカの親友スカーレットちゃん! 勘が鋭いわ!」
えぇー、まさか本気だったとは……。でも、そこまでするのはやりすぎではないのか。ベロニカにだってプライバシーとかあるだろうし。
「ベロニカママ、それはいくらなんでも……」
「よーし、そうと決まれば善は急げね! 行くわよー!」
意気揚々とそう言うと、彼女はスカーレットと手をつなぎ瞬間移動しようとする。
「えっ、あたし行くって言ってないんですけど……」
抗議しようとするが時すでに遅し。リビングから二人は消え去り、部屋にはじいや一人残される
「……ご武運を、スカーレット様」
彼はベロニカママが間違えて持ってきたクッキー缶を見つめつつ、そう祈ることしかできなかった。
「急に転移しないでくださいよ! それよりここ、城の近所じゃないですか。こんな近いところにわざわざ魔法で来るなら、クッキー取りに家に戻れたのでは?」
二人がやってきたのは城の近くの街だった。ここくらいだったら、歩いてもそう時間はかからない。しかし、ベロニカママは否定しつつ言う。
「あのね、スカーレットちゃん。私はごく普通の魔人なの。そんなホイホイ魔法で長距離移動できないのよ。おうち、遠いのよ」
魔法消費が大きい瞬間移動で、長距離移動できるだけでも普通ではない。確か、かつては彼女も魔人ランキングに載るほどの上位魔人だったはずだ。
「それなら歩いて来ればよかったじゃないですか!」
そう訴えるが、ベロニカママは聞く耳を持たない。すると突然、彼女はスカーレットの服の袖を引っ張りつつ建物の陰に隠れた。
「どうしたんです?」
「しっ、ベロニカが来るわ!」
彼女が指さすのでこっそり建物から顔を出すと、通りの向こう側からベロニカがこちらに歩いてきていた。よく見るといつもよりおしゃれしている気もする。
「ああ、ベロニ……」
声をかけるために近づこうとした時、がっちりと止められる。
「何で止めるんですか?」
「スカーレットちゃん、言ったでしょう? 今日ベロニカが誰かに会うみたいだって。だからわざわざここに来たのよ」
「だからって隠れなくても……」
ベロニカが誰かに会うにしても、やましいことがないのなら声をかけるくらい構わないはずだ。それにもし怪しいことに関わっているのなら、なおさら止めるべきだ。しかし、ベロニカママは首を横に振る。
「ダメよ、こっそり誰が来るのか確認するの。もし悪い人が来たら私が取り押さえる」
過保護だなあ。正直そう思ったが、「それに」と付け加えて言う彼女の顔は笑っていた。
「なんだかわくわくするじゃない!」
この人、楽しんでる! 本当は心配しているのではなくて、スパイごっこをしたいだけなのでは? さっき城に来た時もマスクで顔を隠してたし。
しょうがなく隠れながら二人でベロニカを追うと、落ち着いた雰囲気の喫茶店に入っていった。
「待ち合わせはあそこみたいですね」
「ええ。どんな男が待っているか楽しみだわ……」
ベロニカママはこぶしをボキボキと鳴らしながら、店を怖い顔で凝視していた。怖い怖い! この人が行ったら相手の人、原型とどめていられるかな? というか、男と決まったわけではない。
「こうしちゃあいられない! 行くわよ、スカーレットちゃん!」
「えっ、もう行くんですか! はぁー……」
暴走する彼女についていき、ぶち破る勢いで扉を開けた。
「ベロニカ! お母さんが来たわよ!」
明るさを落とした照明の店内は、少数の席にまばらに客が座っていた。彼らはみな静寂を破壊する訪問者を一斉に見る。そこには驚いた表情で固まっているベロニカもいた。
「すみません、お騒がせして……。何でもないですから、どうぞお気になさらずに」
……何であたしが謝らなければならないんだ? スカーレットが言うと、客たちも関わるのは避けた方が良いと考えたのか、各々の時間に戻ることにしたようだった。
そうして固まったままのベロニカの席に向かう。まだ相手は来ていないようだ。四人掛けの席に二人で並んで座る。
「えっ、なんで二人がここにいるの? スカーレットちゃん、風邪ひいてたんじゃ?」
ようやく動き出した彼女は訳が分からないのか、混乱しているようだった。……うん、そりゃそうだ。自分だってなんでここにいるのか聞きたいくらいなんだから。
「ベロニカ、こそこそ誰かに会うつもりでしょ! もし悪い男だったら、お母さんがメコメコに……」
「あれ? 何だ、スカーレットも来てたのか? それにこっちは……、ベロニカ?」
声に驚き振り返ると、ソニアがびっくりした様子でこちらを見つめていた。
「今日はソニアちゃんと遊ぶ約束してたの。本当はスカーレットちゃんも誘おうと思ってたんだけど、風邪ひいてたみたいだったから」
四人で席に着くと、珍しく怒った顔でベロニカは説明した。そして彼女の怒りの矛先であるベロニカママは、威勢の良さはどこへやら。席で小さくなってしゅんとしている。
「それならそうと言ってくれれば……」
「私、お母さんに遊びに行くって言ったよね!」
「言ったけど……」
言ってるじゃん。それならやはり、今回のことはベロニカママが勝手に暴走しただけみたいだ。
「まあまあ、誤解も解けたみたいだし良かったじゃないか」
ソニアが二人の仲裁のため割って入ると、ベロニカママの興味は彼女に移った。
「ところであなたがソニアちゃん? ベロニカにこんなしっかりしたお友達がいるなんて……。この子、今日の朝から何度も服を合わせて鏡見てたのよ」
「わぁー! お母さん、それは言わないで!」
慌てて制止するベロニカ。自分抜きでソニアと会うから緊張でもしていたのだろう。形勢逆転した彼女たちを見ていると微笑ましくは思ったが、スカーレットは一点だけ気になることがあった。
「えっ、あたしってしっかりしてると思われてないんだ……」




