第53話 魔人スカーレットはべらぼう
べらぼう! なんか、口調違くない?
じいやの姪のアナベルが城にやってきた。
「お久しぶりです、スカーレットさん!」
「久しぶり、元気そうね」
相変わらずはきはきとした声で礼儀正しくあいさつする彼女に、スカーレットは好感を抱いた。メガネをかけていて知的に見えるアナベルだが、中身はどことなく体育会系な感じがする。
「この間は本当にご迷惑おかけしました。本当に反省しています」
「もう何回も謝ってもらったし、別にいいわよ」
とは言ったものの、あの時は本当に大変だった。彼女が研究した薬のせいで、スカーレットの魔力はゼロに。何とか魔力なしでも仕事をこなすことができたが、もう同じようなことは勘弁してほしい。
「私からも謝罪します。本当に困った姪です」
じいやが親戚面して偉そうに言った。いや、あんたも大概困ったことしてるけど。まあ、今日は平和にじいや特製ケーキでお茶会をするだけだ。何も変なことは起こりっこない。
そう考えていたスカーレットだったが、もちろんそんなことにはならなかった。
ケーキを食べ終え二人で食後の紅茶を飲んでいる時に、アナベルの最近の研究の話になった。
「アナベルは普段薬の研究をしているのよね? 今はどんな薬を作っているの?」
スカーレットが何の気なしにそう尋ねると、自分の研究の話題ということもありアナベルは身を乗り出すように説明を始めた。
「よくぞ聞いてくれました! 私が今作っているのは『声が美声になる薬』です! これが完成すれば、どんな魔人でも美しい声を出せるようになります!」
「へええ、いいじゃない! それって今持ってたりする?」
スカーレットといえど、一人の女性。自分の声が美しくなることに興味はある。薬を飲むだけできれいな声が手に入るのなら儲けものだ。
「もちろんです! 実はスカーレットさんに使ってもらおうと、試作品を持ってきていたのです!」
やったー! これであたしも美声に! そう考えていたスカーレットだったが、以前のトラブルが頭をよぎる。
「あの、大丈夫よね?」
「何がです?」
「例えば美声になるはずが、ドスの効いた声になるなんてことは……」
容易に想像ができたので念のため聞いておく。だが、不安そうに聞く彼女にアナベルは胸を張って答えた。
「心配ご無用! 何度も研究を重ね、効果を確かめています」
それなら良かった、さっそく試してみるとしよう。ペラペラと難しい説明を続けるアナベルをほっといて、受け取った薬をスカーレットは飲み込もうと口に含んだ。しかし、粉薬だからか水分なしでは飲みこめない。手元のティーカップに手を伸ばし、紅茶で流し込むことにした。
「ただ、絶対に水で飲んでくださいね。どうやらカフェインに反応して、異常が発生することがわかっていますから」
えっ、と思った時にはもう遅かった。
ごくり。飲んじゃった……。
「……もしかして紅茶で飲みました?」
「……うん」
さっきまでの自信はどこへやら。アナベルは冷や汗を浮かべ動揺している。そして、薬の効果はすぐに表れた。
薬が効いてきたスカーレットは次第にボーっとし始め、口をパカッと開けたまま置物のように固まった。
「追加のケーキどうですか? レアチーズケーキにしてみましたよ……って、えっ!」
リビングにケーキを持ったじいやがやってきて、もの言わぬ主人を発見する。慌てている姪の肩を両手で捕まえ問い詰めた。
「アナベル! これはどういうことだ!」
「うぅ、実は……」
彼女はしどろもどろに経緯を説明すると、ぐしゃぐしゃ泣きながら謝った。
「ごめんなさい! 私がきちんと説明していれば……」
「……確かにその通りだ。だが、今回は説明を聞かなかったスカーレット様にも非はある。とりあえず、元に戻すことを考えよう」
じいやは冷静に努めつつ、二人で状況を整理し解決法を探ることにした。
「治す薬はないんだな?」
彼女の反応からして、望みは薄そうだが確認は必要だ。もしかしたら都合よく薬があるかもしれない。しかし、アナベルの返答は予想通り満足いくものではなかった。
「……うん。元の薬は時間が経つと元に戻るから、多分効果が切れるのを待つしかないかも……」
涙で目元を赤くしたアナベルは力なく答える。
「なるほど。スカーレット様、話せますか?」
じいやはボーっとしているスカーレットに話しかけた。反応がない。ただの人形のようだ。
「ダメか……」
下を向き諦めかけたその時、急に彼女が口を開いた。
「てえへんだ、てえへんだ!」
「うわあ、びっくりした!」
二人は驚きつつ、言葉を発したスカーレットを見る。なんか、独特な口調だったような?
しばらくじっと観察していると、再び彼女は口をパクパクさせて言った。
「てえへんだ、てえへんだ!」
「やっぱりだ! スカーレット様がべらんめえ口調になっている!」
理由はよくわからないがそういうことらしい。とにかく意思疎通を図ることはできるかもしれない。わずかな可能性に希望が見えてきた。
「スカーレットさん、私です、アナベルです! わかりますか?」
責任を感じている彼女がすがる様に尋ねると、少々の沈黙の後、
「あったりめえよ」
そう答えた。
一応の応答があったことにじいやたちは安心した。うまく話すことはできないようだが、コミュニケーションを取ることはできる。とりあえずはこのまま経過観察するしかない。
「スカーレット様、何かしてほしいことはありますか?」
聞こえているのか、聞こえていないのか。よくわからない表情でたたずむスカーレット。大分テンポがズレながらもこう言った。
「しまだ」
しまだ。誰だ、それは?
「しまだ……。おじさん、知ってる人?」
アナベルの問いに首を振ってじいやは否定する。
「いいや。しまだ……。もしかして、『ひまだ』って言いたいんじゃないか!」
なんか余裕ありそうだな……。こんなよくわからない状況になってもそんな風に言ってしまえるスカーレットに、二人は呆れた。
「ふふ、でもちょっとだけホッとしました。普通、こんなことになったらもっとパニックになるものなんですが、さすがスカーレットさんです」
少し元気を取り戻しおかしそうにアナベルが言うと、急にスカーレットは興奮したように騒ぎ出した。
「てやんでい、べらぼうめい!」
「おい、スカーレット様怒ってるじゃないか! 調子に乗るな!」
「すみません……」
その後、一時間もすると薬の効果が切れ、スカーレットは無事に元に戻った。だが、しばらくの間スカーレットが興奮すると、べらんめえ口調になるという後遺症は続いたのだった。




