第51話 魔人スカーレットはプラモを組み立てる
プラモを組み立てる! ニッパー用意!
「スカーレット様、ちょっといいですか?」
じいやは丁寧にドアをノックし、部屋の中のスカーレットに尋ねた。
「何よ、マッドサイエンティスト」
「……まだ怒ってるんですか?」
先日の人形の件で彼女の機嫌を損ねた彼は、最近執事として大人しく働いている。それでもスカーレットの怒りは収まらなかった。
「怒ってるわ! 魔人スカーレット最大の危機だったわ! ……全く、元に戻れたから良かったものの、一生あのままだったら世界にとっての損失だったわよ」
あながち言っていることが間違いでもないのが恐ろしいところである。彼女が行ってきた仕事を考えれば、本当にいくつかの国が滅んでしまってもおかしくはない。
「いいかげん機嫌直してくださいよ。もしあれだったら、私のプラモあげますから」
「いらんわ!」
しばらくダメそうだな。じいやは持ってきた配達物を扉の前に置く。
「届いた荷物、ここに置いときますね。あと、そろそろご飯なのでもう少ししたら来てください」
「わかったわかった」
じいやはふうとため息をつくと、キッチンに戻った。そして、彼が立ち去ったのを確認して、スカーレットはドアの前の荷物を部屋に入れる。
「……たくもう、ホントに反省してるのかしら。えーと、これはフリマアプリで買ったフィギュアでしょ。こっちは通販で買ったなんかの化石。……ん、これは? 『かけろ! ニャンダーロボ』の百四十四分の一サイズのプラモ? ……じいやが買ったやつね。間違って一緒に持ってきたのか」
じいやはプラモが趣味である。以前から自作のトンデモ機械を作り出していたが、既製品のプラモデルを作るのも同じように楽しんでいた。
「ニャンダーロボ、プラモデルは買ったことないのよねえ……。こっそり箱を開けてみるか」
悪いとは思ったがじいやには腹が立っていたので、興味の方が勝った彼女は箱を開ける。
「どれどれ。ほほう、パーツがいっぱい。こりゃあ、作るのが大変そうね」
個別に袋詰めされたプラスチックのパーツは、ざっと見ただけでも百以上はある。同じようなパーツもあり、きちんと管理しないとどれがどれだかわからなくなりそうだった。
「色もついてて、組み立てられたらおもしろそう」
興味を持ち始めた彼女は説明書を見ることにした。しかし、そこに記されているパーツの数や工程にくらくらする。
「……だめだあ、やることが多すぎる。やっぱりあたしには細かい作業は無理か……」
諦めかけたスカーレットの元に、再びじいやがやってきた。
「スカーレット様、ご飯冷めちゃいますよ、って、あれ? それ私のプラモ……」
彼女の手元のプラモデルを目にとめたじいやは、不審なまなざしを向ける。
「まさか私のニャンダーに何か仕込むつもりで……」
「ちがうちがう! ちょっと興味があっただけよ」
スカーレットは一応勝手に開けたことを詫び、事情を説明した。
「……なるほど。つまり、スカーレット様も『こちら側』に来たということですか」
何だか変な勘違いをされている。彼女はそう確信したが、面倒なので流した。そんな気持ちを知ってか知らずかじいやは続けて言う。
「しかし、ずぶの素人のスカーレット様には、このプラモはいささか難易度が高いかと。私の積みプラの中に初心者用のものがありますから、それ持ってきます」
そう言うやいなや、彼は急いで部屋から出て行った。
「……しまった。じいやのモデラ―魂に火をつけてしまった。めんどくさあ」
だが、今更気づいてももう遅い。ニッコニコでプラモを持ってきたじいやは、さっそく説明を始めた。
「これは先ほどの『かけろ! ニャンダーロボ』と同じ百四十四分の一スケールですが、パーツ数が少なく、初心者でも簡単に作ることができるエントリーモデルです。そもそもニャンダーロボは今までプラモデル化していなかったのですが、往年のファンたちが大人となり、改めてその機体のデザインの秀逸さに気づいたことで近年再評価する動きがあったため、それに目を付けた製造元がプラモデル化を進めたという経緯があって……」
「ちょっと、速い速い! 早口過ぎて、呪文みたいになってる!」
自分の好きなものを語る時、こんなに我を失うのか。スカーレットは興奮でいつもの調子を見失っているじいやを見て思った。
「……すみません、興奮してしまって。つまり何が言いたいかと言うと、これならスカーレット様でも作れます」
「おおぅ、ありがと……」
彼女は手渡されたプラモの箱をしげしげと眺める。これで自分もモデラ―の仲間入りだ。
「それじゃあさっそく作ってみようかな」
「いいですね! やりましょう!」
スカーレットはデスクに着き、箱の中から袋に入ったパーツを取り出す。
「袋から出したらパーツをなくさないよう、箱か何かに入れた方が良いですよ」
「うん、わかった」
「それに一気にランナーから全部切り離すのではなく、少しずつ組み立てるものから……」
「……了解」
「ああ、そうじゃなくて! ハサミじゃなくてニッパーを使った方がきれいに切れます!」
「あーもう! いちいちうっさいわ! 自分のペースでやらせてよ!」
横からじいやが逐一指摘してくるので、ついに彼女は叫んだ。
「……すみません、興奮してしまって」
「それはさっきも聞いた。教えたくなる気持ちもわかるけど、まずは自分でやってみたいのよ」
すると彼も反省したようで、そこからは口を挟んでくることはなくなった。これで集中して作れる。スカーレットはしばらく黙々と作業を続け、やがてニャンダーの頭部が完成した。
「ふー、とりあえずこんなもんか。なかなかいいじゃない」
得も言われぬニャンダーロボのかわいさが、頭部だけとはいえ感じられる。ここから胴体、腕、足と完全体に近づくと、それはもっともっと倍増していくのだろう。
「良いと思います。『こちら側』にようこそ」
じいやもうなずきながらそう言っている。だから、『こちら側』って何なんだ。
それでも少しプラモを作ってみた彼女は、作る楽しさはわかってきていた。一つ一つの小さなパーツが組み合わさり、まとまりを持って形を成していく。その過程は一心不乱に作業に集中することができ、ある意味瞑想のようなものなのかもしれない。
「よーし、このまま一気に作るわよ!」
彼女が気合を入れなおしたところで、部屋の扉が開けられた。
「スカーレット様、何してるんですか! もうとっくにご飯冷めちゃいましたよ! それに、じいやさんも呼びに行くって言って、仕事サボって全然帰って来ないじゃないですか! ヴァーミリオン様に言いつけますよ!」
メイドさんに怒られて時計を見ると、食事の時間はとっくに過ぎていた。
「それだけは勘弁して……」
情けない声でメイドさんに懇願するじいやを見て、彼女は思った。
「『プラモはご飯を食べてから』気をつけなくっちゃ……」




