第48話 魔人スカーレットは仲を取り持つ
仲を取り持つ! 親しき仲にも礼儀あり!
「それじゃあ、また今度ね」
「ああ」
スカーレットからの電話を終え、ソニアは今度の週末が楽しみになっていた。じいや特製のお菓子を、スカーレットとベロニカの三人で食べることになったからだ。
カレンダーに予定を書き込み、以前三人で撮った写真を眺めた。そこで、彼女はあることが頭をよぎる。……いいや、気にしすぎだな。心に小さなもやがかかった気がしたが、それ以上は考えなかった。
当日になり、楽しみにしていたソニアは予定の時間より早くスカーレットの城に着く。
「いらっしゃい」
「おじゃまします」
出迎えに来たスカーレットにソニアは確認する。
「電話でも言ったが、ちゃんとベロニカにも私が来ると話してくれたよな?」
すると、スカーレットは「あっ」と今思い出したように声を出した。
「忘れてた……。まあ、別にいいでしょ。お菓子はみんなで食べた方がおいしいし……」
「全く、だからあれほど言ったのに……」
彼女が何かを忘れるのは通常運転だ。だから、いつもなら特段気にすることではない。しかし、今日のソニアは少し気がかりだった。
「ん? どうしたの?」
スカーレットは少しうつむくソニアの表情を逃さなかった。……どうしよう、言うか? 少し悩んだが、このままでは気になったままだ。彼女は思い切って相談することにした。
「……実は前から気になっていたんだが、ベロニカは私に気を遣っているんじゃないか?」
スカーレットとベロニカは小さい頃からの仲で、お互い性格も全然違うがなぜか波長が合っているようだった。だが、自分は違う。彼女たちと知り合ったのは召喚魔人として働くようになってからである。
だからベロニカは、スカーレットと友人である自分と無理に合わせてくれているのではないか。ソニアはそう考え意見を述べると、「なんだ、そんなこと?」と彼女は適当に答えた。
「気にしすぎでしょ。あの子はそんなできた魔人じゃないって」
「でも……」
それでも食い下がる彼女に、「ああもう!」とイライラした様子でスカーレットは言い放った。
「わかったわよ! それなら私に考えがあるわ! 『仲良し大作戦』よ!」
ダサい作戦名をつけた彼女は計画を語り出した。今思いついた考えをあまりに堂々と話すので、成功間違いなしと思い込みそうになる。だが同時に、ソニアは知っていた。彼女が自信満々で話す時、それは失敗への前振りであることを。
「大丈夫だって! 絶対上手くいく!」
……今回は信じてみよう。そう決意したところで、玄関のチャイムが鳴った。
「……こんにちは、スカーレットちゃん」
「こんにちは、ベロニカ」
二人はいつものあいさつをし、リビングに向かう。そこでソニアの姿を見つけると、ベロニカは同じようにあいさつをした。
「……こんにちは、ソニアさん」
「……こんにちは、ベロニカ」
ソニアさん、か。出会ってずいぶん経つが、ベロニカはまだ「さん」づけを続けていた。
ソニアが少し寂しく思っていると、向こうの方でスカーレットが何やら身振り手振りで指示してくる。作戦一、褒め殺し作戦だ。
「……そう言えば聞いたぞ! また魔物相手に大活躍したんだってな! 人間たちの間で話題になっていたぞ! いやあ、ベロニカは本当にすごい!」
何だかすごい嘘っぽくなってしまった。すごいと思ってるのは本当なのに……。
言われたベロニカは、「うん」と小さく答えるだけであまりうれしそうではない。
「私自身はあんまり目立ちたくないんだけど……。なるべく地味に働きたい……」
肩を落とす彼女になんと声をかければいいかと考えていると、向こうから話を続けてきた。
「……でもね、褒めてもらえたのはうれしい。ありがとね」
逆に気を遣わせてしまったー! 私はなんて気が利かないんだ!
頭を抱えていると、スカーレットがあきれた様子で呼びかける。
「はいはい。全員揃ったし、お菓子タイムまでゲームでもしましょうか!」
これは作戦二、接待ゲーム作戦の合図! ソニアはすかさずベロニカをゲーム機の前に座らせる。
「ベロニカはどんなゲームが好きなんだ?」
「うーん、あまりやったことないけど、これなんかおもしろそうかな……」
彼女が手に取っていたのは、スカーレットとしょっちゅうやっている格闘ゲーム。複数人がキャラクターを操作して、お互いのキャラクターを吹っ飛ばして戦うものだった。
むむ、このゲームは初心者には難しいかもしれない。だが、問題ない。スカーレットとの修行で戦い慣れた私なら、ごく自然にベロニカに倒されて彼女を楽しませることができる!
「よし、やろう!」
ゲームを起動させ、接待ゲームを開始する。
数試合後。
「……あんまりうまくできないや」
ギュッと握り締めていたコントローラーを置きつつ、しょんぼりするベロニカ。
「ま、まあ初めてだからな。そんなもんだよ」
初心者をなめていた。なるべくうまくやられようとプレイしようと思っていたが、ベロニカの腕前はそれすら許さなかった。
「ああ、また落ちちゃった」
キャラクターの操作方法に慣れない内からフィールドをあちこち動き回るので、場外に飛び出したり、画面の底にまっしぐらに突っ込んだりと次々自滅していく。みるみるうちにベロニカのポイントは下がり、ダントツの最下位になってしまった。
これではベロニカも全然楽しくないだろう。なんとか次の試合は勝たせてやりたい。そう思い何度もトライしてみたが、結果は同じだった。
「ソニアも下手だったけど、ベロニカはもっと下手ね。精進なさい」
「……お前は容赦なさすぎるだろ。というか、作戦はどうしたんだ?」
ベロニカに聞こえないようにささやき声で尋ねる。
「ああ、ゲームに集中してたら忘れてたわ。めんごめんご」
……どうりで初心者のベロニカのキャラをぶん殴って、奈落に叩き落とすはずだ。やはりこいつは当てにならない。
それでもベロニカがくじけず再びコントローラを持ったところで、スカーレットは言った。
「そろそろお菓子食べない? あたし、持ってくるわ」
……次が最後の作戦だ。しかし、この作戦は諸刃の剣。ソニアは不安でいっぱいだったが、お菓子を取りに行ったスカーレットは全く気にしていないようだった。
「わあ、かわいい!」
スカーレットがお盆に乗せて持ってきた和菓子を見て、ベロニカは言った。
青と黄色の花を模した二つの小さな練り切り。作るには繊細な技術が必要なのだろうが、さすがはじいやさんだ。見た目の華やかさには、自然の美しさも表現されている。いわば、『食べる芸術』と言ったところか。
「じいや渾身の作よ。ありがたく食べなさい!」
「……何でお前がそんなに偉そうなんだ」
ソニアはあきれたが、スカーレットは聞く耳を持たない。ベロニカの方は「かわいいなー」とお皿を持ち上げつつ、様々な角度から作品をながめている。余程気に入っているのだろう。
……本当にやるのか? こんなに楽しそうにしているのに……。
「……おい、本当に大丈夫なんだろうな?」
ソニアはお茶の準備をしていたスカーレットに声をかける。
「へーき、へーき! あたしの計画に狂いはないのよ!」
作戦一も、作戦二も失敗してるんだが……。
「……わかった、信じるぞ」
覚悟を決めるしかない。思わず箸を握る手にも力が入る。
「お茶も準備できたことだし、そろそろ食べよっか! はぁー、本当にかわいいよ、この練り切り! ケーキもおいしいけど、和菓子も良いよね! 食べるのがもったいないくらい……」
いつにも増して言葉数が多いベロニカは、子どものように体を揺らしながら「ね・り・き・り! ね・り・き・り!」とリズムを刻みながらにこにこしている。
「でも、おいしそうだからそろそろ食べようかな。それじゃあ、いっただっきまー……」
「何だ、食べないのか? それなら私が」
ひょいパクッ!
ソニアは横からベロニカの皿の黄色い花を箸で刺してかすめ取り、食べた。
「あ」
何が起こったか理解できなかったのだろう。にこにこ顔だったベロニカの表情は一時停止したように固まった。スカーレットならともかく、ソニアがそんなことをするとはみじんも思っていなかった様子である。
「……あの、ベロニカ?」
あまりの硬直時間の長さに心配になるソニアだったが、反応はない。
「おい、どうするんだ!」
「おかしいわね? 『もー、何で勝手に食べちゃうのー!』的な反応を期待していたんだけど……」
二人が言い争いを始めたところで、ようやくベロニカが再起動する。
「ねりき……」
かろうじてそれだけ絞り出した。そして、じわっと涙をたくわえて、ポロポロ泣いた。
「おい、どうするんだ! ベロニカ、泣いちゃったじゃないか!」
「やーい、泣かせたー!」
「……こいつ!」
その後、何とか事情を説明してソニアが自分の分の練り切りを譲ると、ベロニカは泣き止み落ち着いた。もちろんスカーレットはソニアに殴られた。
「『仲良し大作戦』だったんだね……」
お菓子を食べた後、スカーレットが片付け始めたところでベロニカは切り出した。
「ああ、私がベロニカと仲良くなりたくてな。すまん」
「だからって、無理やり怒らせてけんかして、『けんかするほど仲が良い』は強引すぎるような……」
返す言葉もない。やはり、スカーレットの言う通りにするとろくなことにならない。
それに、と不思議そうな顔をしてベロニカは尋ねた。
「何で今さらなの? ソニアさんと私って、とっくに仲良しだよね?」
「えっ、だって今も『さん』づけだし……。だから、いつも気を遣ってるのかと……」
歯切れが悪い言葉でもじもじするソニアがおかしかったのか、ベロニカは思わず息を吹き出す。
「ちがうちがう! 最初に名前呼んだ時からなんとなくそのままだっただけ!」
そうだったのか。結果的にスカーレットの言う通りだったわけだ。
「でも、確かに変かも。じゃあ、これからは変えてみるね、『ソニアちゃん』!」
少し照れくさそうな顔でベロニカは言う。私はそんな彼女を直視できず、こくこくと頷くことしかできなかった。かあっと熱くなった顔は、きっと真っ赤になっていただろうからだ。
遠くで自分たちの様子を見守っていたスカーレットの方を見ると、何か言っているようだった。聞こえはしなかったが、きっとこう言ったのだろう。
「だから言ったじゃないのよ、気にしすぎだってね」




