「勉強が楽しくなるのは二周目から」という話
# 「勉強が楽しくなるのは二周目から」という話
勉強について、すこし考えてみましょう。
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### 「という話」について
「という話」は、現実の事象や事件・事故を背景にした「虚構の推理」による考察です。#思考実験
事実と異なる内容であることを承知のうえ、いっしょに考えてみましょう。
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生物としてのヒトは、学ばないと賢くなりません。ですから、私たちは一から勉強します。
小学校で勉強したことを、中学校で改めて、また「最初から」勉強します。
とはいえ「最初から」といっても、内容が初歩に戻るだけで、読み書きなど基本的な技能は小学生で身につけています。
同じように、中学校で勉強したことを、高等学校でまた「最初から」勉強します。
三回目ですから、内容はかなり深くなります。
大学は四回目ですから、専門的な水準に到達します。
ここでようやく「学士」という学位が授与されます。
ここまでが、一周目です。
「(どうにか)一通りできました」という段階です。
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「一通りできた」状態になると、他者に教えることが可能になります。
※なお、小学校教諭の資格要件は学士に限られるものではありません。
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同じように、本を読むとしても、一回目は注釈を見ながら、読み進めることになります。
注釈に書かれた参考文献まですべて読むと、二周目になります。
すべて覚えていなくとも「ああ、だいたいこんな内容だったよね」程度であれば、つまずくことなく読み進めることができます。
〝たとえば、ミルトンの『失楽園』(上)(岩波書店、1981年)は全443ページですが327ページからは訳注です。実に1/4が訳注です。初心者が訳注なしに読むのは不可能でしょう。〟
https://x.com/ichirikadomatsu/status/1124206789442949120
〝映画『セブン』にもあった"Long is the way and hard, that out of Hell leads up to light."は、第二巻四三二〜四三三にある悪魔サタンの言葉です。〟
https://x.com/ichirikadomatsu/status/1124206985249837056
〝訳注を見てみましょう。『アエネーイス』は古代ローマの詩人ウェルギリウスの作品で、そのウェルギリウスがダンテの『神曲』に登場します。※二重括弧『』は書籍をあらわします。〟
https://x.com/ichirikadomatsu/status/1124207431985164290
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二周目になると、だいたいの全体像は知っているので、ぼんやりとですが、遠くを見通すことができます。いわば、未来予測に近い感覚です。
こうしたことを、「巨人の肩の上に立つ」と言います。
ちょっとした高台に乗っているので、遠くまで視野が広がります。
ただ、それでも「巨人」という「知」は日々変化し、動いていますから、かなり揺れています。
その「知」が誤っていると、基盤である足下から崩れてしまいます。
これが、広い意味でのパラダイム・シフトです。
けれど、設計図と、材料は残っていますから、何度でも立ち上がることができます。
そうした「巨人」が、各専門分野にいっぱいいるのが現代です。
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安易に、刺激的な動画に興味を移すべきではありません。
「タダより高いものはない」のです。
同じ時間を使って学ぶのであれば、芸人の動画ではなく、学術的なものを選ぶべきでしょう。
そして、できるだけ「物理的な紙の資料(書籍)」で学ぶことをオススメします。
物理的な質感は、ヒトの感性に影響を与えます。
たとえば、単語を忘れても「辞書の左ページの二段目に書かれていた」なんてことを思い出すのも物理的な記憶だからです。
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## 反知性主義という罠
英国から逃れ、自由を勝ち取った米国ですが、その反知性主義に感化されるのはどうかと考えます。
また、左右どちらかに偏る考え方は、学びが足りていない証拠です。
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大久保健晴「歴史は閉じているものではありません。図書館の古書や専門書を開けば、明らかになります。閉じているのは、私たちの心なのかもしれません。願わくば、図書館の古書や専門書を紐解き、歴史を開いてください」
https://x.com/ichirikadomatsu/status/811585981769871360
大久保健晴「思想を語る上で、右や左といった横方向だけでは不十分です。ぜひとも浅い深いといった縦方向も考えてください。単純な左右だけではなく、その深みを十二分に考えた思想を論じてください」
https://x.com/ichirikadomatsu/status/811586071892852737




