つまりこれは敵対派閥の罠
明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。
こうして追跡を重ねようやく行先を突き止めた。八日目の晩のことだ。
王宮に程近い広い敷地を誇る邸宅。どこの家かは知らないけど確実に上位貴族。その本館から離れた所にある離れというよりは別館というべき建物に彼らは入っていった。勿論地下からだ。建物から地下に入れるようになっているのだ。
この建物、魔力では中は一切見えない。完全に遮蔽されているようだ。でも霊視で視ると結構大勢の人がいるのが分かる。
私は一階のとある部屋、その外壁に張り付いた。もちろん背後は光学迷彩を展開している。
見知った魂を見つけたのだ。半月党のシュテファンだ。
丁度監視チームの一人が部屋に入ってきた。
「B班只今全員帰投しました。異常なし!」
「ご苦労。報告書を提出後、十分休養を取るように。それからこれは作戦計画の改訂第二版だ。作戦に一部修正が入った。集合時刻までに周知徹底しておけ。では行ってよし」
「はっ!」
うわあ、何だか軍隊チックな所だ。そしてシュテファンの声が空き屋敷で聞いた時と全然違う、張りのある声だ。
シュテファンはそのまま一人部屋に残った。こんな夜更けだというのに仕事かな。独り言でも呟いてくれたらいいんだけど少し待っても無言のままだ。そう簡単にはいかないか。
帰ってきた監視チームの方に行ってみよう。四人とも同じ部屋に居るみたいだから会話してるかもしれない。
「標的は本日午後西市場に外出……っと。あんまり出歩かないでほしいよな。報告書を書くこっちの身にもなってほしいよ」
「班長、お先に頂いてまーす」
「くううっ……うめえ……! 丸一日ぶりのエールが五臓六腑に染渡るぜ……!」
「おおっ、今日はジャガイモと腸詰のスープか。ニンジンがなければ完璧なのに」
「おいお前ら、俺の分を残しておけよ」
やった! 会話してるよ。随分和気あいあいとした感じだ。正に仕事帰りに一杯って感じ。一人だけ報告書を書いてるみたいだけど。
無言のシュテファンに張り付くよりこっちの方がいい情報が手に入るだろう。
私は彼らのとりとめもない話に耳を傾けた。
下ネタとかいかがわしい店の話とかが延々と続く。
心を無にしてビキニアーマーのお姉さんが接待する店の話とかに耐えつつ聞き続け、ようやくその話題が出た。
「そういやお前ら月魔法の呪文は完璧? 俺はまだちょっと不安でさ」
「俺も俺も!」
「おいおいお前ら大丈夫か? 作戦決行は二日後だぞ。それまでにしっかり頭に叩き込んでおけよ」
「大丈夫ですって。明日一杯できっちり詰め込んでおきますから」
呪文があやふやで今から詰め込むってことはコイツら正規の月魔法使いじゃないのか。
「設定の方はきちんと頭に叩き込んであるんだろうな」
「そっちは問題ありません。なにしろ呪文と違って理解できる言葉で書かれてますんで」
設定!? 設定って言った! これではっきりした。コイツら偽物だ!!
「頼むぜ。下手打ったら良い映像が撮れないどころか戦闘になって怪我人が出るかも知れないんだからな」
映像を撮る? どういう事?
「それなんですけど、あの子本当にそんなに強いんですかね」
「そうそう! 俺も思った。見た感じ普通の女の子じゃん」
「見た目に騙されるなよ。確かに技術は俺達の方が遥かに上だろう。でも魔封じが効かないんだ、何時もの必勝パターンが使えない。しかも身体強化の倍率が推定一万倍以上。もう未知の領域だ、相手が人間とは考えない方がいい」
私の戦力分析? ていうか何で一万倍!? 私の強化率は五百倍程度なんですけど。それでも人外レベルだそうだけど。
「そもそもその一万倍ってのが信じられないんですよ。人間どんなに頑張ったって精々五十倍ですよね」
「前にも言ったと思うが、倍率の桁が違うっていうのは確かな情報だ。医学所が出所だからな。ただし具体的な倍率はそっちの筋からは分からなかったんで、分かっている事実から推定したんだそうだ。例の一夜橋の木を一日で運んだっていうところから計算して一万倍、つまり最低一万倍だ」
「思うんですがその“身体強化して木を運んだ”っていう前提そのものが間違っているんじゃないですかね」
「それ以外に一夜橋が出来た理由を説明できないんだそうだ。あらゆる方法を検討し、不可能なものを排除していったらそれだけが残ったんだと。だから如何に信じ難くてもそれが真実なんだそうだ」
「はあ、そんな物なんですかね」
なんという残念な理論。「あらゆる方法を検討」に失敗しているから出て来た結論がおかしい。私があの巨木を運んだ方法は身体強化じゃない。最初は確かにやろうとしたけどムリだったのだ。
「それにしても前回上手く行ってりゃ俺達の出番なんて無かったのによ、まったく」
「そう言うなって。撮像機が止まっちまったのは送魔線のトラブルだって言うじゃねえか。しかも直前まで動いてたんだから不幸な事故だ」
「でもよー」
送魔線のトラブルって私がやったやつだよね。彼らはあの時撮像機で私を撮ろうとしてたのか。それが上手く行ってたら出番がなかったってことは……?
ちょっと整理してみよう。
まず第一にコイツらは月魔法使いじゃない。でもそのフリをする予定。そして映像を撮る。前回ちゃんと撮れなかったから改めて撮りなおすのだ。
前回撮ろうとしてたのは私が空き屋敷を訪れた所。あの時私は半月党、つまり月魔法使いと会っていた。しかも夜中にコッソリと。
どう見ても密会だ。月魔法使いとの密会…………そんな映像、撮られたら困る!
公になったら私だけじゃない、エーコ家もマズい立場に追いやられてしまう。
つまりこれは敵対派閥の罠、たぶん悪役令嬢の罠だ。
彼女は単なる歴女のふりをして一夜橋の話を聞きに来た。実際の所は私が本当に一夜橋を架けたのかどうか確認しに来たんだろう。で、私が架けたと確信したからその線に沿って仕掛けてきた。あの時半月党の名前を出していたのは後で使うための伏線だったのだろう。これなら筋が通る。
やっぱり悪役令嬢は悪役だったんだ。
もし映像が撮れていれば悪役令嬢は最高の脅迫ネタを手に入れていた。
脅して言う事を聞かせるも良し、そのまま潰しに掛かるも良し。いずれにせよエーコ家の命運は相手に握られてしまっていた。
つくづく魔力の流れを遮断しておいてよかった。危ない所だった。
偽半月党についても考えてみる。
偽半月党は映像に写るための存在、私が月魔法使いと会っていたという「事実」を作るための存在だ。だからもし映像が撮れていれば彼らはもう私に会う必要がないはず。さっき聞いたセリフから考えると十日後に会う約束はすっぽかすつもりだったのかな。それともすぐ次の段階――脅迫――に移る予定だったとか。
でも実際には撮れてなかった。だからシナリオが変わり、急遽このチームは半月党役をやる事になった。明後日は約束通り空き屋敷で待ち構えているのだろう、今度こそちゃんと映像を撮るために。
問題はこの後どうするかだ。約束をすっぽかせば取り敢えず映像を撮られることはない。でもそれで解決するのだろうか。また後で接触してくる可能性が高い。最悪衆人環視の中現れるかもしれない。どうしたらいいだろう。後でリースに相談してみよう。
今は出来るだけ情報を集めよう。折角情報源の傍に居るのだ。新しいシナリオの情報なんかも聞けるかもしれない。
改めて聞き耳を立てる。
紙をめくる音がする。設定資料でも見ているのだろうか。
「大体この訳の分からない奇妙な呪文、一体何処から出て来たんだよ?」
「さあな。もしかしたら本物かもしれないぞ。何しろこの家は建国当初から国の柱石だったんだ。どんな資料があっても不思議じゃない」
「とするともしかしてこれ、実は本物の月魔法の呪文?」
「そう言えばあの話は本当なんですか? この家にはどんな問題にもアドバイスしてくれる魔導具があるっていうやつ。もしあるならそれが出所かも」」
「その話、外では言うなよ。盗みに入るやつが出るからな。まあ実際有るか無いかは俺も知らん」
そんな知恵袋的な魔導具があるの!? ちょっと使ってみたいかも。
出来れば身体強化の完璧な制御方法を質問したい。
訓練方法といえば月魔法の訓練方法ってどんなのだろう。今部屋の中に在るらしい資料、本物の可能性があるなら見てみたい。なんとか手に入れられないかな。
「そんな上等な魔導具から出て来たとは思えないぞ。例えば資料のここ、この訓練法。何だよ『月神に向かって毎晩祈る』って」
「いやそれ完璧な訓練法だろ。何しろ結果が出ないって文句を言われても『月神への信仰心が足りないからです』で済むんだから」
「結果が出ない前提かよ」
「当たり前だろ、そもそも『月ノ巫女』ってのが嘘っぱちなんだから」
……うん、資料はいいや。




