半月党
感想・評価・ブックマーク有難うございます。
「お待ちしておりました、月ノ巫女殿」
中央の黒フードが跪いたまま話し始めた。嗄れた男性の声だ。
「まずは不躾なる文にて斯様な場所にお呼び立て致しましたること、深くお詫び申し上げまする」
予想外の展開に頭が付いて行かない。脅迫者と対決することになると思っていたのに(いや確かに脅迫っぽいことはされたんだけど)、向こうはなんか妙に下手に出ている。
「……あなたたちは何者ですか」
「我等は半月党。深遠なる月魔法を今に伝える者。拙者はこの者共を束ねるシュテファンと申しまする。此度は月ノ巫女殿に目見得が叶い恐懼に堪えませぬ」
さっきも言われたけど月ノ巫女って私のこと!? 全然知らないんだけど!
「いざ建物の中へとお進み下され。ここは寒う御座りますれば」
シュテファン達が立ち上がり屋敷に招き入れようとする。
思わず流されて屋内に入っちゃいそうになったけど踏みとどまった。深入りするとマズい。何しろ相手は月魔法使い。世界に混沌をもたらしたとされる月の信者だ。貴族的には仲良くしたと思われるだけでダメージを受ける相手だ。
「いいえここで結構です。それから私はごく普通の貴族令嬢、月ノ巫女などというものではありません」
「隠す必要は御座りませぬぞ。一晩でアトロスセコイアの巨木を運び橋を架けるという偉業、月ノ巫女殿の月魔法以外では叶いますまい」
「私の秘密ってそれですか? ワタシ、ヤッテマセン」
「実は偶々我等の仲間が居合わせまして。月ノ巫女様が他の貴族様や吟遊詩人になさった例の橋の話を傍で聞いておったのです」
「それがどうしたというのですか?」
「その者が言うには明らかに橋について誤魔化そうとしている風であったと、しかも誤魔化し方が下手で独力で橋を架けたのが透けて見えたとの事で御座りまする」
えええーっ! 上手く誤魔化せたと思っていたのに!
いや、証拠がないんだから今からでも遅くない。力押しで誤魔化す!
「ゴカイデス! カンチガイデス!! キノセイデス!!!」
「ほう、これは分かりやすい。隠し事があると言っているも同然ですな。畏れながら多少は演技力を身に着けなさるべきですぞ」
「むむむ……だいたい私、月魔法なんて知りませんし……そう! そういえば半月党は自分たちで橋を架けたと主張していたはずですが」
「あの張り紙の事で御座りますな。あれは月ノ巫女殿を探し出すための方便。あわよくば月ノ巫女殿から何らかの反応があるやもしれぬと、そう期待しての事に御座りまする」
「なんて回りくどい……」
「我等は表立った活動は出来ませぬ、月魔法は忌み嫌われております故。月ノ巫女殿にも迷惑を掛けぬ為にも斯様に迂遠な手段しか採れぬので御座りまする」
「そもそも月ノ巫女って何なんですか?」
「どうやらご自覚無きご様子。ならば僭越ながら拙者がご説明申し上げましょう。
そもそも月神は大混交の件で悪し様に言われておりまするが、決して悪神では御座りませぬ。嘗て月神はそのお力、月の魔力を月を通して地上の者に薄く広く分け隔てなく与えられておられました。しかし地上に罪深き者共が蔓延り悪徳が地に満ち、遂には無法者共が当時の月魔法使いを無理強いし月の魔力を悪用せんと図ったので御座りまする。
月神は大層お怒りになられ、月を通して逆の魔力、月の魔力を打ち消す魔力を放ち始めたので御座りまする。放たれた魔力は強く、止むことなく降り注ぎ続け、地の底にまで染渡っていた月の魔力を打ち消してなお余りあるその力は遂には世界の根幹をさえ揺るがすに至ったので御座りまする。これが大混交の始まり。全ては人の行いによって引き起こされた災いに御座りまする」
その話は初耳だ。狂った月が原因でこの世界が異世界と混ざり合ったという大混交。月魔法使いの間ではそういうふうに風に伝わっているのか。
「嘗て月神は遍く世界にそのお力を与えておられました。しかしながらもはや月神にそのおつもりは御座りませぬ。月の魔力は今や限られた御方を通してのみ世に齎されるので御座りまする。
その御方こそが月ノ巫女。
月ノ巫女とは生まれながらにして月神の深き寵愛を受ける者。嘗ては遍く世を覆っていた月の魔力をただ一身に宿し尋常ならざる魔法を行使する者に御座りまする」
おおう、なんか私に当てはまるかも。月神云々はともかく私の魔力は特殊だし身体強化の出力も異常だ。
「どうやらお心当たりがある様子。続けますぞ。
月ノ巫女殿は周囲の月魔法使いに間接的に月神の恩寵をもたらし、月魔法使いはその恩寵の力で月魔法を行使するので御座りまする。月ノ巫女殿から離れた月魔法使いは次第に恩寵を失い、やがて月魔法が発動できなくなる日が訪れまする。これが我らが月ノ巫女殿を探し求めた訳で御座りまする」
つまり月魔法使いは月ノ巫女から離れると段々月魔法が使えなくなってくるのか。そりゃあ探すよね。
「常ならば月ノ巫女殿は月神との絆を感じ巫女の自覚を持つもの。しかしながら絆を感じとれぬまま長ずるお方も居られるとか。当代の月ノ巫女殿は後者で御座りましょう」
確かに絆なんて感じたことはない。前世の月を懐かしく思い出すことはあるけど。ついでに言うと転生の時にも誰にも会ってない。
「月ノ巫女殿は教わらずとも月魔法が使える、というより自らの魔法が変質して月魔法になることが御座りまする。
聞けば月ノ巫女殿は尋常ならざる身体強化魔法を行使し、しかも制御に苦しんでおられるとか。身体強化が月魔法化いたしたので御座りましょう。月の魔力の事なれば在り来りの魔法訓練では効果は薄う御座りまする」
今までの訓練で暴走を克服できなかったのはそういう理由!?
「我等ならば鍛錬法を伝承して御座る故、必ずやお力になれましょう。一度我等の下で修業なさる気は御座りませぬか。勿論山に籠って三年、等と申すわけでは御座りませぬ。時折我等とお会い下されば十分。進捗を見てその都度鍛錬法をお伝え申し上げる所存」
なんていうか、とても魅力的な提案だ。なにしろ半年後には魔法学園への入学が控えているのだ。それまでには何としても暴走を克服したい。その為には何であろうと縋りたい。でも……
「少し、考えさせてください」
貴族として月魔法使いと関わり合いになるのはマズい。とてもマズい。
前世の記憶のせいで私は忌避感が薄いけど、なにしろ月魔法は事実上の禁忌なのだ。
法律で禁じられている訳ではない。そもそも真面な魔法とは考えられていない。問題は月魔法の根底にある月への信仰だ。
この国は緩やかな多神教の国、好きな神を信仰していい。なんなら複数の神を信仰したって良い。
でも月だけは別だ。月への信仰は淫祠邪教とされている。
なにしろこの国の王侯貴族は全て九百年前の英雄“月砕き”チューザン・セオの末裔を名乗っている。だから誰もがこう教えられて育つ。月は世界を滅ぼしかけた憎むべき悪、と。過去の事実は関係ない。それが常識で真実なのだ。
だから月信仰に否定的でない、というだけでも糾弾される理由になってしまう。
私一人だけの問題ではない。月魔法使いとの関わり合いが公になればエーコ家の家名に瑕がつく。家族が貴族社会からつまはじきにされるかもしれないのだ。
その時、それまで無言だった半月党の一人が声を発した。
「月ノ巫女様! お願いです。どうか私達の仲間になってください。先代の巫女様が亡くなられてから5年、恩寵の力がもう殆ど失われてしまったのです!」
意外に若い男性の声だ。印象では二十になるかどうか。
「ヨーゼフ、控えよ。それは我等の事情、月ノ巫女様には関わりなき事」
「しかし!」
「くどい!」
なんか内輪で揉めだしたけど少し気になる話が出てきた。
「あの……すみません、ちょっと確認させてください。今は月ノ巫女は居ないんですか?」
答えたのは若い声の人だ。
「はい。月ノ巫女様は滅多に生まれないのだそうです。しかも必ずしも私達が出会えるとは限らないのです」
シュテファンが後を引き取る。
「先代の巫女殿は七十にて天寿を全うされましたが一度たりとも他の月ノ巫女と巡り会えなかったそうに御座いまする。
しかし月ノ巫女殿が気に病むことでは御座りませぬ。月ノ巫女殿不在ならば粛々と後代に月魔法の秘儀を伝承するのみ。我等の歴史に於いて屡々あった事で御座りまする。
月ノ巫女殿におかれましては御自分の良き様に、悔い無き様になされよ。
では一旬(=10日)後、同じ刻限にこの場所にいらして下され。お待ち申し上げて居りまする」
シュテファンがそう締めくくると全員が頭を下げた。私が門を出るまでずっとそのままだった。
この話をしたらリースはこう言い放った。
『胡散臭いわね』




