上手く誤魔化せている……よね?
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「成程そうなんですね。話を戻しますが、その橋の件でどのような事をお聞きになりたいのでしょうか」
歴女の長話で被っていた猫たちがいい加減疲れ始めている。早めに切り上ないとそろそろボロが出そうなので少し強引に軌道修正する。
「橋を渡った時の事をなんでも、ですわ。記録によれば古いつり橋が落ちたのが997年の中冬24日の午前中。フレン様達が橋を渡ったのは26日の昼。落橋の知らせを受けて出動した警備隊とは橋を渡り終えた辺りで出会われたそうですわね」
日付まで暗記してるよこの人。
「はい、日付までは憶えていませんがその頃です。確かに橋を渡って少し進んだ所で反対方向からいらした警備隊の方々にもお会いしました」
「まあ、やっぱり! 警備隊によればあなた方より前に橋の方から来た者はいません。つまりあなた方が一番最初にガンネー橋を渡られたのですわ! 是非その時の事を教えてくださいな」
心なしか悪役令嬢の鼻息が荒い。もしかして本当にその話を聞きたいだけ? いや油断しちゃだめだ。向こうだって猫を沢山被っているに違いないのだから。
しょうがないから言える範囲で悪役令嬢の質問に答えていった。
はい、旧街道を使ったのは新街道が通行止めだったからです。
川に着いたのは翌日の朝です。夜通し移動しましたので。もちろん何度も休憩を挟みました。
いいえ、私達が到着したときにはもう橋はありました。
ええ、そこには誰も居ませんでした。
誰が橋を架けたか、ですか? ……ええと、何の手がかりも見つからなかったそうです。ええ、足跡すら見つからなかったそうです。
午前中は橋を点検していたのです。余りにも奇妙だったので念を入れて調べました。だから橋を渡るのが昼過ぎになったのです。
補強や手直しは必要ありませんでした。馬車で渡ってもぐらつかず、きれいな平面だったので普通の道より快適でした。
不審な点は……橋の存在自体を除けば不審な点は見つかりませんでした。
はい、明らかに切りたての木でした。強靭化の魔法も通りませんでしたし、木の香りも強かったです。切り出してから何日も経っていないだろうとのことです。
木を運搬した形跡ですか? 特に気づきませんでした。木がなぎ倒されていたりとかそういう事は無かったと思います。
ソ、ソウデスネ。フシギデスネ~。
え? 月? 月ですか? まさか。誰も見ていないと思います。もし誰かが見たなら騒ぎになっていたはずです。
「でも何故月の事などをお尋ねに?」
この世界には月が無い。昔は在ったのだけど突然狂った魔力を放ち始め世界に大混乱をもたらした。そのため九百年以上前に砕かれたのだ。だから現代では月を見ることはあり得ない。
「お耳に入りませんでしたか? ガンネー橋は自分たちが架けたのだと主張する人たちがいるのですわ。月魔法で架けたのだと」
「月魔法!? だから月ですか。突拍子もない事を言う人がいるのですね」
月魔法とは一言でいえば狂った月の魔力を借りて行う魔法。強力な魔法だとされるけど普通に考えれば月は既に無いのだから使えるはずがない。
しかし心から月を崇める信徒の前には時を越えて月が現れ力を貸すのだという。ネット小説でも偶にあった封印されし魔神とその使徒のような関係、まあオカルトである。そして月を崇めるのは事実上禁忌でもある。ついでに言えば月がまだ存在していた時代でさえ月魔法の行使に成功したという信頼できる記録はないそうだ。
もちろん月魔法なんてあり得ないとまでは言い切れないのだけど、今回に限っては月魔法じゃないと断言できる。何しろやったのは私だし。
「しかし普通の方法で架けられたのではないことは確かですわ」
「しかし月魔法とは信じ難いです。証明の為にその人たちに実演してもらうことは出来ないのでしょうか」
「難しいですわね。何しろその人たちは張り紙で主張しているものですから、団体名しか分からないのですわ」
「何という団体なのですか?」
「『半月党』ですわ」
まるで時代劇のやられ役盗賊団みたいな名前だ。
月魔法だと主張する張り紙は一年以上前からあちこちの町に貼られていそうだ。でも今の所それ以上の動きも無ければ今まで記録に残るような大きな問題を起こした事も無く、どういう集団なのか分からないという。
ただ混沌の象徴たる月の名を冠し、月魔法で橋を架けたと嘘をついている所を見ると碌なものじゃなさそうだ。
なるべく関わらないようにしたいけど橋を架けたのが私だとバレると向こうから寄ってきそうだ。気を付けないと。
今のところはバレていない、上手く誤魔化せている……よね?