【世界七不思議】 ドーナズス川の一夜橋
今回は怪談ではなく世界七不思議系の話になってしまいました……
旧東街道で最も有名な橋と言えばドーナズス川に架かるガンネー橋、別名「一夜橋」でしょう。
ジャンニェ市から馬で一日、針葉樹の森を通る曲がりくねった細い道を抜けると突如目の前にその威容が現れます。
橋の造り自体は一本の木を縦に割って並べて渡しただけの、言ってしまえば原始的なものです。しかし道幅も狭く通る人も少ない旧街道には不釣り合いなほどに大きく、初めてこの橋を見た人はその迫力に圧倒されるでしょう。橋に上ってみれば使われた木の巨大さがまざまざと実感できます。実際、二台の馬車が橋の真ん中で悠々とすれ違えるほどです。
この橋には必要最低限の仕上げしかされておらず、枝こそ落としてありますが樹皮はついたまま、手すりの類すら全く設置されていません。
その武骨ながらもどこか神秘的な佇まいが人気を呼び、この橋を渡るためだけに旧東街道を通る旅人も珍しくないといいます。
実はこの橋、架けられたのが混交暦997年の冬であることは間違いないのですがその建設には多くの謎があるのです。
○謎その一 伐採場所
橋に使われた木が切り出されたのはディートトゥック村の跡地だと分かっています。現地には切り株が残っていて、それが橋の木とピッタリ一致しているのです。
謎なのは何故ディートトゥック村かという点です。
ディートトゥック村は橋のある場所から遠く離れており、馬でも丸一日かかるほどです。
一般的に木材の運搬には可能な限り川を利用します。木材の浮力により運搬にかかる労力が大幅に節約できるからです。
橋に使われているのはアトロスセコイアと呼ばれる種類の木で、ドーナズス川上流一帯にも広く自生しています。橋に使われた木は普通の感覚では大木ですが、実はアトロスセコイアとしては珍しくはないサイズです。ですから上流で適当な木を切り出しそのまま川の流れを利用して運ぶのが最も合理的です。
しかしその木はディートトゥック村跡で切り出されました。
村跡は川から遥かに遠く、橋の位置までは陸路で輸送するしかありません。
なぜわざわざそのような場所から切り出したのでしょうか。
○謎その二 運搬方法
切り出した木をどうやって運搬したのかが一番の謎とされています。
様々な記録から木を切り出してから橋を架けるまでは最長で二日とされています。橋が一夜橋と呼ばれる所以です。
しかしながらその時間で橋を輸送する方法が分からないのです。
巨大な木材の陸送する際は通常寝かせた状態でコロ等を使い、必要に応じて魔法で補助するのが一般的です。
しかしながらディートトゥック村跡から川までの間には適当な道がないためその方法は採れません。
どうしても木を立てたまま曲がりくねった道を運ぶしかないのです。しかも立てた状態だと狭い範囲に大木の全重量が集中するため継続的に強力な魔法で補助し続ける必要があります。そうしないと道が陥没したりコロ等の道具が破損したりしてしまうからです。
ある試算によれば、あらかじめ縦半分に切った木を立てた状態で昼夜問わず移動した場合、両方合わせて運搬に十日ほどかかるのだそうです。しかも通常の技量を持つ魔力量Aの魔術師を延べ千人動員する必要があります。
魔術師の質が高ければ多少の短縮は可能かもしれません。しかしどれだけ魔力量が多く技量の高い魔術師を揃えたとしても二日で運びきるのは不可能とされています。
何か特別な方法が使われた筈なのです。
「巨大な凧を使い風魔法で吊り上げた」「伝説の月魔法で転移させた」「失われたはずの召喚魔法で巨人を呼び出し運ばせた」等様々な説が唱えられていますが真偽のほどは不明です。
一体どうやって運んだのでしょうか。
○謎その三 目的
そもそも誰が何故にこのように巨大な橋を架けたのかも分かっていません。
街道のその部分は当時から国の管理下にあり、橋の架け替えは近隣の代官所が差配することになっていました。
しかしながら一夜橋が架けられた当時、国も代官所も一切事情を知らなかったと記録されています。
一体誰が何のために、何故無断で、しかも特殊な方法を使ってこのような大工事を行ったのでしょうか?
【 一夜橋の伝説 】
一夜橋に関してジャンニェ市とその一帯には次のような言い伝えが残っています。
嘗てディートトゥック村には暗殺から逃げ延びたクリクソン将軍が隠れ住んでいたのだそうです。
彼を慕って八人の元部下たち、通称八勇士もディートトゥック村に居を移しました。
クリクソン将軍が亡くなった後も八勇士は村に留まりました。彼らは死後も村を守るため、村を囲むように自分たちの墓を作りました。
その墓からはやがて八本の大きなアトロスセコイアの木が育ち、八勇士の木と呼ばれるようになりました。
時の流れと共に村は廃村となり誰も居なくなりましたが、八勇士の木はその後もずっと村を守り続けていたのです。
ある日の事、ある美しい母娘が一頭の馬に乗って旧東街道を急いでいました。理由は郷里の家族が倒れたからだとも悪徳貴族から逃げていたのだとも言われています。
しかし運の悪い事にドーナズス川のつり橋が落ちていて先に進めません。
仕方なく引き返したのですが途中で日が暮れ道を誤り母娘はディートトゥック村跡へと迷い込みました。
廃村とは言え村には廃屋がいくつもあり冬の凍てつく風をしのぐことが出来ます。
母娘は厩舎が付いていて建付けのよさそうな家を選び、暖炉に火を入れて身を寄せ合って眠りにつきました。
その晩、母親は夢を見ました。昔風の武人に語り掛けられる夢です。
武人は木に宿る霊でクリクソン将軍麾下の部将ガンネーと名乗り、母娘の境遇を憐れに思ったので川に橋を架けると告げ、道に迷わないようにと道筋を教えてくれ、お守りに苗木を渡すから片時も離さないようにと言われました。
翌朝、娘に夢の事を話すと娘も同じ夢を見たというではありませんか。昨日まで無かったはずの苗木が植わった鉢もあります。
さらに外に出てみると村の入り口で門番のように立っていた二本の大木の片方が無くなっています。近づいてみると切り株だけが残されているようです。
木が自ら橋になるために旅立ったのだと考えた母娘は切り株に向かって感謝の祈りを捧げました。
母娘が川に辿り着くと、そこには既に大木でできた立派な橋が架かっていました。
母娘は再びガンネーに感謝の祈りを捧げ、さらに母親が身に着けていたヒスイの髪飾りを供えてから橋を渡り、その後無事に目的地まで辿り着いたということです。
この伝説からその橋はガンネー橋と名付けられ、橋のたもと、母娘が祈りを捧げたとされる場所にはガンネーを祀る祠が造られました。また近隣の市や町では旅の安全を願ってヒスイの装飾品やガンネーの絵姿を身に着ける風習が出来たのだということです。
ちなみにこの伝説には続きがあります。
ガンネーは苗木に宿って母娘の旅路を見守り、時には雲の上に母娘を匿うなどして旅の手助けをしたのだそうです。
この本の趣旨から外れる為詳しい話は省きますが、興味のある方は同じシリーズの『世界の怪談奇譚 ~東街道編~』をご覧ください。




