晩餐会
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エーコ領内で王家が訪れる予定の町は二か所。エーコ家の屋敷は旧街道沿いにあり本街道からは離れすぎているのでコースには入っていない。代わりに町長の役宅で接待することになっている。
お父様は遅れてくるので準備の総指揮を執っているのはお母様だ。
私達が帰りついた時準備はある程度進んでいた。でも手が回っていないところやルール上領主かその代行の決済が必要なところ等がまだまだ残っていた。それらをお母様はサクサク処理していく。仕事ができるキャリアウーマンの様だ。
私も勉強の為にと連れまわされた。旧街道をショートカットしたお陰で予定より一日余裕があるはずなのに無暗と忙しい。屋敷に戻る暇もなく、忙しく走り回るお母様に深夜まで連れまわされて大変だった。あまり役に立った気はしないけど準備がどんなに大変かはよくわかった。
そしてまだ森に行けていないのでクマ成分が補充できていない。クマオやクマ姐さん達に会いたい。おのれ王家め。
そんなこんなで何とか無事王家御一行が来る日を迎えることが出来た。
出来たのだが……
「む、さほど美味ではないが子爵家ならばこんなものか」
失礼な感想を口にしているのは王太子殿下。今は晩餐会の席上で本人は独り言のつもりかもしれないけど聞こえてるから。
金髪碧眼の絵に描いたようなイケメンで所作も美しいというのに発言がなっていないのはどういう事だろう。そこまで含めてマナーじゃないのか。
「羊の塩漬け肉のソテーですか。今までの所でも散々出されたので正直食べ飽きたのですが……肉は在り来り、合わせてあるソースの味にも深みがありませんね。きちんと出汁を取ったのでしょうか。付け合わせの野菜も見事に根菜ばかりで工夫の余地があります」
偉そうにグルメレポートしているのはカイケー伯爵家のオーレイ様。シャドウクーガーオタクの印象しかなかったけど実は王太子殿下の御学友だそうだ。
この二人、最初の一皿からずっとこんな感じでケチをつけているのだ。揃いも揃って失礼な奴らだ。それとカボチャは根菜じゃないぞ。そこの黄色いのが目に入らぬか。
そもそも急に王家が来ることになったのがいけない。いきなり二つの町で一回ずつ、都合二回も晩餐会を開かなければならなくなったのだ。しかも百人規模の。
穀物の備蓄はたっぷりある。保存の効く根菜類、塩漬け肉や漬物と言った保存食も十分ある。スパイスやハーブだって乾燥したのならある程度揃っている。でもおもてなしの御馳走には色々足りなかったのだ。珍しかったり華やかだったりする食材だけじゃない、新鮮な野菜なんかも無かった。
そしてここは前世と違い流通が発達していない。ネット注文すれば翌日届くなんて便利なシステムは無いので人が調達に走り回らなければならなかった。しかも余っている食材なんてほとんどないからあちこちに無理を言うことになったし、そうやってなんとかかき集めた御馳走用の食材も百人分確保できたものとなると種類は限られていた。
去年の内に分かっていればきちんと準備できたのに。時間さえあれば温室でトマトや何かを育てておくことだってできたのだ、ガラスが無いのを魔力で補うからかコストがバカ高いけど。
そういう状況なのでメインの食材は保存食にならざるを得ない。長時間かかる仕込みも期間的に不可能。そんな中でも我が家のシェフ達が知恵と工夫と技術の限りを尽くし、皆が苦労して集めた食材とうまく組み合わせて作り上げたのが今出ている料理なのだ。究極だとか至高だとか主張するつもりは無いけど十分美味しく、見た目も美しく仕上がっている。それをバカにされると悔しく、腹が立つ。
その辺りを想像できないのだろうか。王家が今まで通ってきたところは大体同じ事情だったはずだけど、全部でこんなセリフを吐いてきたのか。それともうちが王妃派の急先鋒だからわざと挑発しているのだろうか。
「おかあさま! このおにく、とってもおいしいです!」
三才になる第二王子殿下に癒される。ぷにぷにほっぺやきれいな服に黒っぽいソースが付いちゃってるけどそんなの関係ない。美味しそうにお肉を頬張っているのを見ると嫌な気分が洗われるようだ。やっぱりうちは王妃派=第二王子派で正解。可愛いは正義。ほっぺをぷにぷにしたい。
この場に出席しているのは国王陛下夫妻と二人の王子。陛下の懐刀とされる丞相のカイケー伯爵。その奥方と長男のオーレイ様。王妃の父親であり門下省の長、つまり大臣クラスの偉い人であるシュベルトシュミート侯爵とその奥方。そしてその他百名ほどの随員の方々だ。
持て成すのは昨日何とか戻って来られたお父様。それとお母様と私だ。お兄様とお姉様は魔法学園にいるのでここには居ない。だから必然的に私が子供担当になる。
出席者の内子供なのは二人の王子とオーレイ様だけ。
なぜか王太子殿下の婚約者である悪役令嬢はいない。今回の周遊自体に参加していないのだ。こういう時って無理矢理にでも付いてくるものなんじゃないの? 殿下の愛はもう諦めたのか、それとも殿下の為に裏で動いているのか。少し気になる。
話を戻すとメインの相手は王太子殿下とオーレイ様の二人。第二王子殿下をほっといていいわけではないけど今は王妃殿下にくっついているので多少後回しでも大丈夫だろう。取り敢えずこの二人だ。
媚びるつもりは一切ないけどここで喧嘩を売ってもしょうがない。猫を七匹ほど被って笑顔を作り、貴族令嬢らしく淑やかに話しかける。
「まあ、王太子殿下もオーレイ様も随分舌が肥えていらっしゃいますのね(猫)」
「無論だ。王宮には最上級の料理人しかいないのだからな」
「私もよくご相伴に与っていますが、何時頂いてもそれはそれは素晴らしい物ばかりです。あれに慣れてしまったので最早他の料理ではなかなか満足が得られなくなってしまいました」
「まあ、そうなんですのね(猫)」
「同じ羊肉のソテーでも彼らの手に掛かれば一段も二段も上の味になるでしょう」
「そういえばいつぞやのマッドドラゴンステーキ トマトソース添えは絶品だったな」
「ええ、肉の素晴らしさはもちろんの事、あのトマトソースが絶品でした。風味豊かなトマトに香ばしいガーリックと濃厚なバターが複雑に絡み合い一つに溶け合ったあの素晴らしい味わい。そして鼻に抜ける香りの官能的な事と言ったら! 今思い出すだけでも多幸感に包まれます」
「俺もだ」
「このソースもトマトを使うだけでももう少し真面なものになっていたでしょうに」
だからマッドドラゴンなんてこの辺りでは手に入らないの! とか、この季節トマトなんてそうそう用意できないっての! とかそういう言葉は危機管理担当の猫が押し留め、代わりにヨイショ担当の猫が「勉強になりますわ」だの「我が家のシェフに教えてしまっても構いませんでしょうか」だのといった相手を持ち上げる言葉を紡いていく。
こうやって汚れていって薄汚い大人になっていくんだね。
ちなみに私が被っている七匹の猫にはそれぞれ役割がある。危機管理担当、ヨイショ担当の他に気配り担当、淑やかさ担当、共感担当、純真さ担当、祟り担当がいるのだ。
そう、祟り担当もいる。猫は祟るのです。ふふふ……
どうやって祟ってやろうか……よし、後でポテチを山のように差し入れてやろう。食べ過ぎておなかポッコリになってしまうが良い。
「? よくわからないけど、ぼく、このおにくすきです」
おおう、第二王子殿下の笑顔が眩しい。失礼な二人に対する悔しさが消える。祟り担当の猫が浄化されていく……命拾いしたな、王太子(もう敬称なんか付けない)、オーレイ。
こんな感じで初日の接待は何とか乗り切った。
しかし苦行はまだまだ続いた。
朝食の席でも二人は料理を酷評し、次の町の晩餐会でも仕込み時間が一日長く取れた分料理のクオリティがぐんと上がっていたというのに何やかやとケチをつけてきた。最後の朝食でも失礼な感想を言い合っていたし、やっぱり挑発してるよね君達。まあ第二王子殿下に癒されながらなんとか耐えたけど。猫たちもよく頑張った。
正直、王太子とオーレイはもう二度と来ないでほしい。といっても王都への帰りにまた来るんだろうなあ。憂鬱。
あ、第二王子殿下は大歓迎。いつでも来てね。