通行止め
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現在、お母様と私は十数人の家臣達を引き連れ急いで領地へと向かっている。王様御一行の受け入れ準備をするためだ。
十日目の午後、私達は丁度行程の半分の所にあるジャンニェという町に到着した。西洋風の木造建築が立ち並ぶ町だ。
そこで問題が発生した。
「何故街道が通行止めなのですか」
「はい、ドーナズス川に架かる橋に崩落の危険があり現在補修工事中なのでございます。あと二日で完了の見込み、三日後の朝から通行可能とのことございます」
貴族向けの宿に投宿したところに見計らったように現地の役人が現れたのだ。白髪のお婆さんだ。そして街道が明々後日まで通行止めだと言ってきたのだ。
しかしそれだと王様に追いつかれてしまう。私たちは王家に先んじて領地に戻り、接待の手配をしなければならないというのに。
なにしろ今回は急な話だったので、私たちが王都を出発したのは王様が王都を発つつわずか二日前。準備期間があまりないのだ。
一応早馬を出してあるからもう準備は始めているはず。でも今回接待するのは王家、留守居の人達だけでは少し荷が重い。恙なく接待をこなすにはお母様や王都から同行している執事たちの力が必要なのだ。
そして王様御一行は何故かずんずん進んでいて差が全然開かないのだ。つまり未だに二日の差しかなく、明後日にはここに来てしまう。
そして通行止めが解除されるのは明々後日の朝。もし王様達が朝一の同じタイミングで出発するなら作法として先に行かせなければならない。さらに言えば道中で追い抜いてもいけない。そうなると王様達が宿に泊まるのを見届けてから徹夜で移動、ということになる。二日のアドバンテージを取り戻すには徹夜が二回だ。何とかならないわけではないけど、かなり困る。
「おかしいですわね。先行させた者たちからは何の連絡もないのですが」
「危険と判り通行止めになったのが本日の午前中でございます。連絡しようにも次の町から戻ってこられないのでございましょう」
妙にタイミングが悪いよね。
もしかして第一王子派の嫌がらせ? ここは国領、つまり国の直轄地だけど代官は第一王子派だったはず。東に戻る貴族は大抵王妃派だから嫌がらせのための通行止めって可能性はあるかもしれない。
「しかし困りました。私たちは急いでいるのです。渡し舟は無いのですか?」
お母様がわたくし困りましたわ、と余所行きの顔をして尋ねる。
「申し訳ありませんがこの時期船は使えないのでございます。なにしろ川が凍っているものですから」
「凍っているのなら歩いて渡れるのでは?」
「お止めください。氷の厚みが不足しており大変危険でございます」
記憶の中からドーナズス川を引っ張り出す。
たしか結構川幅があったはず。とは言っても自重せずに身体強化を使えば何の問題ない。馬車を担いでも普通に飛び越えられる程度だったはずだ。
でも私の最大強化率は一応秘密って事になってるんだよね。エーコ家の家来ばかりとはいえ馬車担ぎが出るのは最終手段かな。
「ほかに道は無いのでしょうか?」
「北へ一日程行けばドーナズス湖に出られます。そこに渡れる場所があるそうでございます」
うん、あまり短縮できないね。しかも不確かな情報だ。賭けるのはちょっと危険かもしれない。
「すみません、旧街道は使えないっすか?」
ここでボブが口を挟んできた。
「旧街道? そのようなものがあるのですか。 そちらはどうなのです?」
「旧街道でございますか。確かに通行止めではございいませんが……お勧めは致しかねます」
「それは何故ですか」
「理由は……三つございます。
まずは季節が悪うございます。旧街道は真っすぐ三つ先の町に繋がってございます。その町までは二日程ですがその間宿泊施設がございません。そのためどうしても一回野宿する必要がございます。しかしながら今は冬、十分な装備なしでの野宿は凍死の危険がございます」
「その点はご心配なく、実は野営の支度はありますの。それにどうせ夜通し移動し続けることになるでしょうし、供の者は全員温熱魔法を使えますから心配いりませんわ」
「次に、道を間違えやすうございます。実は町までの間に一か所だけ、ここから半日ほど行った先の森の中に分かれ道がございます。誤って南の道を選ばれますと半日で廃村に至ります。厄介なことに本道よりも廃村に向かう者の方が多く、そのため廃村に至る道は草に埋もれるどころかよく踏み固められ、逆に本道の方が埋もれかけているような有様なのでございます」
「そんなに人が訪れるとは、その廃村にはなにかあるのですか?」
「村の周りでは春や秋に良質な薬草類や山菜、キノコが採れるのでございます。また村には二基の大きな墓がございますが、それがリース女王とクリクソン将軍の墓であると、そのような言い伝えがあるのでございます。その為熱心な方が墓詣でにいらっしゃることもございます。例えばしばらく前にヘルツァーエ家の御令嬢が訪れたそうでございます」
なんとリースの名前が出て来た。
つい口を挟んでしまう。
「何故リース…女王の墓がここに? 王宮内にあるのでは?」
「クリクソン将軍生存説をご存知でございましょうか。
リース女王は混交暦675年に毒殺、その前年674年にクリクソン将軍が暗殺されたと正史には記されてございます。
ただ将軍の遺体は損傷が激しく本人かどうかの確認が取れず、また将軍は奇計を能くしたとの評判から実は遺体は替え玉で本人は逃げ延びたのだと、そのように唱える方が昔からいらっしゃるのでございます。
この辺りでは落ち延びたクリクソン将軍が近くの森に隠れ住み、さらにはリース女王をもお救いし匿い奉っていたと言い伝えられているのでございます。その場所がその村なのだそうでございます」
前世で言うと「真田幸村は実は大坂夏の陣で死んでおらず豊臣秀頼を救い出して薩摩に落ち延びたのだ」みたいな話だね。そういうのを聞いたことがある。
クリクソン将軍がどうだったかはともかくリースが毒殺されたのは本人に聞いたから確かなんだけど、お話としては実話よりこっちの方がいいよね。きっと不幸なまま終わってほしくないっていう願いから生まれた伝説なんだろうな。こんな歴史に出てくる将軍と絡むような話を聞くと生前のリースも歴史上の人物なんだなあって実感するよ。
あとでリースにも教えてあげよう。
「道は知ってるっす。何度か通ったことがあるっす」
「それなら問題ありませんね。その時はよろしく頼みますよ。
それで、三つ目の理由は何でしょうか?」
「それは少々申し上げにくい事柄にございます。通常は問題にならず、奥様方が問題ないとお考えでしたらそれで結構でございます。ただ気になさる方は大層気になさるので念のため申し上げる次第でございます」
「前置きが長いですわね。一体どのような理由なのですか」
「失礼いたしました。巷の噂では旧街道にはその……“出る”のだそうでございます」
「出る? 何がですか?」
「物の怪の類、具体的には『馬車を曳く幼子』というものだそうでございます」
「馬車を曳く幼子!?」
お母様を始め家の者全員の視線が私に集中した。解せぬ。