【怪談】 馬車を曳く幼子(異伝)
今回は聞き手の中にフレンもいますが、感想も何も挟まないので怪談扱いです。
これは巷で広まっている噂話でございます。
あるとき三人組の旅人が旧街道を旅しておりました。
彼らはすぐにでも町に着けるつもりだったですが距離を見誤っていた所為か町の遥か手前、丁度森の真ん中あたりで日暮れを迎えてしまったのでございます。
そうなれば仕方ございません。町に着くのは諦め野宿しようということに相成りました。
野宿に良い場所はないかと魔導灯を頼りに真っ暗な中を進んでまいりましたところ、その明かりに小さな人影、血まみれの幼子の姿が浮かび上がりました。
その時幼子は馬車に繋がる引き綱を両手で握りしめ街道の真ん中に立ち尽くしていたのだそうでございます。
血まみれの子供に行き会ったのでございです。三人ともすぐさま駆け寄り口々にどうしたんだ大丈夫かと尋ねました。
幼子の答えは「私は大丈夫です。それより手が離せないのです。すみませんが馬車の中から水袋を取ってきてもらえませんか」というものでございました。痛がっている風でも怖がっている風でもなく、幼い声でたどたどしいながらも奇妙に落ち着いた話し方だったそうでございます。
三人は改めて幼子の様子を目を凝らしてよくよく見ましたところ、どうやら怪我をしているのではなく血で汚れているだけの様でございます。
それにしても手が離せないとはどういう事でございましょう。幼子は両手で引き綱を握っているだけ。引き綱の先には朽ちたような箱馬車があるきりで輓馬の姿もなく、当人も取り立てて何かをしている様ではございません。
分からないながらも一人が親切心から馬車の戸を開けて中に乗り込んだのだそうでございます。しかし戸が閉まってそれきり、いつまで待っても出てまいりませんし物音一つ聞こえません。
不審に思った一人がどうしたのかと声をかけ中を覗き込んだその途端、その旅人は馬車の中にずるりと引きずり込まれ戸が閉まり、これまた物音一つ聞こえなくなったのでございます。
最後の一人が「一体あの馬車はどうなっているのだ」と問い質せば幼子は「この引き綱を持っていてくだされば私が見てきます」と言って綱を押し付けようとします。いくら聞いても引き綱を持ってくれの一点張り。その旅人は流石に薄気味悪くなり、回れ右して一目散に逃げだしたのだそうにございます。
しかし必死に走っているというのに後ろからゴトゴト音がいたします。
振り返ると真後ろに幼子が、朽ちかけた馬車を軽々と曳きながらピタリと付いて来ているのでござます。旅人は必死に走っているというのに全く引き離すことはかないません。「どうして逃げるのですか。引き綱を持ってください」などと言われ益々力を振り絞り全力で走ったのでございますが、どれだけ速く走ろうともゴトゴトゴトゴト真後ろから音がしたのだそうでございます。
そこで旅人はふと気づいたのでございます。
自分は何故道を走れているのでしょうか。
夜の夜中、魔導灯はとっくに取り落とし他に灯りもないので道は真っ暗な筈。そんな中を闇雲に走れば木にぶつかるかどうかしてしまうでしょう。しかしそうはなっていません。何故なら不思議と道が見えているからです。道全体が仄かに青白く照らされているようなのでございます。
一体何が道を照らしているのでしょうか。
旅人が夜空を仰ぎ見ると森の切れ間から光の源が覗いていました。それはあるはずのない物、何百年も前に砕かれ滅せられたはずの月でございました。それが道を照らしていたのでございます。
驚いた旅人は轍の凹凸に足を取られ転んでしまいました。
しかも悪い事に頭を打ちそのまま気を失ってしまったのだそうでございます。
次に気付いた時には既に日も高く鳥のさえずりもあちこちから聞こえてくる長閑な風情、妖しい気配は一切なかったそうでございます。勿論周りには幼子どころか誰も居らず馬車もございません。
やれやれ助かったとほっとしたところでふと地面を見ると、車輪の跡が自分の所まで続いており、そこでふっつり途切れていたのだそうでございます。
それからその旅人は二度と夜中に外出することはなくなったのだそうでございます。なんでも背後からゴトゴト音がするからだとか。
馬車に吸い込まれた二人はどこへ行ったのやら、行方は杳として知れません。
どうしても旧街道を通らねばならないときは水筒なり何なりの水を切らしてはならぬのだそうでございます。
万一幼子に行き会い「馬車から水袋を取ってきてほしい」と頼まれても決して馬車を覗き込んではなりません。その代わりに水の入った水筒を渡すのです。幼子は水筒を受け取ると頭から水を被り顔を洗うと「きれいになった?」と尋ねてまいります。そこで頷いてやればそのまま立ち去るとの話でございます。
代官所の者が実際に確かめた訳ではございません。あくまでも噂、斯様な怪談が広まっているという話でございます。




