リタリエ男爵夫人
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何日か後、お呼ばれしたお茶会でその時の話題が出た。
「その時ある騎士がね、見たのですって。王宮の魔力障壁にぶつかってきたソレを」
「え!? そうなのですかアベリア様」
アベリア様は緑の髪のオカルト大好き伯爵令嬢。お姉様と同級生で王宮襲撃事件の時に馬車担ぎの話をしていたうちの一人だ。因みに即座に反応したのはミリアお姉様。実は怪談が大好きなのだ。その他にも何人かの女の子が興味深げに輪に加わっている。
「ええ。その人が言うには見えたのは一瞬だけ。でもはっきりと瞼に焼き付いているそうよ。ぶつかってきたのは女の生首。赤い髪の女の人の首から上だけが宙に浮いていたのですって。でも次の瞬間、強い光が当たったら消えてしまったそうなの」
周りで聞いていた女の子たちが「怖いわ」なんて言っている横で私も慄いていた。
顔を見られた? フードをかぶっていたのに髪の色まで……ってそのフードが赤色だった!
「その顔は20代くらいの妖艶な女性で……見た騎士がいうには、リタリエ男爵夫人にそっくりだったのですって」
「リタリエ男爵夫人というとあの……」
「そう、アトロス子爵の所為で命を落とし王宮襲撃事件の引き金となった方よ」
魔物の襲撃を装った第一王子派のアトロス子爵の攻撃。それにより妻子を失ったリタリエ男爵は第一王子派に対する復讐を企てた。それが王宮襲撃事件の発端だ。結局は無差別テロだったけど……
事件後リタリエ男爵は無論極刑。一方発端を作った第一王子派側は実行犯のアトロス子爵だけが処断されその背後にいたであろう面々には何のお咎めもなかった。
「真犯人が裁かれなかったのを恨み怨霊となって現れたのではないかって話よ」
「でもあの事件からもう3年も経っています。何故今更そんな話になるのでしょうか」
「それが、リタリエ男爵は事件前に使用人を全員解雇したでしょう? その所為で誰も夫人の墓前に顛末を報告しに行かなかったのですって。だから夫人の霊は事件もその裁きも今まで知らなかったのではないか、という話だったわ」
なんか話に尾ひれがついて事実から遠ざかっていく。ていうか20代くらいの妖艶な女性って……まあ私にはありがたい。
因みにこの国では「霊」という言葉は基本的には死者を表す詩的な表現だ。
もちろん体から離れた魂という意味もあるけどそれはオカルトの領域。前世の日本と同様迷信扱いだ。
そんな訳で魔法の中に霊だのなんだのを見たり干渉したりできるものは無い。時間を巻き戻す大魔法なんていうのもあるけど死体の時間を巻き戻しても魂は戻せず人間の抜け殻が出来上がるとされている。
では死んだら魂はどうなるのか。
魔法学的には魂とは存在するように見えるが実体はない物、「脳内における魔力の働きの表れ」なんだそうだ。試験に出るから覚えておくように。
死んだら肉体によって維持されていた魔力の構造が壊れてしまう。時間を巻き戻しても魂が戻らないのは物質だけが巻き戻るからだと説明されている。
でも魔法学的ではリースみたいな怨霊は説明できないんだよね。だからそういうのは迷信扱いなのだ。
一方神話によると死者を司るのは死と再生の女神。死者の魂は女神の審判を受け楽園に行くか浄化の炎でじりじりと焼かれ「命の源」に還されるかが決まる。偶にまだ死期ではないと追い返され息を吹き返すこともあるらしい。
因みに女神がいるのは「白い部屋」。ネット小説で死ぬほど見た設定だけどマジだろうか。でも残念ながら転生は選択肢にないみたいだ。再生の女神なのに何故だ。
それはともかく死者の魂は女神の管轄なので人間には手が出せないのだとされている。
王都には女神の為の真っ白な神殿があり神官も居るのだけど基本的にお葬式担当。彼らに現世を彷徨う霊をどうこうする特殊能力はなく出来るのは女神に祈る事だけ。実は今でも年一回リースの為に祈っているのだそうだけど、まだリースが自分の部屋に居るところから見て効果は出ていないようだ。
「この話にはまだ続きがあるの。その晩はしばらく何もなかったのだけれど、真夜中に別のある騎士様が一瞬だけ奇妙な魔力を感じたのだそうよ。鉄臭いような焦げ臭いような、そんな感じの魔力だったのですって。場所は王宮の奥、リース女王の霊廟」
何人かの女の子が悲鳴を上げる。
リースが悪霊化しかけた時の魔力だろうか。でも鉄臭い? 焦げ臭い? そんなんじゃなく、子供が泣いているような感じだったんだけどな。
「ただその時はそれ以上何もなかったそうなの。魔力を感じたのもたった一人だけだったし他に異変もない。気の所為じゃないかって事になったの。それでも全員気を張り詰めて警備したのだそうよ。
そして東の空が少し明るくなって、ああ無事に夜が明けると少しほっとした時、霊廟の扉がね、ひとりでに開いたのですって。
その場に居合わせた騎士様が二人がかりで、身体強化もかけて阻止しようとしたのだけど出来なかったそうよ」
皆青くなっている。
そりゃあ怖いよね、怨霊の棲む館の扉が勝手に開いたなんて聞けば。もし住んでいるのがリースじゃなくて開けた張本人が私じゃなければ私も似たような反応をしたかもしれない。
そういえばあの区画、現在はリース女王の霊廟として独立した建物になっているらしい。周囲を取り壊し王宮の他の部分から切り離したのだそうだ。歴史の本に書いてあった。
警備も外側からだけ行っていて、中には基本誰も立ち入らないのだとか。
「それで、開いた後はどうなったのですか? まさかリース女王が……」
「何かが出て来たような気配がしたのだけど、何が出て来たのか分からなかったのですって。魔導灯で照らしてもなにも見つからなかったのだそうよ。魔法感知器にも反応がなく、扉の中にも何もなくて、閉めてみると簡単に閉めることが出来たらしいわ」
「では出て来てしまったたのですか!?」
「そ、それじゃあもしかして今女王が王宮を彷徨っているってこと?」
「怖くてもう王宮に行けない……」
誰も彼も目に見えて怯えている。うわっ、隣の子、男爵令嬢のミレーヌ様が私の腕にしがみついてきた。こっちを見てない。無意識か。
何しろ皆にとってリースは歴史すら変えた大怨霊だ。
リースは部屋から出ませんよ、とか本当は怖い人じゃありませんよって教えてあげられたらいいんだけど。何でそんなこと言えるのかって話になると困っちゃうんだよね。