私達会ったばかりですよね
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そのクマはなんとか体を起こそうとしているところだった。
よく見てみれば種類こそクマ姐さんと同じブレイズベアだけど顔つきが少し厳ついし魔力の色合いも少し違う。体もクマ姐さんより大きい。
考えてみればそもそもクマ姐さんの塒は屋敷から30-40km南に離れた所、行動範囲もその周辺だ。ここは屋敷から精々10kmといったところ。クマ姐さんはこんなに近くには来ない。
でもこのクマ、もしかして子熊ちゃんたちの父親かもしれないのか。だとするとやっぱり助けたい。
とにかく芝居を中断するわけにはいかない。こっちを向いて唸っているクマ父さん(仮)に向かって手招きする。
「グアアッッ!!(オレは負けないっ!!)」
クマ父さん(仮)が死力を振り絞って噛みついてきた。ハンター達が「ああっっ!!」と悲鳴を上げているけど気にせず噛みつかせる。どうせ傷もつかないし、強靭化した服も問題ない。相手の歯の方が心配なくらいだ。
噛みつかれたまま相手の耳元に顔を寄せ、囁きかける。クマ語スキル発動!
「グウゥゥアゥ(大丈夫、怖くないよ)」
「グアアッッ!!(殺られてたまるか!!)」
「クウゥァアァ(心配しないで。私が守ってあげる)」
「クゥゥン!?(本当か?)」
「フグォッグォッ(そう、だから言う通りにしてね)」
クマ父さん(仮)は噛むのを止め、頭をこすりつけてきた。姫姉様式テイム成功。クマ姐さんが子熊ちゃんたちに話しかける言葉を覚えておいたお陰か、なんかびっくりするくらい話が通じた。
「ブレイズベアが大人しくなった……だと!?」
唖然としているハンターを尻目に「クウゥ(心配しないで)」と声をかけながらクマ父さん(仮)を荷車に座らせた。落ちないように備え付けのロープ(強靭化済み)でクマ父さん(仮)を固定して荷車ごと肩に担ぐ。今の私は妖怪馬車担ぎだからね。そのままジャンプして離脱だ。
「グワアアアアーーー!!!(うわああああーーー!!!)」
クマ父さん(仮)の悲鳴が聞こえるけど少しだけ我慢して欲しい。
そのままジャンプを繰り返して森を抜け旧街道――私が誘拐されたとき使われた道だ――に出た。
さすがに荷車にクマ父さん(仮)の体重が加わると重すぎるのだろう。私はなんともないけど足場に使った木が耐えられず何本も折れてしまった。でもどうしようもないので放置してそのまま南へとひた走る。
ハンター達も折れた木を辿って街道までは来られるだろうけど、そこから先はさすがに追い付けないだろう。
前世テレビで見たのだけど雄熊は子熊を襲うことがあるらしい。だから念のためクマ姐さんたちの塒よりさらに南の森の中まで来た。魔力偽装もここで解除だ。ふう、疲れた。緊張した……
おっとクマ父さん(仮)を解放しないと。
「グウゥ(もう大丈夫)」
声をかけながらロープを解いて降りてもらう。
クマ父さん(仮)は乗り物酔いなのか少しふらふらしていたけど直ぐにシャンとなった。そして徐に私の背後に回り……
人のお尻の匂いを嗅ぎ始めた!!
「フゴォッ!! フゴォッ!!(惚れた!! オレの子を産んでくれ!!)」
いきなりのプロポーズですか!? 私達会ったばかりですよね! でもブレイズベアなら人間より遥かに丈夫だから間違って怪我させる危険も少ない……って何考えてる私! 相手は人間がいいの! 無理かもしれないけど人間が最低条件! だからごめんなさい!!
クマ父さん(仮)を押しのけると荷車を担ぎ、臭いで追って来られないよう川に出て水上歩行で走って帰った。
どうも注意が大分疎かになっていたらしく屋敷の敷地に入った時には警備の衛兵さんに見つかりそうになってしまった。なんとか納屋に飛び込んで遣り過ごせたけど。
荷車を納屋に置いて離れに戻ったところで自分が煙とクマの臭いでとても臭いことに気付いた。靴もドロドロのままだ。普段は帰る前に洗浄魔法で洗い流すのだけど、すっかり失念していたのだ。きっと荷車も酷い臭いだろう。
ここで洗浄魔法を発動……すると変調放射の煌きが魔法感知器に引っ掛かるのでもう一度荷車を持って森の中へ。洗浄魔法で念入りに汚れと臭いを落とした。納屋と離れも臭かったので徹底的に換気して臭いを取り除いた。泥の足跡もあちこちについていたので雑巾で綺麗にふき取り、靴も拭ってから離れに戻った。何やってるんだろ私。