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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:27
242/243

11・二つの封筒

 東京都月白げっぱく区。

 午後4時半を回った時刻、インクルシオ東京本部の最上階にある会議室で、臨時の幹部会議が開かれた。

 楕円形の会議テーブルには、インクルシオ総長の阿諏訪征一郎、本部長兼西班チーフの那智明、東班チーフの望月剛志、北班チーフの芥澤丈一、南班チーフの大貫武士、中央班チーフの津之江学が着席している。

 ダークグレーのスーツを着た那智が、通りのいい声で言った。

「すでに緊急連絡メールで知らせた通り、『キルクルス』に拉致された南班の雨瀬と鷹村は、木賊とくさ区内のライブハウスで発見され、保護された。残念ながら、現場にいた『キルクルス』のメンバー4人は逃走したが、二人を救出できたことは何よりの結果だ。もうまもなく、北班の時任が雨瀬と鷹村を連れてこちらに戻ってくる。詳しい報告は、その後に聞こう」

 那智の話を受けて、黒のジャンパーを羽織ったチーフたちが「本当によかったな」「塩田と最上が頑張った」と笑みを浮かべて口々に話す。

 芥澤は上げた口角をすぐに下げて、「しかしよぉ」と低く言った。

「大阪にいる童子の報告じゃ、鳴神の例の“アンプル”の中身は、グラウカの『アンゲルス』らしいじゃねぇか。それを飲むと、グラウカと同等の身体能力と超パワーを発揮できるとか。こりゃあ、クソヤバい事実じゃねぇか?」

「ああ。その件に関しては、俺も驚いた。これで、鳴神の脅威度は格段に跳ね上がってしまった。グラウカの能力の一部を得ることのできる“敵側”の人間。それが、元インクルシオNo.1の特別対策官となれば、絶望すら感じる」

 那智が表情を険しくして返し、望月、大貫、津之江がうなずいた時、会議室の扉がコンコンコンとノックされた。

「──失礼します! 只今、木賊とくさ区の現場から戻ってきました!」

 そう言って、扉を大きく開いたのは、北班に所属する特別対策官の時任直輝で、その後方には南班に所属する雨瀬眞白と鷹村哲の姿があった。

「雨瀬! 鷹村! 二人共、よく無事で……!」

 大貫がガタンと音を立てて椅子から立ち上がり、歓喜の声をあげる。

 他の幹部たちも温かい笑顔で迎えたが、時任、雨瀬、鷹村の佇まいには、場の雰囲気にそぐわない硬さと深刻さがあった。

「……どうした? 何かあったのか?」

 那智がいぶかしげに訊ねると、時任が両手を背後に回して組み、口を開いた。

「幹部のみなさんに、ご報告があります。今回の拉致事件で、俺、市来、塩田、最上の4人がライブハウスに踏み込む直前に、雨瀬は左腕をナイフで斬り落とされました。そして、『キルクルス』のリーダーの乙黒が、その左腕が完全再生する時間を計測し、雨瀬をグラウカの“特異体”だと断定しました」

「──!!!!!」

 時任の報告に、会議室内の幹部全員が驚愕に息を飲む。

「……そ、それでっ!! 雨瀬の左腕は、何秒で完全再生したのだっ!?」

 阿諏訪が勢い込んで訊き、時任が「42秒です」と回答すると、「な、な、なんと……!!」と口をぱくぱくと動かした。

 インクルシオの中枢を担う幹部たちは、50年前にグラウカの“特異体”である阿諏訪灰根あすわはいねに実施された、数々の非人道的な人体実験の内容を知っている。

 その中の一つに『腕切りテスト』があり、脳下垂体の破壊以外で“特異体”かどうかを判別できる簡易的な方法として確立されていた。

 しんと静まった室内で、那智が喉から声を押し出す。

「……わ、わかった。今の話は、慎重に検討する必要があるから、決して他言はしないように。とりあえず、雨瀬と鷹村は、寮に帰って体を休めろ」

 那智の指示を聞き、時任が「はい」と返事をする。

 木賊とくさ第一高校の制服姿の雨瀬と鷹村は、黙ったまま小さく頭を下げて、会議室を退室した。


 同刻。東京都不言いわぬ区。

 閉園済みの児童養護施設「むささび園」の地下の物置部屋で、反人間組織『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻は、横に倒した冷蔵庫の上に座っていた。

「はは。鳴神さんに『眞白は“特異体”だったよ』ってメッセージを送ったら、『予想が当たったね』っていう返信に、大阪観光を満喫する写真を添付してきたよ」

 スマホを持った乙黒が、大阪城を背景に自撮りをする鳴神冬真を見て笑う。

 玩具の消防車にまたがった獅戸安悟が、呆れたように言った。

「いやいや。そこはもっとハデに驚くべきだろ。遊ノ木さんなんか、『え!? 本当!? 信じられない!! うわー!!』って、あたふたした文面を送ってきたんだから」

 獅戸の言葉に、茅入姫己が「どんな時でも落ち着いている鳴神さん。ステキ〜」とうっとりとし、半井蛍がさほど関心の無い顔でペットボトルの緑茶を飲む。

 乙黒はスマホを裏返して、背面に貼った一枚のプリントシールを見つめた。

「……今回の件で、はっきりとしたよ。僕と眞白は、元々が数の少ないグラウカの中でも、更に稀少な“特異体”同士だ。これ以上のわかり合える存在は、他にはいない。やっぱり、幼馴染の哲も一緒に、3人で仲良くしなくちゃ。それが、僕らの運命とも言うべき、“正しいり方”なんだ」

 乙黒は顔を上げ、ゆったりと熱い息を吐く。

 その青白い容貌は、えも言われぬ満足感と幸福感に満ちていた。


 東京都月白げっぱく区。

 まもなく午後5時になろうとする時刻、東京本部の隣に建つインクルシオ寮の3階で、雨瀬と鷹村はテーブルの上に置いたスマホに向かっていた。

 雨瀬の自室である『305号室』には、鷹村の他に、今回の拉致事件で必死に二人を追った南班の塩田渉と最上七葉がいる。

 私服に着替えた高校生4人が囲むスマホはビデオ通話の状態となっており、画面には二頭の虎の刺繍が入ったスカジャンを着た人物──特別対策官の童子将也の姿が映っていた。

 走行中の新幹線のデッキに立った童子は、ひそめた声で言う。

『……大貫チーフから、時任の報告の内容を聞いた』

 その重く静かな一言に、雨瀬と鷹村が目を伏せた。

「いや、でも、童子さん。脳下垂体を破壊して生き返ったならまだしも、片腕を斬っただけで、本当に“特異体”ってわかるんスか?」

「私も、にわかには信じられません。乙黒みたいに『死からの蘇生』をしたわけじゃない。それなのに、雨瀬を“特異体”って決め付けるのはおかしいわ」

 塩田と最上が疑問を呈し、童子はしばし沈黙する。

(……以前から、雨瀬の傷の治りが異様に速いとは感じとった。それが、グラウカの“特異体”やからという理由なら、なるほど納得できる話や。それに、乙黒は雨瀬が“特異体”かどうかを確かめる為に、わざわざ今回の計画を立てた。せやったら、奴が採用した判定方法には、おそらく信用できる根拠があるんやろう)

 童子は内心で思考して、視線を上げた。

 スマホの画面越しに雨瀬と鷹村の不安げな顔が見えて、童子は優しく言う。

『雨瀬。鷹村。お前らは、何も心配せんでええ。俺はあと1時間半程で東京に着く。そっちに戻ったら、また改めて話をしよう』

「……はい……」

 二人が顔をうつむけて返し、塩田と最上が「大丈夫! 元気出せって!」「疲れているでしょう。夕飯まで少し眠った方がいいわ」と励ますように声をかけた。

 そして、「童子班」の5人は、ビデオ通話を終了した。


 その後、午後7時前に、童子はインクルシオ寮に到着した。

 雨瀬と鷹村の部屋にエレベーターで向かおうとすると、塩田と最上が血相を変えて内階段を駆け降りてきた。

「……ど、童子さんっ!! 雨瀬と鷹村が部屋にいなくて……!! そんで、ドアの鍵が開いてたんで中に入ったら、テーブルの上にこれが……!!」

「!」

 塩田が息を切らせて差し出した、二つの白い封筒。

 その中には、雨瀬と鷹村のそれぞれの辞表が入っていた。





<STORY:27 END>

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