10・確かめたいこと
東京都木賊区。
午後3時半を回った時刻、インクルシオ東京本部の南班に所属する雨瀬眞白と鷹村哲は、冷たい床の上で同時に目を覚ました。
木賊第一高校のブレザー姿の二人は、背後に回った両手がロープで縛られていることに気付き、弾かれたように顔を上げる。
すると、壁に囲まれた薄暗い空間に立つ人物──反人間組織『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻が、「あ。二人共、起きた?」と嬉しそうな声を出した。
「……阿鼻……っ!!」
「ごめんねぇ。手荒な手段で二人を攫っちゃって。ここは、木賊区内にあるライブハウスだよ。来月にリニューアル工事があるらしくて、今は休業中なんだって。だから、ドアの鍵を壊してこっそりと入らせてもらったんだ」
黒色のパーカーを着た乙黒が、体育座りの姿勢の雨瀬と鷹村に歩み寄る。
乙黒の後方には、『キルクルス』のメンバーの獅戸安悟と、厳ついガスマスクで顔を隠した若い男女──半井蛍と茅入姫己がおり、拘束された二人のインクルシオ対策官をじっと見やっていた。
「阿鼻……っ! てめぇ、何で俺らを……!」
「……阿鼻。童子さんが東京にいないタイミングで、僕と哲を拉致したのは、偶然とは思えない。この一連の流れは、君が仕組んだことなのか……?」
鷹村と雨瀬がきつく睨み上げて言い、乙黒はひょいと肩を竦めた。
「まぁまぁ。そんなに怖い顔をしないでよ。二人を拉致したのは、ちょっと確かめたいことがあったから。眞白の言う通り、僕が計画して“童子サン不在”の状況を作った。だって、インクルシオNo.1の優秀な特別対策官がこっちにいたら、きっとすぐに二人を助けに来ちゃうでしょ? そうしたら、せっかくの機会なのに、ゆっくりと話ができない」
「……! だから、全国の特別対策官の殺害を……!」
「うん。童子サンを大阪に誘き寄せるお膳立ては、鳴神さんが上手くやってくれたよ。それに、強者揃いの特別対策官の人数も減らせたし、一石二鳥だね」
乙黒の軽い口調の説明に、鷹村がギリリと歯噛みをする。
雨瀬は両手首を拘束する特殊繊維製のロープを外そうと身を捩らて、低い声で訊いた。
「……阿鼻。君が確かめたいこととは、何だ?」
「ああ。それは、眞白のことだよ。去年のクリスマスイブ、眞白は『都市伝説・You』というサイトのオフ会に参加したよね? 後日、サイト上でオフ会の写真がアップされていたのを見たよ。実は僕も、昔からここに通う常連でね。管理人の“遊さん”とも、過去のオフ会で何度か会ったことがあるんだ」
「……!」
乙黒はインターネットサイトの『都市伝説・You』を運営する“遊”が、『キルクルス』のメンバーの遊ノ木秀臣であることは伏せて、話を進める。
雨瀬と鷹村は怪訝な表情で、言葉の続きを待った。
「でさ。そのオフ会の写真を見た時に、頭の隅で引っ掛かったんだ。眞白は小さい頃から都市伝説には興味がなかったはずだし、極度の人見知りでもある。そんな眞白が、哲の付き添いもなく、オフ会に参加するかなぁ、って」
乙黒は二人の様子を眺めつつ、いよいよ核心に触れる。
「そこで、単刀直入に訊きたいんだけどさ。『都市伝説・You』はグラウカの“特異体”の記事をメインに扱っている。そのサイトに積極的に関わるってことは、もしかして、眞白自身が“特異体”なんじゃないの?」
「──っ!!!」
「ねぇ。哲にも訊くけど、眞白がオフ会に行ったことは知ってた? その理由は訊いたの? それとも、もう眞白が“特異体”かどうかを確かめたのかな?」
乙黒が探るような眼差しを向け、鷹村が緊張に乾いた口を開いた。
「……な、何を馬鹿なことを言ってるんだ……! てめぇみたいな“特異体”が、世間にそうゴロゴロいてたまるかよ……!」
「うん。そうだよね。僕もそう思うよ。でも、やっぱり眞白の行動はどこかヘンだ。だから、今日は“遊さん”から以前に聞いたことがある、“特異体”の判別方法を試すよ。それは、『腕切りテスト』って言う方法でね。片腕を肘の部分から切断して、1分以内に完全再生したら“特異体”確定ってやつなんだ。ちなみに、普通のグラウカは、8分くらいかかるらしいよ」
そう言うと、乙黒は一歩後ろに下がり、獅戸がナイフを持って前に出た。
鷹村が目を見開き、「ちょ……っ! 待て……っ!」と制止する。
しかし、獅戸は聞く耳を持たずに雨瀬を乱暴に立たせ、左腕と胴体の隙間にナイフを差し込んで、肘の内側に刃をピタリと当てた。
「……阿鼻……!」
「眞白。本当は君の脳下垂体をナイフで刺したいんだけど、もし“特異体”じゃなかったら、そのまま死んじゃうからね。それはイヤだから、念の為にこの方法でやるよ。ちょっと痛いけど、我慢してね」
雨瀬が掠れた声を出し、乙黒がゆったりと微笑む。
鷹村が「やめろーっ!!」と叫んで床から立ち上がり、ガスマスクを装着した半井と茅入が即座に動いて、暴れる体を押さえ付けた。
「さぁ。これでわかるよ。眞白が、グラウカの“特異体”かどうか」
乙黒が青白い容貌をわくわくとした期待に歪める。
それを合図にして、鈍く光るナイフの刃が、ブレザーの布に食い込んだ。
同刻。
インクルシオ東京本部の南班に所属する塩田渉と最上七葉は、木賊区の路上を疾走する最中に、大きなクラクションを背に浴びて足を止めた。
「──塩田!! 最上!! 雨瀬と鷹村の行方は掴めたか!?」
「時任さん!! 市来さん!! いえ、二人の居場所はまだ……!! だけど、この近くの路地裏に、獅戸のバンが乗り捨てられているのを発見したっス!! おそらく、そう離れていないところにいると……!!」
路肩に停車した黒のジープから、北班に所属する特別対策官の時任直輝と、同班の市来匡が飛び出して、高校の制服姿の二人と合流する。
その時、飲食店やビルが立ち並ぶ通りに、「あああぁぁあああぁ……!!!」と微かな絶叫が響いた。
「……い、今の声は……!? どこからだ!?」
「何か、分厚い遮蔽物を通したような聞こえ方だったわ! 例えば、防音の壁のような……! あ! あそににライブハウスがあるわ!」
市来が周囲に顔を巡らせて言い、最上が数メートル先の建物を指差す。
黒のツナギ服を纏った時任が「踏み込むぞっ!」と駆け出し、『リニューアルにつき休業中』と貼り紙のあるライブハウスの前に来て、ドアを蹴破った。
「──!!!」
すると、外光の届かない仄暗い部屋の奥に、背中を曲げて床に蹲る雨瀬と、ガスマスクを付けた男女に身動きを封じられた鷹村の姿が見えた。
雨瀬の左腕からは大量の白い蒸気が上がり、足元には血溜まりができている。
「あ、雨瀬っ!! 鷹村っ!!」
塩田と最上が目を瞠って声をあげ、時任と市来がすぐさまにブレードを引き抜くと、スマホを手にした乙黒が甲高い声で言った。
「見てよっ!! 眞白の左腕がもう完全再生した!! 計測の結果は42秒だ!! これで確定した!! 眞白は、僕と同じグラウカの“特異体”だ!!」
「!!!!」
乙黒が興奮も露わに告げた内容に、対策官たちの動きが止まる。
ドアの外から数台の車両のブレーキ音が聞こえ、獅戸が「チッ。他の対策官共も来やがった。用は済んだから、逃げるぞ」と乙黒の衣服を引っ張った。
『キルクルス』のメンバーたちは踵を返し、ライブハウスの裏口に走って、予め用意しておいた白色のバンに飛び乗る。
時任と市来は裏口のドアまで追ったが、すでにバンは急発進した後だった。
塩田と最上は、拉致された二人の側に寄り添って「大丈夫か!?」「一体、何をされたの!?」と訊く。
しかし、雨瀬と鷹村は呆然とした表情のまま、仲間の問いに答えることはできなかった。




