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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:27
238/244

07・大打撃と対応策

 午前8時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の最上階にある会議室で、臨時の幹部会議が開かれた。

 楕円形の会議テーブルには、インクルシオ総長の阿諏訪征一郎、本部長の那智明、東班チーフの望月剛志、北班チーフの芥澤丈一、南班チーフの大貫武士、中央班チーフの津之江学が、深刻な面持ちで着席している。

 西班チーフを兼任する那智が、喉から硬い声を押し出した。

「……昨夜、インクルシオ仙台支部の特別対策官の日和快晴が、反人間組織『キルクルス』の鳴神冬真に殺害された。これで、札幌支部の車谷文登、広島支部の不知火真帆、福岡支部の五宝幸太郎に続き、インクルシオは4人もの「グラウカ犯罪における強大な抑止力」及び「たぐいまれなる優秀な人材」を失ったことになる。この状況は、組織として極めて危機的であり、我々はかつてない程の甚大な大打撃を受けたと言えるだろう」

 那智の重々しい言葉に、望月が腕を組んで低くうなり、芥澤が苦々しく舌打ちをし、大貫が唇を真一文字に結んで宙を睨み、津之江が拳を強く握った。

 焦茶色の三つ揃いのスーツを着た阿諏訪が口を開く。

「昨夜の仙台支部からの報告では、鳴神が日和を殺害した現場に居合わせた対策官が、「次は西に行く」という“予告”を聞いたそうだが」

「ええ。そのようですね。“西”ということは、大阪だと考えられます」

 那智が阿諏訪に顔を向けて返すと、望月が「大阪支部の特別対策官は、疋田進之介か……」と呟き、芥澤が「疋田は強い。だが、その強さをってしても、鳴神との交戦の結果がどうなるかは、わからねぇ」と言って顔をゆがめた。

 阿諏訪が一つ息を吐き、重厚な声を発した。

「これ以上、むざむざと鳴神に特別対策官の人数を減らされるわけにはいかん。那智。至急、大阪支部と協議の上、有効な対応策を練ってくれ」

「承知しました。この後、すぐに小鳥支部長に連絡を取ります」

 那智が応じて立ち上がり、チーフたちが続いてガタガタと椅子を立つ。

 早朝の臨時会議は、わずか5分足らずで散会となった。


 午後3時。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、木賊とくさ第一高校からの下校後、本部の2階のロッカールームで黒のツナギ服に着替えた。

 それぞれの武器を装備した後、内階段を下りて1階のエントランスに向かう。

 淡い太陽光が差し込むエントランスの片隅には、特別対策官の童子将也が立っており、高校生たちは一直線に駆け寄った。

「お前ら。来たか。薮内さんは、ゆるし区の巡回からまもなくこっちに戻ってくると連絡があった。薮内さんが着いたら、お前らを連れて空五倍子うつぶし区の巡回に出るから、しっかりと見回ってこい」

 黒のツナギ服を纏い、両腿に2本のサバイバルナイフを装備した童子が言い、横一列に並んだ高校生4人──雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉が「はい」と返事をする。

 しかし、高校生たちは立て続く特別対策官死亡の凶報に打ちのめされており、普段の元気を無くして、一様に足元に視線を下げた。

 目の前で項垂うなだれる4人に、童子が「……大丈夫か?」と小声で気遣う。

 ワークブーツの爪先を見つめて、塩田がぼそりと言った。

「……俺……。昨夜殉職した仙台支部の日和特別対策官とは、スマホのビデオ通話で少し話しただけスけど……。でも、その短い会話だけでも、とても暖かくて大きな心を持った人だとわかりました……。そんで、もし、俺が何かのきっかけで仙台支部に異動することがあったら、日和特別対策官と一緒に任務につくことがあるかもなんて……思ってたんスけど……」

 塩田は潤んだ涙を手の甲で拭い、他の3人がますます下を向く。

 鷹村がうつむいたまま、童子に低い声で訊ねた。

「……童子さん。鳴神は、「次は西」と言ったんですよね? それって、大阪支部の疋田さんが狙われるってことですよね? だったら、なるべく大勢の対策官を護衛に付けて、疋田さんを守らないと。当然、大阪支部はそうしますよね……?」

 鷹村の懇願のような質問を聞き、雨瀬、塩田、最上が顔を上げる。

「……いや。進之介さんは、きっと……」

 童子がそう言いかけた時、小さな電子音が鳴った。

 童子はツナギ服の尻ポケットからスマホを取り出し、着信したメッセージを読んで、「薮内さんが戻ってきた。地下駐車場の北側に停めたジープの中で待っとるそうやから、お前らは急いで行け」と告げた。

 外で行う巡回任務・捜査に関しては、童子とは別行動となっている高校生たちは、「……は、はい」とうなずいて、バタバタと地下駐車場に向かう。

 その後ろ姿を見送りながら、童子は不意にある言葉を思い出した。

『童子。君は強い。だけど残念だ。……君は何も守れない』

 以前に反人間組織『フロル』の拠点で対峙した、鳴神冬真の穏やかで冷たい声が、脳裏にこだまする。

「──………………」

 童子はしばしエントランスに佇み、やがてゆっくりと歩き出した。


 同刻。大阪府大阪市白群びゃくぐん区。

 インクルシオ大阪支部の5階にある支部長室で、ライオンがプリントされたトレーナーを着た支部長の小鳥大徳は、ホットコーヒーが入ったカップを差し出した。

「進之介。非番で休んどったところ、呼び出してすまんな」

「いえ。暇やったんで、ぶらぶらと散歩に出てました。その道中で買い食いした豚まんが旨かったんで、今度、小鳥支部長にうてきますよ」

 ソファセットに腰掛けた「串かつ班」に所属する特別対策官の疋田進之介が、ラフな私服姿で琥珀色の液体を一口啜る。

 疋田の向かいに座った小鳥は、自分のコーヒーには手を付けず、改まった声音で言った。

「……そんでな。鳴神冬真の件で、午前中に東京本部の那智本部長と話をしたんやけどな。明日から、お前が外の任務に出る時は、20人の私服対策官を周囲に配置することにした。鳴神の「次は西」の予告は実はブラフで、他の地域に出現する可能性も考えられるが、いずれにせよ対応策は必要やしな。ほんで、私服対策官の人選は、うちの4つの班から精鋭たちを……」

「それは、ダメです」

 小鳥の話をさえぎって、疋田は双眸を鋭く光らせた。

「その策に、残念ながら意味はありません。俺の周りに何人の対策官を付けようと、全員が鳴神に殺されるのがオチです。それだけ、“元インクルシオNo.1”である奴は強敵です。それは那智本部長も小鳥支部長も、十分にわかっとるはずです」

「……いや。しかしやな……」

「俺も鳴神と一対一で交戦する方が、自由に動けて気が楽です。せやから、このまま一人で行動させて下さい」

 そう言って、疋田がソファから立ち上がると、小鳥が「進之介……!」とすがるように呼び止める。

 疋田はドアに歩み寄り、ぴたりと足を止めて、「小鳥支部長。俺の最後のわがままを、どうか聞き入れて下さい」と前を向いたままで言った。

 支部長室を辞して外に出ると、「串かつ班」に所属する増元完司と鈴守小夏が、通路の真ん中で仁王立ちをしていた。

 黒のツナギ服姿の増元が、怒ったような顔で声をあげる。

「進之介! 俺はお前が何と言おうと、外でぴったりと張り付くからな! お前を死なさへん為やったら、護衛でもストーカーでも何でもするから、覚悟しとけ!」

 鈴守が「私もです! 進之介さん!」と威勢よく続き、疋田はそばかすが散った鼻を指先でぽりぽりと掻いた。

「完司さん。小夏。俺は、鳴神に負ける気はあらへんですよ。奴が現れたら、必ず倒します。せやけど、もし、戦いの中で俺も命を落としたら……その時は、大阪支部を頼みます」

 優しい笑みをたたえて、疋田が静かに託す。

 そして、二人の間を通り抜け、通路の向こうに歩き去っていった。




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