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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:27
237/244

06・思惑と予告

 午後5時。東京都不言いわぬ区。

 閉園済みの児童養護施設「むささび園」の地下にある物置部屋で、反人間組織『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻は、横倒しにした冷蔵庫の上に座っていた。

 電池式のランタンの明かりが照らす部屋には、『キルクルス』のメンバーの半井蛍と茅入姫己がおり、ハンバーガーショップで購入してきたチーズバーガーやフライドポテトをもぐもぐと頬張っている。

 茅入が木箱の上に置いたホットカフェラテに手を伸ばして言った。

「ねぇねぇ。鳴神さんて、本当にスゴイよねー。もう3人もインクルシオの特別対策官を殺したんだから。あの強さとカッコよさは、ちょっと反則過ぎるわ」

「カッコよさは関係あるか? ……まぁ、だけど、鳴神さんの強さは俺も素直に驚嘆する。インクルシオの“最高戦力”の特別対策官をいとも簡単に殺害できるのは、あの人だけだろう」

 束ねた新聞紙の上に腰掛けた半井が、チーズバーガーの最後の欠片を口に放り込んで返す。

 乙黒は「う〜。寒い〜。でも美味しい〜」と身を震わせながら、バニラ味のシェイクをストローで啜った。

「……いやぁ。鳴神さんはさ。これでまだ、“アンプル”を使っていないからね。人間のままでも十分に強いのに、アンプルを飲んだらグラウカの超パワーと身体能力を発揮できるんだから、ホントーに敵無しだよ」

 乙黒が唇を青くして言うと、茅入が「うんうん。そうだよねー」とうなずき、半井が「そこいらの特別対策官では、とても対抗できないな」と一つ息を吐いた。

 乙黒はシェイクの容器をかたわらに置き、にこりと満足げに笑った。

「鳴神さんのおかげで、僕の思惑通りにコトが進みそうだ。この調子で、“特別対策官殺し”を頑張って欲しいよ」


 午後7時。宮城県仙台市はな区。

 インクルシオ仙台支部の3階にあるオフィスで、1班に所属する特別対策官の日和快晴は、テイクアウトの大盛り牛丼を2つ完食した。

 日和はデスクに置いた緑茶のペットボトルを手に取り、豪快に喉に流し込む。

 すると、同班に所属する対策官の妹尾正宗せのおまさむねが、ワークブーツの足音をズカズカと鳴らしてやってきた。

「日和さん。本当に、今夜も一人きりで外の巡回に行く気ですか?」

「うん? ああ、そうだよ。鳴神からの“メッセージ”が届いた後に、やなぎ支部長と1班のみんなには、当面の間はそうすると言っておいただろ?」

「いや……! 確かにそうですけど、札幌支部の車谷特別対策官に続いて、広島支部の不知火特別対策官、福岡支部の五宝特別対策官が、鳴神に殺されているんですよ? 奴はいつ仙台に来るかわかりません。せめて俺や他の対策官と複数人で巡回するとか、もしくは、しばらく任務を休んでもいいんじゃないですか!?」

 黒のツナギ服を着た妹尾が、普段は雄々しく上がった眉を下げて言う。

「妹尾。それ、本気で言っているのか?」

「……す、すみません。つい……」

 日和がにわかに声を硬くし、妹尾はバツが悪そうに顔をうつむけて謝った。

 日和はすぐに表情を和らげ、牛丼の空き容器をビニール袋に入れて言う。

「いや。お前の気持ちは、わかっているよ。だがな、どんなに強い敵が現れようとも、決して退いてはならない。それが、インクルシオ対策官の使命なんだ」

 日和の穏やかにさとすような言葉に、妹尾は足元に視線を落としたまま、「……はい……」と返事をした。

 デスクの側に力なく立つ後輩対策官を見つめて、日和はふと話題を変える。

「あ。そういやさ。ちょっと前に、東京本部の童子に電話をかけたんだよ。関東以北で活動する反人間組織の動向について、情報交換をしようと思ってな。その電話の最後にさ、「童子班」にいる塩田渉君の話をしたんだ。ほら、うちの支部にいた塩田満しおたみつるの弟の」

「え……? ええ……」

 日和の唐突な話に顔を上げて、妹尾はやや戸惑いつつ返した。

「それで、俺が「塩田君は仙台出身だから、将来は仙台支部に来てくれないかな」と言ったら、童子が「あいつは元々は仙台支部への配属を希望していたんですよ」と教えてくれてさ。たまたまうちの支部が新人対策官を募集していなかったから、東京本部に希望を変えたんだって。それを聞いて、何だか妙に嬉しくなってなー」

「あ、あの。日和さん。その話は、どういう……」

 特別対策官が次々と殺害される危急の事態の最中さなかに、呑気のんきな雑談の内容を聞かされて、妹尾は思わず口を挟んだ。

 眉間にしわを寄せた妹尾の顔を見やって、日和は太陽のように暖かく笑った。

「もし、俺が殉職しても、仙台支部には妹尾や頼もしい仲間たちがいる。その上、あのインクルシオNo.1の童子の教え子である塩田君が加わるとしたら、ますます未来は安泰じゃないか。……だから、後は任せたぞ、後輩! 俺は心置きなく、鳴神と戦うからな!」


 午後8時。

 黒のツナギ服の上に厚手のジャンパーを羽織った日和は、腰にブレードとサバイバルナイフを装備して、工場が立ち並ぶ区画を一人で歩いていた。

 大型トラックが行き交う道路の脇の歩道を進み、建物と建物の間の路地に入る。

 その時、街路灯の光が届かない薄暗い空間に、一人の人物が現れた。

「こんばんは。日和特別対策官」

「……来たか。鳴神。全国を飛び回って、ご苦労なことだな。俺はお前と会うことがあったら、ずっと反人間組織に入った理由を訊きたいと思っていたが、それはもういい。ごちゃごちゃと話をせずに、早速、殺し合いをしようか」

 そう言うと、日和は黒革製の鞘からブレードを抜き、地面を力強く蹴った。

 漆黒色のコートに身を包んだ人物──反人間組織『キルクルス』のメンバーであり、元インクルシオNo.1の特別対策官の鳴神冬真は、すっとナイフを構える。

 その直後、暗闇の中で刃同士が交差する音が響き、宙に鋭く火花が散った。

「……チッ! 全く、付け入る隙がないな……!」

 数度刃を交わした日和は、ステップを踏んで一旦後方に退しりぞく。

 すると、ひと気のない路地に、見知った顔が勢いよく走り込んできた。

「日和さん!! 俺も、日和さんと一緒に戦います!!」

「……妹尾!? 馬鹿野郎!! ここには来るな!! 今すぐに戻れ!!」

 背後を振り返った日和が目をみはって怒鳴り、妹尾が「嫌です!! 俺は、貴方を死なせたくないんだ!!」と怒鳴り返してブレードを抜く。

 鳴神は“別の対策官”の出現を見て「ああ。丁度よかった」と独りごちると、羽のような軽い身のこなしで、日和との距離を一気に詰めた。

「……ぐぅっ……!!!!」

 鳴神のナイフが目にも留まらぬ速さで一閃し、日和の左胸を貫く。

 妹尾が「日和さんっ!!! このぉっ!!!」と叫んで飛び掛かり、鳴神がナイフを引き抜いてその喉元に切っ先を向けた──次の瞬間。

「……お、俺の大事な仲間は、殺させないぞ……っ!!!」

 日和が伸ばした手でナイフを鷲掴み、鳴神の攻撃をすんでで阻んだ。

 しかし、渾身の力はすぐに抜け、たくましい体ががくりと地面に崩れ落ちる。

「……ひ、日和さんっ!!! 日和さんっ!!!」

 妹尾はうつ伏せに倒れた日和に駆け寄り、必死に名前を呼んだが、鈍色にびいろのアスファルトの上で横向きになった顔は徐々に生気を失った。

 鳴神はその様子をじっと見下ろして、くるりときびすを返す。

「……待てよ……!! お前の相手は、まだここにいるぞ……!!」

 妹尾が掠れた声を出してゆらりと立ち上がると、鳴神は静かに口を開いた。

「先輩対策官が守った命を、無駄に捨てることはない。俺はここでの目的を果たしたから、もう消える。……さてと。次は、“西”に行くかな」

 そう言い残して、鳴神は足を前に踏み出す。

 その姿は、妹尾がほんの一つまばたきをする間に、闇に溶けて無くなった。




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