05・凶報の余波
大阪府大阪市白群区。
まもなく午後11時になろうとする時刻、インクルシオ大阪支部の「串かつ班」に所属する特別対策官の疋田進之介は、突然の一報に目を見開いた。
黒のツナギ服を纏った疋田の前には、大阪支部の支部長である小鳥大徳がおり、眼力のある双眸を歪めて低く言った。
「札幌支部から各拠点の上長に緊急連絡が入ったんは、ついさっきや」
「……まさか、あの車谷さんが……」
「ああ。俺も、俄には信じられへんかった。車谷はベテランの特別対策官で、インクルシオ随一のパワーの持ち主や。これまで最北を守る要として長年活躍してきたが、こうもあっけなく死亡するとは……」
ライオンがプリントされたシャツを着た小鳥が、支部長室で力なく首を振る。
疋田は背後に回した両手を組んだ姿勢で、黙ったまま唇を噛んだ。
「……せやけど、これでハッキリした。鳴神冬真が寄越したあのメッセージは、ただの挑発ではなく“本気”やということが。奴は本当に、全国の拠点におる特別対策官を、一人ずつ屠っていくつもりや」
「ええ。そうでしょうね。最初が札幌ということで、北から順に南下していくのか、ランダムなのかはわかりませんが、残りの9人の特別対策官が所属する仙台支部、東京本部、名古屋支部、大阪支部、広島支部、福岡支部の周辺に鳴神が現れるんは、まず間違いないはずです。俺らはこの機会を逆手に取って、奴を倒す他ありません。できれば、俺は、次は大阪へ来てくれることを望みます」
そう言うと、疋田は鼻にそばかすを散らした顔に、この場には似つかわしくない穏やかな笑みを浮かべた。
その瞳の奥に決死の覚悟を見取った小鳥は、「……う、うぅむ……」と曖昧に呻って、スキンヘッドの頭部を手でガリガリと掻く。
支部長室の外側で、ドアにぴたりと貼り付いて中の会話を聞いていた二人の人物──疋田と同じ「串かつ班」に所属する増元完司と鈴森小夏は、僅かな身じろぎもせずに、額にじわりと汗を滲ませた。
同刻。愛知県名古屋市金糸雀区。
インクルシオ名古屋支部の支部長である別所嘉美は、窓のブラインドが下りた支部長室で、両手の指をゆっくりと組み合わせた。
執務机につく別所の前には、同支部に所属する特別対策官の速水至恩が立っている。
つい先程まで、支部の4階にあるトレーニングルームで筋力トレーニングに励んでいた速水は、別所に呼び出されて凶報を聞いた。
「……札幌支部の話では、コンビニから戻ってきた対策官が、現場を立ち去る鳴神を目撃したそうだ。おそらく、鳴神は自分の仕業だと教える為に、わざと姿を見せたのだろう。……奴は本気だ。このまま、間を置くことなく“次”を狙うぞ」
別所の硬い声が、向かい合う二人の間に落ちる。
ライトブルーのトレーニングウエアを着た速水は、別所の手元に置かれた“カエルムちゃん”のイラスト入りの万年筆に目をやって、静かに口を開いた。
「別所支部長の言う通り、鳴神はすぐに次を狙うでしょうね。早ければ明日にでも、どこかの拠点の特別対策官の前に現れると思います。……だったら、他はいいから、さっさと名古屋に来てくれねぇかな。そうしたら、俺が鳴神をブッ倒して、車谷さんの仇を取ってやるから……。必ず……」
発言の途中で敬語を忘れた本音を吐露して、速水が肩を震わせる。
別所が声をかけようとすると、速水はバッと勢いよく顔を上げて、「……俺は筋トレの続きをやります。失礼します」と言って支部長室を辞した。
ドアを開けた先の通路には、グレーのトレーニングウエア姿の綱倉佑士が立っており、心配そうな面持ちでこちらを見つめている。
速水は面倒見のいい先輩対策官の横を、大股に通り過ぎた。
「……俺は、鳴神なんかにはやられませんから。以前、周囲からちやほやと言われた『鳴神冬真の後を継ぐ男』ではなく、『鳴神冬真を倒した男』になりますよ」
速水はまっすぐに前を向いて、通路の先に消えていく。
綱倉は信頼と不安が入り混じった表情で、その後ろ姿をじっと見送った。
同刻。東京都月白区。
インクルシオ東京本部の7階にある本部長の那智明の執務室を、4人の特別対策官──中央班に所属する影下一平、東班に所属する芦花詩織、北班に所属する時任直輝、南班に所属する童子将也は、重々しい足取りで退室した。
ひっそりとした通路に出た時任が、「ちくしょうっ……! 車谷さん……!」と声を掠れさせて壁を強く叩く。
すると、エレベーターホールがある方向から、南班に所属する「童子班」の高校生4人──雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉がバタバタと走ってきた。
「……ど、童子さん! みなさん! 札幌支部の車谷特別対策官が殉職したって、本当ですか!?」
「……ん? その話を誰から聞いたぁ?」
「寮の休憩スペースです! 各班の対策官たちが騒いでいて、それで……!」
「えぇ。そうなのかぁ。俺らも今聞いたばかりなのに、もうインクルシオ全体に。やっぱり、こういう話は広まるのが早いなぁ」
塩田が慌てた様子で訊き、影下が質問を返して息を吐く。
ジャージの上下を着た童子は、私服姿の高校生たちに向き直って言った。
「車谷さんが死亡したのは、ほんまや。鳴神さんと交戦した末に、命を落とした」
「そ、そんな……! じゃあ、鳴神は本当に、あのメッセージ通りに動いたということですか……!」
鷹村が大きく目を瞠り、最上が眉根をきつく寄せ、雨瀬が顔を青ざめ、塩田が「なんてことだよ……!」と慄く。
通路で騒然とする高校生たちを見やって、童子はふと指示を出した。
「お前ら。明日からは、外で行う捜査や巡回任務は薮内さんに同行してもらえ。当面の間、俺は一人で行動する」
「え……!? 急に、どうしてですか!?」
「俺の前に鳴神さんが現れて交戦となった場合に、万が一にもお前ら4人を巻き込まへん為や。せやから、“その時”が来るまでは、俺とは離れとった方がええ」
「……っ!!」
童子の説明を聞き、雨瀬、鷹村、塩田、最上が返す言葉を失う。
「ああ。そうだな。俺もそうするぜ。後で、市来に伝えておこう」
「私も、他の対策官とペアを組んで外に出ることはやめるわ」
「まぁ、確かに、そうした方がいいだろうねぇ。俺はもともと単独で動いていたから、その辺は問題ないやぁ〜」
時任、芦花、影下が次々と賛同し、高校生たちの傍らでうなずいた。
「で、でも……! 一人よりは人数がいた方が、えっと、その……!」
「童子さん! 決して足手まといにはなりませんから、俺らも一緒に……!」
塩田がしどろもどろに言い、鷹村が懸命に訴え、最上と雨瀬が「私たちも、鳴神冬真と戦います!」「す、少しでも、力に……!」と食い下がったが、童子は首を横に振った。
「4人共。悪いが、今回は聞き分けてくれ。それだけ、鳴神さんという存在は脅威や。それに、ここにおる俺らだけやない。きっと、他の拠点の特別対策官たちも、自分の仲間には同じことを言うはずや」
童子が真剣な眼差しで諭し、高校生4人がぐっと口を噤む。
ほどなくして、その場に留まっていた対策官たちは、長く静かな通路を歩き出した。
翌日。
どんよりとした曇天の下、インクルシオ広島支部に所属する特別対策官の不知火真帆の遺体が、繁華街の裏通りで見つかった。
また、その二日後には、インクルシオ福岡支部に所属する特別対策官の五宝幸太郎の遺体が、河川沿いの草むらで発見された。




