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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:27
235/245

04・10人の特別対策官

 東京都月白げっぱく区。

 午後8時を少し回った時刻、インクルシオ東京本部の2階にある小会議室で、南班に所属する特別対策官の童子将也は緊急ミーティングにのぞんでいた。

 室内にロの字型に配置された長机には、童子の他に、中央班に所属する特別対策官の影下一平かげしたいっぺい、東班に所属する特別対策官の芦花詩織あしはなしおり、北班に所属する特別対策官の時任直輝ときとうなおきがおり、各々が険しい面持ちでノートパソコンを睨んでいる。

 ノートパソコンの画面の中には、全国の拠点に散る特別対策官6人──インクルシオ札幌支部に所属する車谷文登くるまたにふみと、インクルシオ仙台支部に所属する日和快晴ひわかいせい、インクルシオ名古屋支部に所属する速水至恩はやみしおん、インクルシオ大阪支部に所属する疋田進之介ひきたしんのすけ、インクルシオ広島支部に所属する不知火真帆しらぬいまほ、インクルシオ福岡支部に所属する五宝幸太郎ごほうこうたろうが映っており、まさに“組織の最高戦力を誇る10人の特別対策官”が一堂に会していた。

 身長198センチ、体重100キロ越えの巨躯の持ち主である30歳の車谷が、丸太のように硬く太い腕を組んでうなった。

『う〜ん。インクルシオのホームページ経由で届いたという鳴神冬真の“メッセージ”だけどさ。それって、本当に本人が書いたものなのか? 俺が過去に知る奴のイメージに反して、やたらと挑発的で派手な内容だが……』

『車谷さん。そこは疑いようがないと思うわ。だって、『全国の拠点の特別対策官を一人ずつ殺していく』なんていう大胆不敵な予告は、“伝説”やら“歴代最強”やらと言われた元インクルシオNo.1の特別対策官の彼にしかできないもの』

 ショートヘアをプラチナブロンドに染めた25歳の不知火が、火をつけていない細身の煙草を指に挟んで返す。

 黒のツナギ服がブカブカに見える程の痩身で、重度の潔癖症でもある28歳の五宝が、白色のマスクの下の口をもごもごと動かした。

『これは、鳴神から俺らへの宣戦布告だね。るか、られるかだ』

「………………」

 五宝の言葉に、小会議室に集まった東京本部の特別対策官4人が深刻な表情で黙り込む。

 重々しい静寂を破り、速水が茶色がかった髪を手で撫で付けて言った。

『ハン。いいじゃないですか。どっちみち、反人間組織に属している鳴神さんは殺さなきゃならないですし。奴が俺んとこに来たら、返り討ちにしてやりますよ。だから、一番にこっちに来いってんだ』

『はは。速水は威勢がいいな。……というか、そういや、鳴神のメッセージはあの一文だけだから、最初に誰が狙われるのかはわからないな』

 日和が蓄えた顎髭あごひげさすってふと呟くと、速水が即座に『俺でいいですよ! 名古屋に来い!』とやる気満々の声をあげた。

 鼻にそばかすを散らした疋田が、柔和な容貌で微笑んだ。

『俺も、一番に大阪に来てくれへんかなと思てます。鳴神があっちから出向いてくるこの機会を、活かさへん手はありません。奴を倒せば、『キルクルス』の戦力はぐっと下がりますしね。まぁ、交戦の結果については、“相打ち”でええでしょう』

 疋田の穏やかな口調の裏に死の覚悟を感じ取り、童子がわずかに眉を動かす。

「うん。そうですよねぇ〜。なんてったって、あの鳴神さんが相手ですしねぇ〜。こっちが生き残ることを考えて立ち回ったら、到底倒せやしないしぃ〜」

「ええ。鳴神さんと刺し違えることができれば、それで十分に役目を果たせます」

「よし! 俺も“インクルシオNo.2”の看板を担う男として、この命を捨てて鳴神さんを倒しますよ!」

 影下が目の下に浮かんだくまを指先で掻いて言い、芦花が栗色のボブヘアを揺らして続き、時任が力強く拳を握った。

 他の特別対策官たちが同意を示してうなずくと、速水が慌てて言った。

『ちょっと。ちょっと。みなさん、いさぎよすぎでしょ。死んだらダメですよ。そうですよね、童子さん。現インクルシオNo.1として、何か言って下さいよ』

 速水に指名をされた童子は、鋭く光る双眸を上げる。

 そして、その場の全員が注目する中、静かに口を開いた。

「……今回の鳴神さんからのメッセージは、俺も驚きました。彼の戦闘能力を考慮すれば、かなり厳しい戦いになることが予想されます。せやけど、ここにおるみなさんの実力と実績は折り紙付きです。俺は、鳴神さんがいつどこで現れようと、誰一人欠けることはないと信じています」


 同刻。

 東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、インクルシオ寮の1階にある休憩スペースで、壁際に置かれたソファに座っていた。

「童子さんたちの緊急ミーティング、まだ終わらないのかな……」

「いやさぁ、あの鳴神冬真から『一人ずつ殺していく』なんてメッセージが届いたんだ。大きな声じゃ言えないけど、俺なら生きた心地がしないし、今頃は特別対策官のみなさんも戦々恐々としているんじゃ……」

 鷹村哲がスマホの時計を見やって言い、自動販売機で購入したホットレモネードを飲んだ塩田渉が小さく返す。

「馬鹿ね。特別対策官になるような人は、そんなことでは怖気付おじけづかないわ。だからこそ、全国にたった10人の選ばれし精鋭なのよ」

「……特別対策官のみなさんは、僕らとは桁違いに強い人ばかりだ。それは、戦闘面だけではなく“心”も。だから、大丈夫。きっと、どんな難局も打破するはずだ」

 厚手のカーディガンを着た最上七葉がたしなめ、雨瀬眞白が確信を持って言った。

 北班に所属する対策官の市来匡いちきたすくが、高校生たちと同じソファに腰掛けて、両手で包んだ缶コーヒーを見つめる。

「……うん。その通りだよ。僕も、鳴神さんのメッセージを見た時はかなり動揺したんだけど、時任さんは全く動じていなかった。だから、余計な心配は必要ない。僕らは、自分たちの任務をしっかりとやることが大事だよ」

 市来が視線を上げて言い、高校生たちが「はい」と首肯した。

 すると、隣のソファから、東班に所属する対策官の藤丸遼ふじまるりょう湯本広大ゆもとこうだいがひょいと顔を出した。

 藤丸は不機嫌そうな眼差しを向けて、ぶっきら棒に言った。

「……フン。鳴神がどれだけ強かろうと、芦花さんは負けない。もちろん、童子さんも、時任さんも、影下さんも、他の特別対策官の方々もだ。これは、何があっても絶対だ」

 そう断言すると、藤丸は湯本と共に、ズカズカと休憩スペースを出ていく。

 「童子班」の高校生4人と市来は、その背中を見送って、こくりとうなずいた。


 午後10時半。北海道札幌市青碧せいへき区。

 全国の特別対策官が集まった緊急ミーティングの終了後、車谷はツナギ服の上にジャンパーを羽織り、札幌支部の後輩対策官と共に夜間の巡回任務に出た。

 身を震わす冷気が降りるガード下のトンネルに入ると、腰にブレードとサバイバルナイフを装備した車谷が、不意に背後を振り返って言った。

「あっ。さっき通り過ぎたコンビニに、「北の大地」味のグミがあるのを思い出しちまった。悪いけど、戻って買ってきてくれないか?」

「え? 車谷さん。何スか、「北の大地」味って。そんなのありましたっけ?」

「ああ。あるんだよ。ここで待ってるから、頼むわ」

 車谷が両手を合わせて頼み、二つ年下の後輩対策官はいぶかしがりながらも「わかりましたよ」と体を反転して走り出す。

 ワークブーツのバタバタとした足音が遠ざかり、車谷が前方に向き直ると、数メートル先に人影が現れた。

「……さて。メッセージを送ったその日の内に現れるとは、動きが早いな。ようこそ、北海道へ。もうカニは食ったか?」

 車谷はすっと目を細めて言い、黒革製の鞘からブレードを抜く。

 漆黒色のロングコートを着た人物──反人間組織『キルクルス』のメンバーであり、元インクルシオNo.1の特別対策官である鳴神冬真は、涼しげな顔面に薄い笑みをたたえて、鈍色にびいろの地面を蹴った。


 ──その後、車谷死亡のニュースは、大きな衝撃を伴ってインクルシオの全拠点を駆け巡った。




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