04・10人の特別対策官
東京都月白区。
午後8時を少し回った時刻、インクルシオ東京本部の2階にある小会議室で、南班に所属する特別対策官の童子将也は緊急ミーティングに臨んでいた。
室内にロの字型に配置された長机には、童子の他に、中央班に所属する特別対策官の影下一平、東班に所属する特別対策官の芦花詩織、北班に所属する特別対策官の時任直輝がおり、各々が険しい面持ちでノートパソコンを睨んでいる。
ノートパソコンの画面の中には、全国の拠点に散る特別対策官6人──インクルシオ札幌支部に所属する車谷文登、インクルシオ仙台支部に所属する日和快晴、インクルシオ名古屋支部に所属する速水至恩、インクルシオ大阪支部に所属する疋田進之介、インクルシオ広島支部に所属する不知火真帆、インクルシオ福岡支部に所属する五宝幸太郎が映っており、まさに“組織の最高戦力を誇る10人の特別対策官”が一堂に会していた。
身長198センチ、体重100キロ越えの巨躯の持ち主である30歳の車谷が、丸太のように硬く太い腕を組んで呻った。
『う〜ん。インクルシオのホームページ経由で届いたという鳴神冬真の“メッセージ”だけどさ。それって、本当に本人が書いたものなのか? 俺が過去に知る奴のイメージに反して、やたらと挑発的で派手な内容だが……』
『車谷さん。そこは疑いようがないと思うわ。だって、『全国の拠点の特別対策官を一人ずつ殺していく』なんていう大胆不敵な予告は、“伝説”やら“歴代最強”やらと言われた元インクルシオNo.1の特別対策官の彼にしかできないもの』
ショートヘアをプラチナブロンドに染めた25歳の不知火が、火をつけていない細身の煙草を指に挟んで返す。
黒のツナギ服がブカブカに見える程の痩身で、重度の潔癖症でもある28歳の五宝が、白色のマスクの下の口をもごもごと動かした。
『これは、鳴神から俺らへの宣戦布告だね。殺るか、殺られるかだ』
「………………」
五宝の言葉に、小会議室に集まった東京本部の特別対策官4人が深刻な表情で黙り込む。
重々しい静寂を破り、速水が茶色がかった髪を手で撫で付けて言った。
『ハン。いいじゃないですか。どっちみち、反人間組織に属している鳴神さんは殺さなきゃならないですし。奴が俺んとこに来たら、返り討ちにしてやりますよ。だから、一番にこっちに来いってんだ』
『はは。速水は威勢がいいな。……というか、そういや、鳴神のメッセージはあの一文だけだから、最初に誰が狙われるのかはわからないな』
日和が蓄えた顎髭を摩ってふと呟くと、速水が即座に『俺でいいですよ! 名古屋に来い!』とやる気満々の声をあげた。
鼻にそばかすを散らした疋田が、柔和な容貌で微笑んだ。
『俺も、一番に大阪に来てくれへんかなと思てます。鳴神があっちから出向いてくるこの機会を、活かさへん手はありません。奴を倒せば、『キルクルス』の戦力はぐっと下がりますしね。まぁ、交戦の結果については、“相打ち”でええでしょう』
疋田の穏やかな口調の裏に死の覚悟を感じ取り、童子が僅かに眉を動かす。
「うん。そうですよねぇ〜。なんてったって、あの鳴神さんが相手ですしねぇ〜。こっちが生き残ることを考えて立ち回ったら、到底倒せやしないしぃ〜」
「ええ。鳴神さんと刺し違えることができれば、それで十分に役目を果たせます」
「よし! 俺も“インクルシオNo.2”の看板を担う男として、この命を捨てて鳴神さんを倒しますよ!」
影下が目の下に浮かんだ隈を指先で掻いて言い、芦花が栗色のボブヘアを揺らして続き、時任が力強く拳を握った。
他の特別対策官たちが同意を示してうなずくと、速水が慌てて言った。
『ちょっと。ちょっと。みなさん、潔すぎでしょ。死んだらダメですよ。そうですよね、童子さん。現インクルシオNo.1として、何か言って下さいよ』
速水に指名をされた童子は、鋭く光る双眸を上げる。
そして、その場の全員が注目する中、静かに口を開いた。
「……今回の鳴神さんからのメッセージは、俺も驚きました。彼の戦闘能力を考慮すれば、かなり厳しい戦いになることが予想されます。せやけど、ここにおるみなさんの実力と実績は折り紙付きです。俺は、鳴神さんがいつどこで現れようと、誰一人欠けることはないと信じています」
同刻。
東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、インクルシオ寮の1階にある休憩スペースで、壁際に置かれたソファに座っていた。
「童子さんたちの緊急ミーティング、まだ終わらないのかな……」
「いやさぁ、あの鳴神冬真から『一人ずつ殺していく』なんてメッセージが届いたんだ。大きな声じゃ言えないけど、俺なら生きた心地がしないし、今頃は特別対策官のみなさんも戦々恐々としているんじゃ……」
鷹村哲がスマホの時計を見やって言い、自動販売機で購入したホットレモネードを飲んだ塩田渉が小さく返す。
「馬鹿ね。特別対策官になるような人は、そんなことでは怖気付かないわ。だからこそ、全国にたった10人の選ばれし精鋭なのよ」
「……特別対策官のみなさんは、僕らとは桁違いに強い人ばかりだ。それは、戦闘面だけではなく“心”も。だから、大丈夫。きっと、どんな難局も打破するはずだ」
厚手のカーディガンを着た最上七葉が嗜め、雨瀬眞白が確信を持って言った。
北班に所属する対策官の市来匡が、高校生たちと同じソファに腰掛けて、両手で包んだ缶コーヒーを見つめる。
「……うん。その通りだよ。僕も、鳴神さんのメッセージを見た時はかなり動揺したんだけど、時任さんは全く動じていなかった。だから、余計な心配は必要ない。僕らは、自分たちの任務をしっかりとやることが大事だよ」
市来が視線を上げて言い、高校生たちが「はい」と首肯した。
すると、隣のソファから、東班に所属する対策官の藤丸遼と湯本広大がひょいと顔を出した。
藤丸は不機嫌そうな眼差しを向けて、ぶっきら棒に言った。
「……フン。鳴神がどれだけ強かろうと、芦花さんは負けない。もちろん、童子さんも、時任さんも、影下さんも、他の特別対策官の方々もだ。これは、何があっても絶対だ」
そう断言すると、藤丸は湯本と共に、ズカズカと休憩スペースを出ていく。
「童子班」の高校生4人と市来は、その背中を見送って、こくりとうなずいた。
午後10時半。北海道札幌市青碧区。
全国の特別対策官が集まった緊急ミーティングの終了後、車谷はツナギ服の上にジャンパーを羽織り、札幌支部の後輩対策官と共に夜間の巡回任務に出た。
身を震わす冷気が降りるガード下のトンネルに入ると、腰にブレードとサバイバルナイフを装備した車谷が、不意に背後を振り返って言った。
「あっ。さっき通り過ぎたコンビニに、「北の大地」味のグミがあるのを思い出しちまった。悪いけど、戻って買ってきてくれないか?」
「え? 車谷さん。何スか、「北の大地」味って。そんなのありましたっけ?」
「ああ。あるんだよ。ここで待ってるから、頼むわ」
車谷が両手を合わせて頼み、二つ年下の後輩対策官は訝しがりながらも「わかりましたよ」と体を反転して走り出す。
ワークブーツのバタバタとした足音が遠ざかり、車谷が前方に向き直ると、数メートル先に人影が現れた。
「……さて。メッセージを送ったその日の内に現れるとは、動きが早いな。ようこそ、北海道へ。もうカニは食ったか?」
車谷はすっと目を細めて言い、黒革製の鞘からブレードを抜く。
漆黒色のロングコートを着た人物──反人間組織『キルクルス』のメンバーであり、元インクルシオNo.1の特別対策官である鳴神冬真は、涼しげな顔面に薄い笑みを湛えて、鈍色の地面を蹴った。
──その後、車谷死亡のニュースは、大きな衝撃を伴ってインクルシオの全拠点を駆け巡った。




