はじめてのクエスト
「なるほどな」
訓練を始めて、二週間。
一通り、武器の取り扱いの基礎を終えて、リアは何度も頷いた。
剣、ナイフ、槍、斧、弓矢。そして格闘術。
そのどれもに、ベルは手を抜かなかった。朝から晩まで、ひたすら訓練に打ち込み、夜はへとへとになってすぐ寝転がるくらいには疲れ果てる。
「確かに不器用だな」
そして今日も今日とて、訓練場の地面に倒れこむベルに、まず結論を告げた。
「触りなれてる得物と感覚が近いからか、特にナイフと剣は適性がある、といえなくもない。他は悲しいくらい合わないけどな」
本気で微妙な評価だった。
ベルはとりあえず酸素を取り込みながら、しびれる頭で納得していた。ベルは不器用だ。要領よく物事を覚えるのは苦手で、どちらかというと失敗をよく繰り返す。
リアもその傾向はすぐに見抜き、根気のいい指導あたっていた。
ベルがぎこちないながらも基礎を習得できたのは、リアの指導力も大きい。
「このままじっくり鍛えていけば、年月はかかるが、強くはなる」
「そう、です、か」
「剣鬼とか剣聖といわれるような類にはなれないが、そんなの一握りの天才だけだからな」
リアとて、そんな才能をベルには求めていない。
「だが、武器はある。ベル。お前は根気があるし、知識を覚える速度は早い。だから、各々の武器に対する対処方法はすぐに覚えるだろう」
本来の目的はそこだ。
リアは本格的に知識を優先として教えるつもりだった。
「おーし、じゃあ午前中の訓練はこんなもんだな。これからクエストするぞ」
「クエスト、ですか……?」
「ああ。傭兵の仕事も覚えていくのが、研修の目的だからな」
リアはにかっと豪快に笑った。
ベルはかろうじて起き上がり、息を整える。
近くでは、チャコも訓練に明け暮れていた。とはいえ、チャコの場合は武器の訓練ではなく、獣人としての能力の覚醒に注力していた。
「チャコちゃんも順調っぽいからな。まずは簡単なクエストからこなしていくぞ」
「……分かりました」
「今、掲示板に貼りだされててちょうどよさそうなのは……コイツとかどうだ」
「薬草採集?」
魔物と戦うと思っていただけに意外だった。
「ランクフリーの常時クエストだな。薬草は常に需要があるからな。どこにでも自生しているだけに報酬も安い」
「でも、だから、基本を覚えるのにちょうどいい、ですか」
「ああ、そうだ。ランクが高くてもクエスト受注できないんじゃあ意味ないからな」
ベルは少し躊躇した。
事務作業や、人と話すのは苦手だからだ。いつもはチャコに任せている領域だ。
気付いたリアは、苦笑しながらベルの片を叩く。
「最初は俺が隣にいるから心配すんな。それにちょっと間違えたくらいで命とられるようなこたぁねぇよ」
「は、はい……」
それでもベルは浮かない顔だ(ほとんど無表情だが)。
どれだけ励まされても、苦手なのだから仕方ない。だが、手順を覚えないわけにもいかないので、説明はきちんと受ける。
「クエストには二つのジャンルがある。それが《ランク指定》と《ランクフリー》だ。《ランク指定》は簡単だ。そのクエストの難易度によってランクが割り当てられている、人数や期間限定の募集型」
「はい」
「次に《ランクフリー》だが、こっちは常時募集しているクエストだ。ほとんどが簡単なもので、ちょっとした掃除や手伝いなんかもこっちに割り当てられるが、ほとんどはギルドが常時展開している採集系が多い」
訓練場からギルド会館へ移動しながら、リアは説明を続ける。
「これは金のない傭兵への救済措置だったり、新人育成のためだったりする。だから、時期的に同期な傭兵たちもいるだろう」
「交流しておいた方がいいってこと?」
「おう、そうだな。情報交換できる同僚をもつことは色々と有利に……って、チャコちゃん!?」
しれっと入ってきたチャコに、リアが身体をのけぞらせて驚いた。
ベルも無表情だが、心臓をばくばくさせている。まさかいきなり姿をみせるとは思わなかった。
「へっへーん。気配隠し成功っ」
「えっらい可愛いブイサインだなおい。いや、そこじゃなくてだな、チャコちゃん?」
「わかってます。おにいちゃんの引込み思案をなんとかするってやつですね」
えっへん、と胸をはるチャコ。
「その通り」
「なのでクエスト受注そのものは、おにいちゃんにやらせればいいと思います。大丈夫です、おにいちゃんはやればできる子です」
「チャコ……」
「でも私は、おにいちゃんを支えるために傭兵になるんです。だから、クエスト中は手助けしてもいいですよね?」
笑顔のチャコにスキはない。
リアは諦めたように肩をすくめた。
「仕方ねぇな。チャコちゃんも練習になるからついでに覚えていくといい」
ギルド会館のエントランスホールについて、リアは足を止めた。
クエスト募集の掲示板は、エントランスホール中央に大きく展開されている。
年季の入った木製ボードに、黄ばんだ紙がいくつも貼り出されていて、常に傭兵たちがどのクエストを受注するか思案しながら眺めていた。
クエストはパーティで受注することもあり、しばしば議論も呼ぶ。そのため、近くにはカフェも併設されていた。
「こっちがランクフリー。こっちがランク指定の掲示板だ。一枚の紙で一人受注できる。紙をはがしたら受付に持っていって、蝋印してもらうとクエスト開始だ」
「簡単ですね」
「今回は、あの薬草採集だ」
ベルは頷いて、いわれた通りにこなす。チャコも同じようにクエストを受注した。
「今回の採集場所は、ギルドが保有してる森で栽培されてる薬草の採集だ。栽培っつっても、畑みたいになってるわけじゃない。森を定期的に手入れしてるってだけの話だ」
「じゃあ、魔物とかも?」
「いや、栽培してるエリアは森の入り口辺りだ。たまーに迷いこんでくるヤツはいるが、基本的にはこない」
チャコの質問に、リアが首を振った。
「じゃあこいつを持て」
リアは背負っていた白い布袋から道具をとりだす。小さいスコップと手袋、腰巾着だ。
「研修生に支給される道具だ。薬草採集に必要だからな。ま、サービスってやつだ」
「なるほど」
「それじゃあいくぞ」
リアの先導で、ベルとチャコは出口へ向かう。傭兵たちの視線を痛いほどに感じながら。
すでにベルがA級傭兵になったことは広まっている。ベルとしてはあまり居心地がよくないのだが、チャコは嬉しそうだった。
鼻唄までまじらせて、るんるんとスキップまでしている。
「機嫌いいね」
「うん。だって、あの視線はおにいちゃんが認められた証拠だもん」
チャコは歯を見せて笑う。
「証拠っつうか、認知された、に近いと思うんだが、まぁ同じことだなっ! がっはっはっは!」
「全然違いますから」
ベルは辟易しながら否定し、どっちにしろ勘弁願いたかった。
とはいえ、投げ出すつもりもないが。
「あ、おにいちゃん大丈夫だよ。プレッシャーなんて感じなくていいから。今回は上手くいくよ。だって、私がついてるもんっ」
「チャコ……」
「ほんとーに仲良しだなお前ら。ほら、いくぞ」
傭兵ギルドが保有してる森は、街から歩いて十分くらいの場所にあった。
街道にも近く、明るい。
手入れがしっかりされている証拠だ。雑草らしい雑草も少ないし、獣道の整備されていて歩きやすい。基本的には自然に任せるが、薬草が生育しやすいような環境にしている様子だ。
「じゃあ薬草を採集するぞ。いいか、薬草は葉先がオレンジ色になっているのを採集すること。優しく土を掘って、根からとれよ」
薬草は部位によって効能が変わる。葉は外傷の回復に、花と茎は内臓の回復に。根っこは様々な材料になる。
ベルは頷いて、ゆっくりと作業する。
不器用を自覚しているだけに、丁寧さは常に心掛ける。料理でもそうだった。
一方、チャコは器用だ。さっさと作業をこなしていく。
元々土いじりが得意なのもあるようだ。
「そうそう、それでいいぞ、ベル」
二人の採集数には差があるが、リアは気にする様子がない。
「焦って失敗するよりも、自分のことを知っていて、自分なりに考えて行動するのはいいことなんだ。自分を知るというのは大きな武器になるからな」
そう褒められて、ベルは目を点にさせた。
今まで、どんくさいだのヘタクソだのトロいだの、常に罵倒されてきたのだ。
「やる気があって、んでもって慣れてこれば誰だって速度はある程度あがる。それでいいんだよ。得手不得手を把握し、どうすればいいかを考える。そっちの方が大事だ」
「……はい」
ベルは嬉しくて微笑んだ。やる気が出てくる。
慎重に、真剣に。ベルは作業に没頭する。
「――……あら?」
異変に気づいたのは、チャコだった。耳をぴこぴこと動かして顔を上げ、直後にリアが何かに勘付いて表情を一変させた。
ややあって、ベルも振動を感じた。
明らかに、不穏。
ベルが起き上がると、チャコとリアも頷いた。
絶対何かある。
思ったとたんだった。
「「わああああああああ――――――――っ!!」」
悲鳴。振動。
三人は同時に地面を蹴り、声のした方へ走った。またズシン、と重い振動が起こり、バキバキと不穏な音が響き渡ってきた。木々が、なぎ倒されている。
――なんだ、何が……?
魔物はほぼいないと聞いていただけに、余計に不安が重なる。
それでも足を緩めないで森の中へ入っていくと、誰かが逃げ惑っていた。
「おい、こっちだ!」
リアがすかさず声をかける。
呼応するように、何かが木々をまた薙ぎ払いながら、起き上がった。
「ブルゥッシャアアアアアアアアア――――――――っ!」
てらてらと光る黒い鱗。鋭く縦に割れた目。口から漏れる、細長い舌。
姿を見せたのは、巨大な蛇だった。




