チャコの決意
──《雷神のリア》。
この地域で、その名を知らぬ者はいない。大陸戦争最後期の《英雄》の一人だからだ。
リアは傭兵を名乗るなり頭角を現し、僅か一年で《英雄》にまで登りつめた。
豪放磊落な人物で知られ、その大剣は異名の通り雷を操る。一度戦場にたてば、雷神に相応しい暴れっぷりで、周辺の国家を震え上がらせた。
まさか、その英雄が目の前に立っているとは。
それだけではない。
傭兵研修の教官をつとめるという。
「あ、あなたが……」
「がははは! 今は場末の傭兵ギルドのサブマスターにおさまっちまってるけどなぁ!」
豪快に笑いながら、リアはどんを分厚そうな胸を叩く。
「いいぜ。お前さんには才能がある。それも鍛え上げたくなる才能だ」
「い、いえ、でも俺は……戦技が使えません」
「関係ねぇよ」
リアは手をぶらぶらと振りながら否定した。
「確かに戦技は魔物と戦う際には必須だ。それは、気力、もしくは魔力を使わないと魔物にダメージが入らないから、というのが大きい」
「はい」
「その上で実戦的な技と融合して、いろんな戦技は生み出された。自在に操れる奴は確かに強いな。けど、お前さんには関係がないだろう」
リアは太い指で、ベルの胸を指した。
「一撃で敵を仕留められる、発動条件さえ整えば無敵のスキル。それだけじゃあない。キノキテニアが連れてきたクソ情けない騎士団の連中を地面に縫い付けた、風系のスキルもあるしな」
指摘されて、ベルは記憶を探った。
あの時は本当に頭が沸騰していたので記憶が薄いのだが、確かに使った。
「《扇ぐ》ですね。料理スキルです」
控え目に手ぶりをして、ベルは答える。リアはさすがに顔をひきつらせた。
まさかそんな簡単なスキルで、あの所業をやってのけたと考えると、ベルがどれだけ規格外なのかを思い知らされた。
それでも気を取り直し、ごほんと咳払いをひとつ。
「つまり他のスキルでも同様の効果が得られるってわけだ。色々と試していくのもいい」
「なるほど」
「話がそれたな。戻すぞ。明日から、格闘術、剣術を教えていく。それと槍、斧、弓矢、ナイフの基礎もな。基礎体力はガタイからして問題なさそうだから、時間は徹底的に使えるからな」
「そ、そんなにたくさんの武器を……?」
ベルは尻込みする。自分が不器用であると自覚しているからだ。
包丁の扱いでさえ、長年地道にコツコツと練習してきたから扱えるが、同期の料理人と比べると見劣りしてしまう。
「知識は武器だからだ」
リアはこめかみから頬まで走る傷痕と、こめかみから額を一直線に伸びる傷痕を撫でた。
歴戦の猛者を思わせる髭面のリアにはよく馴染んでいるが、ファッションでつけた傷ではない。
生きるか死ぬかの瀬戸際でつけられたものだ。
「どんな武器にも短所と長所がある。そして技術とは、その長所を活かし、短所を隠すためにある。武器を知るってことは、そのまま相手の出方を知るってことだ」
「……あ」
「魔物ともそうだろう。魔物の攻撃方法や対処を知っていれば、戦いかたは変わる」
まさにベルが思い至った部分だ。
「下手くそでもなんでも構わないんだ。知るってことが目的だからな。もちろん扱えるようになるのに越したことはねぇけど」
「分かりました」
ベルは納得して、頭を下げる。
「……よろしくお願いします」
「がっはっはっはっは! こっちこそ! それじゃあ、このアホを連れていくとするか」
豪快に笑って、リアはキノキテニアを担いだ。
▲▽▲▽
傭兵寄宿舎。ギルド会館を凹の形で囲うこの建物は、傭兵たちの住み家でもある。研修中および、低ランクの傭兵は宿泊費が無料だ。
さすがに食費は請求されてしまうが、それも微々たるものである。
また、ランクによって用意される部屋も違う。
ベルは研修中とはいえ、Aランク。
かなり上位の部屋が用意されていた。
二人で住むにしても、広いと感じる間取り。バスルームもついている。調度品こそ高級ではないが、耐久性も抜群であり、そこらの安宿よりよっぽど上等だ。
大きいサイズのベッドで、ごろごろとチャコは寝転がっていた。
チャコは、傭兵ギルドで一通りの検査と治療を受けて寝ていたのだが、ベルが帰ってきて目が覚めたらしい。ひと眠りした後でもあるので、すっかり元気だ。
「ベッドって、こんなに柔らかいんだねぇ」
すっかり緩んだ表情で、チャコは枕に顔を半分埋めた。
安宿も確かにベッドがあるが、板に薄い布団を敷いただけだ。ここまでの柔らかさはない。ベルもそっと手で押してみて、沈み込む布団の分厚さに驚いた。
しばらくのんびりとしてから、ベルはチャコの隣に座る。
「チャコ。大丈夫だった? ごめんな」
「ん? ああ、奴隷紋のこと? 大丈夫だよ」
チャコは枕から顔をあげて、微笑んだ。
さすがにチャコは聡い。
ベルの表情を一瞬見ただけで分かったらしい。つくづく、チャコにはかなわない。
ベルとチャコは、奴隷契約が結ばれている。
あれはもう、二年も前だったか。
当時、ベルは私財のほとんどを投げ打って、チャコを引き取った。それからはずっと二人だ。その間、ベルは奴隷の石板をほとんど使ったことがない。
チャコに苦痛を与えたくないからだ。
そもそもベルはチャコを奴隷扱いしない。
「だって、おにいちゃんが絶対助けてくれるって思ってたし」
「でも……」
「おにいちゃんさ」
チャコは起き上がって座ると、ベルの肩に頭を預けた。
「おにいちゃんも、奴隷だった時、ある人に助けられたんだよね?」
「……うん」
「その時、うれしかった?」
「うん」
即答できるくらい、それは間違いない。
「だったら同じ。私も嬉しかったんだ。おにいちゃんが私を助けてくれた時。すっごく。だから、ありがとうって思っても、イヤな気持ちになることはないよ」
「チャコ」
「おにいちゃん。私は、チャコは、ずっと一緒だよ」
笑顔で、チャコはベルにもたれかかった。
「……ありがとう。でも、チャコ」
「うん?」
「三年後。ちゃんと、自分のことは考えておくんだよ」
奴隷には、五年間という契約期間がある。
もちろん更新も可能だが、奴隷には拒否する権利が与えられる。
ベルはチャコを本当の妹のように思っているが、縛りつけるつもりはなかった。チャコが自立したいと願うならば、喜んで送り出すつもりだった。
──誰かから受けた恩は別の誰かに返せ。だから、私はお前を助けたんだよ。
かつて、師匠がそういって自分を救ってくれたように。ベルもまた、恩を返すためにチャコを助けた。
だから、チャコを尊重する。
もちろん、一緒にいられるのであれば、それに越したことはないが、口にはしない。
ベルはどこまでも不器用だ。
「わかってるよ、おにいちゃん」
「そっか」
チャコは笑顔を崩さないで、はっきりと答えた。チャコはしっかりしている。
一抹の寂しさを覚えながらも、ベルはベッドに入り込んだ。チャコも潜り込んでくる。
眠気はあっという間にやってきて、ベルもチャコも、すぐに寝息を立てた。
▲▽▲▽
──翌朝。
ベルは朝食を済ませ、指定された訓練場にやってきた。
「よぉ! ちゃんとやってきたな! 元料理人だけあって、時間にはキッチリしてるな! いいことだぞぅ!」
「…………」
「それじゃあ、今日から訓練だ! まずはお前さんの持ってる包丁に近い剣とナイフからだな!」
「いえ、あの。」
さすがに我慢できなくなって、ベルはさっさと話を進めようとするリアを控えめな仕草と声で止めた。
リアが不思議そうな顔をして動きを止めたのをみて、ベルは左を見下ろす。そこには、ちゃっかりチャコがいた。
しかも普段着ではない。どこで仕立てたのか、身軽な格好だった。
「どうして、チャコが?」
「決まってるじゃない、おにいちゃん」
満面の笑みで、チャコは答える。
「私も傭兵目指すんだよ?」
その宣言に、ベルは硬直した。
「がっはっはっはっは! だとよ! ベル!」
「え、いや、でも」
「これが私の考えた将来の道だよ?」
チャコはベルの真ん前で仁王立ちになる。
「私は、傭兵になっておにいちゃんを支えるの。これはちゃんと考えて決めたことだから、文句は受け付けないんだからね」
「がっはっはっはっは! 一本取られたな、ベル。傭兵の登録はもう済ませちまってるぞ」
「えっ!?」
「ということだから、今日からチャコちゃんも俺が面倒を見る。一応だが、ベル。お前には拒否させる権利はあるぞ。奴隷の持ち主として、奴隷の行動を制限させてやればいい」
「そんなことっ」
ベルにできるはずがない。リアはもちろん分かっていっている。
「だったら、認めてやるんだな」
「でも……」
「傭兵がどれだけ危険な職業なのかは知ってる。だからこそなの。おにいちゃんは私のために働いてくれてる。傭兵になるなら、命をかけることになる。私はそれにガマンできないんだよ。だから、私は役に立ちたいの。おにいちゃんのために」
ベルはそれでも反論しようと口を開きかけて、やめた。
諦めた、ではない。
チャコの目だ。
チャコの目が、あの日、出会った時と同じ目をしていたのだ。どこまでも強い意思を宿した、光のある瞳。
「……だめ?」
そして、ダメ押しだ。
うるうるした目で見つめられて、ベルにかなう道理はなかった。
「わかった。でも、無理は禁物」
「もちろん! やったー!」
「がっはっはっはっは! じゃあ円満に解決したってことで。訓練始めるぞ!」
評価やブクマなど、お待ちしています!




