キノキテニアへの鉄槌とベルの秘密
──火吹き蜘蛛の襲来。
宿場街にとって、戦争以来の一大事件となった。何せAランクの魔物が、Bランクの魔物を数十匹も従えてやってきたのである。
旧市街にあたるエリアは火災の被害を受けたものの、幸いにも死者はいなかった。
とはいえ、これはベルとサブマスターという規格外の戦力と傭兵たちが迅速に魔物を始末したから抑えられた被害だ。
そうでなければ、宿場街はなすすべもなく全滅していただろう。
それだけに、キノキテニアは逃亡を図っていた。
いうまでもないが、この蜘蛛騒動の首謀者はキノキテニアである。
彼の算段では、敵対者が多い旧市街の連中に甚大なる被害を与えつつ、自分が手配した騎士団により蜘蛛どもを鎮圧。支持率は一気に上がるはずだった。
──が。
結果はまるで違った。
用意した騎士団は役に立たず、傭兵どもの株を上げてしまった。
しかも、倒した蜘蛛は焼き払えば証拠も消せるはずだったのに、傭兵の連中により回収されてしまった。
このままでは捕まってしまう。
キノキテニアは即座に身を隠すことにしたのだ。
理由はいくらでも付けられる。そうだ、蜘蛛の毒にあてられて病に伏せ、治療するために街を後にしたことにすればいい。
深夜。キノキテニアは、屋敷からそっと抜け出す。
街の外には馬車を用意させていた。
裏の路地をすり抜けるようにすれば、誰の目にも止まらず移動できる。ルートは以前から入念に調べあげていた。
「おーおー、さすがキノキテニア」
そのルートで、野獣のようなダミ声が響いた。ぎょっとキノキテニアは目をむく。
待ち構えていたのは、サブマスターだ。
「キサマっ……」
「こっすいお前なら、ぜーったい、すぐ逃げると思ってたんだよなぁ?」
「ぐっ」
「うちのギルドの解析担当舐めんなよ? もう証拠は集まってる。火吹き蜘蛛からガンガン出てきたぞ。あの蜘蛛は操られてた。奴隷化魔術でな。だれが主なのか、もう追跡も終わっているぜ?」
言葉を詰まらせるキノキテニアに、サブマスターは畳み掛けていく。
「キノキテニア! 反逆罪を含めた多数の罪状! 逃れられると思うなよ!」
「ひ、ひいいいいっ!」
キノキテニアは情けない悲鳴を上げながら逃げる。
逃走ルートはいくつも用意してある。路地を逃げ回れば、まだ可能性は!
「だろうな、そうやって逃げるよな、お前さんなら。けどさ、ちょっとオツムが足りなさすぎだろうがよ。この俺が、お前を一人で捕まえようとすると思うか」
「はひっ!?」
キノキテニアの行く手を遮ったのは、怒りを滲ませるベルだった。サブマスターには及ばずとも、上背があるベルは威圧感充分だ。
ベルは無言のまま、キノキテニアの懐へ飛び込む。躊躇いはなかった。
ベルは怒っている。
ものすごく、怒っている。
血のつながっていないとはいえ、チャコは大事な妹だ。その妹の命をあっさりと見捨てようとしたキノキテニアを、許せない。
「逃亡罪は現行犯だぜ! やれ、ベル!」
「いああああああっ!! ひぎゅうっ!」
悲鳴をあげるキノキテニアの顎に、ベルの全力の拳が突き刺さった。
ベルは寡黙だ。口下手で、物腰柔らかく、気も強くない。だが、怒らないわけではない。チャコに関しては特に。
情けない悲鳴をあげ、キノキテニアは地面を転がる。
あっさりと気絶したらしく、ぴくぴくと痙攣するばかりだった。
「ひゅーっ! いい一撃だ!」
「いえ」
ベルは格闘術に自信がない。実際、サブマスターから見ても、ただ威力だけを求めた隙だらけの大振りアッパーカットだった。
素人同然である。
ただ鍛え上げられた肉体が、凄まじい威力を生み出していた。
サブマスターは用意していた荒縄でキノキテニアを縛り上げ、足蹴にする。
「お手柄だな、ベル」
「え?」
「大罪人を捕まえ、A級の魔物を屠った新人傭兵。これは話題になるなぁ」
ニヤニヤするサブマスターに、ベルは嫌な予感を覚えた。
「いや、自分は……」
「はっはっは。俺が単純にムカついてるお前さんのために、連れてきたと思ったか? 今のうちに、実績を重ねていかないとな」
「それって」
「お前さんをS級にするためだろ。よーし、アホも捕まえたことだし、詰所にいくか、っていいたいとこだけど」
何かあるのだろうか、とベルは首を傾げる。
「ちょっと試したいことがあるんだ。ベル、受け取れ」
いいながら、サブマスターは棒切れをベルに投げ渡した。
軽い。細い枝を芯にして、布を巻き付けて剣に見立てただけのものだ。試しに軽く手のひらへ打ち付けてみるが、まったく痛くない。
サブマスターは同じものを持ちつつ、防御するように棒切れを構えた。
「ちょっと斬りかかってこい。本気でいいぞ」
「え? でも……」
「大丈夫だ。こいつで傷つけるなんてまず無理だからな」
「……分かりました」
頷いてから、ベルは地面を蹴った。
本気で、というには《屠殺》を使うべきなのだろうが、無理だった。
料理人スキルである《屠殺》は、対象のシメ方を知っていなければ発動しない。当然、ベルは人間のシメ方を知らない。
正確にいえば、急所はもちろん知っているが、それが正しい順序なのかが分からないのだ。しかも、包丁を持っていない。
ベルは一気に接近すると、剣を構えて振るう。ぱすん、と軽い音をたてて、サブマスターはあっさりと受け止めた。
鍔迫り合いは一瞬。
いなすように剣筋を流され、ベルは前のめりになった。バランスを取り戻そうとするより早く、サブマスターの剣がベルの頭に乗った。
勝負あり、である。
「やっぱりな」
落胆する素振りもなく、むしろサブマスターは微笑んだ。
「お前さん、スキルはとんでもねぇけど、基礎技術はズブズブの素人だな。ちょっとだけさわったことがあるくらいか?」
「……はい」
素直にベルは認めた。
ベルは攻撃系の戦技は一つも覚えられない無才能である。発覚してから、その手の類いは一切やらず、料理人としての道を邁進していたのだ。
サブマスターはいつ見抜いたかは分からないが、今ので確信を持ったようだ。
「なるほどな。お前さんの強さは、スキルだ。それもタダのスキルじゃねぇ。仲介者だ」
「インター……?」
聞いたことのない単語に、ベルは本当にごく僅かだけ眉根を寄せた。一般人がみれば無表情の範疇である。
「二つのスキルを仲介し、結合させて効果を発揮させる、超特異能力者だ」
「そう、なんですか?」
「やっぱり気づいてなかったのか。詮索するつもりはなかったんだけど、どうしても立ち回りを見て気になってな。ちょっと推察してみたんだ。悪かった」
「……いえ」
そういえば、試験を受けたときに詮索するつもりはない、といわれたなと思い出しつつ、ベルは首を振る。
サブマスターは、ベルのためにやってくれたのだ。
「ベル。お前さんは確か元料理人だったな?」
「はい」
「ってことは、お前さんがワイバーンや火吹き蜘蛛の女王へ繰り出したのは、料理スキルってことだな?」
「そうです」
ベルは頷く。サブマスターは腕を組んだ。
「つまりお前さんは、料理スキルと戦技を結合させて使ってるってことだ。聞いていいか? もちろん秘密は厳守する。っていうか、色々とカモフラージュしないといけないだろうからな」
「カモフラージュ、ですか?」
「超特異能力者は、世界で数人しかいないんだ。もし認知されたら、大騒ぎになる」
想像させられて、ベルは顔をひきつらせた。
「お前さんもそれは望まないだろう」
ベルは即座に頭を縦に振りまくる。当然だ。
目立つつもりなど一切ない。傭兵になろうとしたのも、食い扶持のためだ。
「だったら、何とか考えないとな。そのためにも教えて欲しいんだよ。どんなスキル使った?」
「僕が使ったのは……《屠殺》です」
「あの、家畜とかを仕留める技術か」
ベルは肯定の意味で頷く。
「使用条件は、包丁を持っていること。対象の正しいシメ方を知っていること」
「なるほど? それで一撃必殺のスキルに化けたってわけだ。ん? ってことは、お前さん、シメ方を知ってたのか。ワイバーンも、火吹き蜘蛛の女王も」
「はい。そういう料理店で勤めてたんで」
「魔物食のレストランということか、面白い。なら知識はあるってことでいいな。となると……鍛えるのは基礎技術の方だな」
にまにまと、サブマスターは面白そうにゴツゴツした顎を撫でる。
「よーし、決まったぞ。お前さんを鍛える方法。三週間あればなんとかなるだろ」
「え?」
サブマスターの言葉の意味が分からず首を傾げると、サブマスターは豪快に笑った。
「はっはっは!」
「えっと、あの?」
「ベル。お前さんはAランクだ。研修できるのはその上位ランクに限られるから、この宿場街のギルドじゃあ俺しかいねぇんだよ」
サブマスターはそっとベルから布を巻き付けた棒切れを受け取って、自分に指を向ける。
「俺の名リア・イーストヒィロ。みんなからは、《雷神のリア》って呼ばれてる。よろしく」
「あ、……は、はい」
ベルは呆気にとられてから、なんとか返事をした。
次回の更新は明日予定です。
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